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黒い羊
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ここは日本の東京。
どこにでもある有り触れた中規模企業に彼は勤めていた。
そう、過去形だ。
今は転職活動をしている。
だがなかなかうまく行かない。
でももしかするとこの前人事面接までたどり着いた会社になら、受かるかもしれない。
100社、200社と回っても受け入れられなかったけど、今ようやく就職への切符が手に入りそうなのだ。
彼の名前は佐藤偉範(さとういのり)、今年で35になった。
自分では潔癖症で、完璧主義、真面目さが売りで、同時にいろいろなことはできないけど1つのことに取り組んだら驚異的な集中力を発揮するエンジニアタイプの人間だと思っている。
気になる人もいるだろうから、なぜ就職が決まったのに転職活動をしているのかはなしておこう。
------
入社二年目のことだった。
イノリは突然人事部に呼び出され、こう言われた。
君は我社の社風に合わない。
辞めてもらいたい。
辞めないと後悔するよ?いいね。
不当解雇だった。
特に理由は告げられなかったが、結局入社2年目でイノリはリストラされた。
---
思えば最初の1年からおかしかった。
工場で朝6時から夜の11時30分まで半年以上働かされた後、配置が正式に決まったときには9月になっていた。
恐らく工場要員を補充するためなのだろうが、大卒初任給で工場に引き抜かれた手先の器用な新入社員は5人くらいいただろうか。
自分はラインの最後で掃除機をダンボールにしまう役だった。
最初は戸惑ったが100台200台と続けるうちにだんだん上手になった。
筋トレのように何回も掃除機を上げ下げしているうちに、肩に筋肉がついてしまい、自分には似合わないマッチョな腕になったことが印象的だった。
スピードが早くなると掃除機入りのダンボールが、回収要員が帰ったあとのバックヤードまで鮨詰めだった。
梱包が終わった掃除機が増えていくのでそれ以上置けなくなり、片付けてスペースを空けるためにラインを何回も止めなければならなかった。
思えば最初からイノリを、いや新入社員を試しているのではないかと思う節があった。
つまり、キビキビとよく動き、手先の器用な社員を使うために。
地獄のような工場勤務が終わると、辞令が下り、イノリは東京の都心にあるその会社の研究開発部門に配置された。
あんな田舎の車がなければどこにも行けないような場所よりも、移動が便利な公共交通機関の発達した東京に戻れるのだから嬉しくないはずがない。
そんな感じで、イノリは望み通り研究に邁進することができるとばかり思い込んでいた。
イノリは自分が所属する部署に案内された。書類や工具がおいてある先輩社員の机が整然と並び、その中にそこだけ最初から誰もいなかったようにきれいに片付けられた新しい机と椅子がそろえてあった。そしてそこが彼の席なのだとわかった。
挨拶をしたくても周りには誰もいなかった。
ここでこれからの人生が始まるのだ、とイノリは期待を膨らませた。
しかしそれもつかの間、イノリはこの部署が別の目的で使われていると感じるようになった。
実態は名ばかりの研究所。
地味な緑の作業着を着て、一日中試作品を作る毎日。
考えていた研究とはほど遠かった。
イノリの専門は暗号で、大企業の研究所のように論文を書いて発表する本当の研究ができると思っていたのだ。
一方試作品の開発は新卒でプログラミング言語を1種類しか知らない僕から見れば、どうみてもハードルが高そうだと思った。
しかし、意外だったのは誰も自分に仕事を任せないということだった。
イノリは離れの建物の2階にある自分の席で、インターネットを暇そうに見ながら、ただ指示が来るのをじっと待っていた。
他の社員がどこで何をしているのかは、わからなかった。
思えばあれは、いらない新入社員は放置してやめるのを待っていたのだと思う。
たまに上司がやってきてはスケジュール管理のファイルに進捗を書き込んでいた。
イノリは「なにかありませんか」と聞くと、「何ができるのか」と聞かれたので、「プログラミングなら少しやったことがある」と答えた。
すると、上司は、「じゃあプログラミングの勉強をしてて」といって去っていった。
何かおかしいと思った。
新入社員というのはこんなに暇なものだろうか。
たまに電話がかかってきたが、誰も取らないのでイノリが出る。
すると「〇〇さんはいらっしゃいますか」という謎の電話。
上司に確認すると「辞めた」と一言。
「辞めた」は本当なのか?
会社の資料を見ると、毎年何十人も雇っているのに、社員数はほとんど変わっていない。
これは一体どういうことなのだろう。
雇っても増えないということは、ほとんどが3年以内に辞めている、ということなのだろうか?
このやり取りは1年近く続いたのだ。
最初はなぜこんなに同じ人のところに同じ電話がかかってくるのだろうと思っていたが、今になって分かることは、彼を辞めさせようと誘導していたのではないかということだ。
会社というものは扱いにくい人間を嫌うものらしいということに、イノリは愚かにも最後まで気付かなかった。
そこでは、逆らうやつ、できないやつ、変なやつは問答無用で首になる。
首切り自由の時代だから、会社はなんのためらいもなく好きなだけ首を切れるのだ。
そして同期の社員に聞いても既に課題を与えられているみたいだし、彼の部署だけやり方が違うのだろうと特に疑いもしなかった。
やがて年が明けた。 正月をゆっくり過ごして、会社に遊びに行くような月日が立ち、やがて4月になった。
そしてある日、上司が案件を持ってきた。
暗号の仕事だった。
暗号のことは少しは知っていたので彼にもできるものだと思いこんでいた。
ファームウェアの既存のプログラムに彼の書いたコードを足すだけだと思っていたが、実際イノリのプログラミングスキルは初心者同然であり、今となっては通信プログラムも並列処理も、OSの構造も知らなかった新米エンジニアがこなせる量の仕事ではなかったのだ。
結局1年必死に取り組んだ挙句、ゴミのようなコードができただけだった。
イノリは大いに落ち込んだ。
これで自分の評価が決まるのだと思うと絶望した。
新人研修発表会では、同僚に負け、屈辱的な扱いを受けた。
同僚は仲間として大事に扱われているのを知った時、漸く僕がこの会社に疎まれているのではないかと感じた。
残りの3ヶ月は遅れを取り戻さなければならない。
今から思うと、なぜやったこともない進捗の管理を裁量制などという言葉でごまかして上司がチェックせず、また遅れがあっても周りがフォローするというような体制ができていなかったのだろうか。
だからこれにはある意味悪意があると考えてしまう。
新年度が始まると、辞令が下った。
子会社の営業部門への配置転換だった。
イノリのエンジニアとしての経歴はこうして一瞬で終わった。
時間がたつにつれ、イノリは自責の念を強めていった。
この会社に入ったのは正しかったのだろうかとか、自分はいらない人材なのではないかとか。
仮に要らなくなったとしても、いつから要らなくなったのかを想像するのは難しかった。
とりあえず数合わせのために雇われただけかも知れない。
数年で辞めてしまう人が大半なのに、そんなに居心地のいい会社ではないということに気が付かなかった自分が悪い。
そうではなくて、最初から実力のある人間しか活躍できない会社で、その方針に自分が合わなかっただけなのかも知れない。
世の中そんなに実力のある人がたくさん存在するとは思えなかったし、中小企業が大企業より圧倒的に条件が悪い中でそのような優秀な人材を獲得するのは難しいだろうとさえ思った。
そのうち態度や言葉による暴力が始まった。
挨拶をしても無視される。
質問をしても邪険に扱われる。
会議に自分だけ外される。
彼だけが孤立していくのを、ただ感じていた。
どこにでもある有り触れた中規模企業に彼は勤めていた。
そう、過去形だ。
今は転職活動をしている。
だがなかなかうまく行かない。
でももしかするとこの前人事面接までたどり着いた会社になら、受かるかもしれない。
100社、200社と回っても受け入れられなかったけど、今ようやく就職への切符が手に入りそうなのだ。
彼の名前は佐藤偉範(さとういのり)、今年で35になった。
自分では潔癖症で、完璧主義、真面目さが売りで、同時にいろいろなことはできないけど1つのことに取り組んだら驚異的な集中力を発揮するエンジニアタイプの人間だと思っている。
気になる人もいるだろうから、なぜ就職が決まったのに転職活動をしているのかはなしておこう。
------
入社二年目のことだった。
イノリは突然人事部に呼び出され、こう言われた。
君は我社の社風に合わない。
辞めてもらいたい。
辞めないと後悔するよ?いいね。
不当解雇だった。
特に理由は告げられなかったが、結局入社2年目でイノリはリストラされた。
---
思えば最初の1年からおかしかった。
工場で朝6時から夜の11時30分まで半年以上働かされた後、配置が正式に決まったときには9月になっていた。
恐らく工場要員を補充するためなのだろうが、大卒初任給で工場に引き抜かれた手先の器用な新入社員は5人くらいいただろうか。
自分はラインの最後で掃除機をダンボールにしまう役だった。
最初は戸惑ったが100台200台と続けるうちにだんだん上手になった。
筋トレのように何回も掃除機を上げ下げしているうちに、肩に筋肉がついてしまい、自分には似合わないマッチョな腕になったことが印象的だった。
スピードが早くなると掃除機入りのダンボールが、回収要員が帰ったあとのバックヤードまで鮨詰めだった。
梱包が終わった掃除機が増えていくのでそれ以上置けなくなり、片付けてスペースを空けるためにラインを何回も止めなければならなかった。
思えば最初からイノリを、いや新入社員を試しているのではないかと思う節があった。
つまり、キビキビとよく動き、手先の器用な社員を使うために。
地獄のような工場勤務が終わると、辞令が下り、イノリは東京の都心にあるその会社の研究開発部門に配置された。
あんな田舎の車がなければどこにも行けないような場所よりも、移動が便利な公共交通機関の発達した東京に戻れるのだから嬉しくないはずがない。
そんな感じで、イノリは望み通り研究に邁進することができるとばかり思い込んでいた。
イノリは自分が所属する部署に案内された。書類や工具がおいてある先輩社員の机が整然と並び、その中にそこだけ最初から誰もいなかったようにきれいに片付けられた新しい机と椅子がそろえてあった。そしてそこが彼の席なのだとわかった。
挨拶をしたくても周りには誰もいなかった。
ここでこれからの人生が始まるのだ、とイノリは期待を膨らませた。
しかしそれもつかの間、イノリはこの部署が別の目的で使われていると感じるようになった。
実態は名ばかりの研究所。
地味な緑の作業着を着て、一日中試作品を作る毎日。
考えていた研究とはほど遠かった。
イノリの専門は暗号で、大企業の研究所のように論文を書いて発表する本当の研究ができると思っていたのだ。
一方試作品の開発は新卒でプログラミング言語を1種類しか知らない僕から見れば、どうみてもハードルが高そうだと思った。
しかし、意外だったのは誰も自分に仕事を任せないということだった。
イノリは離れの建物の2階にある自分の席で、インターネットを暇そうに見ながら、ただ指示が来るのをじっと待っていた。
他の社員がどこで何をしているのかは、わからなかった。
思えばあれは、いらない新入社員は放置してやめるのを待っていたのだと思う。
たまに上司がやってきてはスケジュール管理のファイルに進捗を書き込んでいた。
イノリは「なにかありませんか」と聞くと、「何ができるのか」と聞かれたので、「プログラミングなら少しやったことがある」と答えた。
すると、上司は、「じゃあプログラミングの勉強をしてて」といって去っていった。
何かおかしいと思った。
新入社員というのはこんなに暇なものだろうか。
たまに電話がかかってきたが、誰も取らないのでイノリが出る。
すると「〇〇さんはいらっしゃいますか」という謎の電話。
上司に確認すると「辞めた」と一言。
「辞めた」は本当なのか?
会社の資料を見ると、毎年何十人も雇っているのに、社員数はほとんど変わっていない。
これは一体どういうことなのだろう。
雇っても増えないということは、ほとんどが3年以内に辞めている、ということなのだろうか?
このやり取りは1年近く続いたのだ。
最初はなぜこんなに同じ人のところに同じ電話がかかってくるのだろうと思っていたが、今になって分かることは、彼を辞めさせようと誘導していたのではないかということだ。
会社というものは扱いにくい人間を嫌うものらしいということに、イノリは愚かにも最後まで気付かなかった。
そこでは、逆らうやつ、できないやつ、変なやつは問答無用で首になる。
首切り自由の時代だから、会社はなんのためらいもなく好きなだけ首を切れるのだ。
そして同期の社員に聞いても既に課題を与えられているみたいだし、彼の部署だけやり方が違うのだろうと特に疑いもしなかった。
やがて年が明けた。 正月をゆっくり過ごして、会社に遊びに行くような月日が立ち、やがて4月になった。
そしてある日、上司が案件を持ってきた。
暗号の仕事だった。
暗号のことは少しは知っていたので彼にもできるものだと思いこんでいた。
ファームウェアの既存のプログラムに彼の書いたコードを足すだけだと思っていたが、実際イノリのプログラミングスキルは初心者同然であり、今となっては通信プログラムも並列処理も、OSの構造も知らなかった新米エンジニアがこなせる量の仕事ではなかったのだ。
結局1年必死に取り組んだ挙句、ゴミのようなコードができただけだった。
イノリは大いに落ち込んだ。
これで自分の評価が決まるのだと思うと絶望した。
新人研修発表会では、同僚に負け、屈辱的な扱いを受けた。
同僚は仲間として大事に扱われているのを知った時、漸く僕がこの会社に疎まれているのではないかと感じた。
残りの3ヶ月は遅れを取り戻さなければならない。
今から思うと、なぜやったこともない進捗の管理を裁量制などという言葉でごまかして上司がチェックせず、また遅れがあっても周りがフォローするというような体制ができていなかったのだろうか。
だからこれにはある意味悪意があると考えてしまう。
新年度が始まると、辞令が下った。
子会社の営業部門への配置転換だった。
イノリのエンジニアとしての経歴はこうして一瞬で終わった。
時間がたつにつれ、イノリは自責の念を強めていった。
この会社に入ったのは正しかったのだろうかとか、自分はいらない人材なのではないかとか。
仮に要らなくなったとしても、いつから要らなくなったのかを想像するのは難しかった。
とりあえず数合わせのために雇われただけかも知れない。
数年で辞めてしまう人が大半なのに、そんなに居心地のいい会社ではないということに気が付かなかった自分が悪い。
そうではなくて、最初から実力のある人間しか活躍できない会社で、その方針に自分が合わなかっただけなのかも知れない。
世の中そんなに実力のある人がたくさん存在するとは思えなかったし、中小企業が大企業より圧倒的に条件が悪い中でそのような優秀な人材を獲得するのは難しいだろうとさえ思った。
そのうち態度や言葉による暴力が始まった。
挨拶をしても無視される。
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