この恋は始まらない

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第64.1話・普通の家庭で、普通の幸せ

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「やあ、東山君。待たせたみたいですまないね」
駅前で待ち合わせしていたところ、颯爽と登場する白鷺パパであった。
格好いい。
スーツ姿がとても似合うイケおじ過ぎる。
すれ違う女性が振り返るレベルだ。
これが本当のパパ活だ。
「いえ、急な連絡をしたのはこちらですので申し訳ありません」
「君が急な連絡をすることは限られているはずだ。十中八九、冬華のことだろう? なら、尚のこと謝るのはこちらだよ」
白鷺のお父様だけあってか、話が早過ぎる。
こちらが説明する必要がないくらいの察しの良さであった。
俺の親父とはまったく違うぞい。

仕事帰りの人が多い駅前で立ち話も何なので、喫茶店に移動してコーヒーを頂く。
「それで何かあったのかい?」
白鷺のお義父さんは、優しい口調で聞いてくれるのであった。
掻い摘まんで説明する。
白鷺は少なからず両親や自分に遠慮している部分があり、彼女からそれを言い出すことは絶対に有り得ない。
白鷺の性格を考えたら解りやすいが、他の人の迷惑になるのを嫌う。
両親が忙しいのは理解しているからか、自分の悩みで時間を取らせたくないのだろう。
そんなことはないのだが。
こちら側から自然な流れで解消してあげるしかない。
「ふむ。理解はした。しかし、それは冬華自身から言い出さなければいけない問題だ。我々が受け持ち、解決するのは容易であれ、自分でせねば娘の成長には繋がらないだろうに」
「それはそうですが。冬華さんの性格から考えたら、本人から言い出せるものではないでしょう。それこそ、俺からは何も言いません。しかし、彼女は家族の為ならば自分の感情をも犠牲にして殺すでしょう。彼女は、自分の全てを手放してでも、白鷺の為に生きるはずです」
そんなのは絶対に駄目だ。
家族の為とはいえ、白鷺が幸せにならないなんて、許せるわけがない。
お義父さんの言い分は一理ある。
娘自身がやらなければ、問題解決にも成長にも繋がらない。
獅子が我が子を谷に落とすように、試練を与える必要もあるだろう。
だが、理由はどうあれ白鷺を見捨てるくらいなら、代わりに俺が死ぬ方がマシだ。
この場では、絶対に引いてはならない。
「……だとしても、家族の力が必要なのです。血が繋がっていても、繋がっていなくても、どれだけ愛していようとも、我々はどこまでいっても他人同士なのです。他人の心を知り、理解するのは、ままならないことばかりだからこそ、白鷺のお義父さんの力を借りるしかないのです」
白鷺のお義父さんは、深く考えていた。
俺は、言いたいことばかり言っていたにも関わらず、否定せずに全て聞いてくれた。
「そうだな。確かに、娘の成長の為と言いながら、他人事のように遠ざけているだけなのかも知れないな。……今こそ、親としての責務を果たすべきだな」
「なら……」
「ああ、分かったよ。冬華の為に、私の出来る限りのことをしよう」
「ありがとうございます」
深く深く、頭を下げることしか出来なかった。
それしか出来ない。
「いや、本来ならば頭を下げるべきは私だよ。娘の為に尽力してくれて有り難う。冬華も君みたいな男性が傍に居てくれて感謝しているだろう。この件は君が頑張ってくれたと話しておくさ」
「いえ、俺の話は出さないで下さい。……出来るのであれば。そう、自然の流れで、冬華さんに好きなことをして欲しいのです」
「何故だい? 君の頑張りは称賛されるべきだし、娘からの評価が上がれば、男として尊敬されるはずだろうし、立場もよくなるだろうに」
「自分は、好かれようという利己的な考えで白鷺の傍にいるわけではありません。……自分の行いを知って欲しいなどという見返りを求めたこともありません。心から彼女には幸せになって欲しいんです」
「だから、すみませんが俺のことは話さないで欲しいんです。多分、白鷺は俺がやったと知ったら、借りを返そうとするでしょうから……」

「東山君、自分がした行いには正当な評価が与えられるべきだよ。見返りは要らないと君は言うが、そういう意味では、君は人の理から逸脱し過ぎだ。人に感謝され、正当な報酬を貰い、そうだな。美味しいコーヒーを飲む。それくらいの欲くらいは誰しも持っているはずだ。君が大切な誰かの為に尽くしていたとしても、それが許されないのは悲し過ぎるよ」
「……あ、いや。お義父さんにコーヒーを奢ってもらってますし」
俺は、白鷺のお義父さんにコーヒーを奢ってもらっている。
喫茶店のコーヒーは結構高いのだから、俺が貰う報酬としてはそれで十分である。
「志が低いのは、男としては考えようだが、まあそれが君の本質なのだろう。それは後々の課題として……、冬華のことはこちらで受け持つさ」
不穏な言葉を言っていた気がしたが、流しておこう。

俺達のプランはこうだ。
白鷺にフィギュアを買う勇気がないのであれば、俺達はフィギュアを飾る棚を買ってあげればいい。
親がプレゼントしたフィギュア棚を、空のままにする娘なんていない。
白鷺の性格を加味すれば、フィギュアを直接プレゼントするよりかは効果的である。
それに、数万円する家具を高校生がサラッと払うのは難しいからな。
いや、白鷺は十数万のゲーミングメイド服買っていたけれど、あれは仕事で使えるから、完全な趣味に数万円を使うのとはまた違うのだ。
二人で話し合いながら、何とか決める。
「ありがとう。東山君のおかげで、愛しい我が娘と合法的にデートが出来る。これは有難いものだ」
……お義父さんが一番イキイキしていた。
仕事が忙しく、娘と久しく遊びにも行けず、デートも出来ていない。
いや、親子でデートとか言うんか。
……うちの親父も言ってたわ。
白鷺のお義父さんは、娘のことを誰よりも大好きなのは知っているけれど、娘さんの問題は結構やばい状態だから、デート感覚で対応されると困るのだが。
本当に任せて大丈夫なのかな。
ちょっとだけ心配になるのであった。
まあ、白鷺のお義父さんは優秀な人だから、ペンペン草くらいの俺が対応するよりかは全然マシだし、大丈夫だろう。

それから話が落ち着いて。
三十分くらい、コーヒーを飲みながら延々と娘の自慢話をされるのだった。
気付いたら、お義父さんに領域展開されて、無量空処を食らってるんやが。
お義父さんは何もかも話す。
娘の素晴らしさを、全て共感してほしい。
だから、いつまでも娘の情報が完結しない。
故に何も出来ない。
十七年の成長を圧縮して解き放つ。
親だから出来る技なのだろうが、愛が重い。
だがまあ。
家族の話をする時の笑顔は、白鷺に似て可愛い人であった。


月曜日の朝一。
学校に登校して教室に入ると、毎度のことながら騒がしい奴等しかいなかった。
高校生に落ち着きを求めるのは間違いである。
土日であったことを楽しく話しているのは仲がいいことだし、構わないが、何故に発狂しているんだ?
チンパンジーの方が理知的だ。
朝っぱらから元気なのは構わないが、そのテンションを俺に求めてくるのは止めてほしい。
遊んでいただけのお前達とは違い、俺の土日は仕事やら、白鷺の一件やらで疲れてしまっていたのだ。
「おはよう」
普通の挨拶をする体力しかないわ。
「ハジメちゃん。ハジメちゃん」
ちょいちょい。
小日向に、手招きされる。
はぁ……。
何でこいつは土日フルで仕事してんのに元気なんだよ。
体力バグってんじゃん。
小日向により、よんいち組の面々が揃っているところに呼ばれるから、嫌な予感しかしない。
ええ、面倒なのは嫌なんだが。
「……何なんだ?」
仕方あるまい。
よんいち組の会話に参加する。
逃げたら殺されるから、死地であろうとも進むしかない。
話を切り出したのは、白鷺だった。
「東山、これを見てくれ!」
白鷺は嬉しそうに、スマホの画面を俺に見せる。
写真に写っていたのは、ガラス張りのフィギュア棚であった。
「へぇ、買ったんか」
「ふふん。何と、お父様が私の為に買ってくれたのだ。オタクの趣味がある人間は、こういうものを持っているのがステイタスらしいとな。お父様のご友人が特別に卸してくれた海外の特注品とのことだ」
俺が言っておいて何だが。
お義父さん。
自然の流れでお願いしますって言いましたよね?
普通のフィギュア棚で良かったのに、娘の為にガラス張りの最高級品オーダーメイドをぶちかましてくるの何なん?
一流の家具メーカーのハイブランドやんけ。
全て飾ったとしても、フィギュア棚の方が高い。
愛の強さからくるものなのか。
あの人、娘のこと好き過ぎるわ。
「ああ、うん。……白鷺、やったじゃん。いっぱいフィギュア飾れるな」
「うむ。飾るフィギュアはこれからだがな。次の機会にでも買いに行くとする」
来週か、再来週の話らしい。
白鷺の部活や習い事が忙しいとはいえ、そんなに余裕なかったっけ。
「別に直ぐ行けば……。ああ、荷物持ちの俺が必要だもんな。それで次ってわけか」
よんいち組とのデートはターン制バトルだから、白鷺の順番が終わった後は次の予定はかなり先になる。
平日だと、数時間だけなら予定を合わせられるが、それだとフィギュアを見て回る時間が足りない。
白鷺のお家には門限もあるからな。
秋葉原まで買いに行って吟味するとなると、どう考えても難しい。
だから、フィギュアを買いに行くなら数週間後になる。
好きなものを選ぶなら、ゆっくり回りたいものだからな。
そんな時に、萌花は話す。
「ふゆ。もえの時間使っていいから、今週にでも買いに行きな。直ぐの方がいいっしょ」
「萌花……」
「え、萌花とのデート楽しみにしてたのに……」
「お前、流れ断ち切んな……」
ぴぇん。
「私は次の機会で構わないのだが、萌花いいのか?」
「ふゆは遠慮し過ぎっしょ。他人じゃないんだから、もっと気楽にお願いすればいいんだよ」
「そうか。萌花、すまないな。予定の交換というかたちで頼んでもいいか?」
「だいじょーぶ。こっちはこっちで二日連チャンで予定組んで遊ぶから問題ないっしょ」
萌花はVサインをする。
えっと、いい雰囲気のところすみませんが、二日連チャンで萌花デーはちょっと……。
俺のメンタルが持たない気がする。
「あ? 何か言ったか??」
すみません。
ホントはダメだけど。
四股クソ野郎が言ったら炎上するくらいに酷いことだけど。
デートもホントは五回、十回して欲しい。
たくさんデートしたいい!!
めっちゃ手を繋いでイチャイチャしたいい!!
こんなにも可愛い最高の彼女と毎日デート出来るとか。
毎朝ステーキ食べても飽きないのと同じである。
毎日ステーキ食べたいい!!
「ふゆ、こいつの頭のネジ全てぶっ飛んでるけど、こんなんでいいんか?」
「……なるほど。素を出すとはこういう風にすればいいということだな?」
秋月さんは、最速でツッコミを入れる。
「だめっ、冬華だけはまともでいて!」
小日向も便乗する。
「そうだよ! ハジメちゃんはハジメちゃんだから許されるんだよ。冬華がハジメちゃんと同じことをしたら、病院に連れて行かれちゃうよ」
おい、てめぇら。
言いたい放題やん。
みんな、俺が悪いみたいに言うけれど、アンタ達も自分をさらけ出し過ぎなんだよ。
最初期の時とキャラ変わり過ぎじゃねぇかよ。
昔はもっとお淑やかで、可愛かったはずだ。
「じゃあ、今は何なんだ?」
「いっぱいちゅき」
ーーーーーー
ーーーー
ーー
「それでさ~」
四人共に、俺を無視すんなよ。
俺の愛を受け止めてくれよ。
もっと俺を見てくれ。
萌花は呆れていた。
「ホームルーム前から元気だな」
「頑張ってテンション上げたのに……」
「そういうのは三馬鹿のところでやってこい」
東っち~。
三馬鹿は手招きしていた。
やめーや。
あいつらとは仲がいいし、俺に来て欲しいのは分かるんだが、三途の川の向こう側なんだよなあ。
朝一からじゃがりこ食べんな。
お前らは現実の女過ぎるんだよ。


白鷺は話し出す。
「そうだ。この前、秋葉原に行ってきたんだが、迷子になっていた小さな女の子がいてな」
白鷺は、ゆきちゃんと仲良くなって、色々遊んでまた今度遊ぶ約束をしたことを語るのであった。
よんいち組の面々は、一人っ子で妹とか居ないし、妹みたいに小さな女の子に慕われるのが羨ましいようだった。
……実際の妹とか、人生における強力なデバフでしかないが、また怒られるから黙っておこう。
小日向達は、各々の感想を言っていた。
「へー、いいなぁ。私もお姉ちゃんしたいなぁ」
「私は冬華みたいには対応出来ないかな。小さな女の子って、案外大人びているもの」
「まあ、迷子になって声を掛けられたのがふゆ達でよかったわな。最近は危ないし気を付けてほしいわな」
三者三様の反応をしていた。
プリキュアの話で盛り上がったり、絵を描いたり、手を繋いで仲良くしたり。
白鷺は嬉しそうに語る。
「気付いたのだが、小さな女の子の手は、小さいのにとても温かいのだな。東山の手とは全然違っていた」
ん??
こっち見んな。
この腐れ男、白鷺家のお嬢様に手を出しているんじゃねえよって顔をしていた。
なんでや。
普通に手を繋いだだけだ。
その後のことも饒舌に話す白鷺さんであった。
世間知らずのお嬢様だから、恋愛におけるストッパーがないのである。
ラノベみたいな恋愛は稀有。
大好きな彼女とデートして、帰り際に手を繋いで駅前まで歩いていく。
たったそれだけのこと。
恋愛小説ではよくある展開だ。
しかしながら、現実で考えたら普通に恥ずかしいし、友達にはひた隠しにするものであった。
「は……? 私まだ手を繋いでないが?? なして??」
脳を破壊されている人がいるんですが?
白鷺が嬉しそうに情景を込めてデート風景を語るせいで、秋月さんの目がNTR目になっていた。
いや、手を繋いでいただけだが。
何でNTRの雰囲気出してるん?
秋月さんは、それすらもお気に召さないのだった。
ヤンデレやけんなぁ。
NTRされた話をされて、情緒不安定になる秋月麗奈さんであった。
いや、NTR耐性ある方がやばいんだが。
他の二人の表情は読み取れないが、怒ってはいないと思う。
カウント1。
あ、許してくれていないやつだった。
小日向と萌花の頭上には、カウントが溜まっていた。
いや、アンタ達は自主的に手を繋ぎたがるタイプだし、嫉妬すんなよ。
全員分、次のデートで手を繋いで遊ぶのを強要される十七歳である。
最近、俺の人権がない。
お兄ちゃんはおしまい。

「つーか、東っちと麗奈は帰り道一緒なんだし、手を繋いで帰ればいいじゃん」
「それだと、特別感がないでしょ」
「……我が儘なやつやな」
だったら自分でお膳立てしろや。
いや、そうかも知れないけれど、萌花は思ったことを直ぐに口に出す癖を直した方がいいぞ。
秋月さんに限らず、女の子は特別なのが大好きである。
放課後の帰り道に手を繋いで帰るだけでは満足しない。
……うん、我が儘だな。
好きな人と一緒にいるだけで満足している人間からしたら、同意は出来なかった。
そもそもロマンチックな雰囲気を演出して欲しいなんて、俺には無理だぞ。
東山の血を舐めるな。
両親の基本ステイタスに備わってないのに、子供の俺が出来るわけがない。
「れーなは不服みたいだし、もえ達だけでじゃんけんして順番決めようぜ」
「ぎょえぇぇ、満足しますから許して!」
秋月さん?!
どっから声出したの??
どれだけキャラの濃い人間がこの先出て来ても、秋月さんだけは埋もれることなくキャラが確立されているのであった。
普通の女子高生枠で、ヒロイン面して飯食っていけるのはこの人くらいだろう。
「自分が一番恵まれた環境に居るのに、図々しく権利を求めるだけとか、普通の女子高生っぽいよな」
いや、萌花さん。
当たりがキツイっす。
親友に言う台詞ではない。
まるで、好きな人が被った挙げ句、好き勝手やって抜け駆けされた恨みがあるみたいな温度感で攻め立てるのであった。
「事実っしょ」
事実だったわ。
秋月さんの尻拭いをするのは、いつも萌花だったな。
でも、物分かりがいい秋月さんとか、秋月さんじゃないしなぁ。
目の前の人と話をしているのに、話していないような感覚。
各々のキャラクターの歯車が噛み合わないまま進み続ける偶像劇。
バタフライエフェクト。
ホラー映画とか、ホラーゲームでよくある、普通なのに異質な感じがするのが彼女である。
現実と幻覚の狭間。
夢も希望も見失った不安定な精神状況で、猫カフェに行ってお猫様と触れ合ってもふもふさせて貰っているようなものだ。
幸せなのか、不幸なのかも分からない。
人間の清濁を煮詰めた状態にこそ、人の美しさがある。
根っからの善人で、ファンの為。家の為に努力をし続ける小日向や白鷺とは違うのだ。
人の潜在的な負の部分。
人の弱さに価値を見出だすことで、彼女の良さに気付けるのだ。
それが、秋月さんである。

「お前の方が口が悪いぞ」
人類全てが弱者なんだ。
俺もお前も弱者なんだ。
弱いけれどその中でも精一杯に頑張る人を見て、人は人を美しいと感じるのである。
秋月さんの良さは、精一杯頑張るところだ。
「どっちかと言うと、無敵の人だろ、こいつ」
「どういう意味?!」
萌花、だから切れ味が鋭過ぎるんだって……。
持たざるが故に、心に柵がない。
それは寂しいことではあれ、何よりも自由だ。
自分の心に素直になり、生きることは素晴らしいことだ。

麗奈ちゃん。
逃げたら一つ。
進めば二つ。
愛せば全部よッ!!

だから、母親は定期的に出番を確保するな。
秋月さんは、俺の母親の影響をモロに受けて育っているけど、この人大丈夫かな……。
彼女としては、家族の愛を受けていたい。
秋月さんの両親は海外赴任の為、一人で暮らす寂しさから、両親に近い大人に甘えたい気持ちは分かる。
だが、俺の母親はあかんやろ。
家族の為ならば、愛の力で容赦なく人を消せるタイプの人間だぞ。
一人だけ、出てくるジャンルを間違えているようなキャラである。
母親は、料理には愛情が必要だからと、物理的に投げキッスしているような異常者だ。
今時のメイド喫茶ですらそんな過剰なサービスしない……。
するのか……?
しないよな。
……いや、するわな。
あのメイドさんも同じく異常者だから仕方あるまい。
メイドさんの愚痴を話し出すと長くなるから、今はスルーしておくとして。

結局、放課後は秋月さんと手を繋いで帰る約束になった。
情緒もクソもないな。
よんいち組の面々に囲まれて、俺の予定が決まっていく。
……今日一日は、俺のフリーデーじゃなかったのかな?
すまない。
頼むから、俺に休みをくれ。
俺も多くは望まない。
一日だけでいい、恋人が居なかった過去に戻りたい。
あ、駄目だ。
どの過去の時間に戻っても、今と変わらなかったわ。
そんな願いは叶わず、強引に予定を入れられる。
何で全員分、同じ予定を入れるのかは謎だが。
「別に遊ぶとかでなく、一緒に帰るだけなのに嬉しいものなのかね?」
俺と帰っても、俺は大した話をするわけでもなく、ただただ無言の聞き専でしかない。
彼女の話を延々と聞いて、最後に楽しそうでよかったな。
そう返すだけの日々である。
「ゆーて、変なノリで他人の話に被せてくるくらいなら、何も話さずに相づち打つくらいでいいんだよ」
萌花曰く、可愛い女の子にモテようとする輩は、相手の話に強引に被せてくる。
その点、俺の場合は一々何も言ってこないでアホみたいな顔で聞いているだけだから、一緒に居て楽しいらしい。
えっ、俺無じゃないのか?
彼氏に無を求めているってどういうこと??
芳香剤の無臭的なやつ???
昨今の殺伐とした時代背景を加味したら、なにもしないことにあえての需要があるのか。
ハジメちゃん、なにもしない。
次のタイトルはこれだな!
「まあ、俺はお前らの話を聞いているのが好きだしな」
お話で女の子をリードするなんて、陰キャの俺には荷が重いだろう。
だったら、話を聞いていた方が気楽でいい。
それに、楽しそうにしているお前らの姿を見ているのが好きだからな。
口下手な俺でいい。
そう言ってくれるよんいち組には感謝しているのである。
しみじみしていた。
「ハンター✕ハンターのGI編のゲンスルーの話だけで、生放送一時間ぶっ続けで楽しそうに語っていた人間が、よく言うわな」

アカンパニー、オン!!
マサドラへ!!

「漫画的表現で逃げんな」


同日。
放課後。
ホームルームが終わると、仕事や部活がある人間は早々と帰宅し、教室に残っていたのは俺と秋月さんだけであった。
いや、流石に、他の人の目がある時に一緒に帰りづらいものがある。
特に手を繋いで仲良く帰るとか、三馬鹿が見ていたら冷やかしものだ。
好きな人だからこそ、事前に手を洗って綺麗にし、恥ずかしくないように気を遣う。
……いや、理屈は分かる。
しかし、何でその件を女の子の秋月さんがやるの?
俺じゃないのか。
秋月さんは、手を繋ぐ前に念入りにアルコール消毒する。
それはいいのだが、俺が汚物みたいじゃん。
あ、トイレ行って手を洗ってなかったわ。
いや、洗ってたわ。
あぶねぇ。
普通に忘れていたかと思っていた。
念入りに消毒する秋月さんに反して、俺のこの適当さよ。
別に汚くしていない限り、手を洗うほどではないと思うのだが、女の子からしたらそうではないのだろう。
男と女の清潔さの違いに齟齬があるわ。
普段はもっと適当なんだが。
殺されるから言わないでおこう。
秋月さんに合わせて俺も綺麗にしておく。
消毒した後に帰り支度を終えて、俺達二人は帰ることにする。
「……」
「……」
「秋月さん、やるんだな。今ここで」
ああ、勝負は今ここで決める。
勢いおかしくないか?
手を繋いで帰るだけだよな?
その空気をぶち壊すように、勢いよく決断する秋月麗奈さんであった。
「ふん!」
ぎゃあ!
俺の手が握り潰された。
何で俺の手を粉砕したの?!
加減して!?
俺の周りには、近距離パワー型が多過ぎる。
どこの世界に、男の手を握り潰すヒロインがいるんだよ。
いや、秋月さんの性格からして、緊張してアクセルベタ踏みしてしまっただけだろうから、そんなことで怒るのも可哀想だろう。
俺も手を繋ぐ時はいつも緊張するからな。
一度や二度の失敗で怒っていたら、男らしくない。
繋いだ手を見ていると、分かるのだ。
誰だって好きな人と手を繋いで帰る時は、緊張して手が震えてしまう。
「秋月さん。じゃあ帰りましょうか」
「ええ。そうしましょ」
教室を出ると、誰も居ない廊下だというのに、見知った顔に出会わないか、そわそわしてしまうものだ。
秋月さんも同じ気持ちのようだった。
同じことを考えていて笑ってしまう。
そんな嬉しそうな顔を見るだけで、俺は幸せである。
それだけでいい。
廊下を歩いて、下駄箱まで来る。
「秋月さん? 手を離さないと靴履けないですよ??」
「……」
秋月さん?
駄目だ、この人話を聞かない人だったわ。
いや、だから、手を離さないと靴を履けないのである。
あわあわしているけれど、解決方法は単純明快だからね。
手を離すんだ。
緊張しているとか関係ない。
いや、秋月さん。
だから手を離して……。
あんた、繋いだ手を離したら死ぬんか。
ダブルアーツか、俺ら。
「手を離して、靴を履けばいいのでは?」
「片手で頑張るから大丈夫!」
何でなんだよ!
無茶苦茶すんな!!
学校で手を繋いで帰るなよ!!


人間の身体は約三ヶ月で作り変わっていく。
ならば、同じ家に帰り、同じご飯を食べている彼女はもう、東山家の家族同然なのである。
いや、同然なんかじゃない。
本当に家族だとみんな思っているだろう。
だからって、頭東山になっていい訳じゃないからな!?
心身共に健康で幸せな人間ほど、物事を楽観視する傾向がある。
出会った当初と比べたら、秋月さんも変わったものだ。
他人行儀で悲観的な部分も少なくなり、今となっては牙を抜かれた狼である。
子犬くらいに懐いている。
萌花曰く、れーなはまともに見えるだけで依存先が変わっただけ。
簡単に依存症が直るなら、この世に医者も薬もいらない。
一時的には満たされるが、また依存してしまう幸せのスパイラルである。
メンヘラクソ女は、生まれてから死ぬまでメンヘラクソ女である。
女の敵は女。
アイツが居るせいで女性の社会的地位が上がらないのだ。
いや、だからアンタは親友だろうに。
少しくらいフォローしてあげてほしい。
そう言いつつも萌花も萌花で、深夜二時まで秋月さんの長電話に付き合っている。
彼ピッピの俺の犠牲の犠牲になってくれていた。
とはいえ、ボロクソに言っていいわけではないぞ。
……東山家でまともなのは俺だけだな。


それから、校門を出ていつもの通学路を歩いて帰っていく。
学校から住宅街を抜けて、駅前からちょっと離れた家まで向かう。
会話しながらでも落ち着いて歩ける見慣れた景色。
人も車も通らず、のどやかなものだ。
秋月さんとは、いつもと変わらない話をしながら、俺は相づちを打つ。
日常とは、退屈で代わり映えはしないものだ。
学生の殆どは毎日同じ道を通り、学校に通って帰るだけだ。
変わっていくのは季節の流れと空の色合いくらいだ。
それでも毎日楽しく笑え合えるくらいに、俺達は充実した日々を送っているのであった。
七月なのに地獄みたいに暑い。
そんな中でも夏の暑さに負けずに楽しく過ごせるのは、やっぱり色々な人のおかげである。
楽しくなければ、学校がいい所だと気付かなかったはずだ。
いつも秋月さんと帰っているはずなのに、色々考えるものだ。
大切なものは守りたい。
俺は不器用だから手が届く範囲しか守れないけれど。
それでもそう思う。
「……秋月さん、家に到着しましたよ?」

ーーッ!?

はよ手を離せや!
何でや。
ドン!!
って効果音と共に、足を踏ん張るんだよ!?
自分のターン+1000
ワンピースカードゲームすんな。
往生際が悪いんだよ。
この手を離したくない。
アロンアルファで接着したい。
それは分かるんだが、聞き分けがない女の子は嫌われるということを知れ。
「本当は迷惑を掛けたくないのだけれども、手を離したくないという気持ちがあるの」
可愛く言っているけれど、家の玄関前ですることではない。
理性が暴走しておる。
この後に及んで、いきなり荒ぶるの何なんだ。
さっきまでの落ち着いた雰囲気を壊すなよ。
秋月さんは、よんいち組の誰よりも我が儘で、自分が一番好かれていたい女の子だ。
普通なら、恋愛至上主義は批判されるものだが。
そんな自分勝手な願いでも、誰よりも愛されたい。
それは、人間ならば当たり前の感情である。
人は愛されて生まれるのだ。
ならば、誰よりも自分の幸せを願うのは真っ当な考えだろう。
女の子が白馬に乗った王子様を求めるように。
男の子が美人で可愛い女の子がお嫁さんになってほしいのと同じように。
人は一番幸せな夢を見て生きている。

そんな願いは身の丈に合わないかも知れないが、人並みの幸せとも言える。
人間の欲は無くなることはない。
……たとえ叶わぬ願いだとしても、俺達は欲望を憧れに変えて。
未来への原動力として、それぞれの願いを叶える為に生きている。
この世界に生きている限り、誰だって特別な存在だ。
幸せじゃないといけない。
だから、秋月さんが人に好かれることに執着するのも分かる。
可愛くて料理が出来て気が利く。
それは確かに素晴らしいことだ。
しかしそれは、白鷺の目指すベクトルとは別次元の話である。
他人に好かれる為に生きるなんて、悲しいことだ。
そんなことをしなくても、彼女の幸せを第一に考え、尽くす。
家族として大切に思っている。
それは、確かなのだから。

ずっと前のことだ。
俺がまだ幼稚園の時。
おばあちゃんが言っていた。
たとえ世界を敵にまわしても守るべきものがある。
それが家族なのだと。
そう思える人が貴方の家族になる人だと。
あの時は小さ過ぎて分からなかったが。
嗚呼、そうなのだろう。

今思い返すと、おばあちゃんも頭東山だった。
俺の家系の女性は、一か百でしか考えられない人ばかりなんだろうか。
人間は素直な方がいい。
取り繕ったところで、人は自分以上の人間にはなれない。
諸行無常の世の中故に。
素の自分をさらけ出す。
それが美しいとも言えるのだろうが。
そもそも母親とおばあちゃん、血縁関係ないやんけ。
うちの家系は、どないなっとるんや。

「やばばバーバリアン! お兄ちゃんと麗奈ちゃんがおてて繋いでる!」
げぇっ。
東山家のクソガキやんけ。
家に入る前だというのに、一番見付かってはいけない人間に見付かった。
腹押したらクソうるさいニワトリみたいな声を出すからな、こいつ。
あと、バーバリアンってなんだよ。
「陽菜ちゃん……」
流石の秋月さんも動揺していた。
俺ん家の前で、修羅場っぽい雰囲気流れているの何で??
「左手空いてるから陽菜も手を繋ぐー」
なんでや。
さも当然の流れっぽく、俺の両手を塞ぐなよ。
「……おい、陽菜。トイレ入ってから手洗ってないぞ」

「ふぁっー!?」

秋月さんがニワトリの鳴き声出していた。
いや、違うんだ。
……何かすまない。


「うわぁぁぁん、ママも手を繋ぎたいのにいぃぃ!?」
お前は帰れ。
三十代後半になって、子供の前で号泣すんな。
金輪際、手を繋いで家に帰らないことを誓った。
「あらあら、手が空いてないなら仕方ないわねぇ」
仕方なし。
そういいたげに。
慈愛に満ちた抱擁力で、俺達三人を抱き締めるマッマ。
いや、これを物語のオチにするなよ。
東山家さいこー!
母親よ、秋月さんを洗脳して頭東山にすんな。
訳分かんねぇよ。
おまけだからって、何でもしていいわけじゃねぇぞ。
いい加減、この作品は起承転結の概念を持ってこいよ。
投げっぱなしにすんな。


おまけのおまけ。
まごころ込めて足蹴にしたうどんを、パパに振る舞う東山ガールズ。
パパいつもお仕事お疲れ様。
美味しいうどんを食べて、明日もいっぱいお金を稼いできてね♪
パパは窓際族じゃなくて、区役所の公務員。
パパ、愛する家族の為に毎日頑張る。

……おい、俺の親父をネタにすんな。
これでもちゃんと尊敬しているんだぞ。
毎晩まで働いて持ち家まで持っている親がどれだけ凄いことか。
汗水流して働くことの難しさよ。
チッチ、嫁と娘達の足でこねたうどんを食べながら号泣。
美味しい。美味しい。
そう言いながら毎日仕事を頑張る親父なのであった。
いや、マジでやめてくれ。
おかわりもいいぞ。
遠慮しないでいっぱい食べてね。
そう言われて目を輝かせる親父であった。
……頼む。頼むから、東山家の家長としての威厳を保っていてくれ。
アンタ、先月陽菜や秋月さんが水着が欲しいからって、おこづかい返上して頑張っていたよな?
尻に敷かれ過ぎなんだよなぁ。
それでも母親や娘達のことが好きなのは分かるけどさ。
料理一つで感極まるのやば過ぎだと思うんだが。
それも愛なのかね。

東山くんもいっぱい食べてね。
……いや、俺も同じだったわ。

東山家さいこー!

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