【R18】王弟殿下は私が嫌い——だけど盛大な勘違いと遠回りの末溺愛されています

外耳

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蛇のち隣国

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「へ……蛇に……」

「噛まれたのか!?」



 セルジュはミラに駆け寄ると、急いで彼女が力なく指さした足首を確認した。そして間髪を容れず、傷口に口を付けた。



「ああっ……、せ、セルジュ様……! いけません、毒蛇かもしれません……!」

「騒ぐな」



 ミラは戸惑いの表情を浮かべ身をよじって抵抗するが、セルジュが掴んだ手はびくともせず、なすがままになった。



「あ……」



 セルジュが傷口を吸う、その舌の感触にミラはゾクリと身を震わせる。



——なんだかいけないことをしているような。



 縋るようにセルジュの肩を掴んだミラの心臓がドクドクと早鐘を打つ。蛇に噛まれたショックと、ほんの少しの後ろめたいときめきで。



「……よし、次は傷口を洗うぞ」



 ミラの血をプッと吐き出した後、セルジュはミラを抱きかかえると、小川へ向かい彼女の足先を水に入れた。



(ああ、殿下が汗をかいている)



彼が取り乱すところを見たのは初めてだった。







「どんな見た目の蛇だったか覚えているか?」



 傷口を洗い流しながらセルジュは視線を合わせずに聞いた。



「確か、灰色で目の周りは白い柄が……ありました」



 ミラがそう答えると、セルジュは緩んだような表情になった。



「……それは毒蛇じゃない」

「ほ、ほんとですか……」

「ああ、毒のない種類のものだ」



 そう言われて、ミラも安堵から体の力が抜けた。



「起きたらお前がいないから何かあったのかと外に出たんだ、そこで悲鳴を聞いた」

「ご心配をおかけして申し訳ありません……私の不注意で」

「……」



 セルジュは何も答えない。だがミラの心中では、彼への印象がこの出来事によって変わったのだった。







 その後ミラは騎士のみんなから改めて手当を受けた。やはり噛まれたのは間違いなく無毒な蛇らしく、運がよかったなと笑われる。



「それにしても殿下の応急処置が早かったのがよかったな」

「はい」



 複雑な気持ちを抱えながらミラは頷いた。あれほどまでに自分を嫌っていたセルジュも、人助けになれば話は違うのだろうか。それとも本当は勘違いで、それほど嫌われてはいないのかも。



 そこまで考えて、ミラは苦笑いをした。



(……楽観が過ぎるわね。殿下は嫌っている相手も助けるほど人徳のあるお方というだけよ)



 セルジュが吸った足首の傷がじくじくとうずく。その痛みを自覚するたびに、ミラは脳裏に彼のことを思い浮かべるようになってしまった。







 道中、ミラが怪我をするというハプニングはあったが、一行は無事隣国へ到着した。



 王宮に通され、セルジュは恭しく王に頭を下げる。この国とセルジュの国は古来より主に穀物の貿易により強く結びついている。昨年クーデターにより不安定になっていたようだが、隣国はどうやら持ち直したらしい。それは一見穏やかな好々爺に見える国王の政治手腕によるものだった。今回セルジュが訪れた理由は、表向きは建国記念の式典に出席するためだったが、本当の理由は隣国内部の動きを視察するためだった。



「わざわざお越し頂いてありがとうございます。我が国の情勢はそちらにも不安なものだったでしょう」

「いえ、お元気そうで何よりです。王が息災であれば国が安定するのも早かったのでしょう」

 セルジュはごく外交的な柔和な笑みを浮かべた。



(あんな風に笑えるのね、私以外には……)



 セルジュから離れた壁際に控えて見ながら、ミラは思った。その時また、右足首がじくりと痛むのを感じた。

 それは少しだけ、甘い疼きを伴っていた。







「やあやあ御一行様、よく来たね」



 セルジュを始め、騎士団長やミラにさえも気安げに話しかけてきたのはこの国の皇太子だった。悪い人間でないが、女癖が悪いと周辺諸国にも噂が広まるほどだ。



 皇太子は一行で唯一の女であるミラを見つけると、途端に馴れ馴れしく肩を抱いた。



「こんなお嬢様までわざわざうちに来てもらって悪いね。どうだ、旅の疲れを私の部屋でねぎらってやろう。酒は飲めるか?」

「この者は気が利きませぬゆえ、皇太子殿下のお相手は務まらないでしょう」

 柔らかな物言いとは裏腹に、冷たい表情でセルジュはぴしゃりと言った。

「おや、セルジュ様のお気に入りだったかな? それは失礼した」



 一方で皇太子は揶揄う様に笑った。



「……長旅で疲れておりますので、失礼いたします。ミラ、下がるぞ」



 おもむろにセルジュはミラの肩を抱いて、踵を返した。まるで庇うかのような仕草だった。



「つれないことで。娘、機会があればまたな」



 皇太子はミラに向かって片目をパシリと閉じると、手をひらひらと振って退散した。







「セルジュ様……あの」

「……」



 ミラが困り顔で話しかけても、セルジュは反応しない。いつものように無表情の無視ではなく、明らかに気分を害しているようだった。



(セルジュ様は皇太子殿下がお嫌いなのかしら)



 掴まれた肩をそのままに、セルジュとミラは用意された自室へと歩みを進めた。



「ああいう男が好みなのか」

「え?」

「まんざらでもない態度を取って……お前は皇太子のような軽薄な男を好むのかと聞いている」



 自室に戻ってすぐに、セルジュは感情も露わにミラに詰め寄った。いつも冷静な態度を崩さないセルジュにしては珍しい、とミラは訝しむ。



「まんざらでもないというか……皇太子殿下と私ではお相手にもなりませんので考えたこともありません」

「どうだか、初対面の相手に肩を抱かれたというのにお前は抵抗も拒否もしなかった」

「皇太子殿下相手に拒否なんてできるはずは……」



 ミラは弁明を繰り返すが、それでもセルジュは止まらない。



「言い訳は無用だ。滞在中お前はあいつに近寄るな。これは命令だ」



 とうとう隣国の皇太子を『あいつ』呼ばわりする始末だった。



「ご命令とあらば承知いたしました……が、どうしてそこまで……?」



 ミラが聞くと、そこでようやくはた、とセルジュは正気に戻ったようだった。



「それは……その、自国の召使いが他国の王族に粗相をしては困るからな。ともすれば外交問題だ」



 ミラはセルジュの言い分に内心納得はしていなかったが、それでも従うしかない。



「……承知致しました。セルジュ様のおっしゃる通りに」

「理解したなら、その…よい」



 そうしてミラは深々とセルジュに向かって頭を下げると、そのまま部屋を出ようとした。







「……ミラ」

「は、はい」



 呼び止められ、慌てて返事をする。ミラが振り返ると、セルジュは仏頂面のまま手招きをした。



「傷を見せなさい」

「へ?」

「蛇に噛まれた傷だ、毒はなかったとはいえ化膿するかもしれない。私が確認する」

「せ、セルジュ様自らなんて、お、恐れ多くて……お気になさらないでください。もし何かあれば騎士のどなたかに診てもらいますから」

「……お前は私より騎士たちの方が頼りになる、そう言いたいのか」

「いえ、そ、そういうわけでは……」

「ならば黙ってここへ来い」



 有無を言わせない態度だった。ミラは戸惑いながら、セルジュがここに座れと促した椅子へと腰かける。そしてなすがままに、右足を差し出した。



 セルジュはいつの間に用意したのか包帯や消毒の薬を椅子の横にある机に置いて、自身はミラの足元にひざまずいた。



「セルジュ様……!?」



 ミラは驚いて立ち上がりそうになったが、右足首を掴んでセルジュはそれを制した。



「よい。こうしなければ足の具合が見えないだろう」

「でも……」

「くどい。私がいいと言っている」



 セルジュはそのままするすると器用にミラの足首に巻かれていた包帯を取った。傷跡は化膿してはいないが、まだ蛇の牙の跡が痛々しく残っている。それを見てセルジュは一瞬顔をしかめた。



「痛みはないか」

「……少しだけ、です」

「そうか。ではまず消毒をするぞ。痛むかもしれないが、少し我慢をしろ」



 布に消毒の薬を染みこませ、傷口に当てる。



「う……!」



 傷口に染みたのだろう。ミラは呻いた。その顔をセルジュは顔色を変えずしげしげと眺めている。ここにもし第三者がいれば彼の視線が熱っぽいことに気が付いただろう。

セルジュは、ミラの苦しむ顔を見て、または痛みに喘ぐ声に、何かしらの感情を抱いているようだった。



 そうして彼はてきぱきと真新しい包帯をミラの足首に巻いた。だが、巻き終えても名残惜し気に足を離さない。さすがに訝しんで、ミラはあの、と遠慮がちに声を掛けた。

「もう、よ、よろしいでしょうか」

「ああ、そうだな……これでいいだろう」

「……申し訳ございません」

「痛みが引かないようならすぐに教えろ」

「いえ、これ以上セルジュ様にご迷惑をお掛けするわけには……」

「拒否できるほどの身分の人間か? お前は」

「わ、分かりました……」



 ミラは目の前の男が何を考えているのかがこれまで以上にわからなかった。王宮ではあれほど自分を毛嫌いしていたのに、どうして王族自ら手当のようなことをしてくれるのか。

 

(もしかしたら私は何か勘違いをしているのかも)

 そう思いたかったのはミラの本心だった。嫌われていると思っていた相手にも何か理由があるのかもしれないと思えば、気持ちがふっと軽くなる。これからまだ滞在は続くのだ。

 

 できることなら関係を改善して帰国できたらいいのに。



 そう思いながら、自室に戻ったミラはベッドに入り目を閉じたのだった。
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