上 下
16 / 96

姫様の嘆き

しおりを挟む
 稜弥side

「間違っている? だって私の為に……」

 美しき、大きな瞳に涙を溜めて、お可哀想なほど、動揺された声音の楓禾姫様。

「楓禾姫様、落ち着いて下さいませ」

 とにかく優しく語り掛けよう。

「稜弥様……なぜ、そのように穏やかでいられるのです」

「楓禾姫様こそ、楓菜の方様を……お母上様を亡くされ、深い悲しみの中におられるではありませんか。周りの者達の愚かしい野心に巻き込まれ傷つかれたのは楓禾姫様、湖紗若様。そして、伯父上である殿様、桜家の皆様です」

「母上様ぁ……」

「桜家に婿養子に入られた殿様は、朝比奈家には二心は無いと示される為に、政岡家とは、無益な争いは起こしたくはない。と冴多姓を名乗るに至ったのですから……」


 唇をかみしめて、涙を堪えておられる 楓禾姫様。

(あぁ楓禾姫様、唇を噛まれては血が出てしまいます……)

「端からみたら、お父上様は朝比奈家の『言いなり』に見えたのかしらね? 先日稜弥様が『私の父は、  楓禾姫様の父上の弟。本来ならば兄を助け、楓禾姫様を当主にと手助けするのが筋……それなのに……』 そうおっしゃられた時に、そのような事を言わねばならない立場に追い込んでいる事を、申し訳なく思ったの」


「分かっております。六年前、楓菜の方様がお亡くなりになった後、殿様は、体調崩され て。御静養をされている間に周囲の者達が…… 先日、殿様と話をさせて頂く機会がありました。私と父に労りの言葉をかけて下さいました。その時に、楓禾姫様を湖紗若様を守りたいという、強いお気持ちを感じたのです。湖紗若様に、冴多の姓をお与えになられた事。深く二人を愛しておられるから……  楓禾姫様? 申し訳ないなどと、思われる事はないのですよ」

「稜弥様…… なぜそのようにお優しいの…… なぜそのように悟られた物言いをするの……ねぇ、詠史殿、貴方にも思う事はあるでしょう? 受け止めますから。詠史殿、何もかも吐き出してちょうだい!」

 そう言うと、泣き出してしてしまわれた楓禾姫様。


「 楓禾姫…… そのように、お嘆きにならないで下さい」

 楓禾姫様の嘆きに、胸が張り裂けそうで。涙が零れそうで。情けない事に私は優しい言葉を掛けて差し上げることが出来なくて。

 その時。

「楓禾姫…… そのように、お嘆きにならないで下さい」 


それまで、一言も口を挟まず私と楓禾姫様の 話を聞いておられた詠史殿が、今にも泣き出しそうな表情でそう言ったんだ。








しおりを挟む

処理中です...