落ち武者狩り ーBlack Connectionー

サレルノのエルマンノ

文字の大きさ
2 / 8

地蔵たちの沈黙

しおりを挟む
僕の経験した初めての転職先は、異業界のIT部門だった。
セキュリティ関係の経験をしたいと飛び込んだのだ。

今度こそ自分はエンジニアとしての経験が積める、と思っていた。
そう、最初は。

ところがここに来ても、何も仕事がないのだった。
社内失業状態。
席も他の社員とは遠く離れた小島のような場所。
後ろには派遣企業から送られてきた女性の事務社員が一人。

これじゃ、前の職場と同じだ。
僕は以前の職場でも似たような圧力・孤立を経験している。
しかし当時は「自分のせい」と考えていた。
嫌われるようなことをしたわけでもないのに、入社早々嫌なことが続いていた。

しかし、今となってはこれが自分のせいなんかではなく、仕事を干されていたのだということがよくわかる。
これは暗黙の了解だけでできている曖昧な企業文化のせいだ。
動かないなら指示を出せばいいのに。
学生が論理学の授業を1つも受けていないのに、いざ研究する段階になると自然に証明できるようになることに似ている。

営業の仕事は苦痛だけで面白いと言えるものではなかった。
もともと内向的で、人に言わせると、おとなしい性格の僕は人間関係を構築するというのが苦手だった。
そして何より、自分の知識を活かせない仕事が苦痛だった。
何もかもわからないだけでなく、興味が持てなかった。
もちろん営業がなければせっかく作った商品が売れないし、製品をお金に変える役割をするのが営業なのだからこれ以上重要な仕事はない。
ただ僕は、自分の興味がないことに自分の頭を使うのが嫌なのだ。
つまり、自分の興味のあること以外には知恵が回らない。

そして僕は、最初の会社を辞めたのだった。
しかし転職先でも僕は、全く同じ対応を経験する。
なぜ企業の指示は曖昧なのか。
そしてそれを能力のない証拠としてあげつらうのだろう。
僕はエスパーでもないし、テレパシーなんか持っていない。
言わないものはわからないのだ。
やることないならこれやって、と言えばいいことではないか。
それがないということは、お前はいらないと言われているのと同じではないか。

2回めの退職強要で、
**「また?」**
という絶望と、
**「これは偶然じゃない」**
という直感が同時にわき上がった。

きっと退職強要マニュアルがあるに違いない。
僕は会社側の悪意を感じ、自分が退職を共用されていると感じたので、労働者を守ると言われているところに足を運んだ。
タイムカードのコピー、ボイスレコーダーに記録した上司の暴言、そういうものを取ることを忘れなかった。
このままではどこに転職しても同じことが繰り返されるに違いない。
僕は危険を感じた。

なぜ前職と同じ目に遭うのか。
かつて、人事部に導入されている、専用システム「MARI」のバックアップを取る作業をやったことがある。

なぜ僕はMARIのことを思い出したのだろう。
その会社では退職間近の古いエンジニアをリストラしていた。
誰でもいつかは同じ目に遭うのであろうか。


労働組合に話しても梨の礫であった。
彼らは地蔵のように個性のない存在だが、それと同じように沈黙を守っていた。

労働基準監督署にも行ったが、自分たちには強制力がないと何も解決してくれず、弁護士の無料相談に行っても、裁判を起こしてもいつも労働者側が負けると言われ、法外な着手金を要求するだけだった。
弁護士は言い放った。

「あなたの相談は無駄なんです」

---

今辞めたら自分のエンジニアとしての経歴が途絶えてしまう。
せっかく転職に成功したのだから、できる限り成果を残してから辞めたい。
いろんな願望と、危機感が入り混じった気持ちが湧き上がってきては混乱した。
これで僕のエンジニア人生も終わりなのだと。

---

僕が会社を辞めたのは、転職してから1年目の11月だった。
できれば転職先を探してから辞めたかったが、結局圧力に負けて前も後ろもなく辞めさせられたのだ。
僕が転職エージェントに相談すると、応対が急に硬くなった。

佐藤さん。どうしてやめる前に連絡をくれなかったんですか。無職の期間があると企業は採用してくれなくなるんですよ?そのところわかっているんですか?

本当にそれだけですか?

それだけとは?

僕の悪い評判が流れているとか。

そ、そんなことは、無いと思いますよ?どうしてそんなことを思うんですか?でも、転職先から前職の人事に確認の連絡を取るというのは常識なので、何かしらあるとは思いますが・・・。

明らかに動揺したように転職エージェントは口ごもった。
この人たちも働いた人間の給料からピンはねするんだから、転職業界なんて全くくだらない産業を作ったものだ。

僕は危険を感じた。つまり、
* 前職の情報をどこまで知られているのかわからない。
* 過去に働いた会社同士で、何か「共有されている感じ」
がした。僕はこう続けた。

でも僕は、何も成果が出ないうちに首になったんですよ?

さあ、それは知りませんね、私らのせいじゃないですから。普通そんなことしないと思いますけどね。何か会社で嫌われるようなことでもあったんでしょうかね。

ハローワークに通っても、本当に採用しているのかと思いたくなるようにいつまでも募集の張り紙が亡くならない会社があった。
どうせコイツラは宣伝だけして雇う気がないのだ。
そう思うと今の社会をひっくり返してやりたくなるのだった。
人材の流動化と言いつつ、それを受け入れる産業を創生するのに失敗した政府。
その結果どこにも行き場のない僕のような労働者が大量に生まれた。
挙句の果には自殺に特効薬はない?
いい加減にしろと言いたい。
そう、同じ思いをしているのは僕だけじゃないことは明らかだった。
僕の居場所なんかこの社会にあるのだろうか。

ある面接では、こう言われた。

あなたは最初の会社が一番良かったんじゃないですか。どうして首になったんでしょうね。あなたの働きが悪かったからじゃないですか。

と言われて、

そんなことありません、私はまだまだこれからの人間です。


僕は悔し紛れに強がっては見せたけど、自分の無力を知っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

パンアメリカン航空-914便

天の川銀河
ミステリー
ご搭乗有難うございます。こちらは機長です。 ニューヨーク発、マイアミ行。 所要時間は・・・ 37年を予定しております。 世界を震撼させた、衝撃の実話。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

不思議なショートストーリーたち

フジーニー
ミステリー
さくっと読める短編集 電車内の暇つぶしに、寝る前のお供に、毎日の楽しみに。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...