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ユウナはタンズィの部下に衣服を剥ぎ取られ、全裸で柱に縛り付けられた。それだけでも十分な屈辱だったが、そんなものはユウナに対する責めの一部ですらなかった。
タンズィが戻ってきた時、彼の傍らには二人の少年と、毛先にクセのある黒髪の女性がいた。ユウナはその女性に見覚えがなかったが、サレイナが驚いたように「ミィヤ姉さん!」と叫び、なるほどと思った。
サレイナはクセのない長い群青色の髪をしていたが、顔立ちはどことなく似ている。ミィヤは怯えたような表情をしていたが、サレイナを見るとやや安心したように息をついた。けれど、すぐに括りつけられているユウナに気が付き、自分がどこに連れてこられたのかを知ると、再び表情を強張らせた。
一方の少年たちは、縄にかけられても気丈に振る舞っていたが、ユウナの哀れな姿を見るとすぐに声を荒げてタンズィに食ってかかった。
「ユウナをどうするつもりだ!」
「ウェイル、ドッシ……」
ユウナは唇をかんで項垂れた。このままでは二人は自分のせいで殺されてしまうが、どうすることもできない。仮にノーシュの計画をすべて自分一人で企てたとして白状しても、結果は変わらないのだ。タンズィに勘繰られたこと自体が失敗だった。
「先に聞くが、言う気にはなったか? 我慢しても結果は同じだぞ?」
手に小さなナイフを持って、タンズィが鋭い目でユウナを睨み付けた。ユウナは涙目で睨み返し、唾を飛ばしながら大声で怒鳴った。
「言うことなんて何もないの! ウェイルとドッシに手を出したら、あんたを殺してやる! 絶対に殺してやる!」
タンズィはやれやれと首を振ると、手にしたナイフをサレイナに渡した。そして、その刃先を見て震えているサレイナの背中を押すと、淡々とした口調で命令した。
「それでユウナの指の爪を一枚一枚剥いでいけ」
「そ、そんなことできない!」
サレイナは蒼ざめて振り返ったが、タンズィに逆らうことなどできるはずがなかった。
「できなければ、俺が今言ったことをお前の姉にする」
ミィヤが小さな呻き声を上げ、それから震える声でサレイナに懇願した。
「サ、サレイナ……助けて……」
サレイナは大きく横に首を振ってから、ユウナを見た。囚われの少女は、穏やかな瞳でサレイナを見下ろしていた。
「言われた通りにして。もういい。吐くことなんて何もないもの。サレイナだって知ってるでしょ? 苦しむのは私一人で十分よ」
「ユウナ……」
サレイナは涙を拭ってタンズィを見据えた。そして、驚くほどの勇気を持って叫ぶ。
「この子は何もしてないわ! 私もこの子も、あなたには大切な駒なんでしょ? どうしてこんなひどいことをできるの!」
タンズィはそれに答えなかった。ただ冷酷に、「できないならいい」と言って、サレイナの姉の爪を剥ぐよう、部下の一人に命令した。
「い、嫌よ! 助けてサレイナ! どうして? どうしてそんな子のために私がこんな目に遭わなくちゃならないの! 早くやりなさいよ! 早く!」
ミィヤは身を乗り出して、血を吐くように叫んだ。その表情は、恐らく必死だっただけだろうが、サレイナには悪魔か何かのように思えた。
「サレイナ、いいのよ……。命令されてしただけのあなたを嫌いになったりしないわ。悪いのは全部あの男なんだから」
サレイナは意を決してナイフを握ると、もう片方の手でユウナの手を取った。
「ごめんね、ごめんねユウナ……」
血が出るほど強く唇を噛むと、ナイフの先端を指と爪の間に突き入れる。
「うくっ……」
ユウナの白い肌に、玉のような汗が浮かび上がった。サレイナはナイフを深く突き入れると、先端を半回転させて爪を剥がした。
「うぐあぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ユウナはサレイナのために我慢しようとしていたが、あまりの痛みに絶叫し、サレイナは思わずナイフを落としてユウナの身体に抱きついた。
「ユウナ!」
「ほら、早く次をやれ。ユウナ、吐く気になったら言えよ」
爪を一枚剥ぐごとに、サレイナの感情はだんだんなくなっていき、ユウナの意識は薄れていった。やがてすべての爪を剥ぎ終えると、サレイナの手はユウナの血で真っ赤に染まっていた。
「言う気になったか?」
タンズィが相変わらず感情のこもらない声で尋ねたが、ユウナには答える力すら残されてなかった。タンズィは小さく舌打ちをすると、部下の魔法使いにユウナの傷を治癒させた。爪は腕や足と違って、なくなっても元に戻るものなので魔法で治すことができる。
タンズィはユウナの指が治ったのを確認すると、もう一度同じことを繰り返した。
再びすべての爪を剥がされ、ユウナは大きく肩で息をしていた。指先から鋭い痛みが身体中を駆け巡り、意識が朦朧とする。
それでも自白しようとしないユウナを見て、タンズィは今度は怪我を治させずにサレイナに小さな斧を持たせた。
「しょうがない。ならば、直接責めるのはやめることにしよう」
「こ、子供たちには手を出さないで……」
ユウナは弱々しく言った。魔法は気力や精神力まで治せるわけではないのだ。小さな少女は20回も爪を剥がされ、もはやあらゆる気力を失っていた。
「サレイナ、その斧でこいつの腕を切り落とせ」
「ドッシ!」
ユウナが顔を上げて見ると、ドッシはもはや声を出すこともできないらしく、真っ青な顔でガクガク震えていた。元々ドッシは気の弱い子供なのだ。自分の姉のような少女が苦しんでいる姿を見ていただけで、もはや生きた心地ではなかった。
「やめてよ! ドッシが何をしたって言うの!」
ユウナは痛みも忘れて叫んだが、タンズィは眉一つ動かさなかった。
部下の二人がドッシをつかみ、肘を地面に押し付けたが、執行者は突っ立ったまま動こうとしなかった。
「どうした、サレイナ。やらなければ、お前の姉の腕を切り落とすぞ?」
タンズィにそう脅されても、サレイナは無表情でドッシを見つめたままだった。タンズィは仕方なくサレイナから斧を取り上げ、部下に命令してサレイナの姉を押さえつけた。
いよいよタンズィが斧を振り上げてもサレイナが動かないので、ついにミィヤは甲高い声で喚き始めた。
「何突っ立ってるのよ、サレイナ! 早く助けてよ! あんた、私とそこの子供と、どっちが大事なの! そもそも、誰のせいでこんなことになってるかわかってるの!」
サレイナははっとなって姉を見た。それは、姉の言っている内容の正しさを理解したからではない。顔を醜くゆがめて喚き散らす姉を見て、ずっと抱いていた優しくて仲の良かった姉の像が崩れ落ちたのだ。
そうとも知らずに、ミィヤはサレイナへの不満をぶちまけ、最後には大声で泣き叫びながらひたすら助けを乞い出した。
「どうするんだ? サレイナ」
ミィヤがとうとうまともに解することのできる言葉を発しなくなると、タンズィが呆れたようにサレイナに尋ねた。サレイナは静かに首を振った。
「私、今わかったわ。私にとって一番大切な人が誰かって」
「サレイナ!」
ミィヤとユウナが同時に叫んだ。サレイナはユウナを見て悲しそうに微笑んでから、はっきりとタンズィに宣言した。
「私はもう何もしない。ユウナも連れて行く。殺すなら殺せばいいわ、姉も私もその子もユウナも」
タンズィは舌打ちをしてからミィヤを解放した。元々サレイナに対する拷問ではないのだ。ミィヤを殺すことに意味がない。
だが、ここまでコケにされてプライドの高いタンズィが引き下がるはずがなかった。
「あまり俺を舐めるなよ、お前ら!」
タンズィは低い声でそう言うと、手にした斧をウェイルの頭に思い切り振り下ろした。
ウェイルは自らに迫り来る切っ先を呆然と見つめていた。斧は真っ直ぐウェイルの頭蓋を割り、血と脳漿が辺り一面に飛び散った。
「ウェイル!」
ユウナが叫び、気の弱いドッシとミィヤはあまりのことに気を失った。
「さあユウナ、言わなければもう一人もこうだぞ!」
「言うことなんかないっていってるでしょ! 許さない……絶対に許さないっ!」
「このわからずやが!」
タンズィは大声で怒鳴りつけると、倒れているドッシの背中に斧を突き立てた。ドッシは呻くように息を漏らすと、そのまま動かなくなった。
「あぁ……」
震えるユウナを睨み付け、タンズィは血走った目で斧を振り上げた。
「さあ、吐かなければ次はサレイナだ」
ユウナは目を閉じて頭を振った。
「もう、好きにすればいいわ。サレイナも私も殺せばいい。何が私たちがいなくなればこの部隊は終わりよ! 初めからこんな部隊、終わってるのよ! 暴力だけで無理矢理従わせて、挙げ句の果てに奴隷のように働く部下を信用できないなんて。さあ、殺しなさい。サレイナも私も殺しなさいよ!」
「くっ!」
タンズィは顔を真っ赤にして、悪魔のような形相で二人を睨み付けた。けれどそこにあったのは死をも恐れない深く澄み切った眼差しで、タンズィは思わず呻くとそのまま斧を地面に突き刺した。
「今回は見逃してやる! だがな、お前らはこれからもこの部隊の一員だ。それを忘れるな!」
まるで捨て台詞を吐くようにそう言って、タンズィは部下に一言二言命令して特別室を出て行った。
サレイナは倒れている姉の方など見ようともせず、真っ直ぐユウナに駆け寄るとその縄を解いた。
ユウナは魔法で怪我を治すと、サレイナを優しく抱きとめてその髪を撫でた。
「ごめんね、サレイナ。あなたに辛い思いをさせてしまって……」
サレイナは大きく首を横に振ると、泣きながら謝った。
「謝るのは私の方よ。私のせいで、ユウナ、いっぱい傷付いて……。子供たちまで……本当にごめんなさい、ごめんなさい!」
ユウナが見ると、もう二人の死体もミィヤも運び去られた後だった。
「誰も悪くないのよ……。計画は順調に進んでるわ……」
「ユウナ……」
サレイナが顔を上げると、ユウナは澄んだ瞳で笑っていた。
「あなたが無事でよかった」
「わ、私も……。ユウナが無事で、よかった……」
小さな肩を怯えるように震わせるサレイナにそっと顔を近付けると、ユウナはその唇をふさいだ。
サレイナもユウナの首に腕をかけ、熱い吐息を漏らしながら唇を押し付ける。
「後一歩よ、サレイナ。後一歩で、私たちは自由になれるのよ」
力強くそう言ったユウナに、サレイナは大きく頷いて、泣きながら笑った。
外に出ると、綺麗な夕焼けが世界を包み込んでいた。深いオレンジ色の空がどこまでも続いている。
直立姿勢のままその空を見つめるユウナの頬に、一筋の涙が煌いて落ちた。
タンズィが戻ってきた時、彼の傍らには二人の少年と、毛先にクセのある黒髪の女性がいた。ユウナはその女性に見覚えがなかったが、サレイナが驚いたように「ミィヤ姉さん!」と叫び、なるほどと思った。
サレイナはクセのない長い群青色の髪をしていたが、顔立ちはどことなく似ている。ミィヤは怯えたような表情をしていたが、サレイナを見るとやや安心したように息をついた。けれど、すぐに括りつけられているユウナに気が付き、自分がどこに連れてこられたのかを知ると、再び表情を強張らせた。
一方の少年たちは、縄にかけられても気丈に振る舞っていたが、ユウナの哀れな姿を見るとすぐに声を荒げてタンズィに食ってかかった。
「ユウナをどうするつもりだ!」
「ウェイル、ドッシ……」
ユウナは唇をかんで項垂れた。このままでは二人は自分のせいで殺されてしまうが、どうすることもできない。仮にノーシュの計画をすべて自分一人で企てたとして白状しても、結果は変わらないのだ。タンズィに勘繰られたこと自体が失敗だった。
「先に聞くが、言う気にはなったか? 我慢しても結果は同じだぞ?」
手に小さなナイフを持って、タンズィが鋭い目でユウナを睨み付けた。ユウナは涙目で睨み返し、唾を飛ばしながら大声で怒鳴った。
「言うことなんて何もないの! ウェイルとドッシに手を出したら、あんたを殺してやる! 絶対に殺してやる!」
タンズィはやれやれと首を振ると、手にしたナイフをサレイナに渡した。そして、その刃先を見て震えているサレイナの背中を押すと、淡々とした口調で命令した。
「それでユウナの指の爪を一枚一枚剥いでいけ」
「そ、そんなことできない!」
サレイナは蒼ざめて振り返ったが、タンズィに逆らうことなどできるはずがなかった。
「できなければ、俺が今言ったことをお前の姉にする」
ミィヤが小さな呻き声を上げ、それから震える声でサレイナに懇願した。
「サ、サレイナ……助けて……」
サレイナは大きく横に首を振ってから、ユウナを見た。囚われの少女は、穏やかな瞳でサレイナを見下ろしていた。
「言われた通りにして。もういい。吐くことなんて何もないもの。サレイナだって知ってるでしょ? 苦しむのは私一人で十分よ」
「ユウナ……」
サレイナは涙を拭ってタンズィを見据えた。そして、驚くほどの勇気を持って叫ぶ。
「この子は何もしてないわ! 私もこの子も、あなたには大切な駒なんでしょ? どうしてこんなひどいことをできるの!」
タンズィはそれに答えなかった。ただ冷酷に、「できないならいい」と言って、サレイナの姉の爪を剥ぐよう、部下の一人に命令した。
「い、嫌よ! 助けてサレイナ! どうして? どうしてそんな子のために私がこんな目に遭わなくちゃならないの! 早くやりなさいよ! 早く!」
ミィヤは身を乗り出して、血を吐くように叫んだ。その表情は、恐らく必死だっただけだろうが、サレイナには悪魔か何かのように思えた。
「サレイナ、いいのよ……。命令されてしただけのあなたを嫌いになったりしないわ。悪いのは全部あの男なんだから」
サレイナは意を決してナイフを握ると、もう片方の手でユウナの手を取った。
「ごめんね、ごめんねユウナ……」
血が出るほど強く唇を噛むと、ナイフの先端を指と爪の間に突き入れる。
「うくっ……」
ユウナの白い肌に、玉のような汗が浮かび上がった。サレイナはナイフを深く突き入れると、先端を半回転させて爪を剥がした。
「うぐあぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ユウナはサレイナのために我慢しようとしていたが、あまりの痛みに絶叫し、サレイナは思わずナイフを落としてユウナの身体に抱きついた。
「ユウナ!」
「ほら、早く次をやれ。ユウナ、吐く気になったら言えよ」
爪を一枚剥ぐごとに、サレイナの感情はだんだんなくなっていき、ユウナの意識は薄れていった。やがてすべての爪を剥ぎ終えると、サレイナの手はユウナの血で真っ赤に染まっていた。
「言う気になったか?」
タンズィが相変わらず感情のこもらない声で尋ねたが、ユウナには答える力すら残されてなかった。タンズィは小さく舌打ちをすると、部下の魔法使いにユウナの傷を治癒させた。爪は腕や足と違って、なくなっても元に戻るものなので魔法で治すことができる。
タンズィはユウナの指が治ったのを確認すると、もう一度同じことを繰り返した。
再びすべての爪を剥がされ、ユウナは大きく肩で息をしていた。指先から鋭い痛みが身体中を駆け巡り、意識が朦朧とする。
それでも自白しようとしないユウナを見て、タンズィは今度は怪我を治させずにサレイナに小さな斧を持たせた。
「しょうがない。ならば、直接責めるのはやめることにしよう」
「こ、子供たちには手を出さないで……」
ユウナは弱々しく言った。魔法は気力や精神力まで治せるわけではないのだ。小さな少女は20回も爪を剥がされ、もはやあらゆる気力を失っていた。
「サレイナ、その斧でこいつの腕を切り落とせ」
「ドッシ!」
ユウナが顔を上げて見ると、ドッシはもはや声を出すこともできないらしく、真っ青な顔でガクガク震えていた。元々ドッシは気の弱い子供なのだ。自分の姉のような少女が苦しんでいる姿を見ていただけで、もはや生きた心地ではなかった。
「やめてよ! ドッシが何をしたって言うの!」
ユウナは痛みも忘れて叫んだが、タンズィは眉一つ動かさなかった。
部下の二人がドッシをつかみ、肘を地面に押し付けたが、執行者は突っ立ったまま動こうとしなかった。
「どうした、サレイナ。やらなければ、お前の姉の腕を切り落とすぞ?」
タンズィにそう脅されても、サレイナは無表情でドッシを見つめたままだった。タンズィは仕方なくサレイナから斧を取り上げ、部下に命令してサレイナの姉を押さえつけた。
いよいよタンズィが斧を振り上げてもサレイナが動かないので、ついにミィヤは甲高い声で喚き始めた。
「何突っ立ってるのよ、サレイナ! 早く助けてよ! あんた、私とそこの子供と、どっちが大事なの! そもそも、誰のせいでこんなことになってるかわかってるの!」
サレイナははっとなって姉を見た。それは、姉の言っている内容の正しさを理解したからではない。顔を醜くゆがめて喚き散らす姉を見て、ずっと抱いていた優しくて仲の良かった姉の像が崩れ落ちたのだ。
そうとも知らずに、ミィヤはサレイナへの不満をぶちまけ、最後には大声で泣き叫びながらひたすら助けを乞い出した。
「どうするんだ? サレイナ」
ミィヤがとうとうまともに解することのできる言葉を発しなくなると、タンズィが呆れたようにサレイナに尋ねた。サレイナは静かに首を振った。
「私、今わかったわ。私にとって一番大切な人が誰かって」
「サレイナ!」
ミィヤとユウナが同時に叫んだ。サレイナはユウナを見て悲しそうに微笑んでから、はっきりとタンズィに宣言した。
「私はもう何もしない。ユウナも連れて行く。殺すなら殺せばいいわ、姉も私もその子もユウナも」
タンズィは舌打ちをしてからミィヤを解放した。元々サレイナに対する拷問ではないのだ。ミィヤを殺すことに意味がない。
だが、ここまでコケにされてプライドの高いタンズィが引き下がるはずがなかった。
「あまり俺を舐めるなよ、お前ら!」
タンズィは低い声でそう言うと、手にした斧をウェイルの頭に思い切り振り下ろした。
ウェイルは自らに迫り来る切っ先を呆然と見つめていた。斧は真っ直ぐウェイルの頭蓋を割り、血と脳漿が辺り一面に飛び散った。
「ウェイル!」
ユウナが叫び、気の弱いドッシとミィヤはあまりのことに気を失った。
「さあユウナ、言わなければもう一人もこうだぞ!」
「言うことなんかないっていってるでしょ! 許さない……絶対に許さないっ!」
「このわからずやが!」
タンズィは大声で怒鳴りつけると、倒れているドッシの背中に斧を突き立てた。ドッシは呻くように息を漏らすと、そのまま動かなくなった。
「あぁ……」
震えるユウナを睨み付け、タンズィは血走った目で斧を振り上げた。
「さあ、吐かなければ次はサレイナだ」
ユウナは目を閉じて頭を振った。
「もう、好きにすればいいわ。サレイナも私も殺せばいい。何が私たちがいなくなればこの部隊は終わりよ! 初めからこんな部隊、終わってるのよ! 暴力だけで無理矢理従わせて、挙げ句の果てに奴隷のように働く部下を信用できないなんて。さあ、殺しなさい。サレイナも私も殺しなさいよ!」
「くっ!」
タンズィは顔を真っ赤にして、悪魔のような形相で二人を睨み付けた。けれどそこにあったのは死をも恐れない深く澄み切った眼差しで、タンズィは思わず呻くとそのまま斧を地面に突き刺した。
「今回は見逃してやる! だがな、お前らはこれからもこの部隊の一員だ。それを忘れるな!」
まるで捨て台詞を吐くようにそう言って、タンズィは部下に一言二言命令して特別室を出て行った。
サレイナは倒れている姉の方など見ようともせず、真っ直ぐユウナに駆け寄るとその縄を解いた。
ユウナは魔法で怪我を治すと、サレイナを優しく抱きとめてその髪を撫でた。
「ごめんね、サレイナ。あなたに辛い思いをさせてしまって……」
サレイナは大きく首を横に振ると、泣きながら謝った。
「謝るのは私の方よ。私のせいで、ユウナ、いっぱい傷付いて……。子供たちまで……本当にごめんなさい、ごめんなさい!」
ユウナが見ると、もう二人の死体もミィヤも運び去られた後だった。
「誰も悪くないのよ……。計画は順調に進んでるわ……」
「ユウナ……」
サレイナが顔を上げると、ユウナは澄んだ瞳で笑っていた。
「あなたが無事でよかった」
「わ、私も……。ユウナが無事で、よかった……」
小さな肩を怯えるように震わせるサレイナにそっと顔を近付けると、ユウナはその唇をふさいだ。
サレイナもユウナの首に腕をかけ、熱い吐息を漏らしながら唇を押し付ける。
「後一歩よ、サレイナ。後一歩で、私たちは自由になれるのよ」
力強くそう言ったユウナに、サレイナは大きく頷いて、泣きながら笑った。
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