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客席の出入り口が開き、観客が通路を通りテラスに流れてきた。
一足先にテラスに出ていた連は、人波が寄せてくる気配を感じ、振り向いた。スーツ姿の藤堂正尚氏がテラスに入ってくるところだった。
「やあ」
藤堂氏は右手を上げ、穏やかに微笑んだ。連は会釈し、それに応えた。
「これまで、芝居を観ることはほとんどなかったんですがね。いいもんですね。普段使わなかった感覚が研ぎ澄まされるようで、感動しました。姪が取り組んでいた意気込みが伝わってくるようでした」
「僕も普段、芝居を観ることはあまりないんです。でも今日は、藤堂さんと同じです。ラストは特に感動しました。そして、お客さんの反応を見て思ったんです。このような喝采を浴びたら、役者はやめられないと。また浴びたい。だから続けられる。これが芝居の醍醐味だぁ、ということなんでしょう」
「それと、甥のことですが、精神疾患を患っているとは思いませんでした。弟夫婦の葬儀の後に、色々な手続きのために、姪と甥とは何回か会いましたが、最近は会っていませんでした。連絡もないのでそれなりに暮らしているだろうと勝手に思っていました。しかし、離れていたので、結果的に両親を亡くしたことによる心労を察することができなかったわけです。親族として、だめですよね。これからは、定期的に様子を見ようと考えています。本人にも伝えました。どんなことでもいいから連絡をしてくれと。ひとりになってしまいましたから」
藤堂氏は口を真一文字に結び、自分に言い聞かせるように深くうなずいた。
「それと」
急に表情を切り替え
「中野さんは夏休みの宿題を最後の一週間でやるタイプですか」
「えっ? そうです」
きょとんとした顔の連に、藤堂氏は口角を上げ
「今の楽しみを重視する傾向がある。なかなかお金がたまらないタイプですね」
「えーっ」
「投資信託でもやってみませんか」
「投資信託? 金融商品ですね。いやー、苦手ですね。一喜一憂するだけでジ・エンドですよ」
「ははは、冗談ですよ。でもね、振り返ってみてください。人生は結局、一喜一憂なんですよ。それでは、元気で」
藤堂氏は、先ほどと同じように右手を上げ、穏やかに微笑みながら去って行った。
連は藤堂氏を見送った後、人波が寄せてくるほうに視線を戻した。目を真っ赤にした観客が多い。芝居の感想を語り合う二人組、三人組が横を通り過ぎて行く。
ふと視線を投げると、背筋がすーっと伸びた、体幹が強そうな人が歩いてくるのを捉えた。どこかで……会った? えっ? 唐松夫人であった。なぜ……こんなところに……。連は動揺した。心臓がバクバクする。今にも胸から飛び出てきそうだ。視線を逸らせようとしたとき、視線が合ってしまった。外すことができない。なんという強さだ。視線がロックされてしまった。
唐松夫人は視線が合って、一瞬、目を大きく見開いたが、口角を上げながら近づいてきた。三メートルほど手前で歩みを緩め、一メートルほどの距離で立ち止まった。連の視線が宙をさまよう。周りの喧騒が遮断され、居心地の悪い沈黙が訪れた。こちらからは、なんも言えねえ。それを見越したように、唐松夫人は口を開いた。
「こんばんは。中野さんもいらっしゃったんですね」
「はい」
連はうつむいたまま応えた。
「わたくし、こういった芝居を観るのは初めてなんです。でも、いいわね。間近で見るステージは。指先から爪先までの躍動を受け取ることができました」
連は返答に窮した。芝居の感想について、曖昧に言葉をかけても、なんの意味もない。求められてもいないだろう。それを見越したように、唐松夫人は口を開いた。
「わたくしが、なぜここにいるのか。お知りになりたい?」
「はい」
素直に反応できた。
「藤堂さくらさんのことを知りたかったからです。事件のことはテレビや新聞で報道されていましたから、既に知っていました。でも」
唐松夫人は表情を一変させた。射るような眼差し。引き締めた頬。一度、口を真一文字に結んだ後
「身内が関わっていることを知ったとき、動揺しました。初めての感情の動きを経験しました。命を奪うことや命を失うことは、取り返しのつかないことです。それ以外のことは、取り返しがつきます。次男は、取り返しのつかない、唯一のことを犯してしまったのです。長男は事故を起こし、お二人の命を奪ってしまいました。この前、お話した通りです。しかし、次男の場合は、殺人です。命を奪うという意図がありました。人として絶対に許されないことです。藤堂さくらさんはまだお若い、これからが楽しみだった方です。その方の未来を奪ってしまったわけです。刑事裁判として、国家権力によって裁かなければなりません」
唐松夫人が連をまじまじと見た。
「中野さんの顔に書いてありますね。ではなぜ、顧問弁護士をつけて無罪を勝ち取ろうとしていたのか」
表情を読み取られていた連は、うなずくしかなかった。
「次男は、専門知識のない一個人です。組織的に追及を行う専門家である検察官に対抗するためには、弁護人をつけなければなりません。次男がほんとうに罪を犯したかどうか。
罪を犯したと認められる場合には、どのような刑罰を与えるべきなのか。それを明確にしたかったからです。わたくしは現場にいなかったので、事件についてはまったくわかりません。弁護士にすべてをお任せしています。そして報告を受けるだけです」
「唐松様」
「はい」
唐松夫人は連を見据える。連は深呼吸をし、状態を整えた。
「やはりご家族を守りたいというお気持ちはあったのでしょうか」
「中野さんもご存じだと思いますが、刑事裁判で有罪判決を受けるまでは、被疑者や被告人を無罪として扱わなければならないという、推定無罪の原則があります。わたくしは、次男が罪を犯したのかどうかわからない状況でした。だから、法律の定める手続きに則って必要な措置を講じたまでです。公開裁判で真偽の判断を委ねるのは、身内として当然の行為であると考えています」
「唐松半蔵氏は公訴事実を認めました」
連は唐松夫人を見据えた。
「その通りです」
唐松夫人は連を見返した。
「あの……」
「それでは失礼いたします」
唐松夫人は連の言葉を遮って、先ほどと同様に穏やかに微笑みながら去って行った。
背筋がびしっとして、凛として美しい。自身では見ることがない、その後ろ姿。でも、周りの人たちは確実に見ている。なによりも、その容姿を持つ人は、強く、かっこよく生きているのだ。
連は思い出した。芸能担当だった頃、ある女優を取材した後、その女優からお酒を誘われたときがあった。こちらを見据えている。まずい。思考が働き、スマホを取り出した。仲間を呼びますと告げると
「私と飲むのが嫌だということ?」
怪訝そうな表情をした。そこで、あなたを守るためです。ツーショットになれば、写真週刊誌の連中に撮影され、適当なことを書かれます。あるいは、適当な人が適当に撮影して、適当にSNSなどにアップすることもある。拡散し、削除できません。あなたが築き上げた今のステータスに戻れなくなってしまう。だから、仲間を呼んで、ターゲットにならないようにしましょう。
「中野さんも週刊誌の記者でしょう」
いや、俺以外の連中が。
「俺以外?」
「あ、いや、俺じゃなくて、僕以外の。水曜、どうでしょう、か」
「はっ?」
すみません。つまらない冗談を言ってしまって。どうでしょうか、と改めて言った。女優は笑いながら、うなずいてくれた。
その夜は、男女二人の編集者が合流し、結局四人で飲むことになった。実際に話してみると、画面の向こう側のイメージとは違った魅力を感じた。台詞と会話は違うだろうし、リラックスできる環境だと、表情もより豊かに映える。
ライター業は楽しいですかと聞かれたとき、すぐに言葉が出てこない。楽しいという言葉に響くことができなかったのだ。
下を向き黙り込んだ僕を見て、変なこと聞いてしまった? というような表情を見せたので、一拍間を置き、例えて言うなら、使い切っていない百円ガスライターですね。ガスライターでタバコに火を点けた人が、ガスライターをテーブルに置く、それがなんらかの弾みで床の落ち、さらには蹴られながら、いつの間にか路上に放り出され、場所を変えながら転げ回っている感じですかね。と言ったら、女優は、ぷはっと笑った。
やがてお開きになり、女優はまた飲みましょうと言って踵を返した。歩き去るその後ろ姿を見て、はっとしたのだ。背筋がびしっとして、凛としている。強く美しい後ろ姿。画面の向こう側と同じだ。演技ではない、実生活の姿なのだ。全身シンプルでコンサバなのに、バックシャンを放っている。体幹が強いのか、ぶれていない。真の美しさは、バックに表われる。なるほど、主役を張れるわけだ。
唐松夫人も同じバックシャンを放っている。かっこいいと改めて思った。
「うわぁ、かっこよくない」
連の視界に入ってきたのは、珠美だった。泣き腫らした目で、ゆらゆらと歩いてきた。
「あっ、お兄ちゃん。芝居、よかったね」
「感激度MAXか」
「それもあるけど。さくらさん、きっと演じたかったんだろうなと思うと、涙がとまらなくてしばらく席を立てなかった」
「そうだよな」
連は右の拳を握った。
日常に潜む不慮の事故で一番多いのが交通事故である。予測できず急激に起こる。さあ行こうか、と家を出て、リラックスした気持ちでハンドルを握る。同乗者と談笑したり、音楽を聴いたりして道中を楽しむ。安全運転を心がけながら、無事に目的地に着いて、周辺の観光地をドライブする。宿に着いて、温泉に浸かり、季節に応じた料理に舌鼓を打つ。充分に愉しんだ後は、心地よい疲労感に包まれながら家路に着く。大まかなドライブのイメージである。
近年はドライバーの意識、技術の進歩等から事故は減少しているが、二〇一八年の年間の交通事故死傷者数五十三万人を日本の総人口一億二六三三万人で割った「一年間で事故に遭う確率」を0.4パーセントと算出。(1-53万人÷1億2633万人)で「一年に事故に遭わない確率を出し、一生を八十年と仮定し、「一年間に事故に遭わない確率」を一から引いて八十乗する。その結果は、二十八パーセントの確率となり、人生で交通事故に遭う人は四人に一人となる。明日は我が身と考えてもおかしくない値である。誰もが加害者にも、被害者にもなりうるのだ。
今回の事故について、車のすれ違いが、数分、いや数秒ずれていれば、車同士が衝突することもなく、無事に行き交っていただろう。そうなっていれば、事故も事件も起こらなかった。藤堂家と唐松家が絡むこともなかった。誰の未来も変わることはなかったのだ。
「珠美」
「ん?」
「飯でも食うか」
一足先にテラスに出ていた連は、人波が寄せてくる気配を感じ、振り向いた。スーツ姿の藤堂正尚氏がテラスに入ってくるところだった。
「やあ」
藤堂氏は右手を上げ、穏やかに微笑んだ。連は会釈し、それに応えた。
「これまで、芝居を観ることはほとんどなかったんですがね。いいもんですね。普段使わなかった感覚が研ぎ澄まされるようで、感動しました。姪が取り組んでいた意気込みが伝わってくるようでした」
「僕も普段、芝居を観ることはあまりないんです。でも今日は、藤堂さんと同じです。ラストは特に感動しました。そして、お客さんの反応を見て思ったんです。このような喝采を浴びたら、役者はやめられないと。また浴びたい。だから続けられる。これが芝居の醍醐味だぁ、ということなんでしょう」
「それと、甥のことですが、精神疾患を患っているとは思いませんでした。弟夫婦の葬儀の後に、色々な手続きのために、姪と甥とは何回か会いましたが、最近は会っていませんでした。連絡もないのでそれなりに暮らしているだろうと勝手に思っていました。しかし、離れていたので、結果的に両親を亡くしたことによる心労を察することができなかったわけです。親族として、だめですよね。これからは、定期的に様子を見ようと考えています。本人にも伝えました。どんなことでもいいから連絡をしてくれと。ひとりになってしまいましたから」
藤堂氏は口を真一文字に結び、自分に言い聞かせるように深くうなずいた。
「それと」
急に表情を切り替え
「中野さんは夏休みの宿題を最後の一週間でやるタイプですか」
「えっ? そうです」
きょとんとした顔の連に、藤堂氏は口角を上げ
「今の楽しみを重視する傾向がある。なかなかお金がたまらないタイプですね」
「えーっ」
「投資信託でもやってみませんか」
「投資信託? 金融商品ですね。いやー、苦手ですね。一喜一憂するだけでジ・エンドですよ」
「ははは、冗談ですよ。でもね、振り返ってみてください。人生は結局、一喜一憂なんですよ。それでは、元気で」
藤堂氏は、先ほどと同じように右手を上げ、穏やかに微笑みながら去って行った。
連は藤堂氏を見送った後、人波が寄せてくるほうに視線を戻した。目を真っ赤にした観客が多い。芝居の感想を語り合う二人組、三人組が横を通り過ぎて行く。
ふと視線を投げると、背筋がすーっと伸びた、体幹が強そうな人が歩いてくるのを捉えた。どこかで……会った? えっ? 唐松夫人であった。なぜ……こんなところに……。連は動揺した。心臓がバクバクする。今にも胸から飛び出てきそうだ。視線を逸らせようとしたとき、視線が合ってしまった。外すことができない。なんという強さだ。視線がロックされてしまった。
唐松夫人は視線が合って、一瞬、目を大きく見開いたが、口角を上げながら近づいてきた。三メートルほど手前で歩みを緩め、一メートルほどの距離で立ち止まった。連の視線が宙をさまよう。周りの喧騒が遮断され、居心地の悪い沈黙が訪れた。こちらからは、なんも言えねえ。それを見越したように、唐松夫人は口を開いた。
「こんばんは。中野さんもいらっしゃったんですね」
「はい」
連はうつむいたまま応えた。
「わたくし、こういった芝居を観るのは初めてなんです。でも、いいわね。間近で見るステージは。指先から爪先までの躍動を受け取ることができました」
連は返答に窮した。芝居の感想について、曖昧に言葉をかけても、なんの意味もない。求められてもいないだろう。それを見越したように、唐松夫人は口を開いた。
「わたくしが、なぜここにいるのか。お知りになりたい?」
「はい」
素直に反応できた。
「藤堂さくらさんのことを知りたかったからです。事件のことはテレビや新聞で報道されていましたから、既に知っていました。でも」
唐松夫人は表情を一変させた。射るような眼差し。引き締めた頬。一度、口を真一文字に結んだ後
「身内が関わっていることを知ったとき、動揺しました。初めての感情の動きを経験しました。命を奪うことや命を失うことは、取り返しのつかないことです。それ以外のことは、取り返しがつきます。次男は、取り返しのつかない、唯一のことを犯してしまったのです。長男は事故を起こし、お二人の命を奪ってしまいました。この前、お話した通りです。しかし、次男の場合は、殺人です。命を奪うという意図がありました。人として絶対に許されないことです。藤堂さくらさんはまだお若い、これからが楽しみだった方です。その方の未来を奪ってしまったわけです。刑事裁判として、国家権力によって裁かなければなりません」
唐松夫人が連をまじまじと見た。
「中野さんの顔に書いてありますね。ではなぜ、顧問弁護士をつけて無罪を勝ち取ろうとしていたのか」
表情を読み取られていた連は、うなずくしかなかった。
「次男は、専門知識のない一個人です。組織的に追及を行う専門家である検察官に対抗するためには、弁護人をつけなければなりません。次男がほんとうに罪を犯したかどうか。
罪を犯したと認められる場合には、どのような刑罰を与えるべきなのか。それを明確にしたかったからです。わたくしは現場にいなかったので、事件についてはまったくわかりません。弁護士にすべてをお任せしています。そして報告を受けるだけです」
「唐松様」
「はい」
唐松夫人は連を見据える。連は深呼吸をし、状態を整えた。
「やはりご家族を守りたいというお気持ちはあったのでしょうか」
「中野さんもご存じだと思いますが、刑事裁判で有罪判決を受けるまでは、被疑者や被告人を無罪として扱わなければならないという、推定無罪の原則があります。わたくしは、次男が罪を犯したのかどうかわからない状況でした。だから、法律の定める手続きに則って必要な措置を講じたまでです。公開裁判で真偽の判断を委ねるのは、身内として当然の行為であると考えています」
「唐松半蔵氏は公訴事実を認めました」
連は唐松夫人を見据えた。
「その通りです」
唐松夫人は連を見返した。
「あの……」
「それでは失礼いたします」
唐松夫人は連の言葉を遮って、先ほどと同様に穏やかに微笑みながら去って行った。
背筋がびしっとして、凛として美しい。自身では見ることがない、その後ろ姿。でも、周りの人たちは確実に見ている。なによりも、その容姿を持つ人は、強く、かっこよく生きているのだ。
連は思い出した。芸能担当だった頃、ある女優を取材した後、その女優からお酒を誘われたときがあった。こちらを見据えている。まずい。思考が働き、スマホを取り出した。仲間を呼びますと告げると
「私と飲むのが嫌だということ?」
怪訝そうな表情をした。そこで、あなたを守るためです。ツーショットになれば、写真週刊誌の連中に撮影され、適当なことを書かれます。あるいは、適当な人が適当に撮影して、適当にSNSなどにアップすることもある。拡散し、削除できません。あなたが築き上げた今のステータスに戻れなくなってしまう。だから、仲間を呼んで、ターゲットにならないようにしましょう。
「中野さんも週刊誌の記者でしょう」
いや、俺以外の連中が。
「俺以外?」
「あ、いや、俺じゃなくて、僕以外の。水曜、どうでしょう、か」
「はっ?」
すみません。つまらない冗談を言ってしまって。どうでしょうか、と改めて言った。女優は笑いながら、うなずいてくれた。
その夜は、男女二人の編集者が合流し、結局四人で飲むことになった。実際に話してみると、画面の向こう側のイメージとは違った魅力を感じた。台詞と会話は違うだろうし、リラックスできる環境だと、表情もより豊かに映える。
ライター業は楽しいですかと聞かれたとき、すぐに言葉が出てこない。楽しいという言葉に響くことができなかったのだ。
下を向き黙り込んだ僕を見て、変なこと聞いてしまった? というような表情を見せたので、一拍間を置き、例えて言うなら、使い切っていない百円ガスライターですね。ガスライターでタバコに火を点けた人が、ガスライターをテーブルに置く、それがなんらかの弾みで床の落ち、さらには蹴られながら、いつの間にか路上に放り出され、場所を変えながら転げ回っている感じですかね。と言ったら、女優は、ぷはっと笑った。
やがてお開きになり、女優はまた飲みましょうと言って踵を返した。歩き去るその後ろ姿を見て、はっとしたのだ。背筋がびしっとして、凛としている。強く美しい後ろ姿。画面の向こう側と同じだ。演技ではない、実生活の姿なのだ。全身シンプルでコンサバなのに、バックシャンを放っている。体幹が強いのか、ぶれていない。真の美しさは、バックに表われる。なるほど、主役を張れるわけだ。
唐松夫人も同じバックシャンを放っている。かっこいいと改めて思った。
「うわぁ、かっこよくない」
連の視界に入ってきたのは、珠美だった。泣き腫らした目で、ゆらゆらと歩いてきた。
「あっ、お兄ちゃん。芝居、よかったね」
「感激度MAXか」
「それもあるけど。さくらさん、きっと演じたかったんだろうなと思うと、涙がとまらなくてしばらく席を立てなかった」
「そうだよな」
連は右の拳を握った。
日常に潜む不慮の事故で一番多いのが交通事故である。予測できず急激に起こる。さあ行こうか、と家を出て、リラックスした気持ちでハンドルを握る。同乗者と談笑したり、音楽を聴いたりして道中を楽しむ。安全運転を心がけながら、無事に目的地に着いて、周辺の観光地をドライブする。宿に着いて、温泉に浸かり、季節に応じた料理に舌鼓を打つ。充分に愉しんだ後は、心地よい疲労感に包まれながら家路に着く。大まかなドライブのイメージである。
近年はドライバーの意識、技術の進歩等から事故は減少しているが、二〇一八年の年間の交通事故死傷者数五十三万人を日本の総人口一億二六三三万人で割った「一年間で事故に遭う確率」を0.4パーセントと算出。(1-53万人÷1億2633万人)で「一年に事故に遭わない確率を出し、一生を八十年と仮定し、「一年間に事故に遭わない確率」を一から引いて八十乗する。その結果は、二十八パーセントの確率となり、人生で交通事故に遭う人は四人に一人となる。明日は我が身と考えてもおかしくない値である。誰もが加害者にも、被害者にもなりうるのだ。
今回の事故について、車のすれ違いが、数分、いや数秒ずれていれば、車同士が衝突することもなく、無事に行き交っていただろう。そうなっていれば、事故も事件も起こらなかった。藤堂家と唐松家が絡むこともなかった。誰の未来も変わることはなかったのだ。
「珠美」
「ん?」
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