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序章

第一話 俺必要なくね!

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 ヨーロッパ風の建物が立ち並ぶ、《アラル》と言う大きな街を俺は観光がてらに歩いていた。
 数日前、この世界に召喚されてから修行に明け暮れる日々だったので、まともに街を観光できていなかったのだ。
 せっかく色々な種族がいるファンタジー世界に来たのにそれでは勿体無い。
 俺は師匠に頼み込んでなんとか休みを一日もらうことに成功したわけなのだが、なぜか隣に三十代後半で鼻の下に髭を生やし、女の子からモテそうな容姿をしている男がついてきている。

「ところで、師匠。なぜ、俺についてくるのですか?」

 俺はやや迷惑そうな、表情で問う。(休みの時くらい一人にして欲しい)と心の中で思っていたからだ。

「ワッハッハ! お前のことが心配だからついてきてしまった!」
「子供じゃないんだから、一人でも大丈夫だって!」

 豪快に笑う師匠に対して(ついてこないで!)と意思表示をするために強い口調で返す。
 そうこの男、名前はアゼルと言うのだが。正真正銘、俺の師匠なのだ。
 師匠はこの世界では稀な存在で、多能神獣召喚士なのだ。神獣に攻撃させたり、武器に神獣を宿したりできる。さらに師匠のレベルくらいになると憑依も出来るようになるらしい。その他にも多彩な武器を操ることも出来る。
 修行中は人が変わったように厳しくなるのに、出かける時には毎回、こんな調子でついてくる。  
 色々な物を買ってくれるので良いのだが、たまには一人になる時間も欲しい物だ。

「いや、ダメだ! 街で魔王軍に出くわしたらどうするのだ!」
「こんなところに居るわけないじゃん!」

 俺は呆れたような顔つきをする。この街はこの世界でも大きい方らしい。その為、強い冒険者もたくさんいるので、こんな街を襲撃してくる魔王は、そうはいないだろうと思っている。
 俺がこの世界に召喚された訳は勇者として魔王を倒すこと。まぁ……よくある王道パターンだ。
 勇者召喚系のアニメが好きだった俺はこの世界に召喚された時も大して、動揺はしなかった。ただ一つだけ違ったのは元々、チート級の力を持っていない状態で召喚されたことだ。だから修行をしている訳なのだ。

「それは分からんぞ! まぁ、魔王軍が来ても俺が倒してやるから心配するな!」
「はいはい」

 どうやらいくら言っても一人にしてくれなさそうなので、適当な返事を返しておく。
 それにしても景観が良い街だ。街の中心には底が見えるくらい綺麗な川が流れているし、ゴミ一つ落ちていない。それに整えられた家々が通る人の目を釘付けにする。
 こんな場所は今までの人生の中で一度も見たことがない。人生と言ってもまだ、十五年しか生きていない子供なのだが……。
 そんな感想を抱きながら歩いていると遠くの方で食欲をそそる良い香りが漂ってきた。俺はすぐに匂いのする方へ方向転換をし、向かう。

「待て! 悠也!」

 突然、師匠が辺りに響く大声を出して俺を止める。

「なんだよ……」

 俺はかっと燃えるような苛立ちを覚えるが、師匠の緊迫した表情を見て苛立ちを心の奥底にしまい込む。
 師匠のこんな表情はここに召喚されてから一度も見たことがない。何かやばい状況になったのか……。

「あの女から禍々しいオーラを感じる!」

 そう言う、師匠の目線の先にいたのは頭に立派な角を生やし、お尻からは魔族特有の尻尾が生えている。翼は生えてはいないもののどっからどう見ても魔族。魔族と言えば、魔王の配下の者たちなので、どれだけ緊迫した状況なのか一瞬で理解した。
 俺もまがまがしいオーラを感知することはできるはずなのだが、この街には魔王軍はこないと高をくくっていたので、警戒を完全に解いていたのだ。しかし師匠はずっと警戒していた。(やっぱり俺はまだ、子供だ)俺は心の中で反省をする。
 それにしてもなぜ、あの魔族の女は暢気に買い物をしているんだ。街の人も全く逃げるそぶりをしていないし。
 しばらく待っていると買い物を終えた魔族の女がこちらに近づいてくる。戦闘が始まってしまうのか……。俺と師匠は警戒を強める。魔族の女はこちらにゆっくりと近づいてきて、遂に目が合った。
 目が合ってすぐに魔族の女がこちらに駆け足で向かってくる。(来た!)俺と師匠は武器を出現させ、攻撃を仕掛けようとしたのだが次の瞬間、予想外のことが起きてしまう。

「お兄さんたちにこれ、あげる」

 魔族の女はにっこりしながら先程、お店で購入したと思われる野菜がたっぷり入ったお好み焼きを渡してきたのだ。

「へっ……⁉」

 俺は動揺して、変な声を出してしまった。普通は敵対する相手からものを渡されたのだ。こんな反応になるのはしょうがない。師匠は「どうも」とか言って受け取っている。これはどういう状況なんだ。

「お兄さんたち、さっき怖いかをしてたから栄養が足りないと思ったんだけど……」

 魔族の女は少し頭をひねりながら言ってくる。魔族から「栄養」と言う言葉が出てくるとは……。俺は驚愕の色を頭に浮かべる。

「お前は魔族だよね?」
「そうだよ! 魔王カイリだよ!」
「魔王だぁぁァァァ⁉ 噓でしょ⁉」

 衝撃の告白に俺はさらに驚く。魔王と言えば勇者が倒すべき相手で悪の根源をはずだ。それがどうしてこんなに人と友好的なんだ。(俺の思ってたのと違う! 絶対に認めたくない!)俺は心の中で格闘する。魔王が侵略をする気がないのなら俺がここに呼ばれた意味は何だ。

「ところでお兄さん! 私が魔族ってなんで分かったの?」
「それは……角と尻尾が出ているからだよ……」
「てっへ! ぜ~んぜ~ん、気づかなかった!」

 ぺろっと舌を出しながら魔王は言う。

「気づいてなかったのか‼」

 欠陥だらけだな、この魔王……。

「お前は魔王なんだから、そこらへんは気を付けないと……」
「は~い! これから気を付けま~す!」

 しまいには勇者であるはずの俺が魔王を指導する形になってしまった。(どうなってるんじゃい! これはっ――――!)。俺は悪態をつく。

「ところでお前、世界征服とか考えてないわけ?」
「考えてたよ! 一年前までは……」
「何があったの?」
「わかんな~い!」
「自分のことなんだから分かれよっ‼」
「分からないものはしょうがないでしょ! 今は世界征服とか考えてないからねっ!」
「なら俺、必要なくねぇぇぇぇ‼」

 世界征服のことを全く考えてない魔王。それから性格にもいろいろ問題がある記憶喪失の魔王。どれも度肝を抜くことばかりで、俺は星にも届くかもしれない大きな声で叫んでしまった。周辺の住民の視線が一点に集まる。普通は恥ずかしがるところなのだが、それ以上に衝撃的なものを見てしまっているので、何も感じなかった。
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