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第66話 お笑い(3)
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夜、一人反省会を開く。実のところ、そこまで面白くない気はしていたが、笑い上戸の絢音ですらあの反応なのには驚いた。
二人の私に対する期待値が高すぎただけという気がしないでもないが、それならそれで応えなくてはいけない。
改めて芸人さんのネタを見てみると、間や表情、タイミング、声の抑揚が洗練されている。私は帰宅部の中では淡々とした人間である自覚があるので、ネタを披露する時はもっと大袈裟に振る舞った方がいいかもしれない。
ネタの方向性としてはあのままでいいだろうか。帰宅部メンバーに関係ない題材で作ってもいいが、どうせ内輪の遊びなのだし、知っている人間が登場した方が面白いと思う。もしかして、それが間違っているのだろうか。
翌朝、新作を抱えて少しだけ早く家を出た。奈都より先に駅に着くと、後からやってきた奈都が驚いたように眉を上げた。
「おはよ。ユナ高の時計と呼ばれてるチサが、今日は早いね」
「初めて言われたけど」
「まあ、私も毎日同じ時間だけど」
それでどうしたのかと聞かれたので、新ネタを作ってきたと話した。
「電車の中だと落ち着かないから、その前に2分もらおうと思って」
「情熱を感じるよ。長いネタだね」
「いや、笑う時間も取った方がいいかと思って」
「またそうやって敷居を上げる」
奈都が呆れたように言った。
ホームのベンチに座ってタブレットを開く。今回のフリップは私だ。
「これは体育の時間にペアが作れない野阪千紗都ですね。ぼっちだから、誰の目にも見えてないみたい」
「重いんだけど」
奈都が反応に困ったように呟く。スワイプした2枚目は、ぼっちの私を放置して体育の授業が行われている光景だ。
「先生の目にも見えてないから大丈夫でした」
「大丈夫じゃないから! 可哀想!」
奈都がネタを披露している私より大袈裟に反応する。この人の方がフリップ芸に向いてそうだ。
「ネタだから。笑ってよ」
真面目に取り合わなくていいと訴えると、奈都は無念そうに首を振った。
「全然面白くないし、このネタで笑える友達、要らないんだけど」
「もし絢音が爆笑したらどうする?」
「絶対に笑わないから大丈夫」
奈都が間違いないと念を押すが、フリップネタに対して絶対に笑わないと断言するのも酷な友人だ。
電車に乗って、今日もウケなかったとため息をつくと、奈都が「ネタが面白くないからねぇ」と身も蓋もないことを言った。
「奈都がお笑いとかあんまり好きじゃないんじゃない? みんな笑ってるのに、一人だけ真顔で座ってるタイプでしょ」
「そんなことはない……と思う」
「なんか、フリップでボケて私が突っ込むっていうより、私がフリップネタでボケて、奈都が突っ込むみたいな感じになってた」
冷静にそう分析すると、奈都が確かにと頷いた。
「チサはツッコミタイプじゃないんだよ。昨日も、第一声が女装した私だったじゃん」
「そこにボケの要素がある?」
「女が女の格好をするのは、女装って言わないの」
実に説得力のある説明だ。確かに、若干の揶揄を込めて言葉を選んだのは確かだし、私は自然とボケに走るきらいがあるようだ。
笑わせるポイントがどこなのかをわかりやすくするために、ああいう意味のないツッコミどころは作らない方がいいかもしれない。
電車の中で私が無言で考えていると、奈都が可愛らしく服の袖を引っ張った。
「ねえ、会話しようよ」
「これは私と会話したがっている奈都ですね」
「そういうのじゃなくて」
奈都が子供のように頬を膨らませる。
先程の失敗については大体わかったし、せっかくだから奈都との会話に興じることにしよう。奈都は面白い女なので、会話の中にもきっと笑いのヒントがあるはずだ。
この日はもちろん、涼夏と絢音用のネタも用意していた。しかし、これまでと同じように披露したら、同じ結果になるのが目に見えている。
間と抑揚、前振りは自然に、笑わせるポイントは明確に。これだけ意識すれば、同じネタでも印象がだいぶ違うだろう。
今日はいけそうな気がすると、意気揚々とタブレットを用意すると、絢音がうっとりと目を細めた。
「自信満々の千紗都可愛い」
「根拠に裏付けられた自信」
「ナッちゃんが笑ってくれた?」
涼夏が優しい眼差しを向ける。おつかいから帰った子供のような扱いだが、生憎1ミリも笑ってもらえなかったと伝えた。
「ただ、多くの学びを得た。ここで勝負を決める」
早速1枚目だが、路上で一人でギターを弾いている絢音である。極限まで薄着だ。
「水着で路上ライブをしている絢音ですね。攻めた格好だけど、見てる人はいないみたい」
「破廉恥だなぁ」
涼夏がそう言って腕を組む。前振りにツッコミどころを作るべきではないと今朝学んだが、ネタを作ったのは昨日なのでここはスルーする。
2枚目は片付けて帰る絢音である。
「帰るみたいですね。『あーあ、今日はたったの10万か』って、太客おるやん!」
大袈裟に突っ込むと、二人は美術館の来場者のように、ジッと目を凝らしてフリップを見つめた。
「まあ、昨日のよりは良くなってると思う」
「成長は感じる」
まずまずの評価だ。笑ってはもらえなかったが、場は温まった。
次のフリップは、肩から胸まではだけさせた涼夏である。
「イマジナリーベイベーに授乳してる涼夏ですね」
これも出オチ感があるが、今回は2段オチだ。涼夏が何か言うより先に、間髪入れずに突っ込んだ。
「ドラクロワじゃん! 絶対に民衆率いてるでしょ!」
驚いたように声を上げると、絢音が小さく噴いて口元を押さえた。涼夏はポカンとした顔でフリップを見つめている。
「えっ? 何? 解説して」
「フリップネタはわかる人だけわかってくれればいいから。やっと笑ってもらえた」
ほっと胸を撫で下ろす。絢音はしばらく肩を震わせてから、微笑みを浮かべてスマホを取り出した。
「面白かった。こういうのがいいね」
ドラクロワを検索して涼夏に見せる。涼夏は「見たことある」と頷いてから、「それで?」と顔を上げた。
「こういうのは初見の勢いが大事だから、今更ウケる類のものじゃない」
「そっかー。まあまた次回作も期待してるよ」
涼夏がそう言って、今日の千紗都劇場もお開きになった。
絢音にウケたことで、涼夏も笑ってみたくなったようだが、私の方が大いに満足してしまった。ネタを考えるよりフリップを用意するのに時間がかかるし、下手なイラストを披露するのも恥ずかしい。
それより私も笑いたいから、二人もネタを作ってきてくれと頼んだら、涼夏が難しい顔で首を振った。
「ステージの上と下には越えられない壁がある」
「私は何か考えてみるよ。千紗都みたいに空気を凍らせたい」
絢音は乗り気の反応をしたが、生憎そんなものは目指していない。
数日後、実際に絢音はネタを作ってきた。リレーでバトンを放り投げて渡す私とか、一人だけ低いカゴで玉入れをしている涼夏とか、前後にピッタリくっ付いて二人二脚をしている私と涼夏とか、あまり面白くない運動会ネタを5つ披露して、静寂の世界を作り上げた。しかも駄洒落を言うおじさんよろしく、本人が笑っていたから寒さ倍増である。
それでも、そうして私の企画に乗ってきてくれたのは嬉しい。私も発起人として、お笑いの一大ムーブメントを起こせるよう励んでいこう。
二人の私に対する期待値が高すぎただけという気がしないでもないが、それならそれで応えなくてはいけない。
改めて芸人さんのネタを見てみると、間や表情、タイミング、声の抑揚が洗練されている。私は帰宅部の中では淡々とした人間である自覚があるので、ネタを披露する時はもっと大袈裟に振る舞った方がいいかもしれない。
ネタの方向性としてはあのままでいいだろうか。帰宅部メンバーに関係ない題材で作ってもいいが、どうせ内輪の遊びなのだし、知っている人間が登場した方が面白いと思う。もしかして、それが間違っているのだろうか。
翌朝、新作を抱えて少しだけ早く家を出た。奈都より先に駅に着くと、後からやってきた奈都が驚いたように眉を上げた。
「おはよ。ユナ高の時計と呼ばれてるチサが、今日は早いね」
「初めて言われたけど」
「まあ、私も毎日同じ時間だけど」
それでどうしたのかと聞かれたので、新ネタを作ってきたと話した。
「電車の中だと落ち着かないから、その前に2分もらおうと思って」
「情熱を感じるよ。長いネタだね」
「いや、笑う時間も取った方がいいかと思って」
「またそうやって敷居を上げる」
奈都が呆れたように言った。
ホームのベンチに座ってタブレットを開く。今回のフリップは私だ。
「これは体育の時間にペアが作れない野阪千紗都ですね。ぼっちだから、誰の目にも見えてないみたい」
「重いんだけど」
奈都が反応に困ったように呟く。スワイプした2枚目は、ぼっちの私を放置して体育の授業が行われている光景だ。
「先生の目にも見えてないから大丈夫でした」
「大丈夫じゃないから! 可哀想!」
奈都がネタを披露している私より大袈裟に反応する。この人の方がフリップ芸に向いてそうだ。
「ネタだから。笑ってよ」
真面目に取り合わなくていいと訴えると、奈都は無念そうに首を振った。
「全然面白くないし、このネタで笑える友達、要らないんだけど」
「もし絢音が爆笑したらどうする?」
「絶対に笑わないから大丈夫」
奈都が間違いないと念を押すが、フリップネタに対して絶対に笑わないと断言するのも酷な友人だ。
電車に乗って、今日もウケなかったとため息をつくと、奈都が「ネタが面白くないからねぇ」と身も蓋もないことを言った。
「奈都がお笑いとかあんまり好きじゃないんじゃない? みんな笑ってるのに、一人だけ真顔で座ってるタイプでしょ」
「そんなことはない……と思う」
「なんか、フリップでボケて私が突っ込むっていうより、私がフリップネタでボケて、奈都が突っ込むみたいな感じになってた」
冷静にそう分析すると、奈都が確かにと頷いた。
「チサはツッコミタイプじゃないんだよ。昨日も、第一声が女装した私だったじゃん」
「そこにボケの要素がある?」
「女が女の格好をするのは、女装って言わないの」
実に説得力のある説明だ。確かに、若干の揶揄を込めて言葉を選んだのは確かだし、私は自然とボケに走るきらいがあるようだ。
笑わせるポイントがどこなのかをわかりやすくするために、ああいう意味のないツッコミどころは作らない方がいいかもしれない。
電車の中で私が無言で考えていると、奈都が可愛らしく服の袖を引っ張った。
「ねえ、会話しようよ」
「これは私と会話したがっている奈都ですね」
「そういうのじゃなくて」
奈都が子供のように頬を膨らませる。
先程の失敗については大体わかったし、せっかくだから奈都との会話に興じることにしよう。奈都は面白い女なので、会話の中にもきっと笑いのヒントがあるはずだ。
この日はもちろん、涼夏と絢音用のネタも用意していた。しかし、これまでと同じように披露したら、同じ結果になるのが目に見えている。
間と抑揚、前振りは自然に、笑わせるポイントは明確に。これだけ意識すれば、同じネタでも印象がだいぶ違うだろう。
今日はいけそうな気がすると、意気揚々とタブレットを用意すると、絢音がうっとりと目を細めた。
「自信満々の千紗都可愛い」
「根拠に裏付けられた自信」
「ナッちゃんが笑ってくれた?」
涼夏が優しい眼差しを向ける。おつかいから帰った子供のような扱いだが、生憎1ミリも笑ってもらえなかったと伝えた。
「ただ、多くの学びを得た。ここで勝負を決める」
早速1枚目だが、路上で一人でギターを弾いている絢音である。極限まで薄着だ。
「水着で路上ライブをしている絢音ですね。攻めた格好だけど、見てる人はいないみたい」
「破廉恥だなぁ」
涼夏がそう言って腕を組む。前振りにツッコミどころを作るべきではないと今朝学んだが、ネタを作ったのは昨日なのでここはスルーする。
2枚目は片付けて帰る絢音である。
「帰るみたいですね。『あーあ、今日はたったの10万か』って、太客おるやん!」
大袈裟に突っ込むと、二人は美術館の来場者のように、ジッと目を凝らしてフリップを見つめた。
「まあ、昨日のよりは良くなってると思う」
「成長は感じる」
まずまずの評価だ。笑ってはもらえなかったが、場は温まった。
次のフリップは、肩から胸まではだけさせた涼夏である。
「イマジナリーベイベーに授乳してる涼夏ですね」
これも出オチ感があるが、今回は2段オチだ。涼夏が何か言うより先に、間髪入れずに突っ込んだ。
「ドラクロワじゃん! 絶対に民衆率いてるでしょ!」
驚いたように声を上げると、絢音が小さく噴いて口元を押さえた。涼夏はポカンとした顔でフリップを見つめている。
「えっ? 何? 解説して」
「フリップネタはわかる人だけわかってくれればいいから。やっと笑ってもらえた」
ほっと胸を撫で下ろす。絢音はしばらく肩を震わせてから、微笑みを浮かべてスマホを取り出した。
「面白かった。こういうのがいいね」
ドラクロワを検索して涼夏に見せる。涼夏は「見たことある」と頷いてから、「それで?」と顔を上げた。
「こういうのは初見の勢いが大事だから、今更ウケる類のものじゃない」
「そっかー。まあまた次回作も期待してるよ」
涼夏がそう言って、今日の千紗都劇場もお開きになった。
絢音にウケたことで、涼夏も笑ってみたくなったようだが、私の方が大いに満足してしまった。ネタを考えるよりフリップを用意するのに時間がかかるし、下手なイラストを披露するのも恥ずかしい。
それより私も笑いたいから、二人もネタを作ってきてくれと頼んだら、涼夏が難しい顔で首を振った。
「ステージの上と下には越えられない壁がある」
「私は何か考えてみるよ。千紗都みたいに空気を凍らせたい」
絢音は乗り気の反応をしたが、生憎そんなものは目指していない。
数日後、実際に絢音はネタを作ってきた。リレーでバトンを放り投げて渡す私とか、一人だけ低いカゴで玉入れをしている涼夏とか、前後にピッタリくっ付いて二人二脚をしている私と涼夏とか、あまり面白くない運動会ネタを5つ披露して、静寂の世界を作り上げた。しかも駄洒落を言うおじさんよろしく、本人が笑っていたから寒さ倍増である。
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