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野営とハプニング
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首都を出て三日、馬車は鬱蒼とした森の中を進んでいた。
「今日は野営になりますが、かまいませんか」
護衛騎士はセルジュにそう尋ねると、彼は無言で頷いた。野営と言っても王族の殿下を不自由にさせるわけにはいかない。騎士たちは森を抜けたところにあった少し開けた場所を見つけるとそこに立派な天幕を張り、最低限の調度品を運び込んだ。そしてその横に騎士たちの天幕も張られている。
「ええと……私もみなさんと寝ることになるのでしょうか」
着々と設営されていく天幕を見ながらミラは言った。
宿屋ではミラのために一部屋が準備されていたが野営ではそうはいかない。
「ミラはセルジュ様と同じ天幕で寝るように」
「えっ……!?」
騎士隊長が近づいて来てそう言った。王族と同じ天幕で、しかもあれほど自分を毛嫌いしているセルジュと一緒に寝るなど、二重の意味でショックだ……と、ミラは青い顔になった。
「……失礼いたします」
天幕の中は思ったよりも広かった。簡易的な寝床が二つ、端と端でこれでもかと離されて設置されているのはおそらく殿下の意向だろう。
セルジュはミラの言葉を無視して、寝床に腰かけ書物を読んでいた。ミラも自分の荷物を下に置く。
(馬車の道中だけでも辛いのに、寝る時まで殿下と一緒だなんて、さしもの私も参ってしまいそう。でも嘆いても仕方ないわね……しっかり休息を取らなくちゃ)
とはいえ殿下が就寝するまで召使いが寝るわけにはいかない。布敷の床に座って、ミラは無言で控える。
「……集中できない。もう寝る、灯を消せ」
「は、はい」
夕食を終えてさほど時間は経っていないが、セルジュは鬱陶しそうに顔を歪めて言った。言われた通りミラが天幕内に用意されていた明かりを落とすと中は真っ暗になった。
「おやすみなさいませ」
「……」
暗闇の中、やっぱり返事は返ってこなかった。
(さて……私も寝なくちゃ。だけどいびきとかかいちゃったらどうしよう……。殿下を起こしでもしたら殺されちゃうんじゃあ……)
なるべく物音を立てないように就寝の身支度をすると、ミラはセルジュに背を向けて寝床に入った。こんなに緊張する夜は生まれて初めてだ。泣いてでも嫌だと抵抗するべきだったかもしれない。気が張って眠れないような気がした。
しかし旅の疲れからか、目を閉じるとすぐにミラの意識は深い所に休まった。
——一方でミラには知りようのないことだが、セルジュはある理由から明け方まで眠りにつくことができなかった。
「……ん……」
夜明け前にミラは目を覚ました。太陽の光は天幕の布越しに感じられず、まだ暗い。
(よかった寝坊しなくて)
ミラは天幕の反対にいるセルジュを窺った。どうやらまだ寝ているようだ。
(今のうちに顔を洗っておこうかしら)
しばらくすると太陽が昇ってきた気配がしたので、ミラは天幕を抜け出し近くにある小川へ顔を洗いに行くことにした。
(うー、冷たい!)
川の水はよく冷えていた。顔を洗って布で水をぬぐった後、川べりに腰かけて昇っていく太陽を見ていた。
ここから隣国まではあと一日。今晩はおそらく宿に泊まるだろう。そう思うとほっとした。殿下が何を考えているのか、どうして私を嫌うのか。その理由がわからないまま、側にいるのは心底居心地が悪い。
(……早く終わればいいのに)
今回の給金と今まで働いた分を合わせるとかなり貯金も貯まった。職場の雰囲気は悪くなかったが、このまま王弟からの冷遇が続くとなると、王宮を去るのも一つの選択肢かもしれない……とミラは考えた。街に下りて家を借り、他の働き口を探そうか。
川の水面を見ながらそんなことを考えていた時だった。――足首につるりと気持ち悪い感触が絡んだ。虫だろうか? と目を向ける。
「ひっ……、な、何……!?」
ミラの右足首に長い胴体で濃い灰色の蛇が一匹絡みついて、細い舌をチロチロと出していた。ミラは慌てて立ち上がり足を振って蛇を振るい落とそうとした。
だがそれがいけなかった。蛇は敵意に気付いたように、ミラの足首を更に締めたからだ。ぎゅうう……と圧力がかかる。かと思えば、足に鋭い痛みが走った。
噛まれた!
「ああっ……!」
痛みに驚いて尻もちをつく。蛇は肌に食らいつき、足首からは血が流れていた。
(もし毒蛇だったら……)
こんなところに毒消しの薬なんてあるはずもなく、ミラの脳裏に死という言葉が浮かんで背筋が冷たくなる。
ミラは勇気を出して嫌悪感に耐えながら蛇の頭を掴むと、ようやく牙が肌から引き抜かれた。鱗の表面のなんともいえない冷たい感触に鳥肌が立ったが、万力の力を込めて足首から引き離し、遠くへ投げる。そのままショックと立ち眩みで地面に倒れた。
「はあっ……はあっ……、嘘でしょ……」
皮膚には二つの穴が開いていて、そこから血の筋が流れていた。なんだが気分が悪くなってきたような気がした。やっぱりあれは毒蛇だったのかもしれない。
とにかくまずは傷口を洗わなければ。川の水を求めてずりずりと這っていると、背後からミラを呼ぶ声がした。
「ミラ!? どうした!?」
——その声の主は、セルジュだった。
明らかに息せき切った様子で狼狽するセルジュに、ミラは涙を目に浮かべながら助けを求めた。
「今日は野営になりますが、かまいませんか」
護衛騎士はセルジュにそう尋ねると、彼は無言で頷いた。野営と言っても王族の殿下を不自由にさせるわけにはいかない。騎士たちは森を抜けたところにあった少し開けた場所を見つけるとそこに立派な天幕を張り、最低限の調度品を運び込んだ。そしてその横に騎士たちの天幕も張られている。
「ええと……私もみなさんと寝ることになるのでしょうか」
着々と設営されていく天幕を見ながらミラは言った。
宿屋ではミラのために一部屋が準備されていたが野営ではそうはいかない。
「ミラはセルジュ様と同じ天幕で寝るように」
「えっ……!?」
騎士隊長が近づいて来てそう言った。王族と同じ天幕で、しかもあれほど自分を毛嫌いしているセルジュと一緒に寝るなど、二重の意味でショックだ……と、ミラは青い顔になった。
「……失礼いたします」
天幕の中は思ったよりも広かった。簡易的な寝床が二つ、端と端でこれでもかと離されて設置されているのはおそらく殿下の意向だろう。
セルジュはミラの言葉を無視して、寝床に腰かけ書物を読んでいた。ミラも自分の荷物を下に置く。
(馬車の道中だけでも辛いのに、寝る時まで殿下と一緒だなんて、さしもの私も参ってしまいそう。でも嘆いても仕方ないわね……しっかり休息を取らなくちゃ)
とはいえ殿下が就寝するまで召使いが寝るわけにはいかない。布敷の床に座って、ミラは無言で控える。
「……集中できない。もう寝る、灯を消せ」
「は、はい」
夕食を終えてさほど時間は経っていないが、セルジュは鬱陶しそうに顔を歪めて言った。言われた通りミラが天幕内に用意されていた明かりを落とすと中は真っ暗になった。
「おやすみなさいませ」
「……」
暗闇の中、やっぱり返事は返ってこなかった。
(さて……私も寝なくちゃ。だけどいびきとかかいちゃったらどうしよう……。殿下を起こしでもしたら殺されちゃうんじゃあ……)
なるべく物音を立てないように就寝の身支度をすると、ミラはセルジュに背を向けて寝床に入った。こんなに緊張する夜は生まれて初めてだ。泣いてでも嫌だと抵抗するべきだったかもしれない。気が張って眠れないような気がした。
しかし旅の疲れからか、目を閉じるとすぐにミラの意識は深い所に休まった。
——一方でミラには知りようのないことだが、セルジュはある理由から明け方まで眠りにつくことができなかった。
「……ん……」
夜明け前にミラは目を覚ました。太陽の光は天幕の布越しに感じられず、まだ暗い。
(よかった寝坊しなくて)
ミラは天幕の反対にいるセルジュを窺った。どうやらまだ寝ているようだ。
(今のうちに顔を洗っておこうかしら)
しばらくすると太陽が昇ってきた気配がしたので、ミラは天幕を抜け出し近くにある小川へ顔を洗いに行くことにした。
(うー、冷たい!)
川の水はよく冷えていた。顔を洗って布で水をぬぐった後、川べりに腰かけて昇っていく太陽を見ていた。
ここから隣国まではあと一日。今晩はおそらく宿に泊まるだろう。そう思うとほっとした。殿下が何を考えているのか、どうして私を嫌うのか。その理由がわからないまま、側にいるのは心底居心地が悪い。
(……早く終わればいいのに)
今回の給金と今まで働いた分を合わせるとかなり貯金も貯まった。職場の雰囲気は悪くなかったが、このまま王弟からの冷遇が続くとなると、王宮を去るのも一つの選択肢かもしれない……とミラは考えた。街に下りて家を借り、他の働き口を探そうか。
川の水面を見ながらそんなことを考えていた時だった。――足首につるりと気持ち悪い感触が絡んだ。虫だろうか? と目を向ける。
「ひっ……、な、何……!?」
ミラの右足首に長い胴体で濃い灰色の蛇が一匹絡みついて、細い舌をチロチロと出していた。ミラは慌てて立ち上がり足を振って蛇を振るい落とそうとした。
だがそれがいけなかった。蛇は敵意に気付いたように、ミラの足首を更に締めたからだ。ぎゅうう……と圧力がかかる。かと思えば、足に鋭い痛みが走った。
噛まれた!
「ああっ……!」
痛みに驚いて尻もちをつく。蛇は肌に食らいつき、足首からは血が流れていた。
(もし毒蛇だったら……)
こんなところに毒消しの薬なんてあるはずもなく、ミラの脳裏に死という言葉が浮かんで背筋が冷たくなる。
ミラは勇気を出して嫌悪感に耐えながら蛇の頭を掴むと、ようやく牙が肌から引き抜かれた。鱗の表面のなんともいえない冷たい感触に鳥肌が立ったが、万力の力を込めて足首から引き離し、遠くへ投げる。そのままショックと立ち眩みで地面に倒れた。
「はあっ……はあっ……、嘘でしょ……」
皮膚には二つの穴が開いていて、そこから血の筋が流れていた。なんだが気分が悪くなってきたような気がした。やっぱりあれは毒蛇だったのかもしれない。
とにかくまずは傷口を洗わなければ。川の水を求めてずりずりと這っていると、背後からミラを呼ぶ声がした。
「ミラ!? どうした!?」
——その声の主は、セルジュだった。
明らかに息せき切った様子で狼狽するセルジュに、ミラは涙を目に浮かべながら助けを求めた。
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