落ち武者狩り ーBlack Connectionー

サレルノのエルマンノ

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ケイヤク:社会から滑り落ちる

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さて、イノリの転職活動も落ち着き、新しい環境と新しい人間関係に慣れようとしている頃になっているはずだった。
だがその転職先も閑職を与えられ、同僚のパワハラ、違法な転属により、精神的な苦痛を訴え精神科に通うメンヘラになってしまった。
いま会社を辞めたら、一方的に自分だけが不利になる。
なんとか挽回しなければならない、その気持ちがイノリの心の傷を深めていった。

いつからかイノリは社会に疑問を持ち、会社同士で自分に不利な情報が出回っているのではないかと思うようになった。
それをニュース番組や特集で、中国の社会の様子を見て感じ取った。
同じような目にあっている人は自分だけではないはずだった。
ただマスコミが大規模なリストラが行われていることを伝えず、常に外部の脅威を煽り立てているせいで自分を含めた失業者の実態が見えなくなっているのだった。

日本でも社員信用スコア制度は、秘密裏に始められた社会実験なのかもしれない。
問題なのはこれらのことが、全ての国民に知られずに行われているということだ。
つまり、君たちが自由だなどという偽善的な嘘のイメージで語られるその背後で、気に入らない社員の就職妨害が組織的に行われている可能性について。

イノリは転職サイトに登録していた。
いつ仕事を失ってもいいように。
会社に入ったとは言え、具体的な成果が仕上がるまでつねに中腰で働かなければならない。

初心者レベルの技術しか身に付いていないイノリの社内の評価は、半年で急速に下がっていった。
仕事の納期に間に合いそうもない案件は、全て他の社員が持ち去っていくのだった。
全社員合わせても10人しかいなかったが。

君、大丈夫なんだろうねえ。納期は来週なんだよ?みんな辞めてしまうから君を雇ったのに、その要員がソフトを作れないんじゃ意味がないんだよ。新しい職場にも馴染んでいないみたいだし、君は今まで何をしてきたんだ。

と、上司は言い放った。
ところで、職場には去年入社してきたばかりの李寧という中国人エンジニアがすでに在籍していた。
彼はこの会社に1年半しかいなかったが、すでに数多くのシステムの開発を手がけていて、会社としては逃したくない貴重な人材だった。
比べてイノリは就労期間も短く、経験も浅い。
成果らしいものは何もなかった。
ただ、零細IT企業の経営者にとっては、暗号という最先端の知識を妙にわかりやすく説明できたので、偶然にも採用されたのだった。

イノリは李に変わる人材として期待されていたのだ。

ある日、開発室から出たところの廊下で、言い争う声が聞こえてきた。
なんだろう・・・。

「僕はもうこの会社で働くのが嫌なんだ、転職します!」

「そんなこと言わないでくれ、君はこの会社のホープなんだよ。給料だって誰よりも高い額を払っているじゃないか。」

「今の給料の3倍を提示した大手企業に内定したんだ。ここは辞めさせてもらう。」

何だか押し問答であったが、彼が辞めたらこの会社は長く持ちそうにないことは明らかだった。
するとこの会社もろとも私の居場所はなくなって、またネットカフェで寝泊まりしながら安定した仕事を求めて無限回廊のような就職活動に戻ってしまう。

前回も、前々回も、同じような思いをしてきた。
それは自分が何一つまともに仕事をこなせないからかも知れないが。
経歴が増えるほど社会的な信用は落ちていく。
どの会社もイノリにとっては居心地が悪く、長続きしない。
一体なぜ?
自分はアスペなのか。

どこに行って同じようなトラブルが起きていられなくなる。
いや、全く同じだった。
一体企業間でどのような嫌がらせをしていたかが知れ渡っているかのようだ。
共有?
そう、もし人事データが共有されていたら・・・?
いや、そんなことはありえない。
企業間を横断する人材データベースなんて聞いたことがない。
でも、もしそれが存在するとしたら。
そうしたら、僕のこの境遇も説明できる。
誰がどこで何をしていくら稼ぐか、そんなことが漠然と決められているのではないか?

携帯ショップで遭遇した昔の上司の声が脳裏によみがえった。

「もうお前の思うようには行かないぞ」

あれは待ち伏せだったのだろうか。

----

その時、席に戻ってきた李がイノリに向かってこう言った。

「佐藤さん・・・、あなた狙われてるね。僕にも経験があるからわかるんです。」

「え、どういう意味?」

「大企業は退職者リストを共有して、就職妨害をすることがあるということです。会社にとって社員とそのデータはトレーディングカードのようなものなんです。」

主人公の仮説は正しかったのだ。
落ち武者狩りという古い企業の風習。

そして後日、事実上最後の正社員となったこの会社を首になった。
その時初めて、イノリは元上司の言葉の意味を悟ったのであった。
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