12 / 17
12
しおりを挟む
計画の第二段階への移行も速やかに行われた。三人が計画の全貌を話すと、エドリスはこの壮大な話を自分一人の判断では対処できないと、王への謁見を願い出たのだ。
こうして、王の間には重臣が集まり、異例の深夜会談が行われることになった。
エドリスは国王ヨハゼフの前に跪き、それから縛り上げたままの三人を紹介した。もちろん、彼らの周りには兵士が抜き身の剣を持って立ち、万が一に備えている。
「ここにいる者たちは、ブラウレスの暗殺者です」
エドリスの言葉に、周囲が緊迫したムードに包まれた。サレイナは怯えていたが、ノーシュとユウナは真っ直ぐ国王を見据えていた。命の保証があるわけではなかったが、今さらじたばたしたところでどうにもならない。
ヨハゼフは興味深そうに三人を見回したが、ふとユウナを見て怪訝そうに首を傾げた。ユウナもまた、いきなり国王が自分を見て表情を変えたので、何事だろうと驚いた顔をする。
エドリスはそんな二人のやりとりには気付かず、説明を続けた。
「しかし、この者たちは暗殺に来たのではなく、我が国にとって有益な情報を持ってきたのです。実際この者たちは、我が国の兵士に刃を向けられても、これに一切危害を加えようとはしませんでした。話の信憑性はともかくとして、話を聞く価値はあると考え、無理を言って至急の謁見を願った次第です」
エドリスはそれだけ言うと、三人の後ろに下がった。
ヨハゼフはしばらく細い目でユウナを見つめていたが、やがて見るからに最年長のノーシュに目をやり、低い声でゆっくりと言った。
「わかった。私が国王ヨハゼフだ。望み通り、話を聞こう」
「ありがとうございます。私はノーシュ・バラメイン。ブラウレスの街で父の残した宿屋を経営していましたが、ある日自分が魔法使いであるという理由で城に拘束され、それ以後、暗殺者としての教育を受けさせられてきました。ここにいるユウナとサレイナも同じです」
サレイナはいきなり名前を呼ばれて、驚いて頭を下げた。ユウナも小さく会釈し、自分のことを話そうと思ったが、ちらりとノーシュを見て口を噤んだ。自分はノーシュが思い付く以上のことは思い付かないので、彼が発言を求めるまでは何も言わない方がいいと思ったのだ。
ノーシュはまず、自分たちが人質を取られて仕方なく国に忠誠を誓っていることと、本心ではできることならは人質を解放し、城から逃げ出したい旨を話した。
次に計画を話そうとしたのだが、重臣の一人に城での魔法使いの扱いについて質問を受けたので、ノーシュは、彼らが必要ならば平気で人質や役に立たない魔法使いを殺すこと、そしてそれらはすべて仲間の手によって行われることを話した。
「なんというひどいことを……。こんな子供に」
尋ねた重臣が呻くように言って、ノーシュは一度頷いてから言葉を続けた。
「御国の刺客がどのように育成されているかはわかりませんが、少なくとも私たちは奴隷と変わりなく、心から国のために働こうなどという者はおりません。そして今回、ヨハゼフ様を始めとした、こちらにおられる御国の皆様を暗殺するよう命令され、私はある決意をしたのです」
そしてノーシュは、自分の計画、すなわちアルブランスにブラウレスを落とさせる計画を話した。
手筈は、まず第一に、アルブランスは国王以下、重臣を暗殺されたという噂を流す。その裏で、ブラウレスを侵略するべく、戦争の準備を行う。
ノーシュたちはブラウレスの見張り塔を潰しながら城に戻り、合図とともに橋を下ろして城門を開ける。以後、戦争には関与せず、混乱に乗じて人質を解放して城を脱出する。
「もちろん、必要とあらば御国のために戦争に参加することは厭いません」
力強くノーシュが締め括ると、王の間はざわめきに包まれた。
彼らの口から語られるすべてがノーシュたちにとって有り難いものばかりではなかったが、ブラウレスを陥落させるというのはあまりにも魅力的な話だったので、賛成意見も多かった。
けれど、ある重臣の一人の言葉が、賛成ムードを一瞬にして消し去った。
「恐れながら、国王。私は、確たる証拠がない状態で、この者たちの話を信じるのは危険かと存じます」
「そ、そんな!」
思わずサレイナが腰を上げたが、ノーシュが一瞥して座らせた。
「確かに、今の話のすべてが作り話だった場合、我々はこの城の守りを手薄にすることになる」
「仮に本当だったとしても、城門が開かなければ同じことだ。リスクはあまりにも大きい」
ユウナはちらりとノーシュを見て、重臣たちには聞こえない声で囁いた。
「まずいわね……」
「信じるしかないだろう……。信じてもらわなければ、俺たちの自由は有り得ない」
二人の会話を、エドリスは聞いていた。もちろん、そうでなくても彼はノーシュらの話を信じていたので、何とかして実現させたいと考えていた。そして、ブラウレスの城は自らの騎士団が制圧する。
けれど、エドリスとて確証があるわけではなかったので、肩を持つことはできなかった。静かに目を閉じて重臣たちの話に耳を傾けていると、不意にヨハゼフが口を開き、周囲は再び沈黙に包まれた。
「ユウナ、と言ったな」
「え? あ、はい」
ノーシュと話をしていたユウナは、突然話しかけられて驚いて顔を上げた。
ヨハゼフはユウナを真っ直ぐ見据えていたが、その瞳は不安と期待に揺れていた。
「お前の話を聞きたい。ノーシュは宿屋を営んでいたと言ったが、お前は何をしていた? 今に至る過程をすべて話せ」
ユウナはどうしたものかと、一度ノーシュを見た。
さしものノーシュもヨハゼフの意がわからないらしく、怪訝そうにしていたが、ゆっくりと頷いて話すよう促がした。
「えっと、その、私は孤児なんです。物心ついた時にはもうブラウレスの孤児院にいて……あ、でもユウナっていう名前は本名らしいです」
ユウナは生まれてこの方、丁寧な言葉で話をしたことがなかったので、あたふたしていた。タンズィに対してもぞんざいな口調だったし、タンズィもそのこと自体を怒ることはなかった。
ユウナは自分の言葉遣いで雰囲気が険悪になってくことに気が付いていたが、どうすることもできずにどもりながら続けた。
「院長さんの話だと、私は孤児院の前で捨てられていたらしいです。それから、今から4年くらい前に院が潰れてしまって、それで私、子供たちと一緒に教会で暮らしていたの。そうしたら、さっきノーシュが言ったみたいに、タンズィに連れてこられて……」
ユウナはどんどん周囲の空気が冷たくなっていくのを感じて、泣きたい気分になった。王がなぜ自分を指名してきたかはわからないが、自分が原因で計画が失敗するのだけは避けたかった。
「お前は、どうして魔法を使えるようになった? 教育を受けずには使えまい」
ヨハゼフはユウナを安心させるように、ゆっくりとした口調で尋ねた。けれどその瞳は鋭く、すべてを見透かすようだった。
「気が付いたら使えたの。ある日、私は自分が魔法使いなんだって自覚して……」
「嘘をつくな!」
声は周囲から上がった。
「誰にも教わらずに魔法を使えるはずがない。王の前だぞ!」
「ほ、本当よ! タンズィにも同じことを言われたけど、本当に誰にも教わってないの! 誰が孤児の私に魔法を教えてくれるって言うの? 私はある日魔法が使えるようになっていて、魔法を使って生き延びてきたのよ。タンズィに見つかったのもそのせい。どうして嘘だなんて言うの!?」
ユウナは思わず涙をこぼして叫んだ。ふと横を見ると、サレイナもノーシュも唖然とした顔でユウナを見つめている。彼らの常識でも、魔法は誰かに教わらずには使えないのだ。ユウナは無性に悲しくなった。
「国王、この女の話は辻褄が合っていません。孤児という話も嘘かも知れません」
「本当よ!」
「お前は黙れ!」
怒鳴り付けられて、ユウナは涙をこぼして項垂れた。ユウナは暗殺者としての教育こそ受けたが、それまでは自分に正直に生きてきたのだ。嘘などつかない。本当のことをありのままに話しているのに、なぜ信じてもらえないのか。
けれど、そんな無力に打ちひしがれるユウナをかばったのはヨハゼフだった。
「その娘に話をさせたのは私だ。お前が娘にそんなことを言う権利はない」
王に睨まれて、重臣の男は一歩下がって恭しく頭を下げた。
ヨハゼフは再びユウナを見て、慈愛に満ちた瞳で語りかけた。
「それで、お前は一緒に暮らしていた子供たちを人質に取られたのだな?」
ユウナはぱっと明るい顔をすると大きく頷き、肩で涙を拭ってから口を開いた。
「そうです。それに、ランドスを……大切な私の仲間を無理矢理殺させられて……。私、タンズィも、国も、すべてが許せない! みんなを助けたいし、できることならランドスの仇を取りたい! だから、だから……どうか力を貸してください。もし叶わないなら、私たちを国に帰して! そうしたらもう、私は誰にも頼らずにタンズィを討つわ!」
ユウナは込み上げてきた感情を抑え切れずに、大きな声で叫んだ。それからうずくまるようにして泣いていると、隣でサレイナがもらい泣きをして涙をこぼした。
しばらく沈黙がわだかまったが、ついにヨハゼフが腰を上げて大きく一度頷いた。
「エドリス、この者たちの縄を解け。ユウナ、私はお前を信じよう」
その一言に、その場にいるすべての人間が唖然となった。エドリスはもちろん、ノーシュや、声をかけられたユウナ自身もである。ユウナは、まさか自分の話が一国の王を動かすなどとは考えてもいなかった。
「王、それは危険です! この娘の話にも、信じるに足る根拠がありません!」
重臣の一人が蒼ざめた様子で、悲鳴のような声を上げた。けれど王は静かに首を振ると、ゆっくりとユウナの前まで歩き、膝をついて解き放たれた少女の手を取った。
「いや、この娘は間違いなく孤児だ。そうであろう、ユウナ・アドレイル」
「わ、私を……知っているの?」
驚いたのはユウナだけではない。ノーシュも目を丸くし、サレイナは動揺を抑えられずに声に出した。
「ユウナが……王様と知り合い……?」
ユウナはサレイナを見て勢いよく首を横に振った。
「わ、私は知らないわ。だって、私はブラウレスから出たことのない孤児よ」
「わかっている」
ヨハゼフは大きく頷いてから、懐かしむような瞳で少女の顔を覗き込んだ。
「私は、いや、この国はお前の母親に恩があるのだ。お前は若い頃のシンシア殿にそっくりだ」
「シ、シンシアって……お前、まさか、あのシンシア・ファーリンの娘なのか!?」
珍しくノーシュが驚きに声を張り上げ、その言葉に周囲もざわめき出した。サレイナはシンシアを知らないらしく、怯えたような表情でユウナを見つめている。
ユウナは困り果てて王を見上げた。
「母を、知っているのですか? 母が私を捨てた理由も……?」
小さく儚げに震える少女の肩に手を置いて、ヨハゼフは一度深くを目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「シンシア殿は、お前を自分のそばに置いておくよりも、孤児院に未来を託した方がまだ安全だと考えたのだ。母上を恨まないでほしい」
「未来……安全……?」
混乱する少女の肩を小さく叩いてから、ヨハゼフは立ち上がった。そして再び威厳ある顔に戻ると、周囲を見回して言った。
「これから緊急会議を行う。ただちに会議の準備を整え、皆を招集せよ。エドリス、三人を会議室に連れて行け。丁重にな」
「はっ」
エドリスは敬礼してから、三人に向き直って笑って見せた。
「よかったな。戦いになったら、俺の部隊が真っ先にブラウレスに攻め込むぞ」
「期待している」
ノーシュは不敵に笑い返してから、二人の少女に目をやって安堵の息をついた。
「なんとか、第二段階も突破したな」
ユウナは母親のことでひどく動揺していたが、ノーシュの笑顔に力強く頷き返した。
こうして、王の間には重臣が集まり、異例の深夜会談が行われることになった。
エドリスは国王ヨハゼフの前に跪き、それから縛り上げたままの三人を紹介した。もちろん、彼らの周りには兵士が抜き身の剣を持って立ち、万が一に備えている。
「ここにいる者たちは、ブラウレスの暗殺者です」
エドリスの言葉に、周囲が緊迫したムードに包まれた。サレイナは怯えていたが、ノーシュとユウナは真っ直ぐ国王を見据えていた。命の保証があるわけではなかったが、今さらじたばたしたところでどうにもならない。
ヨハゼフは興味深そうに三人を見回したが、ふとユウナを見て怪訝そうに首を傾げた。ユウナもまた、いきなり国王が自分を見て表情を変えたので、何事だろうと驚いた顔をする。
エドリスはそんな二人のやりとりには気付かず、説明を続けた。
「しかし、この者たちは暗殺に来たのではなく、我が国にとって有益な情報を持ってきたのです。実際この者たちは、我が国の兵士に刃を向けられても、これに一切危害を加えようとはしませんでした。話の信憑性はともかくとして、話を聞く価値はあると考え、無理を言って至急の謁見を願った次第です」
エドリスはそれだけ言うと、三人の後ろに下がった。
ヨハゼフはしばらく細い目でユウナを見つめていたが、やがて見るからに最年長のノーシュに目をやり、低い声でゆっくりと言った。
「わかった。私が国王ヨハゼフだ。望み通り、話を聞こう」
「ありがとうございます。私はノーシュ・バラメイン。ブラウレスの街で父の残した宿屋を経営していましたが、ある日自分が魔法使いであるという理由で城に拘束され、それ以後、暗殺者としての教育を受けさせられてきました。ここにいるユウナとサレイナも同じです」
サレイナはいきなり名前を呼ばれて、驚いて頭を下げた。ユウナも小さく会釈し、自分のことを話そうと思ったが、ちらりとノーシュを見て口を噤んだ。自分はノーシュが思い付く以上のことは思い付かないので、彼が発言を求めるまでは何も言わない方がいいと思ったのだ。
ノーシュはまず、自分たちが人質を取られて仕方なく国に忠誠を誓っていることと、本心ではできることならは人質を解放し、城から逃げ出したい旨を話した。
次に計画を話そうとしたのだが、重臣の一人に城での魔法使いの扱いについて質問を受けたので、ノーシュは、彼らが必要ならば平気で人質や役に立たない魔法使いを殺すこと、そしてそれらはすべて仲間の手によって行われることを話した。
「なんというひどいことを……。こんな子供に」
尋ねた重臣が呻くように言って、ノーシュは一度頷いてから言葉を続けた。
「御国の刺客がどのように育成されているかはわかりませんが、少なくとも私たちは奴隷と変わりなく、心から国のために働こうなどという者はおりません。そして今回、ヨハゼフ様を始めとした、こちらにおられる御国の皆様を暗殺するよう命令され、私はある決意をしたのです」
そしてノーシュは、自分の計画、すなわちアルブランスにブラウレスを落とさせる計画を話した。
手筈は、まず第一に、アルブランスは国王以下、重臣を暗殺されたという噂を流す。その裏で、ブラウレスを侵略するべく、戦争の準備を行う。
ノーシュたちはブラウレスの見張り塔を潰しながら城に戻り、合図とともに橋を下ろして城門を開ける。以後、戦争には関与せず、混乱に乗じて人質を解放して城を脱出する。
「もちろん、必要とあらば御国のために戦争に参加することは厭いません」
力強くノーシュが締め括ると、王の間はざわめきに包まれた。
彼らの口から語られるすべてがノーシュたちにとって有り難いものばかりではなかったが、ブラウレスを陥落させるというのはあまりにも魅力的な話だったので、賛成意見も多かった。
けれど、ある重臣の一人の言葉が、賛成ムードを一瞬にして消し去った。
「恐れながら、国王。私は、確たる証拠がない状態で、この者たちの話を信じるのは危険かと存じます」
「そ、そんな!」
思わずサレイナが腰を上げたが、ノーシュが一瞥して座らせた。
「確かに、今の話のすべてが作り話だった場合、我々はこの城の守りを手薄にすることになる」
「仮に本当だったとしても、城門が開かなければ同じことだ。リスクはあまりにも大きい」
ユウナはちらりとノーシュを見て、重臣たちには聞こえない声で囁いた。
「まずいわね……」
「信じるしかないだろう……。信じてもらわなければ、俺たちの自由は有り得ない」
二人の会話を、エドリスは聞いていた。もちろん、そうでなくても彼はノーシュらの話を信じていたので、何とかして実現させたいと考えていた。そして、ブラウレスの城は自らの騎士団が制圧する。
けれど、エドリスとて確証があるわけではなかったので、肩を持つことはできなかった。静かに目を閉じて重臣たちの話に耳を傾けていると、不意にヨハゼフが口を開き、周囲は再び沈黙に包まれた。
「ユウナ、と言ったな」
「え? あ、はい」
ノーシュと話をしていたユウナは、突然話しかけられて驚いて顔を上げた。
ヨハゼフはユウナを真っ直ぐ見据えていたが、その瞳は不安と期待に揺れていた。
「お前の話を聞きたい。ノーシュは宿屋を営んでいたと言ったが、お前は何をしていた? 今に至る過程をすべて話せ」
ユウナはどうしたものかと、一度ノーシュを見た。
さしものノーシュもヨハゼフの意がわからないらしく、怪訝そうにしていたが、ゆっくりと頷いて話すよう促がした。
「えっと、その、私は孤児なんです。物心ついた時にはもうブラウレスの孤児院にいて……あ、でもユウナっていう名前は本名らしいです」
ユウナは生まれてこの方、丁寧な言葉で話をしたことがなかったので、あたふたしていた。タンズィに対してもぞんざいな口調だったし、タンズィもそのこと自体を怒ることはなかった。
ユウナは自分の言葉遣いで雰囲気が険悪になってくことに気が付いていたが、どうすることもできずにどもりながら続けた。
「院長さんの話だと、私は孤児院の前で捨てられていたらしいです。それから、今から4年くらい前に院が潰れてしまって、それで私、子供たちと一緒に教会で暮らしていたの。そうしたら、さっきノーシュが言ったみたいに、タンズィに連れてこられて……」
ユウナはどんどん周囲の空気が冷たくなっていくのを感じて、泣きたい気分になった。王がなぜ自分を指名してきたかはわからないが、自分が原因で計画が失敗するのだけは避けたかった。
「お前は、どうして魔法を使えるようになった? 教育を受けずには使えまい」
ヨハゼフはユウナを安心させるように、ゆっくりとした口調で尋ねた。けれどその瞳は鋭く、すべてを見透かすようだった。
「気が付いたら使えたの。ある日、私は自分が魔法使いなんだって自覚して……」
「嘘をつくな!」
声は周囲から上がった。
「誰にも教わらずに魔法を使えるはずがない。王の前だぞ!」
「ほ、本当よ! タンズィにも同じことを言われたけど、本当に誰にも教わってないの! 誰が孤児の私に魔法を教えてくれるって言うの? 私はある日魔法が使えるようになっていて、魔法を使って生き延びてきたのよ。タンズィに見つかったのもそのせい。どうして嘘だなんて言うの!?」
ユウナは思わず涙をこぼして叫んだ。ふと横を見ると、サレイナもノーシュも唖然とした顔でユウナを見つめている。彼らの常識でも、魔法は誰かに教わらずには使えないのだ。ユウナは無性に悲しくなった。
「国王、この女の話は辻褄が合っていません。孤児という話も嘘かも知れません」
「本当よ!」
「お前は黙れ!」
怒鳴り付けられて、ユウナは涙をこぼして項垂れた。ユウナは暗殺者としての教育こそ受けたが、それまでは自分に正直に生きてきたのだ。嘘などつかない。本当のことをありのままに話しているのに、なぜ信じてもらえないのか。
けれど、そんな無力に打ちひしがれるユウナをかばったのはヨハゼフだった。
「その娘に話をさせたのは私だ。お前が娘にそんなことを言う権利はない」
王に睨まれて、重臣の男は一歩下がって恭しく頭を下げた。
ヨハゼフは再びユウナを見て、慈愛に満ちた瞳で語りかけた。
「それで、お前は一緒に暮らしていた子供たちを人質に取られたのだな?」
ユウナはぱっと明るい顔をすると大きく頷き、肩で涙を拭ってから口を開いた。
「そうです。それに、ランドスを……大切な私の仲間を無理矢理殺させられて……。私、タンズィも、国も、すべてが許せない! みんなを助けたいし、できることならランドスの仇を取りたい! だから、だから……どうか力を貸してください。もし叶わないなら、私たちを国に帰して! そうしたらもう、私は誰にも頼らずにタンズィを討つわ!」
ユウナは込み上げてきた感情を抑え切れずに、大きな声で叫んだ。それからうずくまるようにして泣いていると、隣でサレイナがもらい泣きをして涙をこぼした。
しばらく沈黙がわだかまったが、ついにヨハゼフが腰を上げて大きく一度頷いた。
「エドリス、この者たちの縄を解け。ユウナ、私はお前を信じよう」
その一言に、その場にいるすべての人間が唖然となった。エドリスはもちろん、ノーシュや、声をかけられたユウナ自身もである。ユウナは、まさか自分の話が一国の王を動かすなどとは考えてもいなかった。
「王、それは危険です! この娘の話にも、信じるに足る根拠がありません!」
重臣の一人が蒼ざめた様子で、悲鳴のような声を上げた。けれど王は静かに首を振ると、ゆっくりとユウナの前まで歩き、膝をついて解き放たれた少女の手を取った。
「いや、この娘は間違いなく孤児だ。そうであろう、ユウナ・アドレイル」
「わ、私を……知っているの?」
驚いたのはユウナだけではない。ノーシュも目を丸くし、サレイナは動揺を抑えられずに声に出した。
「ユウナが……王様と知り合い……?」
ユウナはサレイナを見て勢いよく首を横に振った。
「わ、私は知らないわ。だって、私はブラウレスから出たことのない孤児よ」
「わかっている」
ヨハゼフは大きく頷いてから、懐かしむような瞳で少女の顔を覗き込んだ。
「私は、いや、この国はお前の母親に恩があるのだ。お前は若い頃のシンシア殿にそっくりだ」
「シ、シンシアって……お前、まさか、あのシンシア・ファーリンの娘なのか!?」
珍しくノーシュが驚きに声を張り上げ、その言葉に周囲もざわめき出した。サレイナはシンシアを知らないらしく、怯えたような表情でユウナを見つめている。
ユウナは困り果てて王を見上げた。
「母を、知っているのですか? 母が私を捨てた理由も……?」
小さく儚げに震える少女の肩に手を置いて、ヨハゼフは一度深くを目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「シンシア殿は、お前を自分のそばに置いておくよりも、孤児院に未来を託した方がまだ安全だと考えたのだ。母上を恨まないでほしい」
「未来……安全……?」
混乱する少女の肩を小さく叩いてから、ヨハゼフは立ち上がった。そして再び威厳ある顔に戻ると、周囲を見回して言った。
「これから緊急会議を行う。ただちに会議の準備を整え、皆を招集せよ。エドリス、三人を会議室に連れて行け。丁重にな」
「はっ」
エドリスは敬礼してから、三人に向き直って笑って見せた。
「よかったな。戦いになったら、俺の部隊が真っ先にブラウレスに攻め込むぞ」
「期待している」
ノーシュは不敵に笑い返してから、二人の少女に目をやって安堵の息をついた。
「なんとか、第二段階も突破したな」
ユウナは母親のことでひどく動揺していたが、ノーシュの笑顔に力強く頷き返した。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる