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地蔵たちの沈黙
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僕の経験した初めての転職先は、異業界のIT部門だった。
セキュリティ関係の経験をしたいと飛び込んだのだ。
今度こそ自分はエンジニアとしての経験が積める、と思っていた。
そう、最初は。
ところがここに来ても、何も仕事がないのだった。
社内失業状態。
席も他の社員とは遠く離れた小島のような場所。
後ろには派遣企業から送られてきた女性の事務社員が一人。
これじゃ、前の職場と同じだ。
僕は以前の職場でも似たような圧力・孤立を経験している。
しかし当時は「自分のせい」と考えていた。
嫌われるようなことをしたわけでもないのに、入社早々嫌なことが続いていた。
しかし、今となってはこれが自分のせいなんかではなく、仕事を干されていたのだということがよくわかる。
これは暗黙の了解だけでできている曖昧な企業文化のせいだ。
動かないなら指示を出せばいいのに。
学生が論理学の授業を1つも受けていないのに、いざ研究する段階になると自然に証明できるようになることに似ている。
営業の仕事は苦痛だけで面白いと言えるものではなかった。
もともと内向的で、人に言わせると、おとなしい性格の僕は人間関係を構築するというのが苦手だった。
そして何より、自分の知識を活かせない仕事が苦痛だった。
何もかもわからないだけでなく、興味が持てなかった。
もちろん営業がなければせっかく作った商品が売れないし、製品をお金に変える役割をするのが営業なのだからこれ以上重要な仕事はない。
ただ僕は、自分の興味がないことに自分の頭を使うのが嫌なのだ。
つまり、自分の興味のあること以外には知恵が回らない。
そして僕は、最初の会社を辞めたのだった。
しかし転職先でも僕は、全く同じ対応を経験する。
なぜ企業の指示は曖昧なのか。
そしてそれを能力のない証拠としてあげつらうのだろう。
僕はエスパーでもないし、テレパシーなんか持っていない。
言わないものはわからないのだ。
やることないならこれやって、と言えばいいことではないか。
それがないということは、お前はいらないと言われているのと同じではないか。
2回めの退職強要で、
**「また?」**
という絶望と、
**「これは偶然じゃない」**
という直感が同時にわき上がった。
きっと退職強要マニュアルがあるに違いない。
僕は会社側の悪意を感じ、自分が退職を共用されていると感じたので、労働者を守ると言われているところに足を運んだ。
タイムカードのコピー、ボイスレコーダーに記録した上司の暴言、そういうものを取ることを忘れなかった。
このままではどこに転職しても同じことが繰り返されるに違いない。
僕は危険を感じた。
なぜ前職と同じ目に遭うのか。
かつて、人事部に導入されている、専用システム「MARI」のバックアップを取る作業をやったことがある。
なぜ僕はMARIのことを思い出したのだろう。
その会社では退職間近の古いエンジニアをリストラしていた。
誰でもいつかは同じ目に遭うのであろうか。
労働組合に話しても梨の礫であった。
彼らは地蔵のように個性のない存在だが、それと同じように沈黙を守っていた。
労働基準監督署にも行ったが、自分たちには強制力がないと何も解決してくれず、弁護士の無料相談に行っても、裁判を起こしてもいつも労働者側が負けると言われ、法外な着手金を要求するだけだった。
弁護士は言い放った。
「あなたの相談は無駄なんです」
---
今辞めたら自分のエンジニアとしての経歴が途絶えてしまう。
せっかく転職に成功したのだから、できる限り成果を残してから辞めたい。
いろんな願望と、危機感が入り混じった気持ちが湧き上がってきては混乱した。
これで僕のエンジニア人生も終わりなのだと。
---
僕が会社を辞めたのは、転職してから1年目の11月だった。
できれば転職先を探してから辞めたかったが、結局圧力に負けて前も後ろもなく辞めさせられたのだ。
僕が転職エージェントに相談すると、応対が急に硬くなった。
佐藤さん。どうしてやめる前に連絡をくれなかったんですか。無職の期間があると企業は採用してくれなくなるんですよ?そのところわかっているんですか?
本当にそれだけですか?
それだけとは?
僕の悪い評判が流れているとか。
そ、そんなことは、無いと思いますよ?どうしてそんなことを思うんですか?でも、転職先から前職の人事に確認の連絡を取るというのは常識なので、何かしらあるとは思いますが・・・。
明らかに動揺したように転職エージェントは口ごもった。
この人たちも働いた人間の給料からピンはねするんだから、転職業界なんて全くくだらない産業を作ったものだ。
僕は危険を感じた。つまり、
* 前職の情報をどこまで知られているのかわからない。
* 過去に働いた会社同士で、何か「共有されている感じ」
がした。僕はこう続けた。
でも僕は、何も成果が出ないうちに首になったんですよ?
さあ、それは知りませんね、私らのせいじゃないですから。普通そんなことしないと思いますけどね。何か会社で嫌われるようなことでもあったんでしょうかね。
ハローワークに通っても、本当に採用しているのかと思いたくなるようにいつまでも募集の張り紙が亡くならない会社があった。
どうせコイツラは宣伝だけして雇う気がないのだ。
そう思うと今の社会をひっくり返してやりたくなるのだった。
人材の流動化と言いつつ、それを受け入れる産業を創生するのに失敗した政府。
その結果どこにも行き場のない僕のような労働者が大量に生まれた。
挙句の果には自殺に特効薬はない?
いい加減にしろと言いたい。
そう、同じ思いをしているのは僕だけじゃないことは明らかだった。
僕の居場所なんかこの社会にあるのだろうか。
ある面接では、こう言われた。
あなたは最初の会社が一番良かったんじゃないですか。どうして首になったんでしょうね。あなたの働きが悪かったからじゃないですか。
と言われて、
そんなことありません、私はまだまだこれからの人間です。
僕は悔し紛れに強がっては見せたけど、自分の無力を知っていた。
セキュリティ関係の経験をしたいと飛び込んだのだ。
今度こそ自分はエンジニアとしての経験が積める、と思っていた。
そう、最初は。
ところがここに来ても、何も仕事がないのだった。
社内失業状態。
席も他の社員とは遠く離れた小島のような場所。
後ろには派遣企業から送られてきた女性の事務社員が一人。
これじゃ、前の職場と同じだ。
僕は以前の職場でも似たような圧力・孤立を経験している。
しかし当時は「自分のせい」と考えていた。
嫌われるようなことをしたわけでもないのに、入社早々嫌なことが続いていた。
しかし、今となってはこれが自分のせいなんかではなく、仕事を干されていたのだということがよくわかる。
これは暗黙の了解だけでできている曖昧な企業文化のせいだ。
動かないなら指示を出せばいいのに。
学生が論理学の授業を1つも受けていないのに、いざ研究する段階になると自然に証明できるようになることに似ている。
営業の仕事は苦痛だけで面白いと言えるものではなかった。
もともと内向的で、人に言わせると、おとなしい性格の僕は人間関係を構築するというのが苦手だった。
そして何より、自分の知識を活かせない仕事が苦痛だった。
何もかもわからないだけでなく、興味が持てなかった。
もちろん営業がなければせっかく作った商品が売れないし、製品をお金に変える役割をするのが営業なのだからこれ以上重要な仕事はない。
ただ僕は、自分の興味がないことに自分の頭を使うのが嫌なのだ。
つまり、自分の興味のあること以外には知恵が回らない。
そして僕は、最初の会社を辞めたのだった。
しかし転職先でも僕は、全く同じ対応を経験する。
なぜ企業の指示は曖昧なのか。
そしてそれを能力のない証拠としてあげつらうのだろう。
僕はエスパーでもないし、テレパシーなんか持っていない。
言わないものはわからないのだ。
やることないならこれやって、と言えばいいことではないか。
それがないということは、お前はいらないと言われているのと同じではないか。
2回めの退職強要で、
**「また?」**
という絶望と、
**「これは偶然じゃない」**
という直感が同時にわき上がった。
きっと退職強要マニュアルがあるに違いない。
僕は会社側の悪意を感じ、自分が退職を共用されていると感じたので、労働者を守ると言われているところに足を運んだ。
タイムカードのコピー、ボイスレコーダーに記録した上司の暴言、そういうものを取ることを忘れなかった。
このままではどこに転職しても同じことが繰り返されるに違いない。
僕は危険を感じた。
なぜ前職と同じ目に遭うのか。
かつて、人事部に導入されている、専用システム「MARI」のバックアップを取る作業をやったことがある。
なぜ僕はMARIのことを思い出したのだろう。
その会社では退職間近の古いエンジニアをリストラしていた。
誰でもいつかは同じ目に遭うのであろうか。
労働組合に話しても梨の礫であった。
彼らは地蔵のように個性のない存在だが、それと同じように沈黙を守っていた。
労働基準監督署にも行ったが、自分たちには強制力がないと何も解決してくれず、弁護士の無料相談に行っても、裁判を起こしてもいつも労働者側が負けると言われ、法外な着手金を要求するだけだった。
弁護士は言い放った。
「あなたの相談は無駄なんです」
---
今辞めたら自分のエンジニアとしての経歴が途絶えてしまう。
せっかく転職に成功したのだから、できる限り成果を残してから辞めたい。
いろんな願望と、危機感が入り混じった気持ちが湧き上がってきては混乱した。
これで僕のエンジニア人生も終わりなのだと。
---
僕が会社を辞めたのは、転職してから1年目の11月だった。
できれば転職先を探してから辞めたかったが、結局圧力に負けて前も後ろもなく辞めさせられたのだ。
僕が転職エージェントに相談すると、応対が急に硬くなった。
佐藤さん。どうしてやめる前に連絡をくれなかったんですか。無職の期間があると企業は採用してくれなくなるんですよ?そのところわかっているんですか?
本当にそれだけですか?
それだけとは?
僕の悪い評判が流れているとか。
そ、そんなことは、無いと思いますよ?どうしてそんなことを思うんですか?でも、転職先から前職の人事に確認の連絡を取るというのは常識なので、何かしらあるとは思いますが・・・。
明らかに動揺したように転職エージェントは口ごもった。
この人たちも働いた人間の給料からピンはねするんだから、転職業界なんて全くくだらない産業を作ったものだ。
僕は危険を感じた。つまり、
* 前職の情報をどこまで知られているのかわからない。
* 過去に働いた会社同士で、何か「共有されている感じ」
がした。僕はこう続けた。
でも僕は、何も成果が出ないうちに首になったんですよ?
さあ、それは知りませんね、私らのせいじゃないですから。普通そんなことしないと思いますけどね。何か会社で嫌われるようなことでもあったんでしょうかね。
ハローワークに通っても、本当に採用しているのかと思いたくなるようにいつまでも募集の張り紙が亡くならない会社があった。
どうせコイツラは宣伝だけして雇う気がないのだ。
そう思うと今の社会をひっくり返してやりたくなるのだった。
人材の流動化と言いつつ、それを受け入れる産業を創生するのに失敗した政府。
その結果どこにも行き場のない僕のような労働者が大量に生まれた。
挙句の果には自殺に特効薬はない?
いい加減にしろと言いたい。
そう、同じ思いをしているのは僕だけじゃないことは明らかだった。
僕の居場所なんかこの社会にあるのだろうか。
ある面接では、こう言われた。
あなたは最初の会社が一番良かったんじゃないですか。どうして首になったんでしょうね。あなたの働きが悪かったからじゃないですか。
と言われて、
そんなことありません、私はまだまだこれからの人間です。
僕は悔し紛れに強がっては見せたけど、自分の無力を知っていた。
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