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トウロク:ネット難民の始まり
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退職した翌日から、電話は鳴らない。
応募しても返事が来ない。
転職エージェントからのSNSやメールの返信も途絶えてしまった。
イノリは気付いた。
**「僕は社会から切り離されている」**
イノリは失業が長引くにつれて仕事も不安定になりついにネット難民になってしまった。
山ほど履歴書を書いて送ったが、面接に進めるのはごく僅かだった。
学歴があったし、実質1年だが実務経験もあったので面接まで進めるところがあったのだ。
しかし、こうたくさん履歴書を出すと、最後には志望動機もなくなってくる。
こっちは生活のために仕事を探しているだけであって、やりたいことを仕事にしているわけではないのだ。
金、かね、カネ!
まるで自分がカネのために生きているようだった。
就職活動は長期戦になった。
やがてアパートを引き払わなければならなくなった。
イノリは家を引き払う時、暗号と数学の本だけをたくさんの本の中から選んで、残りは全部図書館に寄贈してしまった。
図書館なら自分の持っている専門書や文献を大事に保管してくれるだろうから。
カネのために働くのに理由などいらない。
そのうち信用なんか微塵もなくても働ける、日雇いの斡旋業者に登録した。
高給、誰でも働けます、という広告だった。
必要なのは通帳とスマホだけ。
イノリは事務所に向かうと明日の予定を聞かれた。
今日と明日は空いていますというと、早速明日から倉庫の仕事を入れられた。
日給10000円の仕事だった。
鉛筆より重いものは持ったことのないイノリだったが、収入の目途が立つので安心した。
こういう仕事を始めると、実質的には失業しているのに、日銭が入るのでその感覚がなくなってしまうということだった。
初めての日雇い仕事は、靴の倉庫でのピッキングだった。
イノリは仕事の多く集まる京浜急行沿いのネット喫茶を根城にしていた。
一体この生活がいつまで続くのだろう。
朝7時半に集合地点に集まると、そこから1時間ほどの港湾地帯の一角にある巨大な建築物に社長の運転する送迎車で向かった。
10階建ての倉庫。
これが今日のイノリの職場だった。
集合場所では、自分より遥かに若い20代の男が、そばに乳飲み子を抱えた彼の妻を従えて仕事が始まるまでの間タバコを吸っていた。
仕事は単純だったが毎日行くたびに場所が変わり、そこで働く人も毎回違ったため人間関係ができなかった。
同じ場所にたくさんの人がいるというのに、そこではなんの関係もできず各個人がバラバラなままだった。
これが21世紀の労働者の姿なのだった。
ある日スマホの契約が突然解除された。
料金も滞納してないのになぜ切られるのかがわからなかった。
ショップに向かうも、スタッフたちからは何かを知っているかのように追い返される。
数か所ショップを転々とし、最終的に外国通信事業のショップでようやく契約することができた。
するとそこに、昔の職場の上司が現れてこう言った。
「もうお前の思うようには行かないぞ」
と告げられたのだった。
果たしてこの言葉の真意は一体何なのだろう?
スマホが繋がったところで状況は改善しなかった。
事情を口利き屋に話すと、社会的な信用がない人間は契約を更新しない場合があると言われた。
いわゆる、反社チェックのようなもので、犯罪撲滅宣言をしているこの国の監視社会政策の一環らしい。
僕は何も悪いことなんかしていない。
会社を首になっただけで、反社扱いされるなんて。
それも一方的な会社の都合で。
そんな絶望の中でも、就職活動だけは続けた。
かつて身につけた暗号の知識だけはよく覚えていた。
軽い短時間の労働のあとには、同じような場所に店を連ねている何件かのネット喫茶をはしごして、暗い机に向かい、数学の問題を解いていた。
数学だけが心の救いだったのだ。
そしてある日、とあるIT系中小企業が、イノリに興味を持った。
暗号の知識を買われたのだ。
面接に行くと、いつから来れますかという話になり、ちょっと今は住む場所がないので、働きながら家さがしもしたいというと、会社に泊まればいいとスペースを空けてもらったのだ。
一度でも日雇いなんかをやったら正社員採用が見込まれない労働市場で、名ばかりでも正社員という椅子が手に入ったのだから、嬉しいことこの上ないはずだった。
しかし、そこでイノリを待っていたのは歓迎ではなく、またしても言われなき嫌がらせだった。
応募しても返事が来ない。
転職エージェントからのSNSやメールの返信も途絶えてしまった。
イノリは気付いた。
**「僕は社会から切り離されている」**
イノリは失業が長引くにつれて仕事も不安定になりついにネット難民になってしまった。
山ほど履歴書を書いて送ったが、面接に進めるのはごく僅かだった。
学歴があったし、実質1年だが実務経験もあったので面接まで進めるところがあったのだ。
しかし、こうたくさん履歴書を出すと、最後には志望動機もなくなってくる。
こっちは生活のために仕事を探しているだけであって、やりたいことを仕事にしているわけではないのだ。
金、かね、カネ!
まるで自分がカネのために生きているようだった。
就職活動は長期戦になった。
やがてアパートを引き払わなければならなくなった。
イノリは家を引き払う時、暗号と数学の本だけをたくさんの本の中から選んで、残りは全部図書館に寄贈してしまった。
図書館なら自分の持っている専門書や文献を大事に保管してくれるだろうから。
カネのために働くのに理由などいらない。
そのうち信用なんか微塵もなくても働ける、日雇いの斡旋業者に登録した。
高給、誰でも働けます、という広告だった。
必要なのは通帳とスマホだけ。
イノリは事務所に向かうと明日の予定を聞かれた。
今日と明日は空いていますというと、早速明日から倉庫の仕事を入れられた。
日給10000円の仕事だった。
鉛筆より重いものは持ったことのないイノリだったが、収入の目途が立つので安心した。
こういう仕事を始めると、実質的には失業しているのに、日銭が入るのでその感覚がなくなってしまうということだった。
初めての日雇い仕事は、靴の倉庫でのピッキングだった。
イノリは仕事の多く集まる京浜急行沿いのネット喫茶を根城にしていた。
一体この生活がいつまで続くのだろう。
朝7時半に集合地点に集まると、そこから1時間ほどの港湾地帯の一角にある巨大な建築物に社長の運転する送迎車で向かった。
10階建ての倉庫。
これが今日のイノリの職場だった。
集合場所では、自分より遥かに若い20代の男が、そばに乳飲み子を抱えた彼の妻を従えて仕事が始まるまでの間タバコを吸っていた。
仕事は単純だったが毎日行くたびに場所が変わり、そこで働く人も毎回違ったため人間関係ができなかった。
同じ場所にたくさんの人がいるというのに、そこではなんの関係もできず各個人がバラバラなままだった。
これが21世紀の労働者の姿なのだった。
ある日スマホの契約が突然解除された。
料金も滞納してないのになぜ切られるのかがわからなかった。
ショップに向かうも、スタッフたちからは何かを知っているかのように追い返される。
数か所ショップを転々とし、最終的に外国通信事業のショップでようやく契約することができた。
するとそこに、昔の職場の上司が現れてこう言った。
「もうお前の思うようには行かないぞ」
と告げられたのだった。
果たしてこの言葉の真意は一体何なのだろう?
スマホが繋がったところで状況は改善しなかった。
事情を口利き屋に話すと、社会的な信用がない人間は契約を更新しない場合があると言われた。
いわゆる、反社チェックのようなもので、犯罪撲滅宣言をしているこの国の監視社会政策の一環らしい。
僕は何も悪いことなんかしていない。
会社を首になっただけで、反社扱いされるなんて。
それも一方的な会社の都合で。
そんな絶望の中でも、就職活動だけは続けた。
かつて身につけた暗号の知識だけはよく覚えていた。
軽い短時間の労働のあとには、同じような場所に店を連ねている何件かのネット喫茶をはしごして、暗い机に向かい、数学の問題を解いていた。
数学だけが心の救いだったのだ。
そしてある日、とあるIT系中小企業が、イノリに興味を持った。
暗号の知識を買われたのだ。
面接に行くと、いつから来れますかという話になり、ちょっと今は住む場所がないので、働きながら家さがしもしたいというと、会社に泊まればいいとスペースを空けてもらったのだ。
一度でも日雇いなんかをやったら正社員採用が見込まれない労働市場で、名ばかりでも正社員という椅子が手に入ったのだから、嬉しいことこの上ないはずだった。
しかし、そこでイノリを待っていたのは歓迎ではなく、またしても言われなき嫌がらせだった。
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