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ブラウレスの古城は、街からやや離れた、小高い丘の上に建っている。高い立派な石壁にはところどころに穴が空いていた。もちろん、登るためにあるのではなく、矢を放つためにあるのだ。
その石壁を幅の広い、深い堀が取り囲み、城門への橋は戦争時には釣り上げることが可能な造りになっていた。
この城は、築城から500年、一度として陥落したことがない、ミラースラント一堅固な城として大陸中に名を馳せている。そのブラウレスの古城の中に、ユウナは幽閉されていた。
気が付いた時にまず目に飛び込んできたのは、飾り気のない白い壁だった。それから自分が柔らかいベッドの上で寝かされていることを知り、ゆっくりと身体を起こした。
そこは小さな部屋だった。部屋といっても中にあるのはテーブルと本棚だけで、他には何もない。ノブのついたドアが一つあり、その向こうは簡易トイレになっていた。
ぐるりと周囲を見回すと、ドアの代わりに鉄格子がはめられていることに気が付いた。
「ここは、牢屋かしら……」
ユウナは小さく呟いて、鉄格子のところまで歩いた。牢屋と呼ぶには少々立派な気がしないでもないが、まったく自由が奪われているという点で、囚人と変わりない。
格子の向こうは通路になっており、通路を挟んだ向こう側にも同じような部屋が並んでいた。構造からして、今自分のいる部屋の両側にも、同じような部屋があるのだろう。
「ねえ、誰かいないの?」
内心の恐怖を押し殺して、大きな声で人を呼んだが、返事はなかった。声の余韻が消えると、ふと子供たちの顔が思い起こされ、ユウナは涙ぐんで俯いた。
「なんでこんなことに……」
再びベッドに戻り、そこに腰かけて項垂れる。こぼれ落ちた涙を拭うと、ユウナは気を紛らわすために他のことを考えることにした。
「シンシア・アドレイル……。私のお母さん……」
男はユウナを、「シンシアの娘」だと言っていた。ユウナは母親を憎んでいた。自分勝手に捨てられた上、今になって魔法使いであるためにこんな目に遭わされるなんて。
右手をそっと胸に当てると、男に使われた感覚を思い出しながら“浮遊”の魔法を使ってみた。実はユウナはこの魔法を知らなかったのだが、魔法はいとも簡単に成功し、ふわりと宙に浮かび上がった。
もっとも、その後の制御はうまくいかず、そのまま少しずつ天井に上がると、今度はゆっくりと床に戻って魔法は切れた。
「魔法か……」
溜め息をついてベッドに寝転がり、頭の後ろで手を組んで天井を見上げた。そして、6年ほど前のことを思い出す。
それは、ユウナが初めて魔法を使った時のことだった。
劇的な何かがあったわけではない。ただ、ある時いきなり、自分が魔法使いであると自覚したのだ。そして、まるで誰かに教えられたかのように、“治癒”の魔法を使ってみた。
他の魔法使いを見たことがないから、優れているのかどうか知らないが、少なくともユウナは魔法を使うことを難しいと思ったことがなかった。
それから6年の間に様々な魔法を思い付いた。“沈黙”や“忘却”も自分で編み出したものである。
その間、ユウナは自分が魔法使いであることを、本当に信頼できる一部の仲間にしか話さなかった。魔法使いがどういう境遇にあるかは、知識として知っていたのだ。
「不思議な力。本当に色々なことができるのね……」
呟きながら、今度は“催眠”の魔法を試みた。これも知らない魔法だったが、ユウナは数秒後には深い眠りに落ちていた。
次に気が付いた時、ユウナは突然隣に人の気配を感じて心臓が止まりそうになった。
なるべく身体を動かさないようにちらりと横目で見ると、隣のベッドに自分より少し幼い、深い蒼い髪の少年が横たわり、疲れた表情で眠っていた。
「これは……?」
怪訝な顔で身体を起こすと、部屋の中にいるのが少年一人ではないことに気が付いた。さらにもう二人、壁にもたれて座っている長身の青年と、赤い縮れ毛の女の子がいて、女の子がユウナを見てにっこりと微笑んだ。
「気が付いた? 大丈夫?」
大丈夫かと聞きながら、ユウナには女の子の方が大丈夫ではなく見えた。服はいいものを着ていたし、身体も痩せ衰えているということはなかったが、顔には疲れが色濃く写り、ユウナよりもずっと若そうなのに老成した雰囲気があった。
「ええ。ここはどこ? あなたは?」
ユウナが尋ねると、女の子はスーミと名乗り、ここは城の中の魔法使い養成施設だと言った。
「魔法使い養成施設?」
聞き返すと、スーミは溜め息をついてから、悲しそうに頷いた。
「そう。あなたもタンズィに連れてこられたんでしょ? あたしもそうなの。ここは国のために働く魔法使いを育てる施設なのよ」
「育てるなんて生易しいものじゃない。作り上げるって言った方がいいな。国の連中は、魔法使いを道具としか思っていない」
忌々しそうにそう言ったのは、隣で寝ていた蒼髪の少年だった。少年は身体を起こすと、弱々しい微笑みを浮かべてユウナに手を差し出した。
「俺はアイバール。君は?」
「ユウナよ。よろしくね」
ユウナは笑っていいのかどうかわからなかったが、とりあえず少年の手を握り返して、にっこりと微笑んだ。
それからちらりと長身の青年に目をやって、小声でアイバールに尋ねた。
「彼は?」
アイバールは苦笑して、嘲笑うように言った。
「あれはノーシュ。タンズィが『最も優秀』だと言ってる魔法使いさ」
ユウナは相槌を打ってからベッドを下り、ノーシュの前に立った。
「よろしくね、ノーシュ」
同じ鉄格子の中で、ユウナは彼らに対して仲間意識を持っていた。けれど、ノーシュはそうではなかったらしい。それどころか、細い目を開けてユウナを見上げると、まったく感情のこもらない声で驚くべきことを言ってのけた。
「俺はお前を殺すかも知れないし、お前が俺を殺すことになるかも知れない。他人に対して下手な情は持たないことだ」
言い終わると、ノーシュは腕を組んだまま再び目を閉じた。
ユウナは「殺す」という響きに顔を曇らせ、なんだか悲しくなって振り返った。すると、スーミが自分の両手を見ながらブルブルと震え、アイバールは枕に顔を埋めて嗚咽を漏らしていた。
ユウナは立ち尽くしたまま何も言えなかった。
「じきにわかるさ」
高低のないノーシュの声が、静かにユウナの耳朶を打った。
それからすぐに、看守が食事を運んできた。
三人は当たり前のようにそれを受け取っていたが、初めてのユウナにはそうすることができなかった。
「ねえ、タンズィって人に会わせて! 子供たちはどうしたの!? 私を子供たちのところに返して!」
叫ぶようにそう言ったが、看守は無言で食事を突き出してから、低い声で言った。
「俺は何の権限も持っていない。タンズィ様にはすぐに会えるだろうから、大人しくしていろ。騒げば自分が痛い思いをするだけだぞ」
ユウナは教会でタンズィに殴られたことを思い出して唇を噛んだ。
食事は、やはり囚人に与えるには豪勢なものだった。
「悪くない待遇ね。少なくとも、部屋と食事は」
パンをスープに浸しながら、皮肉を込めてそう言うと、アイバールがさも当然というふうに笑った。
「そりゃあ、そうさ。俺たちは国の優秀な道具だからな。丁重に扱われるよ。必要なくなるまでは」
「必要なくなるとどうなるの? 帰してもらえるの?」
ユウナは、もしそうなら、自分などさっさと必要なくなればいいと思った。そうすれば、また教会で子供たちと一緒に暮らせるのだ。
けれど、答えはまったくユウナの期待はずれだった。ノーシュが小さく鼻で笑ってから、アイバールが悲しそうに首を振った。
「役に立たなかったら殺されるさ」
「殺される……」
ユウナは思わずスプーンを取り落とした。呆然となって震えていると、アイバールがあきらめ切った表情で言った。
「しかも、殺すのは俺たちだ。一緒にいた仲間を、あいつらは俺たちに殺させるのさ」
「あなたも……殺したの?」
頭の中が真っ白になって、ユウナは自分の声さえはっきり聞こえなくなっていた。
アイバールは静かに首を横に振った。
「俺は、まだだな。殺すより先に殺されるかも知れない。だけど、スーミはこのあいだ殺させられた。殺されたのはノーシュと同じくらいの歳の女性だったな」
唐突に、スーミが大きな声で泣き出した。ユウナは教会の子供たちを思い出し、食器を置くとそっとスーミを抱きしめて真っ赤な髪を指で梳くようにして撫でた。
「ごめんなさい、スーミ。知らなかったの」
スーミは大きく首を振って、泣きじゃくりながら、無理矢理押し殺したような変な声で叫んだ。
「いいの、ユウナは悪くない。悪いのは全部あのタンズィよ! ううん、タンズィだって命令されてるだけ。みんなみんな、この国が悪いのよ!」
スーミはユウナの胸に顔を埋めると、激しくむせび泣いた。
「殺す連中は、有能な証だ」
静かにそう言ったのはノーシュだった。ユウナは彼が口を開いたのを珍しく思ったけれど、今は気が滅入っていたから、皮肉っぽく言い返した。
「嫌な証ね……」
「可能性のある奴は殺させられる。奴らはそうして殺すことに慣れさせると同時に、感情を排除していくのさ」
ノーシュは笑うでもなく、皮肉るでもなく、ただ淡々とそう言った。
ユウナはなぜ彼が「最も優秀」で、そう言ったアイバールが嘲笑っていたのかを理解した。
「じゃあ、優秀なノーシュは、もうたくさんの人を殺したのね」
ノーシュは初めて可笑しそうに口元をゆがめて、鋭い瞳でユウナを見据えた。
「これからどんどん殺すんだ。殺した数なんて忘れたよ」
ユウナは理解した。どんどん殺すのは仲間ではない。敵国の要人たちだ。
魔法は対個人にしか作用しない。少なくともユウナはそう思っている。
だとしたら、国のために役に立つ魔法使いというのは、暗殺者ということだ。決して、何百という人間を相手にする戦争の役には立たない。
「あんたも有能なら殺すことになるだろうよ。でなければ、いつ殺されるのかビクビクしながら毎日を過ごすか、どっちかだな。アイバールみたいに」
ユウナがアイバールを見ると、少年は達観したように笑って言った。
「俺はもう慣れたよ。いつかきっと殺される。魔法が全然上達しないからな。でも、ノーシュみたいになってまでも生き続けるのが幸せなのか、最近はそんなことばかり考えてるよ」
スーミはもう泣き止んで、いつの間にかユウナの胸の中で小さな寝息を立てていた。
ユウナはそんなスーミの髪を撫でながら、ただ教会に残してきた子供たちのことを考えるのだった。
その石壁を幅の広い、深い堀が取り囲み、城門への橋は戦争時には釣り上げることが可能な造りになっていた。
この城は、築城から500年、一度として陥落したことがない、ミラースラント一堅固な城として大陸中に名を馳せている。そのブラウレスの古城の中に、ユウナは幽閉されていた。
気が付いた時にまず目に飛び込んできたのは、飾り気のない白い壁だった。それから自分が柔らかいベッドの上で寝かされていることを知り、ゆっくりと身体を起こした。
そこは小さな部屋だった。部屋といっても中にあるのはテーブルと本棚だけで、他には何もない。ノブのついたドアが一つあり、その向こうは簡易トイレになっていた。
ぐるりと周囲を見回すと、ドアの代わりに鉄格子がはめられていることに気が付いた。
「ここは、牢屋かしら……」
ユウナは小さく呟いて、鉄格子のところまで歩いた。牢屋と呼ぶには少々立派な気がしないでもないが、まったく自由が奪われているという点で、囚人と変わりない。
格子の向こうは通路になっており、通路を挟んだ向こう側にも同じような部屋が並んでいた。構造からして、今自分のいる部屋の両側にも、同じような部屋があるのだろう。
「ねえ、誰かいないの?」
内心の恐怖を押し殺して、大きな声で人を呼んだが、返事はなかった。声の余韻が消えると、ふと子供たちの顔が思い起こされ、ユウナは涙ぐんで俯いた。
「なんでこんなことに……」
再びベッドに戻り、そこに腰かけて項垂れる。こぼれ落ちた涙を拭うと、ユウナは気を紛らわすために他のことを考えることにした。
「シンシア・アドレイル……。私のお母さん……」
男はユウナを、「シンシアの娘」だと言っていた。ユウナは母親を憎んでいた。自分勝手に捨てられた上、今になって魔法使いであるためにこんな目に遭わされるなんて。
右手をそっと胸に当てると、男に使われた感覚を思い出しながら“浮遊”の魔法を使ってみた。実はユウナはこの魔法を知らなかったのだが、魔法はいとも簡単に成功し、ふわりと宙に浮かび上がった。
もっとも、その後の制御はうまくいかず、そのまま少しずつ天井に上がると、今度はゆっくりと床に戻って魔法は切れた。
「魔法か……」
溜め息をついてベッドに寝転がり、頭の後ろで手を組んで天井を見上げた。そして、6年ほど前のことを思い出す。
それは、ユウナが初めて魔法を使った時のことだった。
劇的な何かがあったわけではない。ただ、ある時いきなり、自分が魔法使いであると自覚したのだ。そして、まるで誰かに教えられたかのように、“治癒”の魔法を使ってみた。
他の魔法使いを見たことがないから、優れているのかどうか知らないが、少なくともユウナは魔法を使うことを難しいと思ったことがなかった。
それから6年の間に様々な魔法を思い付いた。“沈黙”や“忘却”も自分で編み出したものである。
その間、ユウナは自分が魔法使いであることを、本当に信頼できる一部の仲間にしか話さなかった。魔法使いがどういう境遇にあるかは、知識として知っていたのだ。
「不思議な力。本当に色々なことができるのね……」
呟きながら、今度は“催眠”の魔法を試みた。これも知らない魔法だったが、ユウナは数秒後には深い眠りに落ちていた。
次に気が付いた時、ユウナは突然隣に人の気配を感じて心臓が止まりそうになった。
なるべく身体を動かさないようにちらりと横目で見ると、隣のベッドに自分より少し幼い、深い蒼い髪の少年が横たわり、疲れた表情で眠っていた。
「これは……?」
怪訝な顔で身体を起こすと、部屋の中にいるのが少年一人ではないことに気が付いた。さらにもう二人、壁にもたれて座っている長身の青年と、赤い縮れ毛の女の子がいて、女の子がユウナを見てにっこりと微笑んだ。
「気が付いた? 大丈夫?」
大丈夫かと聞きながら、ユウナには女の子の方が大丈夫ではなく見えた。服はいいものを着ていたし、身体も痩せ衰えているということはなかったが、顔には疲れが色濃く写り、ユウナよりもずっと若そうなのに老成した雰囲気があった。
「ええ。ここはどこ? あなたは?」
ユウナが尋ねると、女の子はスーミと名乗り、ここは城の中の魔法使い養成施設だと言った。
「魔法使い養成施設?」
聞き返すと、スーミは溜め息をついてから、悲しそうに頷いた。
「そう。あなたもタンズィに連れてこられたんでしょ? あたしもそうなの。ここは国のために働く魔法使いを育てる施設なのよ」
「育てるなんて生易しいものじゃない。作り上げるって言った方がいいな。国の連中は、魔法使いを道具としか思っていない」
忌々しそうにそう言ったのは、隣で寝ていた蒼髪の少年だった。少年は身体を起こすと、弱々しい微笑みを浮かべてユウナに手を差し出した。
「俺はアイバール。君は?」
「ユウナよ。よろしくね」
ユウナは笑っていいのかどうかわからなかったが、とりあえず少年の手を握り返して、にっこりと微笑んだ。
それからちらりと長身の青年に目をやって、小声でアイバールに尋ねた。
「彼は?」
アイバールは苦笑して、嘲笑うように言った。
「あれはノーシュ。タンズィが『最も優秀』だと言ってる魔法使いさ」
ユウナは相槌を打ってからベッドを下り、ノーシュの前に立った。
「よろしくね、ノーシュ」
同じ鉄格子の中で、ユウナは彼らに対して仲間意識を持っていた。けれど、ノーシュはそうではなかったらしい。それどころか、細い目を開けてユウナを見上げると、まったく感情のこもらない声で驚くべきことを言ってのけた。
「俺はお前を殺すかも知れないし、お前が俺を殺すことになるかも知れない。他人に対して下手な情は持たないことだ」
言い終わると、ノーシュは腕を組んだまま再び目を閉じた。
ユウナは「殺す」という響きに顔を曇らせ、なんだか悲しくなって振り返った。すると、スーミが自分の両手を見ながらブルブルと震え、アイバールは枕に顔を埋めて嗚咽を漏らしていた。
ユウナは立ち尽くしたまま何も言えなかった。
「じきにわかるさ」
高低のないノーシュの声が、静かにユウナの耳朶を打った。
それからすぐに、看守が食事を運んできた。
三人は当たり前のようにそれを受け取っていたが、初めてのユウナにはそうすることができなかった。
「ねえ、タンズィって人に会わせて! 子供たちはどうしたの!? 私を子供たちのところに返して!」
叫ぶようにそう言ったが、看守は無言で食事を突き出してから、低い声で言った。
「俺は何の権限も持っていない。タンズィ様にはすぐに会えるだろうから、大人しくしていろ。騒げば自分が痛い思いをするだけだぞ」
ユウナは教会でタンズィに殴られたことを思い出して唇を噛んだ。
食事は、やはり囚人に与えるには豪勢なものだった。
「悪くない待遇ね。少なくとも、部屋と食事は」
パンをスープに浸しながら、皮肉を込めてそう言うと、アイバールがさも当然というふうに笑った。
「そりゃあ、そうさ。俺たちは国の優秀な道具だからな。丁重に扱われるよ。必要なくなるまでは」
「必要なくなるとどうなるの? 帰してもらえるの?」
ユウナは、もしそうなら、自分などさっさと必要なくなればいいと思った。そうすれば、また教会で子供たちと一緒に暮らせるのだ。
けれど、答えはまったくユウナの期待はずれだった。ノーシュが小さく鼻で笑ってから、アイバールが悲しそうに首を振った。
「役に立たなかったら殺されるさ」
「殺される……」
ユウナは思わずスプーンを取り落とした。呆然となって震えていると、アイバールがあきらめ切った表情で言った。
「しかも、殺すのは俺たちだ。一緒にいた仲間を、あいつらは俺たちに殺させるのさ」
「あなたも……殺したの?」
頭の中が真っ白になって、ユウナは自分の声さえはっきり聞こえなくなっていた。
アイバールは静かに首を横に振った。
「俺は、まだだな。殺すより先に殺されるかも知れない。だけど、スーミはこのあいだ殺させられた。殺されたのはノーシュと同じくらいの歳の女性だったな」
唐突に、スーミが大きな声で泣き出した。ユウナは教会の子供たちを思い出し、食器を置くとそっとスーミを抱きしめて真っ赤な髪を指で梳くようにして撫でた。
「ごめんなさい、スーミ。知らなかったの」
スーミは大きく首を振って、泣きじゃくりながら、無理矢理押し殺したような変な声で叫んだ。
「いいの、ユウナは悪くない。悪いのは全部あのタンズィよ! ううん、タンズィだって命令されてるだけ。みんなみんな、この国が悪いのよ!」
スーミはユウナの胸に顔を埋めると、激しくむせび泣いた。
「殺す連中は、有能な証だ」
静かにそう言ったのはノーシュだった。ユウナは彼が口を開いたのを珍しく思ったけれど、今は気が滅入っていたから、皮肉っぽく言い返した。
「嫌な証ね……」
「可能性のある奴は殺させられる。奴らはそうして殺すことに慣れさせると同時に、感情を排除していくのさ」
ノーシュは笑うでもなく、皮肉るでもなく、ただ淡々とそう言った。
ユウナはなぜ彼が「最も優秀」で、そう言ったアイバールが嘲笑っていたのかを理解した。
「じゃあ、優秀なノーシュは、もうたくさんの人を殺したのね」
ノーシュは初めて可笑しそうに口元をゆがめて、鋭い瞳でユウナを見据えた。
「これからどんどん殺すんだ。殺した数なんて忘れたよ」
ユウナは理解した。どんどん殺すのは仲間ではない。敵国の要人たちだ。
魔法は対個人にしか作用しない。少なくともユウナはそう思っている。
だとしたら、国のために役に立つ魔法使いというのは、暗殺者ということだ。決して、何百という人間を相手にする戦争の役には立たない。
「あんたも有能なら殺すことになるだろうよ。でなければ、いつ殺されるのかビクビクしながら毎日を過ごすか、どっちかだな。アイバールみたいに」
ユウナがアイバールを見ると、少年は達観したように笑って言った。
「俺はもう慣れたよ。いつかきっと殺される。魔法が全然上達しないからな。でも、ノーシュみたいになってまでも生き続けるのが幸せなのか、最近はそんなことばかり考えてるよ」
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