この恋は始まらない

こう

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第六十七話・全ての好きも愛さえも。夏コミ三日目。

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夏コミ三日目。
午前中は漫研部の売り子をして、午後から小日向達と共にジェムプリの合わせをすることになっていた。
サークルスペースでは、俺と女子の後輩二人で切り盛りしていた。
「ねーねー、東山先輩。何で今日は女装してくれなかったんですか~? 売り子するならそっちの方が人気出て、売り上げがあがるのに」
殺すぞ、クソアマ。
今の俺が、漫研部に顔が出すのもやっとなくらいに忙しいのは、こいつが一番知っているはずだ。
同じ同人作家だからこそ、夏コミまでの準備の大変さや、苦労を知る相手なのに、煽ってきていた。
そんな中でも、俺は漫研部の三年生だから、何とか時間を作り、漫研部の合同誌の為に頑張っていた。
オリジナルで、十数ページ書き下ろしは、死ぬわ。
俺としては充分なくらいに貢献しているのに。
その上でコスプレしろと?!
てめぇ、ぶち殺すぞ。
先輩に対する態度がなっていない。
コスプレするにしても、今年入ったばっかりの可愛い一年生にやらせとけよ。
初々しい女の子の方が需要あるだろう。
「先輩~、それってセクハラですよ」
「お前もだよ!」
男の俺に女装をさせるな。
腐女子の目の保養にすんな。
「ほらほら、漫研部って華がないですよね。まあ、漫研部なんて典型的なオタクしかいないから仕方ないんですけど。……あ、そうだ。東山先輩の可愛い彼女さん呼んで来て下さいよ」
俺の彼女なら、二つ返事で売り子を手伝ってくれるだろう。
そう考えているのであった。
いや、こいつは、小日向が部室に入り浸っていたり、白鷺が俺のサークルのメンバーなのは知っているけどさ。
「……お前、図々しいよな」
ようそんな態度が取れるものだ。
そもそも、お前はよんいち組の奴等と直接会ったことも会話したこともないだろうに。
俺の知り合いだからと、友達面する顔の厚さよ。
BL同人作家の隣に太陽系の陽キャを置いたら、その輝きで身体が滅するぞ。
「そんなに売り子でアドを稼ごうとするなら、お前がコスプレしろよ」
「コスプレするなら可愛い女の子がいいんですよ。地味な腐女子がコスプレして喜ぶ人は居ませんから~」
「いや、そんなことないだろ……」
別にそうは思わない。
「しぇんぱい……」
「お前みたいな、クソほど地味な腐女子でも、生物学上では女の子だし、地味娘のエロ同人でも一定層の需要はあるじゃん。頑張れよ」
「先輩、畜生っす。鬼、畜生、元ヤン」
うっせえ。メスガキめ。
ガンダムに出てきそうなサブキャラの面しやがってからに。
地味なやつがどや顔してもキモいわ。
あと、元ヤンは母親だ。
「あのな、綺麗なやつだって、ちゃんと努力をしているんだよ。俺の身内だからって、軽々しくあいつ等を利用しようとするな」
「パイセン、いっつも愛妻家っすよね~。好きなら、面と向かって褒めてあげればいいのに~。……あ、わたしは??」
嬉しそうに催促するな。
クソ後輩でしかねえよ。
「お前は部長なんだから、もう少しちゃんとやれよ。前部長に託されたんだろ……」
「そもそも何で私が部長なんすか。文句言うなら、東山先輩が部長になれば良かったんじゃないですか? うちの部活で一番実力高いじゃないですか。手を抜くなっす!」
「殺す気か!?」
出来るわけない。
これ以上称号が増えたら死ぬわ。
ただでさえ、今の仕事のタスク管理が死ぬほど大変なのに、部長になって漫研部の連中の指導とか出来るか。
今年の一年生は、お前とは違って、シャーペンでイラストしか描いたことがない赤ちゃんしかいないんだぞ。
大半がペンタブすら一度も握ったことないとか普通に死ぬわ。
「先輩を尊敬していて入部してくれた人もいるんですから、ちゃんと面倒見てあげてくださいよ~」
「……追々な」
「そう言って、もう夏コミっすよ~。夏コミ終わったら、冬コミまで直ぐっすからね。そしたら先輩も高校卒業ですよ。あ、卒業式の胸元のお花は自分が付けてあげるっすね!」
時がどんどん加速している。
え、もう俺って卒業するのか?
忙しい忙しい言っていたら、直ぐに時間が過ぎていく。
高校生までの間に、描きたい漫画の内容があと数十個はあるのに……。
「それ大体メイド服じゃないですか。高校卒業しても死ぬまでメイドさんを描くんですから、少しは休んでもいいんじゃないですか?」
「脳内の出力が遅れると、感性が鈍るから駄目なんだよ!」
「……相変わらず面倒な人ですね。今期のアニメの同人誌を夏コミに向けて描く熱意で、毎日メイド服を執筆するのパイセンくらいですよ。メイド服専門のファッションデザイナーっすか?」
オタクは、いつだってアイディアを考えているものだ。
ネタになりそうなものは直ぐにメモして、使えそうな衣裳や小道具は写真に撮っておく。
特にメイド系同人作家の多くは、漫画に登場させる小物は多く、可愛いティーカップや洋菓子のデザインはいいものを使いたいからな。
日頃から写真はよく撮るものだ。
コーヒーよりも彼女の写真を撮れと怒られてでも、頑張って続けている。
「……インスタクソ女みたいなことしてますね。それを、わざわざツイッターに上げるから、ファンの子に、東山先輩が女の子みたいな可愛いカフェやグッズが好きだと思われるんですよ」
「コメント載せてないのに?!」
自分の保管用だ。
ツイッターには、漫画で使える可愛い写真だけしか載せていないのに。
お前らは、何故に嬉々としてコメントを書くのだ。
「案件匂わせない分、逆にガチっぽいっす。最近、カフェの特定班出来てますよ。先輩の座った席で同じの頼むの流行ってます」
なにしてんの、あいつら。
ただのストーカーやん。
「ええい、本職以外でツイッター使わんわ。俺は同人作家なんだから、淡々とイラスト上げてればいいんだろ」
「……ファンが悲しむからやめてあげてください。パイセン、いい加減に女の子の気持ちを理解してくださいっす」
どないせい言うねん。


そんなこんなで、小日向達と合流する時間が来る。
「それじゃ、すまないが俺は用事あるから行ってくるわ。後はよろしくな」
「はいっす」
「頼むぞ?」
「はぁ、ウチのママみたいに何度も念を押すのやめてくれます? いつも問題起こすの、パイセンだけですからね? 普通の人は平凡な生活しているから問題を起こさないんですよ」
こいつ、殺す。


それからサークルスペースから離れて、東から移動してコミケ会場から一旦出る。
国際展示場の駅前で、小日向と白鷺に合流するわけだ。
ワイワイ。
いつもながら、コミケ関係ない人混みが出来ているのなんでぇ。
流石、小日向と白鷺だけあってか、遠巻きに見ても一発で分かる。
可愛い女の子は、身に纏う雰囲気すらも可愛い。
二人とも、よそ行きの夏ファッションがとても綺麗であり、尚のこと目立つ。
小日向は今時のラフな夏服。
丈の短いTシャツに、ミニスカート。
上着に日除けのパーカーを着ていた。
白鷺は真っ白いワンピースに、つばの広い帽子を被っている。
両者共に自分のコンセプトに合った可愛い格好をしていた。
そりゃ、あんだけお洒落で可愛い格好をしていたら、ファンの女の子に囲まれるわ。
オタクなら、コミケ行けよ。
とは思うが、一般人からオタクになった娘も居そうだ。
一人か二人くらい可愛い可愛い言いながら発狂しているが、あれは多分俺のファンだろう。
頭の構造が多分そう。
他のやつとは違うのだ。
俺が来るまでの待ち時間にウザ絡みするなよ、マジで。
あの、人の輪の中に入りたくない。
「あ! ハジメちゃんだ!!」
小日向が気付いて、俺に指差しをする。
釣られてファンの連中は振り替える。
数十人が一斉にこちらを見る。
血眼になっていた。
怖い。
サイコホラー過ぎる。
これから殺されるやつだ。
目の前のやつは、じろじろと俺を見てくる。
「あ、今日は男の子の格好なんですね……。そう言えば、生物学的には男の子ですものね」
お前は、意味が分からない気の落とし方をするな。
人の性別をねじ曲げるな。
楽しみにしていたのに。
せっかく、新幹線を使って東京まで出てきたのに。
繁忙期の新幹線は高いんですよ。
割り増し料金が四百円も掛かるんですよ。
そう語るファンであった。
やめろ、まるで俺が悪いみたいじゃないかよ。
一般人がそこまでして、コミケに来るもんじゃねぇからな?
しかも、お前。
昨日もコミケにいたじゃねぇかよ。
カプセルホテル泊まってんじゃねぇよ。
「東○-76a」
「なん、だと……?」
「書き下ろし16ページ」
「……あ。すみません。またあとでゆっくりお伺いしますぅ……」
魔法の言葉で、厄介ファン達は居なくなる。
ガチ勢が故に、こいつらは扱いやすい。
新刊の為にダッシュすんな。
「私の前に集え!」
聖女ジャンヌダルクみたいなポーズをして、仲間を先導する。
他のやつも巻き込むなよ。
小日向や白鷺のファンはまともなんだよ!
俺のファンはイカれていやがる。
勢いが凄まじい。
急ぐのは構わないが、知名度が無いに等しい漫研部の合同誌だから、走って行かなくても別に売り切れるわけがない。
……コミケが終わったら、新刊のデータはツイッターに流すし。
だから、あいつらのダッシュは完全なる無駄である。
いや、真のオタクは、ネットで内容が読めるとしても、実際の本を手元に置きたがるから、必死になってしまう気持ちも分かる。
コミケで流した血と汗は無駄ではない。
無駄ではないんだ。

いや、マジであいつら。
コミケ初参加で何やってんだ?
何で俺よりも充実したオタクライフ送ってんの?
馬鹿なの??
昨今では、中高生の学力低下が問題視されており、偏差値が年々悪くなっていると聞いていたが。

「ハジメさんをお慕いしている方々はお元気ですね。羨ましいですわ~」
ふゆお嬢様のファンは、異常さを疑うことなく冷静に褒めていた。
あ、駄目だわ。
俺のファンの頭が特に悪いだけだったわ。
小日向や白鷺のファンは、頭が良いとか悪いとか以前に常識があるやつしかいない。
まあ、俺のファンはかなり口が悪いが性格が素直な分、悪いやつではないんだろうがな。
俺の同人誌を買ってくれるし、ファンであることは間違いないからな。
中高生のファンは、多感な時期だからテンションがおかしいだけで、落ち着いたら大人しくなるかも知れないだろう。
長い目で見よう。
……問題は成人組だが、あえて語るまいて。
あいつらは永遠の思春期だからな。
大人になれなかったんだろう。

ファンの子には悪いけど、駅前で騒がしくするわけにはいかないので、早々に散ってもらう。
一時過ぎにはコスプレ広場に行くから、その時間に集まってほしいと告げると。
ファンとは陰ながら応援する存在。
お忙しい中で気を遣ってもらうわけにもいきません。
待つのは構いませんと、二つ返事で承諾してもらえた。
なんて優しいのだ。
……俺のファンなら、ぜったいに悪態付いているわ。
詫び石を寄越さないとキレる。


駅前からコミケ会場に戻る。
ファンの子達と別れてから、小日向と白鷺を連れて、アマネさん達と合流する。
前回と同じように、コスプレの更衣室の前で待ち合わせだ。

アマネさん達は先に着替えていたらしく、ジェムプリの格好をしていた。
「皆さん、お疲れ様です」
「ハジメちゃん、おひさ!」
「ちゃす」
ルナさんよ。
挨拶をくっそ略すな。
ルナさん的には、こんにちはですと言っていた。
何度もコスプレしたり、遊びに行ったりしているから、適当な挨拶をしても失礼ではないし構わないけれど。
ジェムプリの真珠ちゃんのイメージからは掛け離れていた。
きらびやかな衣裳を着て、コスプレしているんだから、オラオラするな。
真珠ちゃんは、ジェムプリの中でも数少ない穏やかなキャラだ。
真珠色の真っ白な衣裳が似合うおっとり系。
ルナさんとは、正反対の性格である。
まあ、コスプレにおいて、キャラとレイヤーの印象が別なのはよくあることだ。
だからといえ、キャラ崩壊はしない。
ルナさんだって、レイヤーとしては一流。
今は濁った池の水みたいな目をしているが、撮影時には目がキラキラしていた。
ストロボを浴びれば、誰もがアイドルだ。
綺羅星。
アニメキャラみたいな目の輝きを放つ。
その輝きの強さは、瞳の真ん中に星マークが現れているかのようにすら感じてしまう。
いや、マジで。
眼球細胞を変異させ、発光させていた。
化物みたいなことすんなよ。
他の作品なら漫画的表現で済ませるところを、ホラーにしないでくれ。
目の輝きの理由はなんであれ、ルナさんにとってコスプレは天職であった。
「いやでも、ルナは愛想悪いからな~」
「愛想など不要。レイヤーはコスプレだけしていればいい。コスプレの借りはコスプレで返すべき」

「わぁ、大人……」
小日向は、ルナさんの大人っぽいそのセリフに感銘を受けていた。
いや、多分意味合いが違うぞ。
この人は、何もしたくないだけだ。
働きたくない。
ニコさんの撮影やイベントの裏方に徹しているのは、性格云々関係なく、働きたくないからだ。

一緒に仕事をしている部分しか知らないから憧れてしまうが、かなりの駄目人間である。
社会人が働いている昼間からスーパーカップ食べているくらい自堕落だと語るニコさんであった。
「……え? 私のバニラアイス食べたの、ルナだったの??」
ただの窃盗罪である。
社会人のストレスを癒すアイスを奪った罪は深い。
万死に値する。
ジェムプリの格好をして、冷蔵庫のアイスをめぐり醜い争いを始める二十代後半。
のちの百円戦争である。
別に百円ちょっとのアイスくらい勝手に食べてもいいじゃないかと思うが、アイスくらいで離婚騒動や暴力事件が起きるのが人間である。
親父がアイスを食べて、母親に投げ技喰らわされていたこともあったか。
……ほんの些細な出来事であっても、それがトリガーになる場合があるのだ。
友達とはいえ、礼儀は必要だ。
肝に銘じておこう。
誰だって百円ごときで大切な人と揉めたくないからな。
「ハーゲンダッツで手打ちにして」
「抹茶ならいいわよ……」
「あ、アタシはラムレーズンね!」
ラムレーズン異端者だ。
火炙りだ。

……だから、早く着替えて撮影しろよ。

抹茶、チョコミント、ラムレーズン。
アイスのキワモノ同士で仲良くすべきだというのに、虚しき殴り合いが始まる。
長々とアイスの話題で話し合うな。
小日向と白鷺なんか、中々話が終わらないから、昨日撮影した写真を見ながら楽しそうに話しているし。
こいつら、全員。
コミケ会場の慌ただしさなど気にせずにマイペースであった。
俺達が全然動かないから、通行人からはどこで何時からコスプレするか聞かれるし、楽しみにしている人がいるんだから早くしてくれ。
「みんな、早くコスプレしようぜ……」
やれやれ。
慌てる必要はないのに。
このメンバーで集まることが重要だ。
今日のメインであるみたいな顔をするな。
これだから女は……。
はあ、井戸端会議が好きなようだ。


それからアイスのことで話し続け。
やっとのことコスプレ衣裳に着替えるのであった。
なげえよ。
俺は、一度男子更衣室でダイヤちゃんの衣裳に着替えて、外に出てからアマネさんの手によって化粧をしてもらう。
多少は化粧も覚えたけれど、流石に本職の人に化粧をしてもらった方がいい。
アマネさんの顔が近い。
怖い。
「推しのコスプレを、推しがコスプレしてくれるんですから、私に出来ることは完璧なダイヤちゃんにして、コスプレ広場かな送り出してあげることだけです。化粧に集中していますから、心配しないでください。……はあはあ、私の全てを使ってでも可愛くしてみせますッ!」
その目をやめろ。
情緒不安定やん。
私以上に可愛いダイヤちゃんにすると誓いましょう。
安心してください。
何もやましいことは致しません。
謳い文句が百合漫画みたいな感じだけど、まあいいや。
コミケスタッフの女性が滅茶苦茶こちらを見ていた。
宝石の女王✕ダイヤちゃん。
覇権カップリングじゃあああ。
見ていないで助けろや。
スタッフの仕事しろ。
そもそも劇中で、宝石の女王もダイヤちゃんもほとんど絡みねえじゃねえか。
同人カップリングを捏造するな。
原作にないなら創ればいい。
その発想はなかった、……じゃねえ。
気付いたらアマネさんに、手首を抑えられていた。
身内の女性の身体能力が軒並み高過ぎるから、俺じゃ勝てないんだよ。
この握力の強さは、女の子じゃない。
……メスだ!
頼む。
化粧に集中してくれ。


化粧が何とか終わったところで、ニコさん達が戻ってくる。
「おまた。あれ? ハジメちゃんがやつれている」
「アマネのおもちゃ」
「ああ、そうなるわな」
いや、そうなるの知っていたなら、最初から俺の相手をアマネさんにしないでくれ。
「だってアマネが、じゃんけんで勝ったから」
誰が誰の化粧するかは、じゃんけんをして決めたらしい。
無論、アマネさんが勝利した。

俺の命を握る者を、じゃんけんで決めんなよ。
俺からしたら、化粧してくれるならニコさんかルナさんがいいんだが。
「アタシは、化粧するなら可愛い女の子がいいから」
「同じく」
だからって、毎度毎度アマネさんの相手をさせるのやめてほしい。
コスプレする度に、何度も死線を越えたくない。
可愛い可愛いつぶやきながら顔の手入れをされていたから怖い。
いや、事務所にいるメイクのみーちゃんも、撮影時は可愛い可愛い言いながら俺の化粧をしてくれるし、女性が他人に化粧する時はそう言うものなのか。
女の子は、可愛いって言うの好きだしな。
「は? 言わんで??」
「俺の時は言っていたけど……」
「ハジメちゃんだから特別なんじゃない? ほら、男の子がTSしたら付加価値が付くじゃん? そういうこと」
いやいやいや。
まったく説明になっていない。
女装とTSを同列視するな。
男の子を化粧させて、可愛い女の子にすることで自分の欲求を満たす異常者の集まりである。
アマネさんは、注釈する。
「一つ間違いがあります。女の子ではありません。『男の娘』です」
アマネさんは熱く語る。
男だからいいのだ。
完全な女の子だったら、それはもう女装じゃない。
メスだ!
私達女は、同類の女なんか純粋な目線で愛でられない。
いっそのこと、男の娘版きららアニメ出して欲しい。
……いや、それ重要なの?
そこまで同性を嫌う理由は知らんけど。
食い気味に訂正する必要があるのか。
野郎の俺には、男の娘属性なんてないから、そこまで語れる差がわかんねえよ。
「アマネ、ハウス!」
ニコさんが諌めていた。
最近、アマネさんのキャラが濃いな。
コミケ会場ということで、水を得た魚のようにイキイキしているのであった。
夏コミの暑さに負けずに、機敏に動きまわる。
宝石の女王のフルドレスは暑いだろうに。
甲冑のような完全武装でいても、それを感じさせないくらいに元気だ。
「二十○歳……」
いや、その耳打ちは外道だぞ。
女の子の実年齢をバラすなよ。
ルナさんみたいに人生に疲れているよりかはマシである。

アマネさんの熱気が、圧力が凄まじい。
年上こわい。
男として喰われる。
生物としての恐怖を覚えた。
「アマネ、ハジメちゃんが怯えているからやめろー。可哀想だろ」
「可哀想……。アマネの頭が」
仲良しかよ。
ひーこわいこわい。
小日向と白鷺のところに逃げてくる。
「あ、そうだ。三人で写真撮ろうよ! SNSに上げないとね!」
「ふむ。ファンも楽しみにしているからな」
こっちもこっちで面倒なことになっていた。
記念撮影を始める小日向である。
スマホを向けていた。
「俺はいいやろ……」
ルビィちゃんの隣には、ダイヤちゃんは必要。
メインヒロイン不在では、ジェムプリの画が締まらない。
なるほど。
小日向の指示に従い、俺達はポーズを取る。
ルビーにダイヤモンド。ラピスラズリといった、違う色の衣裳が一つの画に纏まるのであった。
サラッと俺を中心にするな。
「ダイヤちゃんは純白だし、左右に青と赤の方がSNS映えするよ」
絵面がもはや、フランス国旗やんけ。
仕方ない。
最終奥義を使うしかない。
……消しゴムマジックで消してやるのさ。
「送信したよ」
だから、撮った内容を確認する前に最速でSNSに上げるな。
全世界に、お前のファンが何十万人居ると思っているんだよ。
こいつ、いつも俺の姿を無断で上げる。
小日向は、根本的な部分はインスタクソ女だから、ことある毎に自撮りをする。
思い出は写真に撮って残したい。
ファンのみんなに、この気持ちを共有したい。
綺麗な風景。
可愛いカフェ。
その中心に、いつも小日向の顔が写っているけど、お前の姿いる?

それ以上に俺の姿はいらないはずだ。
野郎の写真を見たいやつはいない。
「え~、そんなことないよ。ハジメちゃんが自分の写真を上げたがらないから、私が代わりに上げているのに~」
なんや、それ。
一日一回は、俺の写真を撮っておいて。
ジュリねえから、仕事の一環としてそう言われていたらしい。
なるほど。
すまない、小日向。
いつも俺を隠し撮りしているから、新手のストーカー行為だと思っていたわ。
まあ別に恋人だし、恋人の盗撮は犯罪行為ではないから見逃していたが、最初に理由を言ってくれ。
そうであれば別に写真くらい撮らせてやったのに。
「え~、ハジメちゃんは、ぜったいに難癖付けてやりたがらないじゃん」
「まあそうかも知れないが……」
小日向は、俺の性格を熟知しているだけあり、的確な指摘をしてくる。
ファンの連中の為に毎日時間を作って写真をアップするなんて、俺の性格を加味したら絶対にやりたがらない。
無駄だからな。
あいつらにそんな価値はない。
お前等ファンは、毎日ツイッターを確認する暇があったら、平日は学校の授業をちゃんと受けて、土日はお父さんお母さんの手伝いをしてやれ。
自分がすべきことをしてから、好きにしていいのだ。
俺にああしろ、こうしろと言いたいのであれば、話はそれからだ。
俺のファンで居たいなら、それが必須条件である。
あと、何故か俺の写真を執拗に求めるやつがいるが、そんなもん見ても詰まらないと思うぞ。
俺の日常なんて、絵を描いてコーヒー飲んでいるだけだしな。
そればかりを写真として載せるわけにはいかないだろう。
だったらやらない方がいい。
「写真とか、小日向や白鷺みたいな可愛い女の子だけでいいやろ」
えへへ。
照れんなよ。
そういう意味じゃないからな。
「……ハジメちゃんは可愛いよ?」
「別にそこはフォローしなくていいからな」
自分の顔は普通だ。
それに野郎だし、顔を褒められたところで嬉しくはない。
顔面偏差値マックスのやつに囲まれているけど、別に拗ねているわけではないぞ。
陰キャだしな。
白鷺みたく、考えているだけで儚そうな美しさを表現出来ないだろう。
「ふむ。しかし、テニス部の後輩も東山は可愛いとよく言っていたぞ。新一年生でも東山の名前を知っている者も多いからな」

白鷺の後輩曰く、同級生の小さい女の子が、三年生に読者モデルをしている有名人がいると、親切丁寧に教えてくれたらしい。
三年の俺達のことに詳しい女子がいる。
白鷺よ。
それはちょっと詳しく聞きたいんだが。
それってもしかして、俺達のクラスによく遊びに来ていて、お前達とお昼ご飯をよく食べたがるクソガキじゃないか?
いつも頭悪そうな顔していて。
落ち着きがない。
イニシャルは多分、HHだと思うわ。
あ、俺もHHだったわ。
東山陽菜、我が妹である。
「ハジメちゃん、陽菜ちゃんにも写真送っておいたよ」
「実妹にコスプレ送んなや!」
お兄ちゃんがお姉ちゃんになっている写真を見せんな。
お兄ちゃんはおしまい。
ただでさえ少ない兄としての威厳がなくなっていく。
ママみたいだね。
心が声にならない悲鳴を上げる。
もうむちゃくちゃだよ。
このアホ、小日向と陽菜が二人して絡むといいことがない。
陽菜と仲がいいのは構わないが、俺の知らぬところでやってくれ。
俺を巻き込まないでくれ。
頼むからウチのクラスに来ないでくれ。
と俺が如何に懇願しても、妹の陽菜は、クラスメートのウケがいいからな。
あのアホは、よんいち組に対して、年下の一年生であり、俺の妹という付加価値を有効活用していた。
元々一緒にいることが多い秋月さんは言うまでもなく、人見知りの萌花とも陽菜は仲良くしている。
小日向と白鷺は、一人っ子だし、可愛い女の子好きだし、言うまでもない。
「……私も妹が欲しかったから嬉しいぞ」
白鷺家の血から、大分掛け離れた性格しているけど、あんなんでも可愛いのか?
妹なんて、毎日のようにぎゃあぎゃあ騒がしい生き物であり、よく車の排気音より五月蝿くなるけど。
あいつの声帯は、マフラー改造してあるからな。
cv.怒りのデスロードだ。
まあ、それは目の前の小日向も変わらないか。
女の子の大半は五月蝿いものであり、お喋りをしていないと死ぬ。
寝ながら泳ぎ続けるマグロと一緒だ。
呼吸と同じく、お喋りは生命活動の為に必要な行動なのだ。
逆に、白鷺のように二人の時以外はあまり話さないタイプは珍しい。
小日向八割。白鷺二割。
その割合で会話が進んでいく。
小日向が喋っていると、白鷺が相槌を打つだけになる。
一人で会話をしていた。
そう考えたら、うっせえな。
この女。
少しくらい白鷺に話させてやれよ。
読者モデルは、自分を表現する職業故に、自分の発言を押し付けるのが普通だ。
カリスマ性とは、如何に我が儘であるかだ。
普通である必要はない。
自分を貫き通し、自分が特別な存在だとファンに教え、叩き込むのだ。
私は最強。
世界一可愛い。
楽しい楽しい。
うおおお。
……やばいやつである。
小日向は、姿かたちは陽キャだが、空気が読めない典型的なタイプ。
アホの子だ。
自分のような才能を、他人も持っていると思っている。
だから、小日向は純粋に他人を尊敬出来るのだろう。
そんなやつは他人から好かれやすい。
愛され体質である。
可愛い女の子は、それだけで得である。
「ハジメちゃん、ハジメちゃん」
愛嬌たっぷりに笑いながら、こちらの反応などお構い無しに、止めどなく話し掛けてくる。
俺達はもう慣れたけど。
いや、やっぱつれえわ。 

「小日向うるさい」

「うおおおん」
何で前より叫び声が悪化するんだよ。
ルビィちゃんの見た目で、天高く吠えるな。
お前のジェムは、曇っているんだよ。

俺達の夏コミ三日目。
開幕。

……だから、早くコスプレしろよ。
こいつら、更衣室前の入口から、全く移動してねぇ。


神視点。
ハジメ達は、無駄なやり取りをしたあとに、コスプレ会場に移動した。
コミケ三日目だけあってか、昨日の人混みよりも激しく、撮影に来るカメラマンも多いのであった。
誰の人気で集まったのかは分からないが、ハジメ達の周辺には人だかりが出来ていた。
有志のファンが、コスプレの列整備をしているあたり、民度の高さが伺える。
「主人公のルビィちゃん。裏主人公のダイヤちゃん」
「アクアちゃんに、真珠ちゃん。ラピスちゃんに、宝石の女王まで揃い踏みとは、ジェムプリファンには堪りませんわぁ~。激写、激写~。みんな可愛いですわぁ~。夏コミ最高ですわぁ~」

ニコは問う。
「あーね。あの子、ハジメちゃんのファン?」
「しらね」
あんな異常者は知らん。
この子は、ファンのことを何だと思っているのか。
「いや、マジで知らん顔ですよ……。ツイッターの垢は知ってるのかも知れんが……絶対に初対面だわ」
「あ~、君。日頃からやばい女に好かれやすいもんね」
ニコは染々としていた。
日頃からやばい女が誰のこととは言わない。
ただまあ、ニコだって、たまには疲れることがあるのだ。
今日は、テンションが上がらない。
いつもはニコがユーチューブで好き勝手している印象が強いが、何だかんだニコとハジメは苦労人である。
二人の共通点として、周りに面倒を見ないといけない変人がいるせいか、下手に常識がある。
それは、ライフル片手で突っ込んでくるファンの強行に対処が遅れる原因になる。

ハジメのファンの子は、ファッションが好きで読者モデルを知っているだけあってか、みんな可愛くスペックそのものは高い。
コミケに来る格好としては、かなりお洒落であり、そのままカメラを向けられたら様になるような格好をしていた。
アニメキャラみたいなルックス。
写真に映える明るい性格。
これが一般女子のスペックだ。
作画の無駄遣いである。
名も無きファンの質が異常に高い。
とはいえ、彼女もまた、夏休みに彼氏を見捨ててでもコミケに参加している猛者だ。
彼氏と旅行して、カメラを向けられることよりも、推しにカメラを向けることを選択した人間だ。
面構えが違う。
「普通、ニコンの一眼レフ片手に初見が突撃してくるかね?」
「ニコさん、あれ幾らなんです?」
「ん~、わかんね」
二人はカメラに詳しくはないため、正確な値段はよく分からないのであった。
因みに、イカれたファンが手に持ち、推しを激写している一眼レフカメラは、ボディとレンズ合わせて数十万円はする代物だ。
同系統のカメラの中ではハイクラスモデルであり、夏に出たばかりの新作だ。
隣のプロのカメラマンが、彼女が使っている一眼レフを見てドン引きしていた。
二十四回払いだー!!
何やってんの??
……薄々やばい値段なのは二人も気付いていたが、ガチ過ぎる。
推しの画質は高い方がいい。
一眼レフカメラはとても高い買い物だし、月々の支払いに追われ、日々の生活が苦しくなるだろう。
だからと言って、推しに使うお金は尊いのだ。
推しを撮る行為を、誰かに任せるわけにはいかない。
自分で撮る推しの角度が好きなのだ。
自分の見ている景色を見ていたい。
我思う故に、我あり。
推しを尊ぶ心は、自分しか理解出来ない。
人は皆、同じではないのだ。
見ているものも、聞いているものも。
風を感じる感覚もみんな違うのだ。
人はどこまでいっても、孤独な存在であった。
その世界に光指す一つの光。
それが推しである。

いや、理解不能。
理解不能。
「コミケって魔物しかいないっすね」
「みんな、オタクだしね~。特にコミケは、狂ってるやつの集まりだし」
淡々と語るハジメとニコであった。
まあ、オタクに多くを求めるのは間違いであろう。
好きなことしか出来ないから、みんなオタクである。
今日だけは、好きなことをしていい。
他人に誇っていい。
コミケとは元来そういうものだ。
コミケには、その魅力がある。
たった一日だけ。
それでも。
ジェムプリ好きが全国から集まるのは、道理である。

「ジェムプリやんけ!」
ニコが目にしたのは、他のジェムプリの女の子の格好をしたレイヤーさんであった。
敵役である宝石の女王の部下。
いや、その姿は、数々の世界を救ってきた英雄を慕う仲間達だ。
宝石の女王の剣と楯。
モルガナイトと、アレキサンドライト。
劇場版ジェムプリだけのキャラクターではあったが、その人気はメインキャラにも劣らない。
甲冑を模したフルドレスを身に纏い、凛とした姿勢で、宝石の女王に頭を垂れる。
宝石の女王は、物語上は敵役とはいえ、同時に救国の英雄であることは事実。
人の子が天を仰ぎ見ることを許されないように、宝石の女王はそれほどに輝く太陽なのであった。
闇に堕ちた身とはいえ。
その輝きは、誰よりも美しい。
ルビーの名を冠する者。
それは、ジェムプリの世界において、とても重要な意味を成すことは言うまでもない。

レイヤーは、名台詞を述べる。
「女王様、今一度。我々をお側に……」
「……一度は許そう。だが、二度は許さぬ。二度と我から離れるな。次の世界を救うのには、我の手だけでは足りぬのだからな」
「女王様……」

突如、寸劇を始めるのであった。
ただただ、名台詞を語るジェムプリファン。
直訳すると、ジェムプリ合わせに参加させてください。
そう、素直に話してコスプレの合わせに参加したいと言えばいいものを。
オタクというものは、感動的で劇的な展開を求めるものである。
風夏や冬華はその手のノリが好きなため、かなり喜んでいたが、ハジメだけは冷静だった。
「なんやこれ」
ハジメとて、ジェムプリのアニメを熟読し、キャラクターの考察動画も目を通した身ではあったが、並々ならぬ情熱を注ぐレイヤーさん達には勝てなかった。
二十代後半の女共が恥かしげなく、中学生のキャラになりきり、楽しそうに絡んでいるのである。
いや、宝石の女王は、三十代の女性なのかも知れないが。
外部のレイヤーさんであっても関係なく仲良く出来る。
ジェムプリ好きに、悪いやつはいない。
特に、今目の前のレイヤーさん達は、劇場版キャラなのに、夏コミにコスプレ衣裳を用意して合わせてきたのだ。
アマネのように、劇場版を見てからすぐさまに準備をしてきたはずである。
ガチガチのオタクだ。
女の子同士の絡みに文句を言う男はいないのだ。
ハジメは静かにしていた。

「あの……」
ハジメは話し掛けられた。
ダイヤちゃんの正妻がルビィちゃんであるならば、ダイヤちゃんの副妻はブラックダイヤちゃんである。
ダイヤちゃんが、ルビィちゃんの仲間になってから、初めて本気で戦った相手。
純白の花嫁衣裳の対になる漆黒のドレスを着た彼女は、恥ずかしそうにしていた。
ハジメェ。
台詞だ、台詞。
オタクのノリを強要されるのであった。
白✕黒のカップリング。
アニメですら数話しか会話していないはずの、ニッチなカップリングがぶっ飛んできた。
ここ、ユーチューブに出てきた。
ダイヤちゃんまとめ動画を見ていなかったら、見逃してしまったであろう台詞だ。
名台詞を口に出すのは勇気がいる。
ブラックダイヤちゃんは、
「貴方と共闘する日が来ようとは思わなったわ」
第二期の名場面。
ダイヤちゃんとブラックダイヤちゃんは、四方を敵に囲まれ、目の前の敵に勝てるかも分からない状況。
その中でそう語ると、ダイヤちゃんは淡々とした表情で返すのだ。
「一日だけですよ」

伝説の共闘シーン。
敵同士だったのに、完全に互いの背中を任せる。
死闘を繰り広げただけあり、後ろの者が倒れるかも知れないという憂いはなく、目の前の敵に集中することが出来る。
ダイヤちゃんが、ぶっきらぼうに口にしたその言葉が、ダイヤちゃん推しの心に火を付けたのだ。
「しゅき❤️」
やばい。
この作品で初めて、ハートマークが出てきた。

流れ的に、オタクの面倒な掛け合いに渋々返したハジメだっただけなのに。
ダイヤちゃん推しに狙われていた。
黒✕白派だったが、白✕黒もいける。
東山ハジメという、根っからの男の子がダイヤちゃんをやっているからか、女の子の中にオスの匂いがする。
可愛いだけじゃない。
カッコ可愛いのだ。
メスとしての本能が目覚め。
新しい扉が開く音がした。
扉お姉さんである。
「……いや、意味分かんないですけど。俺は男だから、男と合わせなんですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ダイヤちゃんの場合は竿付きもいけますので」
イケイケな顔をして、親指を立てるブラックダイヤちゃん。
コスプレして、キャラ崩壊するな。
可愛い女の子にお○ん○ん付いているとか、それは寧ろお得である。
自分の推しキャラに竿付けんな。
その手のノリは、前回で終わらせたんだよ。

アニメキャラを好きに愛でるのはファンの勝手だが、純粋な百合にしろ。
ポッと出のキャラが、特殊性癖を語るな。
直接的な下ネタを語り出す。
エロ同人が販売されているコミケ三日目じゃなかったら、即行で逮捕されている。
ハジメを通して行われる、ダイヤちゃんへの風評被害は凄まじい。

オタク全開の話しは終えて。
ブラックダイヤちゃんの人は、絵描き兼レイヤーのお姉さんらしく、名刺を交換して自己紹介を済ませる。
「今日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ブラックダイヤちゃんと、ハジメは挨拶を交わして、二人で合わせをする。
互いにアニメのポーズを取り、構図を作るわけだ。
170センチ近い男のハジメと、145センチくらいのレイヤーさんとでは絵面がチグハグだ。
ハジメは気を利かして少し屈んで、目線を合わせる。
脚まではカメラに写らないから、多少は屈んでも問題ない。
推しキャラの顔が近い。
「神。……コスプレしにくい自分の身長の低さが大嫌いだったのに、そんなことされたら大好きになってしまいます」
「しらんよ」
そんなことで自分のコンプレックスを克服するな。
推しキャラの顔が近付くとか、自然とキスをしたくなる衝動に駆られる。
やめろ。
いや、誰か台座持ってこい。
「あ、台座ありますよ」
普通に台座を出してくるカメラマンであった。
こいつら、訓練されていやがる。
流石、歴戦のカメラマン達。
撮影に対しての用意のよさは、異常に高い。
コミケという色々な人が集まる環境故に、突発的な合わせは多々ある。
身長差があるレイヤーさんは多いから、どうしても台座が必要になるものだ。
もしも誰も台座を持っていなかった場合は、我々が台座になろう。
大丈夫だ、我々はカメラに写らないからな。
その考えの元に行動していた。
「ただの変態じゃねえか」
流石のハジメでも本音が漏れた。
カメラマンなら、写真撮れよ。
台座になるために、命より大事な一眼レフカメラを地べたに置くな。
命を捧げるな。
レイヤーさんがコスプレの華であれば、カメラマンは縁の下の力持ち。
SNSで上がるような華やかなコスプレの裏側では、皆が努力して撮影をしているのだ。
ブラックダイヤちゃんは、台座に乗って、ハジメの方を見る。
「こっちの方が目線が合って、仲良しみたいに撮れそうですね♪」
「……勘違いするんで、やめてもらえますか」
「え~、ダイヤちゃんの方が綺麗なのに、恥ずかしいんですか?」
「いや、そうじゃなくて」
あのハジメちゃんが、恥ずかしがっている。
否。
怖い女性達がこちらを見ていた。
風夏達は、コンクリートを軽々と粉砕するジェムプリよりも戦闘能力が高い。
嫉妬に似た感情を、ただまっすぐに殺意に変えてこちらに放つ。
そんな女性しか集まっていないのだ。
ハジメは誰よりも自分のファンには優しいし、嫌うことはない。
他人を嫌いになれる生き方が出来ない人間だ。
根が真面目過ぎて損をする。
そういう性格な子なのだ。
……誰かの幸せのためなら、倒れるまで働くであろう。
だからこそ、ハジメの周りの人間やファンが、彼の気を遣ってあげる必要があるのだ。
推しの人の良さに甘えて、ファンが好き勝手していいわけではない。
ハジメは許そう。
だが、彼女が許すかな。

「あ、すみません」
即座に謝る。
自分よりも強い女の子に、敵うものではない。
動物としての本能的な敗北を察して、身を引くのであった。
「俺に被害くるんですけど……」
ハジメは確信していた。
緊迫感が漂う空気の中に、殺意が入り交じっていることを。
彼女がその身に纏っている具現化したオーラは禍々しく、触れただけで確実な死が待っているだろう。
そう実感させるほどに、身体に触れたオーラから、底知れぬ悪意と恐怖を覚えていた。
ハジメが咄嗟にオーラで身を守ったことを悪く言えるわけがない。
風夏と冬華。
彼女達は、本気でブチ切れていた。
ハジメがどれほど彼女達が好きだと言っていても、納得してくれるものではない。
口に出して説明したところで、満足するとは限らない。
それが女の子である。
言葉だけでも。
想いだけでも。
伝わらないものがあるのだ。
というのか、男のハジメからしたら、好きな人は守るべき人であり、それ以外の他人とでは天と地ほどの差がある。
我々人間は、空を見て美しいと称するが、大地を見て綺麗とは言わないだろう。
大切な人への愛情とは、どこまでも広がる空の美しさに憧れる感情に似ているのだ。
頭を上げて見る景色こそ、本当の意味で特別なのだ。

この場に数百人のレイヤーが存在し、その誰もが天と呼べるほどに美しく、人として類い稀なる才能があろうとも、ハジメは見向きもしない。
他人はどこまでいっても、他人だからだ。
人との繋がりは線だ。
互いに重なった一部分が点になり、縁となり友になる。
それが入り交じり、完全に重なりあった場合、その相手は自分の人生における重要な役割になり、最愛の人になるのだ。

好きであり、愛している。
漫画や小説。
アニメや映画。
この世に存在する全ての最愛というその言葉すら、彼にとっては足らない存在だと思えるほどに、よんいち組を想っている。
人が持つ想いはどこまでも強いのに、愛の言葉とは、どうしてこうも軽いのだろうか。
この身で捧げられるものは、全て差し出していた。
過去も現在も。
未来すらも、彼女と共に在る。
これ以上自分が持っているもので支払えるものはないだろう。
本当に全てを捧げていた。
この魂も心臓も、全てを支払っても構わないくらいに愛している。
君の為なら、右腕を失うことすら厭わないだろう。
だというのに、一々嫉妬されても困る。
内心では、自分が一番可愛いと思っているくせに、他人の目を気にしてどうするというのだ。
本気で殴り合えば勝てる勝負である。
嫉妬心という言葉を使い、超絶美少女が一般人にマウントを取っているようにしか見えない。
この先の未来に、どんなに綺麗な人間が出て来ても、お前らが誰かに負ける要素は一つもないのだ。
今を一緒に生きる人の想いが、そう簡単に負けるわけがない。
はあ、女って面倒な生き物だ。
……。
ハジメのその感情すら、風夏や冬華は容易に読み取っていた。
肩を動かすその微かな機敏ですら、ハジメの癖として理解しているのだ。
それだけ長い時を一緒に過ごし、好きな人を見てきたのだ。
我々人間は、言葉にしなければ分からないことばかりだが、言葉にしなくても分かることはそれ以上に存在する。

ハジメは、女性が持つ愛情の強大さが、どれほど凄まじく、どれほど凶悪かを舐めていた。
好きな人が出来た女の子が、女性になるまでの成長は早いのだ。
彼女達が、ハジメに対して冷徹な視線を向けていたのは、嫉妬していたからではない。
その想いを、ちゃんと言葉にして口にしないからだ。
この世界では、好きなら好きと。
愛しているなら愛していると、ちゃんと言わなければならない。
どんなに強く想っていたとしても、口にしなければ何一つだって相手には伝わらないのだ。
ハジメからしたら、取るに足らないと思えるほどの愛の言葉であっても、好きな人には口にしてほしい。
好き。
そんな簡単な言葉ですら、幼稚園児からご老人まで使うというのに。
少しは語れや。
女の子は毎日好きって言ってほしい。
今更、妻に好きって言いにくい旦那みたいな態度を取るな。
まだこちとら付き合って半年だ。
もっとラブラブなカップルでいたい。
手を繋いで、楽しそうに街を歩く恋人同士に憧れがある。
それは、風夏や冬華のような、何でも手に入り、自分の力で何でも叶えることが出来る人間でも羨むことだった。
ママのように、お母様のように、自分自身を認めてくれて、心から愛してくれる。
そんな人が居るのならば、どんなに幸せなのだろうか。
いや、愛されている。
この恋が誰かに劣ることはない。
その自覚がある分、ややこしいのだ。

ハジメが悪いわけではない。
ハジメは、どれほどアホで愚かであれど、自分に出来ることは精一杯頑張ってきた。
彼の性格上、女の子が求めるようなものの多くを叶えることは出来ない。
イケメンではないし、生まれた時から女の子の気持ちを理解する機能が備わっていない。
女の子の行動の先回りをして、リードしてくれる人ではない。
格好いい姿より、情けない姿を見ていることばかりだ。
だが、それでも構わない。
その分、家族のように人を愛することが出来る人だ。
普通の恋人には慣れなくても、普通の家族としての愛してくれる。
……愛より偉大なものはない。
それ以上求めるなんて、誰がどう見ても我が儘だということは理解していた。
どれほど幸せであろうとも。
誰よりも愛されていても。
この身が存在している限り、好きという気持ちが尽きることはない。
ハジメちゃん。
東山。
貴方には、ずっと私を見ていてほしい。
同じ道を歩む者として。
私の成長を見ていてほしい。

少しずつ子供は大人になっていき。
好きな人が愛する人へと変わっていく。
人として生きる長い道のりを、みんなで歩いていきたい。
ハジメが、一度たりとてファンを見向きしないとしても、可愛い女の子と話していたら嫉妬してしまう。
彼の努力がファンから認められるのは誇らしいけれど、必要以上に好きになって欲しくはない。
女の子は我が儘なのだ。

……え、いや。
それが面倒臭い。

ちゃんと説明しろよ。
ハジメは、ただただ嫌がるだけだから、二人ともキレている。
罪状だけが増えていくのだった。


ハジメサイド。
休憩を挟みながら、数時間の撮影を行い、俺達は少し早めに解散する。
真夏の中で、コミケが終わるまで撮影をする体力はないし、汗だくになってきていたから仕方ない。
ジェムプリのフルドレスを身に纏いながら汗だくでも平然としていたアマネさん達が異常なだけであり、熱中症になる前に撤退するのは普通である。
……更年期障害。
いや、誰だよ。
不穏な言葉を投げたのは。
待ってましたと言わんばかりに。
みんなで喧嘩するな。
ジェムプリGOGO!!
全年齢版、ジェムプリ。
意味わかんねえから。
てめぇら全員、大人なんだから、仲良くコスプレしろよ。
さっきまでの和気あいあいとした雰囲気は一変し、殺陣をし始める始末だ。
戦わなければ生き残れない。
ジェムプリさながらの殴り合いを繰り広げる。
故に、躍動感ある戦闘シーンが撮れた。
これぞジェムプリや!
カメラマンは喜んでいたけど、止めろや。

そんなところに長居していたら、喧嘩に巻き込まれるから、俺達はコスプレ広場から逃げてきた。
うちの可愛いモデルに怪我はさせられないのだ。
小日向と白鷺に牽引されながら歩いてきたら、アクセサリー系のサークルスペースに到着した。
コミケ三日目には、小日向と一緒にアクセサリーを見に毎回来ているが、本人は飽きないらしい。
何なら、サークルの人と顔馴染みになっているあたり、陽キャである。
可愛いアクセサリーには目がない。
小日向と白鷺は、二人してアクセを吟味していた。
サークルスペースに並ぶ、数十種類の
可愛らしい指輪や、ネックレスを見ながら楽しそうにしている。
「これ可愛い!」
「風夏ならば似合いそうだな」
「冬華のイメージならこっちだね! でも、少し外してこっちの色合いのアクセもいいかも」
白鷺は綺麗なイメージが強いが、あえて可愛い系のアクセサリーをチョイスする小日向であった。
清楚だからといえ、毎回同じ見た目でいたら勿体ない。
小日向と白鷺は、変わらずルビィちゃんや、ラピスちゃんのコスプレをしていることで、気持ちが高揚しているのかも知れない。
可愛いものはたくさん買っても困らない。
コミケは、好きの宝石箱だ。
みんながみんなサークルには特別な想いを込めている。
誰かの好きなものを見て、わくわくしてしまうのは当然の結果である。
今日一日頑張ってコスプレしていたから、そのご褒美。
そう言いたそうに、イケイケな小日向と白鷺であった。
……俺要らなくね?
可愛いアクセサリーを見ながら、女の子がてぇてぇしている状況に付いていけない。
二人が楽しそうにするほどに、俺は必要ない存在になっていき、冷静になる。
俺からしたら、指輪やネックレスは全部同じに見えるし、違いが分からん。
女の子は、その日の気分でアクセを変えるらしい。
行き先や天気などを加味して、そのシチュエーションに合わせて最適な指輪やネックレスに付け替えるとのことだ。
ああ、なるほど。
ダクソみたいなもんか?
ビルドによって、付け替える必要があるもんな。
そう思っている限り、野郎には多分、一生理解出来ない趣味である。
違うことを考えていたら怒られたので、俺も買い物に参加する。
「ハジメちゃんも一緒に選んだら?」
「ふーん。小日向のを?」
「ハジメちゃんの」
何で?
どっからどう見ても、可愛いアクセサリーしか展示されていない。
武器アクセとか持ってきてくれ。
ほら、お土産屋さんとかにドラゴンが宝玉持った金の剣とか売ってるじゃん。
ああいうのが男のするアクセであって、断じて苺の可愛いネックレスなんてしない。
「……ハジメちゃんには、ハジメちゃんコーデがあるでしょ。それようにアクセサリー選んでもいいでしょ」
……いや、ハジメちゃんコーデってなんだよ。
初耳だぞ。
こいつら、俺がしている格好は人気があるみたいな言い方だが、スタイリストさんが勝手に決めたもので、一度だって自分で洋服を選んだことはない。
モデルの着る衣裳には、基本的にコンセプトがあり、ファッション雑誌の表紙のように謳い文句を付けている。
例えるなら、
黒色半グレ女子み深い、ちょい真面目系コーデ。
秋葉系、オタク女子にオススメ。
今話題のハジメちゃんコーデの基本。
モノトーン系、ヴィクトリアンスタイル。
……最後のは実質メイド服ぢゃん。
何で俺イコール、メイド要素を含めんの??
俺の撮影した内容の大部分が女の子用になっていた。
メンズも頑張って撮影したのにページ数はかなり少ない。
読者モデルとして、俺の男の部分がどんどん評価されなくなってきていた。
ジュリねえ。
仕事を貰ってきてくれたのは感謝している。
優秀なマネージャーが居なければ、俺達読者モデルは仕事が出来ないのだ。
だが、企業案件で可愛い洋服を撮影するなら、女の子を使えよ。
企業案件で一体幾らの金額が動くか分からないのに、小日向や白鷺を差し置いて、俺に仕事をさせるな。
「あのブランドは、私達よりハジメちゃんのが適任だから任せてるんだよ」
「テニス部でも定評があるぞ」
「……それもう、何で俺が好かれているのか謎なんだが?」
俺に適任の女性ブランドってなんだよ。
あと、男の女装を女の子が真似をするなよ。
白鷺の知り合いとは絡みがないのに、無駄に好かれている恐怖よ。
まあ、俺や小日向は、白鷺経由でテニス部の話に上がりやすいはずだし、名前だけはよく聞くのかも知れないな。
凡人からしたら、小日向や白鷺みたいに洋服を綺麗に着こなすのは難しく、触れたら散るかもしれない華を眺めているようなもの。
圧倒的な憧れの対象でしかない。
しかし、俺みたいに普通の顔の人間だったら、簡単に真似が出来ると思う。
読者モデルは、カリスマ性があって、尚且つ美人しかなれない仕事だ。
だが、俺みたいな男であり、普通の人間だから出来ることもある。
女装と言っても、陽キャ向けではなく、オタクファッションだしな。
どこにでもあるようなベーシックな黒を基調とした洋服に、小物で印象強い色を使って個性を出しつつ可愛く見せ、オタクらしい慎ましやかなお洒落をしている。
強くは主張しないが、鞄や装飾品で女性らしさをアピールする。
そこらへんは、日本人っぽいお洒落である。
ファッション雑誌がオススメする、陽キャ向けの際立つ可愛いでも綺麗でもなく、普通の女の子がするような地味なファッションに、モデルらしい可愛いアレンジが加えられたもの。
それが。
それこそが、ハジメちゃんコーデだ。
だから、それやめろ。

よく考えて欲しい。
この世の大半は、普通に可愛い女の子が多く、そのターゲット層を全員獲得出来ることは、読者モデルとして明確な強味である。
普通の女の子でも、簡単に真似が出来る。
ヴィクトリアンスタイルなら、今持っている洋服に可愛い小物を使ってアレンジすればいい。
ファンは思っていた。
これで私も、ハジメちゃんみたいに華やかなで可愛い女の子になれる。
正気か、こいつら。
いや、俺は野郎だぞ。
野郎の真似をするな。
どこに華やかさがあったよ?

事務所の期待の新人。
東山ハジメは、読者モデルの世界を男女平等にし、男性モデルの社会進出を応援しています。
じゃねーよ。
ジュリねえもファンも、俺で遊ぶんじゃねえよ。
普通に宣伝して、俺を応援しろよ。
ファッションという華やかな舞台で、歪んだ愛情を向けるな。
ファンの中には、百均のフリル生地で、スクール鞄をヴィクトリアンスタイルに魔改造する猛者もいるし、その点ではファッションの自由度は高い。
というか、メイド要素があれば、ハジメちゃんコーデはそれでいい風潮がある。

うおおお、ハジメちゃあああん。
お洒落したよおおお!

ファン達は、その場の勢いに任せ、SNSに自撮り写真を上げて、推しに見せ付けて自己顕示欲を満たす。
メンコみてぇなテンションで、俺に自撮りを叩き付けるな。
あのアホ共は……。
というのか、お前ら一般人が簡単に顔出しすんな。
付き合いたてのバカップルみたいに日常的に自撮りを送りたがる馬鹿だ。
そんな奴等の為に、女装して真面目に仕事をするのは馬鹿馬鹿しいが、ファンを大切にしないと小日向がブチ切れるから仕方なし。

「アクセサリーねぇ」
色々な思いはあったが、小日向と白鷺に逆らうのは無理であった。
二人とも根が真面目だから、ネガティブな発言はほぼ通用しない。
俺とファンのやり取りが、仲のいいプロレスだと思っている節がある。
だから、愚痴っても冗談だと思われるか、マジで怒られるかの二択だ。
小日向や白鷺から見たら、仲睦まじい読者モデルとファンのイメージだろうが、実際にはパイプ椅子でしばき合い対決をしているんやが。
底辺読者モデルのファンの民度を舐めんなよ。
投げやすい石があったら投げるのが世の常だ。
道徳の授業を受けてない奴等に、SNSを渡した末路が今の日本である。
小日向のファンみたいに、推しのように可愛くあろうと自分磨きをしたり。
白鷺のファンみたいに、淑女を目指して勉学や日本作法に励んでいるわけではないのだ。
俺のファンは、世間知らずなくせに、社会に反抗してマックポテト食べながら、マックのテーブルを陣取っている輩しかいない。
高校生になって、夢も希望もない。
頑張らないから、頭も身体も才能もよっわよわ。
口先だけは一人前のザコザコメスガキしかいないのだ。
だがまあ、駄目な娘ほど可愛いともいえるから、難しいものだ。
ファンである奴等が、頭サイコブレイクしていて、どれほどイカれていても、俺に会いに来て楽しそうに好きなことを語る姿は好きだった。
狂気の沙汰ほど面白い。
俺が甘くするから、付け上がるのかも知れないな。
「二人は何か買うのか?」
「麗奈と萌花のお土産買うよ~。せっかくだし、コミケの雰囲気味わって欲しいから」
「風夏、それは東山が決めた方がいいぞ」
「あーね!」
え、俺がやるのか?
秋月さんに萌花。
あの二人のプレゼントか。
頭を抱える。
……あの二人の好き好みそうなものとなると、かなり難易度が高いんだが。
「……すまない。二人が決めてくれないか?」
「駄目だよ。ハジメちゃんがやらなきゃ。他の人じゃ駄目だよ」
「我々の時とは違い、常日頃から麗奈や萌花には贈り物をしていないのだろう? 東山、自分で決めるのは義務だと思え」
言葉がつええ。
二発で俺を黙らせてくる。
小日向や白鷺は、欲しいものを言ってくれるからプレゼントし易くて……。
秋月さんや萌花は……。
うん、まあ。
甘えだな。
言わないからと、プレゼントするのを悩むのは、人として間違っている。
「あの二人に似合いそうなものって何かあるか?」
「何でも喜ぶと思うよ!」
「こういうのは贈り手の気持ちが大切だ」
……ヒントを寄越せ。
小日向や白鷺は、ザックリとしたことしか言わないのであった。
仕方がない。
アクセサリーには詳しくないから、サークルスペースのお姉さんに声かけをする。
「すみません。少しお聞きしていいですか?」
「え? はわわわ、美少女レイヤーさんだと思ってたのに~。男の娘だったなんてぇ~。脳がフルーチェになる~」
病院に行け。
話を遮らないでくれ。
「ほら、起きなさい! カムバックコミケ!!」
隣の女性が容赦なく両頬を張り倒して、正気を取り戻させる。
流石、大人の女性である。
冷静な力業で解決させた。
「はっ」
目を覚ます。
「もう一発!」
何故、目覚めた人間に二度もぶっ叩いたのかは不明だが、この物語においてはよくあることだ。
お姉さんは、コホンと咳払いをして、話を進める。
「……アクセサリーですね。私達のサークルでは、誕生石を使ったアクセサリーを取り扱い致しておりますので、贈り物でしたら相手さんの誕生日に合わせて選んでもらえれば大丈夫ですよ」
我に返ったからといって、何事もなかったかのように冷静に事を進めるな。
スラスラと述べながら浮かべる笑顔は、販売員の身に染みた癖であった。
「因みに、お誕生日はいつですか?」
「私は七月!」
「私は十二月だな」
お前らが答えるんかい。
意気揚々と、サークルの人から教えを乞うな。
二人の選べよ。
というのか、この二人の誕生石は、偶然にも七月のルビーと、十二月のラピスラズリである。
ジェムプリのコスプレしているキャラと同じ誕生石だ。
「ルビーは情熱的な愛。ラピスラズリは真実や健康などの意味がありますね」
……女ってアクセサリー含めて、そういう花言葉とか好きだよな。
女の子からしたら、綺麗な石の輝きに感性が刺激されるのかも知れないが、俺には理解出来ない。
「駄目ですよ。綺麗な宝石を身に付けるのは女の子の勝手であり趣味ですが、大切な日に宝石を贈るのは男の子の役目であり義務なのです。いつか来る日の為に、大切な人の宝石が何なのかは知るべきですからね……」
サークルの人曰く、宝石は断じて否、高い買い物ではない。
それは宝石なのだから、世間には数百万するものから、数千円するものまであり、身に付ける習慣がない男の人からしたら、よく分からない趣味だろう。
宝石は、純度や大きさ、希少価値などによって値段が変わることはあれど、宝石が持つ本来の意味は絶対に変わることはない。
変わらぬ輝きに。
変わらぬ言葉を。
変わらぬ愛情を。
大切な人に、女の子に宝石をプレゼントすることは好ましい。
数千円の宝石であっても、その輝きは美しく、大切な人に気持ちを伝えることが出来る。
それが宝石の素晴らしさであり、楽しさなのだ。
「あ、こいつ。ずっと高尚そうな言葉を並べているけど、漫画の受け売りだから気にしないでね」
「うおおおん」
……バラすなよ。
今までの綺麗な流れが断ち切れ、超痛いオタクになってしまう。
俺は別にいいと思う。
好きな作品に感化されて、その場の勢いでアクセサリーの製作と販売を始めたとしても。
いや、理由はどうあれ、想いだけでここまでのサークルが出来るのならば、十分凄いのである。
それだけ宝石が好きで、大切な気持ちがあるから、この場に居る。
それは事実である。
コミケはどこまでも自由だ。
好きなものが何であれ、それを誇れるならば喜ばしいことだ。
「あんた。そのせいで彼氏と別れたじゃん」
「宝石の輝きの前では、全ては無力」
ジェムプリ語録やめろ。
名場面を汚すな。
凛とした表情をして、格好付ける。
宝石の美しさも分からぬ愚者は、彼氏としての資質を持たぬだろう。
「故に、消した」
消すなよ。
……そんな理由で彼氏を屠るなよ。
彼女の誕生石を忘れただけで、容赦なく消される世界線だ。
いやまあ、塵も積もればなんとやら、なんだろうが。
宝石をただの石と思うか、大切な人との繋がりと思うかだ。
大人の女性からしたら、別れた彼氏など最早ただの人。
永遠のゼロ。
そう語る大人の女性の哀愁漂う横顔に、感銘を受ける二人であった。
「大人~」
「ふむ。余裕のある大人の恋愛観とは、美しいものだな」
宝石で綺麗に着飾り、経験豊富なお姉さんだから出来ることがあるのだろう。
高校生の俺達には、大人の恋愛が分からない部分も多い。
小日向と白鷺は、お姉さんに斬り込む。
「好きな人と何で別れるんですか?」
「ふむ。普通は、将来を誓い合った仲だからこそ、付き合うのでは?」
無知ゆえに、無敵なのだ。
小日向と白鷺は、AIが人間相手に、正論を並べて問いただすような詰め方をしていた。
いや、何というか。
男女な恋愛における痴情のもつれなど。
時と場合によるだろう。
愛があればどんな障害も乗り越えられる。
そんな理想を掲げているところすまないが、普通の人の恋愛はけっこう適当なんだぞ。
隣の女性が助け船を出す。
「……男の人が、言って変わってくれるものではないでしょう?」
「うん……」
「ふむ」
納得しないで。
小日向さん、白鷺さん。
急に黙らないでください。
俺が悪いみたいな空気を出さないでくれ。
四股しているのは事実だけど。
よんいち組は、俺の誇りだ。
後悔はしていない。
しかし、その代償からか、四方向から罵声を浴びながらも、健気に頑張っているんだぞ。
一生懸命に生きている。
ちいかわである。
学校に通いながら毎日イラスト更新したり、仕事とデートを両立させつつ、機嫌が悪い彼女の相手をして殴られる日々だ。
「男の子の頑張っているは、頑張っていないのよ。だから、宝石を贈りなさい」

宝石の輝きは、心の輝き。
私達は、宝石の輝きに導かれて出逢うことが出来た。
この輝きはずっと変わらない。
金剛石は砕けない。
女の子はいつだって、可愛くて純粋!

最後だけ違うだろうが。
それプリキュアや。
あと、さらっと、ジョジョ混ぜんなよ。
お前ら全員、いい加減アクセサリー買えや。
ずっと恋愛話をするな。


新しい夏。
新しい出逢い。
二度目の夏が終わろうとしていた。
いや、まだ終わらんし。
来週には海に行くのに、やりきった感を出すなよ。
それから色々な場所を回りながら三人で楽しむのであった。
小日向は、あの後ずっと金を使い過ぎだから、あとで説教するとして。
色々なサークルで購入したアクセを抱えていた。
……お前ら、俺よりもコミケを満喫するなよ。
どのサークルも、素敵なところばかりで、可愛いものが好きな二人からしたら楽しかったのだろうが。
「ハジメちゃん。ハジメちゃん」
「東山、東山」
可愛いアクセを見かける度に、一々俺の名前を呼ぶ必要があるのかは謎だが。
……まあ、いいか。




おまけのおまけ。


アマネ達レイヤー組は、コミケが終わって直ぐに池袋の居酒屋に着ていた。
よく言われる、女子会(二十代後半)である。
今回初めて合わせをした人達も関係なく、時間に余裕がある者は全員集まってくれたわけだ。
流石に居酒屋で飲んで食べていたら夜遅くになるために、ハジメ達のような学生組は誘うことはなかった。
本人達の振る舞いが大人と大差ないとしても、まだまだ子供なのである。
アマネ達は、親御さんとも面識がある以上、大人としての責任を任せられているとも言える。
大人として先輩として、社会のルールに則り、行動すべきだ。
仕方がないので、女性だけでお酒の場を設け、親睦を深めることにした。
各々の好きな料理とお酒を頼み、一杯引っかける。
テーブルに並んだ料理の多さは、コミケ三日間の労いを兼ねていた。
そんな中、ブラックダイヤちゃんのレイヤーさんは、どこにでもいるような普通のOLさんっぽい素顔で、かなり地味ではあったが、口調とノリそのものはそのままだった。
小さな女の子である。
そのギャップが可愛いともいえる。
「え~、ハジメちゃんと飲みたかったなぁ~」
未成年だし、推しとお酒が飲めるとは思っていなかったが、残念ではある。
諭すようにアマネは言う。
「あの子達はまだ学生さんなのですから、駄目ですよ。……お持ち帰りされるかも知れませんでしょう?」

「……いや、ハジメちゃんをお持ち帰りすんな」
ニコは、ツッコミを入れる。
自然の流れで、野郎をお持ち帰りしようとする女共であった。
それをするなら女の子。
いや、風夏ちゃんやふゆお嬢様をそんな目で見たら不敬であるが、ハジメなら許してくれそう。
男の子なら失うものはない。
「いや、やばい女達に迫られたら、PTSDになるって」
常日頃からセクハラしているようなやつが雌としての本気を出したら、やばいって。
アマネ達のセクハラ行為に嘆く暇もなく、反対側ではルナ達が酒を浴びるように飲んでいた。
「うおおお」
お前ら、数年以上前の出来事なのに、大学生のノリで飲むな。
キャバクラの伝統芸能のコールをする。
いや、元キャバ嬢のレイヤー誰だよ。
お前のジェム、雲ってんじゃねえか。
このご時世でイッキ飲みは、流石のフィクション作品でも禁止である。
店員さんから、一升瓶を奪ってくるな。
「おまえら、飲み放題だからって飲み放題じゃないんだからな~」
わかった。
血の一滴も無駄にしない。
そういう意味じゃねえよ。
もう酒を飲むなって意味だよ。
今いるメンバーの半分は、明日から仕事だって言っていただろう。
飯だけ食って帰れ。
帰り道までには、酒抜いて帰れ。
ニコは思っていたのだ。
終電時間より前には、家に帰りたい。
というのか、帰れるのか。
これは……。

アマネとニコは話していた。
「あんたは自宅で仕事が出来るんだからいいじゃないの」
「アタシはなぁ! このあと、お前を家に送るんだよ!!」
ベロベロのアマネ一人が、まともに家に帰れるわけがない。
ニコが夏コミの打ち上げだというのに、数杯しか飲まずシラフでいるのは、酒が弱くて飲めないからではない。
他の二人がイカれているからだ。
その相手をするために抑えていたのだ。
アマネは、ずっとカップリングの話をしていた。
ルナは、一升瓶片手に、回りの人間のグラスに酒を注ぎ足す。
「私の酒が飲めないのか!」
ルナ。
そいつは、関係ないオヤジだぞ。
やばい連中をまとめないといけない。
真ん中の席に座るニコが可哀想であった。
親睦とは何ぞや。

プチッ。
精神の糸が切れた音がした。
ニコはスマホを取り出す。
「ハジメちゃん、今から来てくれるかな?」
「え? ……いいとも??」
何も状況が分からないのに、ネタがあったらすぐさま乗っかるアホの子である。


そのせいで、夜遅くに地元から一時間掛けて池袋まできて、酒を飲み過ぎたクソレイヤーの馬鹿共が駅内改札口に入り、ちゃんと帰路に着くまで肩を貸す羽目に合う。
嫌な顔はするが見捨てないでくれる。
そんな貴方が好きだ。
男として、真面目なのは美徳であると彼は教えてくれる。
そう思わせてくれる人は偉大だ。
ハジメちゃんは、どこまでいっても男らしいのであった。
ニコは、心の底から感謝していた。
酒の悪魔を始末してくれたのは感謝している。
しかし、自分には何もない。
顔も才能も。
人としての善性ですら、風夏ちゃんやふゆお嬢様には劣るし、普通の女の子にさえ勝てないだろう。
私の身体に契約で払えるようなものはもう殆んど残っていない。
コーヒーをドリップした後の絞りカスのようなものでしかない。
それでも、少しだけ。
こんな私でも、女としての価値がかろうじて残っていると願いたい。
「ハジメちゃん。このお礼は、アタシの身体で払うから許してね」

「……要りませんので、もう絶対に呼ばないでください」

ハジメは、酒に溺れたアマネとルナを両脇に抱えて、颯爽と運ぶのであった。
全員酒カス。
アウトレイジだ。
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