ほのぼの学園百合小説 キタコミ!

水原渉

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番外編 異変 -8番出口の話- 1

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【作者より】

『8番出口』というコンテンツに触れる千紗都たち。Web限定で、Kindleには収録しません。
全編にわたりゲームのネタバレ、3節には映画のネタバレがあります。ご注意ください。
映画『8番出口』を観に行った記念に書いたもので、キタコミの作中の時間を2025年に特定するものではありません。

  *  *  *

 8番出口というゲームが話題だ。
 地下通路を歩いて8番出口から外に出られたらクリア。同じ形の通路がループしており、歩くごとに0番出口から1番、2番、3番と数字が増えていく。つまり8周か9周するとゴール出来る。
 ただし、地下通路には異変が起きていることがあり、異変に気が付いたら来た道を引き返すと数字が増え、気付かずに進むと数字が0に戻ってしまう。
 ジャンルがホラーということもあってスルーしていたが、映画化されるのを機に再び名前を聞くようになったので調べてみたら、ホラー要素は少なく、異変という名の間違い探しだということで、ワンコインでダウンロードしてみた。
 ゲームのプレイ時間は1時間程度とのこと。全員揃っている時にやるほどの遊びではないので、学校で軽く話題にすると、涼夏はやってみたそうにし、絢音は感想だけでいいと言った。
「最初に話題になった時、ちょっと実況動画とか見たから、いくつか異変も知ってる。まさか千紗都があのゲームに興味を持つ日が来るとは思わなかった」
 絢音が残念そうにため息をつく。そういうことならと、今回は絢音が塾の日に涼夏と二人でやることにした。
 放課後の教室でタブレットを開くと、まだ教室にいた男子が、「おっ、8番出口!」と好奇心旺盛な様子で寄ってきた。
「男子が近付いてくるなんて、異変に違いない」
 私が操作方法を確認しながら言うと、涼夏が「ネタバレは許さんぞ?」と可愛らしく凄んだ。
「しないしない。俺、クリアするのに3時間かかったから、頑張ってね」
 からかうようにそう言って、男子は教室から出て行った。
「ゲームのチュートリアルキャラか」
 涼夏がそう言って、思わず噴いた。話しかけると村の名前を教えてくれる村人のようだ。
「事前の調べだと、ランダムに出てくる異変の数と難易度によっては、10分で終わるケースもあるみたい」
「RTAだな」
 操作は左手で前進や後ずさりをして、右手で体の向きを変えたり、天井や床を見る。なかなか難しい上、ぐるぐるして酔いそうだ。
 左手にポスターが6枚。正面から無表情で歩いてくるおじさん。右手には扉が3つと消火栓。
「後は、監視カメラが2つあるな」
 特におかしなところはなかったので進むと、再び同じ通路が現れた。これを3回繰り返し、どうやらループしているのだとプレイヤーが理解したところで、0番出口の看板と、ルールを説明した案内表示が出てくる。
「さて、どんな異変が出てくるのかな?」
 涼夏がワクワクした様子でそう言った。こういうデジタルなゲームは滅多にやらないが、こうして一緒に楽しんでくれるから有り難い。
 1周目。左手のポスターは同じに見えるし、やってくるおじさんも特に変わった様子はなかった。扉も同じで、監視カメラも消火栓も同じに見えたので先に進むと、出口の数字が「1」になった。
「拍子抜けだ」
 涼夏が残念そうに首を振る。2周目も異常を認めなかったのでそのまま進むと、「1」だった出口の数字が「0」に戻った。途端に面白くなる。
「何か見落としたか」
 気を取り直して先に進むと、一番手前にあった禁煙の張り紙が壁や床や天井に何十枚も貼られていて、思わず変な声が出た。
「ビックリした」
「難しいか面白いかのどっちかかな」
 明らかに異変なので引き返すと、カウントが「1」になった。先に進むと、引き返したはずなのにまた同じ構造の通路が出てくる。よく出来ている。
 今度はパッと見た目わからなかったので、二人で一つ一つ確認しながら慎重に進むと、カウントが「2」になった。
「何も起きんのかい」
 涼夏が画面を見ながらツッコミを入れる。凝視していたせいで若干気持ちが悪い。一度窓から遠くの空に目をやって、再びゲームに戻った。
 次は点字ブロックの模様がおかしくなっていて引き返し、さらにアルバイト募集のポスターの人の顔が変だったので引き返した。これで「4」まで進む。
「さっきのポスターは地味に不気味だったな」
 涼夏がふむふむとしたり顔で頷いた。角を曲がると不気味な何かがあるかも知れないというコンセプトは、確かにホラーっぽい。
 次の1周は何事もない確信を得て先に進み、「4」から「5」に。そして、監視カメラが赤く光っているという、難易度が高そうなのと、分電盤室の扉がバンバン叩かれるという怖い異変を無事に見つけて「7」まで進んだ。
「ちょっと拍子抜けだけど、1周目はサクサククリアして、まだ見ぬ異変を探しに行こう」
 涼夏がまるでフラグのような台詞を吐いて、迎えた8周目、かなり念入りに調べて進んだ結果、「0」に戻された。
「深い絶望。何かあった?」
 私が頭を抱えると、涼夏が楽しそうに言った。
「何か気付いてたらすでに言ってる」
「アハ体験かな? さっきの回、おじさんへの意識が薄かった気もする」
「変なとこはなかったと思うけど」
 軽く反省会をして、再び挑む。同じ異変は起きないとのことで、本来であれば注意しなくてはいけない場所が減るのだが、幸か不幸かこれまでに見つけた異変はいずれもすぐにわかるものばかりだった。
 角を曲がっておじさんが歩いてくるが、隣で涼夏が「なんかデカくない?」と言ったのですぐに引き返した。
 その後、ポスターが全部同じものになっているのと、奥から水が流れてくる異変を見つけ、何事もなかったのも含めてカウンターが「5」になったが、その後再び「0」に戻された。1周目は楽しかったが、若干心に重たいものがのしかかってくる。
「何を見落とした……?」
「おじさんもポスターも普通だった。ポスターの文字とか?」
 果たしてそんなに細かいところまで気にしなくてはいけないゲームなのだろうか。すでに見つかった異変の内容からはそうは思えないが、実際に見つかっていないのだから可能性はある。
 エイト歯科は8月8日にオープンする。犬のサロンは12月19日。身近なトラブルは司法書士。すでに顔が変わったアルバイト募集と、増殖したメイクのポスターはさすがに大丈夫だろう。
 4回目の1周目。どうしてもわからずに進んだら、「0」が「1」になった。涼夏が「徒労」と唸りながら頭を抱える。
 それからは排気口から黒い液体が出ていたり、蛍光灯がバラバラだったり、順調に進めていたが、すごいスピードで迫ってくるおじさんを放っておいたら、画面が暗転して「0」に戻ってしまった。
「ゲームオーバーのパターンもあるんだ」
 私がため息をつくと、涼夏も力なく頷いた。ゲームは面白いのだが、画面に酔って気持ちが悪い。これは日頃ゲームをしていないせいだろう。最近の没入感の高いゲームに慣れている人ならなんともないに違いない。
 次のゲームを最後にしようと決めて、念入りに進める。
 清掃員詰所の扉が開くとか、フェスのポスターが変わっているなどの簡単なものから、天井の染みや、おじさんが笑っているなど、もしかしたらこれまで見落としていたかも知れない異変も見つけ、「6」まで進めた。そして、今度こそ大丈夫だろうと進んだ先で、出口の案内が「0」に戻っていて机の上に突っ伏した。
「もうダメだ。出られない。ずっと地下通路で暮らそう」
 涼夏がくすんと鼻を鳴らす。悔しいし時間もあるが、頭が痛くて、これ以上は帰宅部の本懐である帰宅に影響が出る。
 タブレットを片付けて教室を出る。帰り道を歩きながら涼夏が言った。
「あれ、本当にわかるまで帰れまテンだと死ぬな」
「映画はそんな感じなんだろうね」
「興味がある。せっかくゲームやったし、観に行くのもありかも知れない」
「あんまり映画って観ないもんね。ゲームの続きはどうする?」
 コンティニューする気があるならやらずに置いておくし、もう満足だと言うなら、帰って一人でやってもいい。
「千紗都は異変が気になる?」
「気になるけど、基本的に私は遊びは誰かとしたいって思う」
「じゃあ、私も調べないでおこう。千紗都が進めたければ、動画サイトで答え合わせしてもいいと思ったけど」
「もう何回かやって、それでも出れなかったら、攻略サイトを見ながらやろう」
 調べてはいないが、きっと異変をまとめたページがあるに違いない。ただ、クラスの男子が3時間かけて自力で攻略したものを、答えを見ながらやるのも悔しい気がする。
 とりあえずは、明日また絢音もいる時に少し進めてみることにしよう。
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