この恋は始まらない

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第七十四話・これが私のご主人様。文化祭準備編

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早起きし、顔を洗って朝の身支度を始める。
制服に袖を通し、ネクタイを結ぶ。
さあ、行こうか。

文化祭編、開幕。


どんちきどんちき。
俺が学校に到着し、いつもの教室に入ると、クラスの連中はダンスを踊っていた。
ハァ?
何なんだよ。
また、お祭りかよ。
どんだけお祭りが好きなんだよ。
毎日がお祭りかよ。
こいつら曰く。
新学期を迎えるための喜びの舞。
神様に捧げる奉納の儀式だ。
二学期の安全を願い、天に祈りを捧げるのだった。
勉強机の上に用意した祭壇には、飲み物とお菓子。
真ん中には供物。
自然の流れで、ぬいぐるみを生贄にすんな。
しかも、オオサンショウウオのぬいぐるみだから、実質的に生贄は俺じゃねえかよ。
変なところから、伏線回収するな。
はぁ。
……こいつら、馬鹿だよな。
夏休みには、男子集まってカブトムシ採りに行くし、高校生にもなって子供かよ。
しかも森で遭難しかけたり、スズメバチに襲われたり、田舎の森で出会った女の子との一夏の出会いと別れ。
そりゃもう、語れないくらいに、物語の外で色々あったわけだ。
男子連中だけで遊んでいたから、お話に話数を割くわけにいかず割愛するが、とても大変だったのだ。
帰り道。
電車から手を振って別れを告げる。
……勉強する以前に、こいつらの知能レベルが低過ぎるのであった。
馬鹿は何をやっても馬鹿だ。
救いようがない。
理数系のクラスだからか、道徳の授業を置き去りにしてきた。
……そうか。
二学期が始まるんだな。
四ヶ月あまりこいつらと過ごす大変さと比べたら、渋谷まで出向いて仕事をしていた方が幸せだったような気がした。
中野が出てくる。
「東っち。二学期といえば、文化祭。文化祭といえばメイドカフェだよ」
中野はどや顔でそう語るが。
「お前、去年全然、文化祭の準備を手伝わなかっただろ。ぜってぇ、許さねえからな」
なーに、文化祭で俺達は仲良くなったじゃんオーラ出しているんだよ。
頑張って準備したのは俺達であって、お前ではないのだ。
何なら、てめぇ小日向の地雷踏んでイライラさせていたじゃないかよ。
あのあと、大変だったんだからな。
まあ、中野に気を遣えと言う方が間違っているから、何も言わないけどさ。
人並みに仕事をしてくれ。

「……陸上部の準備に行ってたんだから仕方ないじゃない。今年は頑張るからさぁ」
「頑張るじゃねえよ! 血反吐を吐いてだ、身を粉にして働け!!」
「ウチらやるのメイドカフェだよね? 世界記録でも目指してるん??」
一流のメイドは、紅茶の淹れ方だけでなく礼儀作法に厳しく、ホテルの接客並の教育を受けているのだ。
お前如きの女が、一流のメイドを出来るわけないだろうが。
メイド喫茶を無礼るな。
「東っち、別にトップ目指してないんだけどぉ」
中野は、性根が腐っているクソ女だから、クソみたいな顔をしていた。
今どきの高校生の適当さだ。
「やるからにはトップ目指せや! 体育会系やろが」
やる気スイッチ付けとけや。
めちゃくちゃなのがお前の性格ならば、その本能を抑えることなく解放し、この世の全てを破壊しろ。
片道切符で、自爆特攻してこいや。
他のクラスを蹴散らしてこい。
死んだら、お前の墓碑に酒かけてやるからよ。
「偏見やんけぇ。つか、東っちって、結構殴り合い好きよねぇ」
「まあ、男の子だからな」
「理由になってないやん」
「ともかく、中野。今年もやるからには全てを皆殺しにするぞ。手をかせ」
「……殺し合いするんか。まあ、文化祭で最優秀賞取ればマックカードもらえるしいいけどさ。全員殺すか」
マックカードのために、全員殺される倫理観。
物欲主義の塊。
だがまあ、こういうやつはそれで動いてくれるから助かるけどね。
チャイムが鳴り、先生が入ってくる。
「おう。お前ら久しぶりだな。夏休みに警察のお世話になってないよな?……そうだ、去年の文化祭。メインで準備していた奴等はみんなの補佐役だからな。裏方に徹しろよ」

「ハァ?」

「……目上の人間にそれはやめてくれ。いや、俺が悪いのは自覚しているが、理数系だけ二年間同じクラスだし、平等性を考えた結果なんだよ」
何でやねん。
言うの遅過ぎなんだよ。
もう粗方準備が終わっているんだよ。
夏休みに、みんなでマックで集まり、文化祭のアイディアを出し合ったのに。
俺達が何をしたんだよ。
去年は頑張って、最優秀賞を取ったじゃないか。
「いや、すまん。今年も最優秀賞はうちのクラスだって、テーブルの上でダンスしながら煽り散らしたら、制裁受けた」
何が平等性だよ。
いい風に言い換えるなよ。
お前だけが悪いんじゃねえか!!
会議中に、ダンスすんなよ。

文化祭編、再始動。


文化祭の催し物を決める時間。
俺と小日向は、とりあえず司会役として教卓の前に立ち、話を進める。
俺達の催し物は、当然の如く。
メイド喫茶だってことは決定していたが、準備を進める際のクラス委員は、新しくしないといけない。
クラスには、優秀な人はたくさんいるが、適任者となるとこの二人しかいない。
今年のまとめ役は、佐藤と橘さんに譲り渡す。
二人を壇上に呼ぶ。
「佐藤、橘さん。よろしく頼むよ」
「私達がフォローするから、よろしくね!」

「ああ、よろしく」
「よろしくね。……そうはいっても、東山くんや風夏ちゃんの代役でしょ。アタシが出来るかな」
オロオロする橘さんである。
橘さんは心配性だから大役を任されて不安だろうが、橘さんは元々優秀だから心配はないと思う。
佐藤も佐藤で、何度もカフェの手伝いをしていたり、夏休みは短期バイトもしていた。
シルフィードでは紅茶の淹れ方を学んだり、紅茶フェスに行ったり、佐藤の行動力の高さを褒めるべきか、呆れるべきか。
しかしながら、紅茶においては歴戦の猛者だ。
心配はないだろう。
俺は、佐藤に任せても不安はなかった。
去年よりも今年の方が完璧なメイド喫茶が出来るはずだ。
ただ、それだけは分かっていた。
俺は、最後の仕事を果たす。
「すまないが、みんなも二人のことを支えてほしい。受験で忙しいし、文化祭にかまけている時間はないだろうが、それとて俺達にとっては最後の文化祭だ。輝かしいものにしたい。よろしく頼む」
頭を下げる。
なんだろうな。
正直の話。
クラス委員として、今年もやりたかった。
最後まで仕事をしたかった。
だがまあ、ここは学校だ。
一部の人間だけが優秀で、全てをやっていいわけではない。
数十人のクラスだから、効率的に進めるだけじゃいけないのも分かるから、譲らないといけない気持ちも理解出来た。
しかし、悲しいものは悲しくなる。
小日向も同じ気持ちらしく、号泣していた。
「うぉん。うぉん」
最後まで、クラス委員でいたかった。
小日向はそう言っていた。
先生達が会議で決めたことならば、生徒の俺達は絶対に諦めなければならない。
何としてでもクラス委員をやり続けたいというのは、無理な話ではあったし、暴動起こしてストライキしてもよかったが、通りが通らない子供のわがままだ。
それでも小日向は悲しいのだ。
アホ面していたが、馬鹿ではない。
小日向はその為に読書モデルの仕事を片付け、文化祭に専念しようと決めていた。
誰よりも文化祭を楽しみにし、努力してきたから、泣きたいのは当然だ。
俺だって、同じ気持ちである。
小日向のせいで始めたクラス委員だったが、お前と一緒に文化祭を進められたことは誇りに思っている。
今となっては大切な思い出だ。
「ほら、小日向」
ハンカチを渡す。
ずびー。
鼻かむな。
ちゃんと洗って返せ。
小日向を先に席に戻させる。
白鷺が小日向の肩を支えてくれていた。
白鷺、ありがとう。
二人と軽くアイコンタクトをして、俺も席に戻る。
俺の仕事は終わったのだ。
日陰の人間になる。
二人の邪魔にならないよう、静かに眺めていよう。
進行役を任せるのだ。
「いや、東山くん。貴方は一番前の席だから……」
嫌でも視界に入る。
何でこういう時に限って、特等席なのだ。
何故、俺は辱めを受けている。
殺してくれ。


放課後。
クラス委員を決めた後は、メイド喫茶の装飾や、提供するメニューをみんなで話し合う。
基本的にはメイド喫茶の流れは去年と変わらないが、慣れてきた分、メニューはもっと凝ったものを提供したい。
美味しい紅茶を出すのに、紙カップだと味気ない。
高級感がある店構えにして、お客様に満足してもらいたい。
前回以上の売り上げを目指そう。
馬鹿の集まりだけあってか、言いたいことは言ってしまう。
結構な無理難題を任せられている佐藤と橘さんであった。
……質問や提案があったら何でも言うべきだが、出来ることにしてやってほしい。
佐藤は、あれでかなりの脳筋だから、紅茶のことに関しては妥協しないし。
みんな、色々考えているんだな。

先生が、俺や小日向に任せず、他の人間をまとめ役にした理由がよく分かる。
難題を軽く片付ける人間にやらせていたら、生徒の成長に繋がらない。
俺なら、男子連中を殴り付けて、黙らせて作業させていたはずだ。
しかも、正座させてやらせていたはずだ。
そう考えたら、俺達がクラス委員だと楽に進んだかも知れないが、去年の繰り返しで文化祭が終わっていた可能性すら有り得る。
あくまで学校は、学びの場だ。
効率性を求めたらいけない。
三十人以上の人間が、互いに互いの意見を聞いて、討論しながら成長する場所なのだ。
橘さんは、他のクラスのやり方をみんなに聞いて、良い方法がないか模索する。
男子の一人が言う。
「やっぱり、限られた予算だと限界があるわけだし、有志をつのって予算を増やしたらどうかな?」
提案内容としては簡単だ。
一人頭、数千円を最初にもらう。
それを予算に補填し、売り上げが上がってからみんなにお金を戻すわけだ。
利点としては、他のクラスよりも使えるお金が増える。
見映えがよくなり、クオリティアップが出来る。
欠点としては、金の管理が厳しくなり、売り上げを削るわけだから、最優秀賞から遠のく。
稼ぐ量を増やすためには、飲食の値段も、去年よりも上乗せしないといけなくなる。
メイド喫茶のキャパから考えても、席数に制限がある催し物が故に、売り上げを増やすのは中々厳しい。

みんなで話し合って死ぬほど悩む前に、橘さんは俺に振ってくる。
「東山くんはどう思う?」
俺なら、簡単に解決出来るだろう。
話し合えば話し合うほど、自分の責任が増えるわけだから、逃げたい気持ちは分かる。
そう考えてか、クラス委員の役目を丸投げしてきた。
いや、それは分かるんだが、それは違くないか?
流石に俺に失礼。
そんなんどうでもいい。
小日向がどんな気持ちで居たか。
「今、クラスの代表なのは貴方ですよね? 俺に意見を聞くのは構いませんが、他人に判断を丸投げするのは間違っていますよね?」
「ごめんなさい……」
橘さんからしたら無意識だろう。
しかし、彼女の悪い癖で、迷ったら自分より優秀な人に頼る傾向がある。
何でも、俺や小日向に聞けばいいと思っていた。
だが、今のクラス委員は貴方だ。
俺や小日向は、クラス委員をやりたかったけど、涙ながらに退場したのだ。
橘さんに託したものを、貴方が蔑ろにしないでくれ。
「変な空気にしてすまない。予算を増やした場合、飲食は佐藤の判断になるが、それで採算は取れそうなのか?」
「……問題ない。紅茶やコーヒーは、飲食の予算内で収まるようにしてある。だが、紙カップからティーカップ変えて、容器が大きくなる関係で、お客様の紅茶の注文数に変動があるかもな。それだけは不安だな」
「お菓子は?」
「お菓子に関してはオレは無知だから、明日香に全て任せるつもりだ。オレより、明日香の方が優秀だからな」
「そうか」
鋭い視線を向けてきた。
佐藤に、喧嘩を売られた。
いや、マジでごめん。
佐藤も男だ。
俺がキレたことは、橘さんの成長に必要なことと、頭では割り切ってくれていたが、みんなの前で大切な彼女のことを貶したのは俺である。
普通に考えて、ブチ切れるのは当たり前だ。
別に殴っても構わないんだがな。
だが、佐藤はそういうタイプではない。
馬鹿だけど、素直なやつなんだ。
「すまない。オレが言うべきだったのに、東山に言わせてしまったな」
それ以上は何も言わなかった。
佐藤……。
橘さんの隣にずっと居たいならば、それを叱るのは佐藤の役目なのだ。
好きだから恋人なのではない。
大切だから恋人なのだ。
そうだな。
恋人とは、いつも優しいが時に厳しく怒ってくれる大切な人。


よんいち組に本気で怒られた。
俺なんかより、可愛い橘さんの方が優先順位が高いのだ。
いつも厳しいが、時に優しい。
結婚二十年目みたいな叱られ方をしていた。
勿論、正座でだ。
それを見せられていた佐藤は、普通に引いていた。
「……東山ほどじゃないが、参考にしてみるよ」
佐藤よ。
うちを参考にしちゃ駄目だぞ。
全員、鬼嫁だからな。


飲食は、二人がまとめてくれるとして、衣装や装飾は残ったメンバーでやることになる。
去年の奴等は、あくまで裏方。
進めるのは、それ以外の男子と女子になる。
メイド喫茶の装飾は、男子と中野と夢野。
「……夢野、死んでね?」
「呪術廻戦」
「ああ、うん。一週間くらい休ませてやってくれ」
多くは語るまい。
彼女だって今が一番辛いのだろう。

さて、メイド喫茶の話を続けよう。
衣装に関しては、シルフィードからメイド服を借りることが決まっている。
店長さんには夏休みに話を通してあるので、学校が始まって、数人で運べるようになってから、秋葉原に寄ることにしていた。
「俺と白鷺はいつメンとして、一条や黒川さん。佐藤と橘さんでいいか」
俺達は、いつもシルフィードのお世話になっているから、頭を下げにいかないといけない。
それが礼儀だ。
シルフィードに何度か通っている知り合いとなると、ここらへんが妥当なメンバーである。
橘さんは、提案する。
「東山くん、ミナちゃん連れてっていいかな」
「ふぁ?」
隣にいたミナちゃんビビっているけど。
田中さんは、面白い反応をしていた。
首を横に振っていた。
「いやほら、今のメンバーで頼りになる女の子って限られているし、ミナちゃんにメイド喫茶のイメージをしてもらえると有り難いし」
まあ、女子の殆どは準備期間中は裏方だし、頼りになりそうな夢野は死んでいるからな。
復帰するには数週間かかるかも知れない。
中野は、性格がゴミカスだから論外だし、女の子で頼りになるのは本屋ちゃんしかいない。
「私、カップルに放り込まれたオタク女子ですけど……」
これって、秋葉原デートでわ??
カップルに挟まれたら、幸せオーラで消滅する。
どんだけですか。
というのか、本屋ちゃんは彼氏はいないけど、普通に男子の人気は高いと思う。
さっきも一緒に仕事しようと男子に声をかけられていた。
田中さんはいつも頼りになるし、仕草が可愛いし。
地味なオタクだけど、落ち着いた雰囲気が素敵である。
一緒にいるだけで幸せになる。
……まあ、魔性の女の子なのだ。
本屋ちゃん。
彼女の天然のところは、他の女子では真似が出来ない。
ナチュラルボーン可愛い。
男の子が助けてあげたくなる魅力。
どことなく可愛く見え、自分だけが彼女の可愛さを知っている。
自然と庇護欲が高くなる、男性にとってはそこが重要なのだ。
橘さんは舌打ち。
違う、耳打ちする。
「そういう冗談やめてよ。……ミナちゃん、自分のことに気付いてないだけでスペック高いよね?」
「ん? ああ、最近は、小日向とかにスキンケアとかメイク教わっているしな。元々結構ポテンシャル高いぞ」
「だよね。……おっぱいも大きいし、羨ましいわ」
それを俺に振らないでくれ。
よんいち組に聞かれたら、殴り殺される。
新学期始まってから、何度も殺されたくない。
田中さんは、クラスで三本指に入るおっぱいだ。
橘さんが羨ましがるのは分かる。
「秋月さんや白鷺さんの次くらいだよね。これくらい??」
しかし、手で表現するのはやめてよね。
みんな仲がいいから、修学旅行や海で見たことあるのだろうが、俺だって男の子だ。
反応に困ってしまう。
クラスメートの地味でおっぱいが大きい女の子とか、オタクからしたらいい同人誌ネタなのだ。
気になってしまうのは自然の摂理。
近くによんいち組が居たら、殴り殺されていたわ。
「そういえば、よんいち組のよんいちって何なの? 理由がよく知らないままずっと流してたけど」
「陽キャ四人の陰キャが一人」
「……東山くんも、ちゃんとそういうところは怒ろうよ。なに普通に受け止めているのよ」
事実だからな。
よんいち組と名付けたのも、今となっては遠い昔のことだ。
命名者は、確か小日向だったか。
陽キャが四人。
陰キャが一人。
清々しい表情でそう抜かしたが、今あいつが同じことしたら、はっ倒すけどな。
「最近立場逆転してない?」
そりゃそうだ。
「小日向にどや顔されるとムカつくからな。毎日、死ぬほど頑張っている」
「風夏ちゃんへの反骨精神だけで、血反吐を吐くほど努力するのは東山くんだけだよ……」
仕方ないだろう。
あいつの顔、けっこうウザいぞ?
あれに負けるくらいなら、死んでも努力するわ。
いや、引くなよ。
俺が悪いみたいじゃん。
女子ズは、ヒソヒソ話をする。
「東山くんって馬鹿だよね」
「お父様は、男子たるもの向上心は必要だと言っていたぞ」
「男の子って、慣れると塩対応しますもんね」
「黒川さん……?」
一条のせいで地獄みたいな空気になっていた。
こいつ、何してんの??
黒川さんキレさせんなって言ってんじゃん。
クラスの男子で話し合い、あの人だけには逆らわないようにして、平穏な学校生活を送る条約を結んでいたのだ。

男子ズで会議をする。
「おい、一条。何したんだよ」
「いや、普通にしていたけど」
はあ、なんだよ、その顔。
また何かしましたか?
みたいな顔をしていた。
てめぇ、なにラノベ主人公みたいな立ち位置に居るんだよ。
イケメンだが、顔面に黒閃喰らわせるぞ。
こいつ馬鹿だったわ。
佐藤に聞いた方がマシだ。
「一条? ああ、夏休み最後の試合の後、他校の女子に声掛けられていたからじゃない?」
死ねや。
お前は俺達のクラスの恥だわ。
「いやだって、いきなりファンですとか言われたら仕方ないじゃないか」
「そうか? 俺は、ファンであっても邪魔されたら失せろって言うけど」
ファンが推しの生活を邪魔したら、それはもうファンじゃない。
ただのストーカーだ。
自分のことを世界一可愛いとか思っているその傲慢な顔を見ていたら、イライラするし、口にしてしまう。
世界一可愛い読者モデルは、小日向風夏だよ!!
てめえじゃない。
お前は石ころだ。
「えっ、なにそのキレ方。メンタルぐうつよと一緒にしないでよ」
「はーい。とりあえず、一条が悪いでーす」
彼女がいるのに浮気するのは重罪です。
女の敵です。
クラスの女子から一発もらい、殴り飛ばすのが筋合いでしょう。
通りすがりの萌花ちゃん。
「あ?」
「女の敵がいるよ。殴り飛ばして」
「ほらよ」
思いっ切り、顔面をぶっ叩かれる。
俺じゃないんだけど。
躊躇なく人間の顔を殴るのおかしくない??
彼氏だよ。
「彼氏らしいことしてから言えや」
「真理だね」
「早く秋葉原行け」
ケツを蹴られた。

女子ズ。
「いつも思うけど、萌ちゃんの負担でかくない?」
「萌花は出来た女性だからな。我々も彼女の心の強さには助かっている」
「子守さんって、いい人だから苦労してますよね」
「あの、このやり取り。いつまで続けるんですか……」



神視点。
秋葉原。
アニメの街。
改札を出ると、漫画やアニメで見知った風景が広がる。
先人切るは、ふゆお嬢様。
白鷺冬華であった。
この場所は、好きが広がる世界。
彼女にとって、秋葉原とは本当の自分を出せる最高の場所なのだ。
白鷺の名を気にせず、一人の女の子として、心を踊らせて一時を楽しむことが出来る。
可愛いものが好きな女の子。
誰が見ても、白鷺冬華は可愛く美しく、魅力的なのであった。
色とりどりのアニメの看板。
可愛いキャラクター達。
オタクの趣味と侮るなかれ。
その全てに、好きな物語。
愛すべきもの。
素敵な世界が溢れていたのだ。
出逢いとは、運命だ。
秋葉原は、私達に出逢いをくれる。
新しい世界を知り、新しい自分になれる。
アニメだろうと、推しが好きであり、推しとの出逢いは我々の人生の一部なのだ。
失ってしまえば、どれほど悲しいか。
そう思えるくらいに大好きであった。
冬華は、嬉しそうに笑顔を見せる。
それは、普通の高校生らしいもの。
純粋に幸せな笑顔。
少し恥ずかしそうに。
はにかむ姿は、まるで宝石の輝きだ。
嗚呼、この子が普通の女の子のように朗らかに笑えるようになったのは、何時からだろうか。
ハジメちゃんに会っていなかったら、彼女は幸せではなかったのか。
いや、出逢いとは必然だ。
運命である。

何度だって語ろう。
愛を綴るのに多過ぎるとはない。
人は、大切な人との出逢いによって、如何様にも成るのだ。
皆、高校生だから何物にも染まっていない。
大人からしたら、幼さとは、未熟な存在だと思うだろう。
だが、何一つとて彼等が劣ることはない。
綺麗で可愛い。
行きゆく人々が彼女のことをそう称賛しようとも、その意味を芯に捉えることは出来ない。
白鷺冬華は誰もが認める美人だったが、その美しさは愛によるものが大きい。
最愛とは、唯一無二だ。
全ての人は、生まれながらに愛を知っている。
人の愛に優劣を付けることは出来ない。
だが、冬華のそれは違かった。
とても美しく、雪の華のように愛の結晶なのであった。

……同じ女の子なのに、想いの差を感じさせる。
男子も女子も等しく関係なく、人の美しさは性別の差を超えていく。
黒川さん達だって、好きな人や大切な人がいる。
その人に助けられ、助けになろうと成長する努力はしてきたつもりだ。
自分の想いに嘘偽りはない。
努力してきた。
愛する人の為に、真摯に向き合い、真面目に生きてきた。
人の身より努力はしてきたはずだ。
それですら、白鷺冬華に追い付くことは出来ない。

血は、愛の結晶だ。
互いの家名を背負うほど。
共に生きる覚悟がなければ、彼女とてここまで美しくはなれなかっただろう。


カシャカシャ。
ハジメは、冬華の美しい写真を撮っていた。
なにしてんの?
馬鹿なの??
馬鹿以上の馬鹿なの??
「あ、いや、シャッターチャンスだったから。次のコミケで使えるし」
高橋が居ない今、白鷺の可愛い写真を撮れるのは俺しかいない。
ハジメからしたら至極真っ当な理由でしかないが、あくまでオタクとしての常識だ。
一般人枠の人達は引いていた。
いや、さも当然のように撮影を始めるな。
「白鷺のお義父さんにも送っとこう」
もっと引かせるのやめろ。
幸せを共有するな。
両親に見せていない娘さんの笑顔をちゃんと見せることが、本当の意味での親孝行である。
ご両親の次に、娘さんを愛している。
ならば、その姿を鮮明に残すことはハジメの義務であった。
何故、今まで真面目に愛を語っていたのに、流れを破壊するのか。
頭と一緒に、愛のベクトルぶっ壊れてんのか。
みんな、アホは放っておくことにした。

とりあえず、東山ハジメを無視してシルフィードに向かうことにした。
馬鹿に時間を使っている暇はない。
秋葉原から学校に戻り、みんなのメイド服を置いて帰るのだから、時間はあまりない。
お金をかけて電車に乗ってきたのは勿体ないが、自分達だけ遊んでいたら学校に残り作業してくれている人に申し訳ないだろう。
メイド喫茶シルフィード。
我々は、この店に幾度となく通い、綺羅びやかな内観の雰囲気や、その舌と心で覚えた紅茶の味を一生忘れることはない。
メイド喫茶の理想姿。
佐藤が目指す理想の一つ。
それがシルフィードだ。
佐藤は、文化祭で一流店の紅茶の味を再現し、提供するなど馬鹿げた夢を語るが、誰もそれを否定しない。
クラス委員は、佐藤と橘さんであり、その二人に三年生最後の文化祭を任せたのだ。

二階に上がり、扉を開ける。
「おかえりなさいませ」
ご主人様、お嬢様。
出迎えるは、シルフィードのメイド長である。
黒髪を靡かせ、深く一礼をする。
その美貌はメイドとするのは惜しいほどに透き通り、とても美しい。
白と黒を基調とするメイド服。
それに似合う美しさを兼ね備えたシルフィードの名を背負う女性だ。
メイド長とは、唯一無二。
シルフィードの顔なのだ。
「師匠、おはようございます」
「……久しぶりの出番にキメ顔で現れるのやめてもらっていいですか?」
「そんな事はありません」
キメ顔が美し過ぎて、この恋の作画レベルを上げる。
流石、作品屈指の美人キャラクターである。

いや、ラノベだと分かんないから。

あと、佐藤の発言もおかしい。
ハジメに至っては、久々に顔を合わせた古参キャラに対しても容赦がなかった。
いや、物語の関係上、メイドさんの話をする尺がなかっただけで、ハジメ達は何度もシルフィードに訪れていたし、SNSやイベントでシルフィードとの交流はあった。
「文化祭編に出番をもらえる関係か、それまでの期間扱いがなおざりだったと思うのです」
「すみません。一年足らずでやべぇ女ばかり増えたんで、定期的にメイドさん出したら物語が破綻するという判断を受け、禁止にしてました」
作者からやべえ女禁止令が出ていた。
麗奈ちゃん。メイドさん。アマネさん。ジュリねえ。
そしておまけに、ハジメママ。
各々が自由に物語を語り、勝手に動いていたら、本筋が進まないのだ。
作者を殺すつもりか。
巻き込まれたハジメも死ぬわ。
ならば、ゲーム化したあかつきには、私の専用ルートを……。
談合するな。
ジュリねえやアマネさん達とは親友なため、話を合わせてくるのであった。
「早くテーブルに案内してください。あと、身内ネタは、初見の人が困惑するんでやめてください」
メイドさんのことを死ぬほど知っているハジメ達ならば、冗談として伝わるからまだいいが、本屋ちゃんは初めてシルフィードに入ったのだ。
陰キャのオタク女子が震えていた。
シルフィード製の最高品質のメイド服を着た、二十代の綺麗な女性から話し掛けられるなんて、普通の女子にはない出来事だ。
しかも、大御所女性声優さんみたいな美声だ。
私みたいな中堅声優とは違う。
その綺麗な声色に、脳が震える。
マリアでリゼで、メイドさん。
かの女性は、日本が誇る給仕。
メイドオブメイドを決める為に、ネオジャパン代表として戦い抜いた歴戦のメイドだ。
本場、英国メイドと三日三晩死闘を繰り広げ勝利したのだ。
どこぞの秋葉原にある量産型メイドとは、メイドとしての心構えが違う。
冥土神拳を扱う、英国給仕協会と対等に戦える日本のメイドは、彼女しかいない。
大和魂を胸に宿し、日夜戦うのであった。
「なに言ってんの? こいつ??」
あのハジメちゃんが、敬語を投げ捨てた。

本屋ちゃんは思っていた。
みんな、外で他の人と雑談出来るほどに陽キャなんだ。
私なんて、本屋の店員さんに声をかけられるだけで緊張するのに。
……見習わないと。
本屋ちゃん、この人に絡むのはやめておいた方がいい。
大人の女性の認識が崩壊する。
かなりの美人で大御所声優を使っていて、装飾品を制作していたり才能豊かだが、メイド要素以外は、かなりの駄目人間なのである。
みんなで、メイドさんに憧れている本屋ちゃんを止めるのであった。
もっといい女性は沢山いるのだ。
大人の女性を参考にするなら、他の人にした方がいい。
駄目だ、二十歳を超えた登場人物全員やばいやつしかいない。
あのハジメちゃんがテンパっていた。

「わぁ~、みなさんお久しぶりです~」
給仕の手が空いたアールグレイさんがやってくる。
助け人や。
この人!!
多分、この人が一番まともだから!!
「なにしているんですか? テーブルにご案内しますよ??」
ほら、この人はちゃんとテーブルに案内してくれる。
メイドさんなんて、案内せずに入口で尺を使いまくるし。
出番が欲しいが為に、カメラに映ろうとしていた。
「アールグレイ。私が給仕致します」
「メイド長、でもダーちゃんが呼んでましたよ?」
貴方は、自分の給仕を投げ出さずに仕事をしてください。
シルフィードの良心。
ダージリンさん。
リゼは、凄い剣幕で睨まれていた。
「大人たるもの、学生の模範になる行動をしてください」
「だって~」
首根っこ掴まれて、引き摺られながら連れて行かれた。
これでは、どっちがシルフィードの顔だか分からない。
いい加減、メイド長の立場を譲ってしまえ。
久しぶりのメンバー揃い踏み。
これぞ文化祭編である。

一息吐く。
「おう。邪魔者は消えた。とりあえず、三十分は大丈夫だな」
ハジメ曰く、あれを拘束出来たとしても、半刻だけだ。
そう語る。
鎖に繋いだとして、その鎖ごと破り捨てる。
それが、この作品に登場する大人の女性なのだ。

アールグレイさんは、何事もなかったように給仕をする。
「みなさん、お飲み物は如何なさいますか?」
シルフィードの人間は、スルースキルが高いのであった。
日常茶飯事である。
各々が紅茶とお茶菓子を頼み。
みんながメニューも見ずに慣れた様子でいる中、本屋ちゃんは慌てていた。
「えっと、何がオススメですか?」
困っている本屋ちゃんに、ハジメはフォローを入れる。
「シルフィードは紅茶がオススメだから、とりあえずは黒川さんと同じやつを飲むといいよ。美味しいからさ」
「東山くん、ありがとうございます」
「いやいや。通い慣れているから気にしないで」
ハジメだけは、さも当然のようにコーヒーを注文する。
あ、この人、ぜったいに紅茶飲まないじゃん。
適当言っていやがる。
あらためて佐藤に聞くが、同じ紅茶をオススメしてくれていた。
産地ごとに味や深みは違うけど、口当たりがあっさりしていてベーシックな飲み口だから、初心者にも飲みやすいし、クッキーなどの甘い焼き菓子との相性がいい。
「佐藤くんが言うなら信用出来ますね」
「……俺は? 信用出来ないの??」
「えっと、そういうことじゃなくてですね」

「東山くん、うるさい」
「東山。お茶の場で五月蝿くするのはマナー違反だぞ」
「この場では、東山くんがリーダーなのだから、ちゃんとしてください」
ハジメは、三人に怒られるのであった。
彼氏がいる女性は強い。
伊達に面倒臭い野郎の彼女をやっていない。
冬華や黒川さん。橘さんが妙に仲良しな理由はそれなのか。
アールグレイさんは、詩集を取り出す。
「でわ、ご用意してまいりますので、詩集を見てお待ち下さいませ」
紅茶を淹れる間に、詩集を読む。
アールグレイさんが持ってきた最近の詩集もいいが、やはり慣れている者からすると、時代の流れを感じさせるものがいい。
ハジメは鞄から詩集を取り出す。
人の愛は、新しいも古いもない。
「この前、渋谷で見付けてきた。この本にしようぜ」
ハジメは、古本屋で買った詩集をオススメしてくる。
「なんで、普通に詩集が出てくるの!? おかしいよ!?」
シルフィード初見組の本屋ちゃんは嘆いていた。
何で困惑しているのか。
みんな不思議そうにしていた。
お茶の場では、紅茶を飲みながら詩集を読み、愛の詩を嗜むものだ。
優雅に過ごし、愛を語り合う。
紳士淑女の教養である。
人は、親から無償の愛を言葉にせずとて受けて育つが、他者への愛はちゃんと口にしなければ伝わらない。
詩集は、愛の勉強なのだ。

愛している。

そんな簡単な言葉でさえ、漫画や小説で何度も出てくることはない。
恋愛小説だってそうだ。
多くは口にしないはずだ。
人は人を好きになり、純粋に愛することさえ。
世間では恥ずかしいものと教えられ、育てられている。
だから、恋人に面と向かって好きと言うことですら、本来は難しいのだ。
どれほど友達や恋人を愛していても、それを表現するにはきっかけが必要だ。

詩を口にして。
自身の考えや心を言葉として紡ぐことに意味がある。
「いや、別に、恋人なんだから普通に愛してるくらい言うよな?」
馬鹿一人。
流石、シルフィードで詩を唄うというイカれた習慣を定着させた人間だ。
愛している。
彼女のことをいつもそう思っている。
頭の中、お花畑である。
「おい、待ってくれ。詩集を読むのを流行らせたのは、俺じゃなくてメイドさんなんだが……」
何で俺が色々問題起こしたみたいになっているのだ。
日頃の行いが悪いと言いたいのだろうが、今日は何も悪いことをしていないぞ。
ハジメはそう訂正するが。
紅茶と焼き菓子を持ってきたアールグレイさんは、ハジメの発言に呆れたのか、溜息を吐いていた。
「ハジメちゃん様は、オタク文化に精通していますが、他の方々は普通の感性をお持ちなのですよ」
「えっ、俺は普通じゃないの?」
黒髪中背の勉強も運動も得意ではない、どこにでもいるような一般家庭の男子高校生だ。
しかも陰キャ。
ハジメは自分のキャラクター説明文にそう記されていると力説するが、どこがだよ。
橘さんは、隣にいる女子メンバーに呟く。
「やばいわ。よくよく考えたら、東山くんに蹴り入れられる人いないじゃない……」
文化祭の役割分担をミスったみたいな顔をしないでくれ。
いや、ミスっているってみんな思っていたのだ。
「そもそも俺に蹴りを入れてくるのは、秋月さんか萌花しかいない」
アールグレイさんは、真面目に答えた。
「まず、普通に生きていたら、女の子に殴られるくらいに怒られたりしません」
「嘘だぁ!?」
俺の親父なんか、よくボロ雑巾みたいになっているぜ。

「来年は大学生なのですから、もう少し大人になってくださいね。動画内の言動にももう少し気を遣ってください」
子供だからってふざけ過ぎである。
大学生になったら大人と同じなのだから、節度を持った態度をしてください。
アールグレイさんにマジレスされる高校三年生の秋。
しかも、みんな頷いていた。
お前ら、全員視聴者かよぉ。
ハジメの味方は誰一人として居なかった。
便乗して、動画内の文句を言ってくる。
学校ではまったく喋らないのに、動画内だけはしゃぎ過ぎだ。
今週のジャンプの話で三十分以上も尺を使うな。
雑談配信でガチの雑談をするな。
呪術廻戦で傷心していたジュリねえを慰める様子が、ある種の浮気だ。
ハンカチ貸して慰める姿を見た彼女が何を思うか考えてください。
……男の子が持つハンカチとは、彼女の涙を拭く為だけのもの。
じゃあ、四枚所持しとくわ。
まるでカードゲームかよ。


ハジメサイド。
そんなこんなで紅茶を飲みながら、喋っていると、先程のメイドさんが現れた。
三人目のメイドさん。
ダージリンさんであった。
高身長であり、見た目や雰囲気は白鷺に似ている大人の女性だ。
気怠そうな表情が可愛い、クール系のメイドさんで、紅茶を淹れる腕前ではシルフィード随一である。
悪い人ではないが、人見知りだし、彼女から進んで話し掛けてくる人ではないので、ダージリンさんを知る人からしたら疑問に思っていた。
「今回、シルフィードから私が派遣されることになりましたので、改めましてご挨拶を」
シルフィードの名前を貸した手前、文化祭の準備を手伝ってくれるらしい。
紅茶の淹れ方などは佐藤が教えられるから問題ないが、接客となると頼りになる人はそんなにいない。
メイド長であるメイドさんが教えるのが効率的だったが、あれでもシルフィードを統括をしている責任者だ。
その関係で、おいそれとお店を離れるわけにはいかない。
「アールグレイはあの性格ですから、接客を教えるには不向きです。故に、私に白羽の矢が立ったわけです」
三日間、放課後に行われる数時間だけの接客講座だが、ダージリンさんの凛とした姿勢を学べるのは有り難い。
みんなも、メイドさんよりもダージリンさんを頼りにしているようで喜んでいた。
高校生とは、無口ながらも美しい大人の女性に憧れるものだ。
あの人、尊敬されていないな。
まあ、メイドさんは日頃からふざけているだけで、佐藤が師匠と呼ぶくらいには優秀なんだけどね。
オタク特有のテンションは、あの人のキャラなだけだ。
可愛い女の子を演じているだけである。
まあ、何であれ、誰でもないダージリンさんが手伝ってくれると嬉しいのが俺達の本音だ。
「お役に立てるか分かりませんが、善処します」
ダージリンさんが不安になっているのをフォローする。
「大丈夫です。みんな、ダージリンさんのことが大好きですから」
好きという言葉が、世界一軽い世界。
しかし、彼女以外には軽々しく口にしてはならない。
その後、もえぴに密告された。
こんなにも愛しているのに。
何故、人は争うのか。
愛故にか。


最後に俺達は、シルフィードのみんなに別れの挨拶をして、メイド喫茶を出ていく。
二階から一階に降りて、メイド服専門店シルフィードに入り、店長さんに挨拶をする。
文化祭用に借りるメイド服を回収する為である。
「やあ。みんな元気そうで何よりだよ」
店長さんは、二十代後半のイケメンであり、ワイシャツに前掛けを付けた制服姿が実に似合っている。
爽やかな笑顔から見ると、優男には見えるが、お店に並んでいるメイド服を全て手掛けているデザイナーであり、メイド界隈では名の知れたの猛者だ。
彼の作るメイド服を着ることが一種のステイタスになっていた。
どこかの国の大貴族が、シルフィードのメイド服に惚れて重宝しているという話もあるほどだ。
田中さんは、店内に並ぶ、数千円から十数万円までのメイド服を見て気後れしていた。
「わあ、メイド服ってお高いのですね」
「生地によって値段は変わるからね。科学繊維なら価格は安いけど、見た目の美しさがまったく違うからね」
店長さんは、田中さんに簡単な説明をしてくれていた。
そもそもメイド服は使用人の仕事着であり、丈夫さと身軽さを兼ね備えたものだ。
サラリーマンが見映えの為に数万円のスーツを着るのと同じく、メイドさんが綺麗なメイド服を着るのは当たり前だ。
「……また店長さん語ってる」
橘さん、そんなこと言わないの。
いいメイド服を扱っているのだから、その良さを伝え、丁寧に扱ってもらうのがマナーである。
店長さんからしたら、一着一着が我が子同然なのだ。
ひとつひとつ丁寧に仮縫いして、ミシンを通している。
その結果、俺達の手元に綺麗なメイド服が渡ってくるのだ。
クリエイターの愛を噛み締めろ。
我々は、シルフィードが誇るメイド服を着て最高のメイド喫茶が出来るのだ。
俺は、店内を見上げる。
この白と黒の衣装を見ていると、何だか気持ちが高鳴るのだ。
「今更だけど、東山くんド変態だよね」
「出逢った頃から変わらないが?」
「東山くん。頭、大丈夫ですかね??」
「みなさん、本人に聞こえてますから……」
毎回、なんでみんなでヒソヒソ話をしてるの??
俺のこと嫌いなの??
一年間の月日の流れを噛み締めていた。
もっと、最初はみんな優しかったはずだ。


おまけ。
秋葉原の帰り道、駅前に着くと泣き叫ぶほどの悲しい顔をしたファンが俺に近寄ってきた。
俺を発見して安堵してか、突然泣き出すのはいいが、理由を言え。
理由を。
ファンのカバンには、呪術廻戦のキーホルダーが付いていた。
全てを察した。
……お前ら、俺なら慰めてくれると思っているのか。
それでも、泣き叫ぶファンを放置するわけにもいかないので、話を聞いてやる。
まあ、大半は何度も聞いた内容だから説明しない。
漫画のネタバレを喰らわされる身にもなってほしいからな。
「うぉんうぉん」
なんで、小日向みたいな泣き方をすんだよ。
ズッ友かよ。
あと、俺の肩を掴むな。
普通に犯罪だぞ。
見兼ねた他のファンが、止めに入る。
「ほら、やめなよ。ハジメちゃんが困っているでしょ」
その言葉に反応し、泣き叫ぶ姿から一変し、ブチ切れる。
「鹿紫雲一の話をしないでよ!!」
顔面に黒閃を喰らわす。
他人が他人に、通常攻撃の2.5乗を食らわすな。
顔面を殴り飛ばされた女の子は、静かに鼻血を吹き飛ばした。
怒りが頂点に達するまで、一秒もいらなかった。
「音量を上げろ! 生前葬だ!!」
……誰だよ、お前ら。
訳分からん流れで喧嘩すんな。
外国人観光客が行き来する秋葉原で、俺のファン二人が乱闘する様を眺めさせられている俺達であった。
だから、何の。
何が何なんだよ。

数分間本気の殴り合いをした二人は、肩を組んで笑っていた。
時の流れと共に、悲しみも怒りもなくなり、そこには喜びだけが残る。
戦いとは言葉。
愛を語り合うことと同義なのだ。
「次の冬コミまでに、コスプレ衣装作りましょ!」
「うん! 人生は楽しいことばかりだもの。呪術廻戦と出逢ったことに悔いはないわ」
あんたら、青春を殴り飛ばしたかのようなセリフで語るが、さっきまで殴り合いしていたからからな。
全身、血塗れだからな。
怖いからやめてくれ。

二人は、冬コミまでに新しい衣装を作り、世界中のじゅじゅ女子から背中を叩いてもらうのだった。
君に背中を叩いてもらって幸せだ。
出逢いと人生には、沢山の悲しいことはある。
だが、それでも自分の人生は幸せだったと断言しよう。

……毎週ジャンプの発売日に、この変態どもに絡まれる俺の不幸を知ってほしい。
お前もだよ。ジュリねえ。
一人、悲しみから立ち直れず。
絶命の縛りから呪具作っていた。
化物かよ。
仕方がないので、冬コミに宿儺役のレイヤーさんに貸し出しした。
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