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馬車の中の地獄
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「……ということであんたにはセルジュ様に付いて隣国へ行ってもらうから」
「え?」
ある日ミラはメイド長から呼び出され、戦々恐々と何を言われるのかと怯えていたら、それはなんとセルジュと共に隣国の視察に付き添えとのお達しだった。
「ど、どうして私が……!? セルジュ様付きの方が付き添うのが普通では?」
「詳しいことは護衛隊長に聞きな。私も細かい事情は知らないんだよ」
それから詳しい経緯を知る護衛隊長から聞いた話では、なんでも隣国は平和な我が国と比べて治安が悪いようで、召使いを連れて行くにあたってセルジュ付きの者では都合が悪いらしい。
セルジュ付きのメイドは貴族のご息女だ。行儀見習いで王宮に奉公に出すことはできても治安の悪い隣国に大事な娘を派遣させるなんてとんでもないということだ。
となると下級メイドの中から……ということになるが、ミラが一番適任という話になった。何故ならもし万が一命を落としたりしても文句を言う親族がいないからだ。
こういう時に天涯孤独な人間は割を食うのだなあとミラは痛感し、めまいを覚えた。だが、まあしょうがないとも思った。メイド仲間は近々結婚を控えていたり、その他にも恋人がいる者がほとんどだ。その点自分には何かあっても悲しむ人間はいない。
「それにお前の働きぶりは王宮内でも上々だぞ。騎士団でもミラならいい働きをしてくれるだろうとの評価だ」
「本当ですか?」
「ああ、正直貴族のお嬢さんが来られては俺たちも困るんだ。その点お前は汚れ仕事も厭わないタフさがある。何が起こってもお前なら対応できるだろ」
そこまで褒められると悪い気はしない。なんとなく納得はできたが、一方で懸念事項が頭から離れない。隣国へ行って帰国するまでの道中、セルジュと四六時中一緒にいなければならない。それはどうにも気が重かった。
そして実はミラがセルジュに付いて隣国に行くことに異を唱える人間が一人いた。それは他でもないセルジュ本人だった。
「メイドがいなくとも身の回りのことくらい自分でできる。無用な人間を連れて行くなど非効率だ」
今回の隣国行きの人選をした大臣に向かって、セルジュは珍しく厳しい顔つきで詰め寄った。珍しいこともあるものだ、と内心驚きながらも、壮年の大臣は彼をなだめる。
「殿下がメイドなど必要とされないのは重々承知しております。しかし隣国を訪ねるにあたってメイドの一人も連れておらずだと我が国の沽券にかかわりますし……」
「しかし……! いくら騎士がいるとはいえ王族の旅には危険がつきものだ。そんなものにミラを……!」
「……ミラを?」
聞き返されて、はたと冷静になったのか、セルジュは咳ばらいをした後、いや、なんでもないと口ごもった。
そして出発の日、用意された馬車の前に控えていたミラに向かって、セルジュは険しい顔つきでこう言った。
「……連れて行く必要があるのかは皆目謎だが、面目が立たないというなら仕方ない。なるべく私の視界に入らないように気を付けろ」
どうしてこうも毛嫌いされるのだろうか。顔を上げないまでも、セルジュの冷たい視線が注がれていることは気配でわかった。
(私が望んで付いていくわけじゃないのに……!)
だがメイドごときが反論どころか王族の考えを問いただすことなどできない。
「……かしこまりました」
悔しさに唇を噛みながら、ミラはどうにかその一言を絞り出したのだった。
隣国へは馬車で王宮のある首都から数日かかる。召使いはミラ一人。その他護衛騎士を連れてセルジュ達一向は王宮を出発した。馬車にはミラとセルジュ様の二人、それを挟むようにして騎士たちは馬で馬車を護衛して進む。
「……」
「……」
旅は驚くほど気まずいものだった。なるべく視界に入らないようにと言われても二人乗りの馬車では自ずと向かい合う形になり、嫌でもミラはセルジュと顔を突き合わせるしかない。馬車の中では常に無言で、ミラは道中馬車の窓から見える景色を眺めるしかなかった。
事前に言っていたようにセルジュは召使いの存在を必要としなかった。着替えも身の回りの支度も全て一人で行い、決してミラを近づけない。
「周りをちょろちょろされては目障りだ。お前は馬車以外では騎士たちと共にいろ。しかし妙な考えは起こさないように、彼らに取り入ろうなどと思わないことだ」
そう言って釘を刺す。護衛騎士たちはミラよりも何倍も身分が高く、彼らの一人に気に入られ結婚でもすれば確かに大躍進の出世だろう。
ミラは元々農村の貧しい家に生まれた。口減らしのために親に人買いに売られ、まずは街の裕福な商家での下働きになり、そこで徹底的に仕事を叩き込まれたのだが、屋敷の主人が脱税で捕まると、そのまま屋敷を追い出されてしまう。
以降仕事はなんでもやった。酒場の給仕、病院の清掃、仕立て屋のお針子……などなど職歴は数限りない。その後ミラは貴族の未亡人の家に雇われたのだが、彼女はミラの働きぶりを大層気に入ってくれていて、王宮のメイドへと推薦してくれたのだ。
そんな経歴を知ってか知らずか、セルジュはまるでミラを玉の輿狙いの娘のように言った。もちろん本人にはそんな気はさらさらなかったが、反論できるはずもなく承知していますとミラは粛々と言った。
——私の何がこの人を苛つかせるのだろう。
騎士たちも普段見ないセルジュの冷たい態度に、少なからず驚いているようだった。
「え?」
ある日ミラはメイド長から呼び出され、戦々恐々と何を言われるのかと怯えていたら、それはなんとセルジュと共に隣国の視察に付き添えとのお達しだった。
「ど、どうして私が……!? セルジュ様付きの方が付き添うのが普通では?」
「詳しいことは護衛隊長に聞きな。私も細かい事情は知らないんだよ」
それから詳しい経緯を知る護衛隊長から聞いた話では、なんでも隣国は平和な我が国と比べて治安が悪いようで、召使いを連れて行くにあたってセルジュ付きの者では都合が悪いらしい。
セルジュ付きのメイドは貴族のご息女だ。行儀見習いで王宮に奉公に出すことはできても治安の悪い隣国に大事な娘を派遣させるなんてとんでもないということだ。
となると下級メイドの中から……ということになるが、ミラが一番適任という話になった。何故ならもし万が一命を落としたりしても文句を言う親族がいないからだ。
こういう時に天涯孤独な人間は割を食うのだなあとミラは痛感し、めまいを覚えた。だが、まあしょうがないとも思った。メイド仲間は近々結婚を控えていたり、その他にも恋人がいる者がほとんどだ。その点自分には何かあっても悲しむ人間はいない。
「それにお前の働きぶりは王宮内でも上々だぞ。騎士団でもミラならいい働きをしてくれるだろうとの評価だ」
「本当ですか?」
「ああ、正直貴族のお嬢さんが来られては俺たちも困るんだ。その点お前は汚れ仕事も厭わないタフさがある。何が起こってもお前なら対応できるだろ」
そこまで褒められると悪い気はしない。なんとなく納得はできたが、一方で懸念事項が頭から離れない。隣国へ行って帰国するまでの道中、セルジュと四六時中一緒にいなければならない。それはどうにも気が重かった。
そして実はミラがセルジュに付いて隣国に行くことに異を唱える人間が一人いた。それは他でもないセルジュ本人だった。
「メイドがいなくとも身の回りのことくらい自分でできる。無用な人間を連れて行くなど非効率だ」
今回の隣国行きの人選をした大臣に向かって、セルジュは珍しく厳しい顔つきで詰め寄った。珍しいこともあるものだ、と内心驚きながらも、壮年の大臣は彼をなだめる。
「殿下がメイドなど必要とされないのは重々承知しております。しかし隣国を訪ねるにあたってメイドの一人も連れておらずだと我が国の沽券にかかわりますし……」
「しかし……! いくら騎士がいるとはいえ王族の旅には危険がつきものだ。そんなものにミラを……!」
「……ミラを?」
聞き返されて、はたと冷静になったのか、セルジュは咳ばらいをした後、いや、なんでもないと口ごもった。
そして出発の日、用意された馬車の前に控えていたミラに向かって、セルジュは険しい顔つきでこう言った。
「……連れて行く必要があるのかは皆目謎だが、面目が立たないというなら仕方ない。なるべく私の視界に入らないように気を付けろ」
どうしてこうも毛嫌いされるのだろうか。顔を上げないまでも、セルジュの冷たい視線が注がれていることは気配でわかった。
(私が望んで付いていくわけじゃないのに……!)
だがメイドごときが反論どころか王族の考えを問いただすことなどできない。
「……かしこまりました」
悔しさに唇を噛みながら、ミラはどうにかその一言を絞り出したのだった。
隣国へは馬車で王宮のある首都から数日かかる。召使いはミラ一人。その他護衛騎士を連れてセルジュ達一向は王宮を出発した。馬車にはミラとセルジュ様の二人、それを挟むようにして騎士たちは馬で馬車を護衛して進む。
「……」
「……」
旅は驚くほど気まずいものだった。なるべく視界に入らないようにと言われても二人乗りの馬車では自ずと向かい合う形になり、嫌でもミラはセルジュと顔を突き合わせるしかない。馬車の中では常に無言で、ミラは道中馬車の窓から見える景色を眺めるしかなかった。
事前に言っていたようにセルジュは召使いの存在を必要としなかった。着替えも身の回りの支度も全て一人で行い、決してミラを近づけない。
「周りをちょろちょろされては目障りだ。お前は馬車以外では騎士たちと共にいろ。しかし妙な考えは起こさないように、彼らに取り入ろうなどと思わないことだ」
そう言って釘を刺す。護衛騎士たちはミラよりも何倍も身分が高く、彼らの一人に気に入られ結婚でもすれば確かに大躍進の出世だろう。
ミラは元々農村の貧しい家に生まれた。口減らしのために親に人買いに売られ、まずは街の裕福な商家での下働きになり、そこで徹底的に仕事を叩き込まれたのだが、屋敷の主人が脱税で捕まると、そのまま屋敷を追い出されてしまう。
以降仕事はなんでもやった。酒場の給仕、病院の清掃、仕立て屋のお針子……などなど職歴は数限りない。その後ミラは貴族の未亡人の家に雇われたのだが、彼女はミラの働きぶりを大層気に入ってくれていて、王宮のメイドへと推薦してくれたのだ。
そんな経歴を知ってか知らずか、セルジュはまるでミラを玉の輿狙いの娘のように言った。もちろん本人にはそんな気はさらさらなかったが、反論できるはずもなく承知していますとミラは粛々と言った。
——私の何がこの人を苛つかせるのだろう。
騎士たちも普段見ないセルジュの冷たい態度に、少なからず驚いているようだった。
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