Prisoners

水原渉

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 会議を終えると、すでに空は白み始めていた。
 ブラウレスの暗殺者たちは、エドリスとともに王の私室に招かれていた。そろそろアジトに戻らなければ、イルエグルに怪しまれる危険もあったが、ユウナがどうしても母親のことを聞きたがったのだ。
 ヨハゼフはその申し出を承知し、少女のために貴重な時間を割いてくれた。
「シンシア殿は、そもそもオルライトの生まれで、父親も母親も魔法使いだったそうだ」
「オルライト?」
 ユウナが首を傾げると、ノーシュがそれは遥か北方の国だと教えた。
 オルライトは魔法使いに寛容な国であり、魔法の研究に力を入れている国でもある。シンシアはそんな魔法研究員の夫婦の間に生まれたが、幼い頃からずば抜けた魔力を持っており、魔法医師として国の病院で働くことになった。
「シンシア殿は怪我を治せるだけでなく、どんな病気でも治すことができた。彼女は単に魔法に才能があっただけでなく、人体や毒についての知識も豊富で、その知識がより魔法の効果を高めていたのだと言われている」
 シンシアは10歳の時にはすでに人々のために働き、その名を国中に馳せていたが、ある時彼女の能力に目を付けた隣国が彼女の誘拐を企てた。
 幸いにもこの誘拐事件は未遂に終わったが、シンシアはその時から自らの身を守るべく、剣術に打ち込むようになった。
「彼女は運動能力も優れていてな。ユウナ、お前と同じようにすぐに強くなった。15歳の時には城のどんな人間でも太刀打ちできなかったらしい」
 ユウナは黙って頷いた。自分の魔法や剣の才能が血筋であるというのは、嬉しくもあり、ひどく不愉快にも思えた。16年間恨み続けてきた母親を、まだ許す気にはなれなかった。
 シンシアが今のユウナと同じ16歳の時、ある事件が起きた。シンシアの才能を狙った者たちが、今度は彼女の両親を誘拐したのだ。
「シンシア殿は非常に正義感が強く、剣術を学び始めてからは勝気になっていた。だから、彼女はこの事件を一人で解決しようとしたんだが……」
「できなかったの?」
 ヨハゼフが瞳を落としたので、ユウナは不安げに尋ねた。
「シンシアは誘拐犯をすべて片付けたが、その前に犯人が彼女の両親を殺してしまったんだ」
 ノーシュが囁くように言って、ヨハゼフは深く頷いた。
 ユウナはノーシュがシンシアについて詳しく知っている理由が気になったが、今は聞くのをやめた。ノーシュとはいつでも話せるが、アルブランスの国王と話ができるのは今しかない。
 ヨハゼフはノーシュの発言を肯定してから話を続けた。
「両親を殺されたシンシア殿は、オルライトには帰らずに、そのまま旅に出ることにした。彼女はもう、これ以上自分のために誰かを危険な目に遭わせたくないと考えたのだ」
 旅に出たシンシアは、様々な国を訪れ、いくつかの事件を解決した。当時ミラースラントは戦乱の世で、そこかしこに陰謀が渦巻き、血の流れない日はない状況だった。
 旅の途中、マニィヤ国の王女が誘拐された事件を解決すると、彼女の名は大陸中に轟き、アルツレイス国の王子の難病を救うと、聖女と崇められるようになった。
 ユウナはそこまで聞いて、ノーシュが知っていたのにも納得した。まさか母親がそこまで有名な人間だとは考えたこともなかった。
「さっき話した、シンシア殿が我が国を救ってくれたというのも、数あるシンシア殿の武勇伝の一つなのだ」
 今から18年前、シンシアが22歳の時、アルブランスはブラウレスではなく、北のリンザエルと交戦中であった。
 王子ヨハゼフは当時27歳で、シンシアとは個人的な交友があった。というのは、この時シンシアは、ヨハゼフの親友であるオムランという男と行動をともにしていたのだ。
「オムラン?」
 ユウナがもしやと思って呟くと、ヨハゼフは大きく頷いた。
「お前の父親だ。オムラン・アドレイルはアルブランスの貴族であり、魔法使いであり、私の親友でもあった。当時のシンシア殿は、まだシンシア・ファーリンで、どうしてオムランと知り合ったかはわからないが、必然的に私もシンシア殿と知り合うことになった」
 ユウナは、自分の父親がアルブランスの国王の親友だったと聞いて興奮していた。孤児院育ちのユウナは、両親はどこかの酔っ払いで、自分はできてしまっただけの必要のない子であり、愛されずに捨てられたのだと思っていた。
 小さな頃は自分が大きなことをする可能性など考えたこともなかったし、魔法も自分や子供たちのためにしか使うつもりがなかった。そんな、ちっぽけなユウナという少女が、実は有名な両親に生まれ、ものすごい可能性を秘めたユウナ・アドレイルであると知り、少女は恐怖と感激に震えていた。
「当時、我が軍は劣勢だった。私自身も自ら馬を駆って戦っていたのだが、とうとう北の峡谷に追い詰められてな。峡谷の上にひそんでいたリンザエルの兵士どもが弓を持って現れた時は、さすがにこれまでかと思った」
 目を閉じ頷きながら、ヨハゼフは懐かしむように言った。
 絶体絶命のヨハゼフを救ったのが、その時彼の軍で戦っていたシンシアだった。彼女は魔法で崖の上に上がると、たった一人でリンザエルの兵士を撹乱するどころか、率いていた将を討ったのだ。
 リンザエルの軍はすぐに体制を立て直したが、その時すでにヨハゼフの一団は峡谷を抜けており、ヨハゼフは危機を免れた。
 その後もシンシアは魔法を駆使してアルブランスのために戦い、約1年に及ぶ戦いの後、ついにリンザエルを手中に治めた。
「我が軍が勝利したのは、シンシア殿のおかげだ。それは私だけではない。当時アルブランス中の誰もがそう思い、彼女に感謝した」
 戦争が終わると、シンシアはオムランと結婚し、アルブランスに腰を落ち着けた。
 しかし、彼女の平和は長くは続かなかった。彼女に恨みを抱くリンザエルの残党がアルブランスに侵入し、彼女の新しい家族を皆殺しにしてしまったのだ。
 ヨハゼフは大きく首を左右に振り、なんとも無念そうに嘆きの言葉を吐いた。
「その時、シンシア殿はすでにお前を身篭っていた。私は彼女の友として、彼女にこの国に残るよう言ったのだが、彼女は出て行ってしまった。自分が一番辛かったろうに、オムランを殺してしまったことを私に謝って……」
 ユウナはしばらく呆然となっていたが、サレイナの鼻をすする音に我に返った。
「それじゃあ、お母さんが私を捨てたのは……私の安全を考えてのことだったの?」
 ヨハゼフは大きく頷き、古い友に代わって頭を下げた。
「シンシア殿を恨まないでくれ。彼女は自分のせいで両親を殺され、夫も、その両親も殺されたのだ。ユウナ、お前を愛していなかったのではない。愛していたからこそ、一番大切なお前だけは無事に育って欲しいと願ったのだ」
 ユウナは、それならなぜ孤児院なのか、なぜヨハゼフは自分を引き取ってくれなかったのかと言いそうになって、すぐに口を噤んだ。
 シンシア・アドレイルの子供がいる可能性のない場所の方が安全だったのだ。
「そんな、私……知らなかった……。ずっとお母さんやお父さんを恨んで……」
 大粒の涙をぼろぼろこぼし、ユウナは全身の力が抜けるのを感じた。ふと顔を上げると、サレイナも泣いていたから、ユウナはヨハゼフの前でも構わずサレイナの胸に飛び込み、大きな声を上げて泣いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん。私、知らなかったの! ごめんなさい!」
「ユウナ……」
 サレイナは優しくユウナを抱きしめながら、そっとその背中をなでた。そして自分の涙を拭ってヨハゼフを見る。
「それで、今ユウナのお母さんは?」
 王は静かに首を振り、「わからない」と言った。
「それっきり16年、シンシア殿の消息はわかっていない。もちろん、死んではいないと思う。彼女が死ぬはずがない。だからユウナ、泣いてはいけない。それよりも今は、お前の守るべき人たちのことを考えようではないか」
 ユウナは親友の胸の中で頷くと、涙を拭って顔を上げた。
「はい。ノーシュの作戦、きっと、きっと成功させましょう」
 ヨハゼフは一度深く頷いてから、真っ直ぐノーシュを見て言った。
「私は、この作戦を思い付いたお前に感謝している。おかげでシンシア殿の娘にも会うことができたし、成功すればこの界隈を統一するという、我が国の理想も叶う。もし成功した暁には、お前たちには恩賞として望むものを授けよう」
「もったいないお言葉です。この作戦は、私たちの目的と御国の理想が一致しただけのこと。必ずや成功させるべく、私たちも全力を尽くしますので、よろしくお願いします」
 ヨハゼフは満足そうに頷いてから、慈愛の瞳をユウナに向けた。
「ユウナ、お前に頼みがある」
「え? あ、はい」
 ユウナは姿勢を正してヨハゼフを見た。ノーシュの発言の後だと、どうしても自分の礼儀が気になるのだが、こればかりは知らないので仕様がない。
 ヨハゼフは一呼吸置いてから言った。
「私はお前に、この国に来て欲しいと願っている。オムランは私の親友であったし、シンシア殿は恩人だ。すべてが終わったら、この国に来てはくれまいか? もちろん、孤児院の子供たちも一緒で構わない」
 それは、ユウナには願ってもない申し出だった。
 驚いて隣を見ると、サレイナは「よかったね」とにっこり笑った。
 ユウナは満面の笑みで頷いた。
「はい、喜んで! その、もったいないお言葉です」
 先程ノーシュが使った言葉を付け加えると、ノーシュが思わず声を立てて笑い、ヨハゼフも楽しそうに二度頷いた。
 ユウナは生まれて初めて、確固たる安らぎを感じていた。

 アジトへの帰り道、彼らは一言も口を利いていなかった。あまりにも多くのことがありすぎて、何を話していいかわからなかったのだ。
 やがて、ノーシュが深い溜め息をついてから、努めて明るい声で言った。
「それにしてもユウナ、お前があのシンシア・ファーリンの娘だったなんてな。道理で魔法が強いはずだ」
 施設に入れられてすぐ、ユウナはノーシュに忠告されたために魔力を抑制していた。だから、サレイナはユウナが全力を出した時の魔法の威力を知らないが、ノーシュは知っている。かつての襲撃事件の際に、ユウナは一度だけ能力を解放したのだが、それはノーシュの及ぶところではなかった。
 苦笑いするユウナに、サレイナが寂しそうに呟いた。
「なんだかユウナが遠いところに行っちゃったみたいで、私、寂しいわ……」
「そんな!」
 ユウナはすぐに顔を上げて否定した。
「私は誰よりもサレイナが大切よ? もしサレイナがそうしたいって言ってくれたら、私、王様に、サレイナもアルブランスに来られるようにお願いするわ」
「本当?」
 サレイナは嬉しそうに顔を上げた。
 サレイナは施設に入れられてからもう2年以上になる。ブラウレスの家はどうなっているかわからないし、ユウナの言葉は彼女を心から喜ばせた。
「もちろんよ。一緒にいよう。それから、もし王様がいいって言ってくれたら、アルブランスのために働こうよ」
 ユウナにはそれがとても幸福で、明るい未来に思えた。サレイナもヨハゼフの下で働けるなら、これほど幸せなことはないと思い、初めて真の忠誠を知った。
 幸せそうに手を取り合っている二人を見て、ノーシュが溜め息をつきながら、少しだけ声を低くした。
「喜ぶのは全部終わってからにしな。まだようやく第二段階が終わったばかりだ」
 顔を上げると目の前にアジトが見えてきた。ユウナは口を引き結び、力強く頷く。
「第三段階、行くぞ」
 ノーシュの言葉に二人は静かに頷いた。
 ユウナがゆっくりとアジトのドアを開けた。
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