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背負い投げ

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 -その頃のなずな- 
  
  -本丸 北御殿 近く-

 朝食後より、お腹の調子が悪いなずな。

(楓禾姫様と湖紗若様をお守りする人間として、体調管理を怠るなんて情けない)


 厠より急ぎ、楓禾姫と湖紗若の元へ戻りながら、なずなは、情けなさに涙が溢れそうだった。

(泣いてる場合じゃないわ)

 なずなは、 自分に喝を入れながらふと思った。

 朝食後から痛み出したお腹……

 いつも通り、朝の、*卯の刻《うのこく》、楓禾姫と湖紗若の起床前に、本丸 南《みなみ》台所脇の使用人が食事を摂る部屋にて食べて……

(食べ物かお茶に何か入れられた?)

 だとしたら何の為に? なずなは考える。

(私を楓禾姫様と湖紗若様から遠ざける為?)



 今日のこの時、鈴様に、稜弥様は外喜殿と共に家臣団の会議に出ていると思っていた。


 今この時、何にかしらの策を弄して、楓禾姫様と湖紗若様が危険な目に合わされていたら……

(油断していた!)

 (いえ、詠史様がお傍に付いていて下さるはずだもの……楓禾姫様と湖紗若様のお傍を離れる際には、お二人の過ごしておられる部屋の。隣の部屋の襖の絵を修正されていたもの)

 そう思い直して、歩みを早めようとした瞬間。



「ようやく見つけた」

 急ぐなずなの後ろから、そんな声が聞こえて来て。

 恐る恐る振り返ると。

「楓禾姫様が、秘密裏の話があるゆえ。居間とは別の所にて話がしたい。あなた様に伝えるよう。仰せつかりました。案内あない致しますので付いて来て頂きたい」



 いつもの使い番とは違う男。 しかも二人。

 平均的な体格の男と、縦と横両方大柄の男。

 使い番にはあり得ない。最初の言葉掛けがぞんさいだった男。

 人の容貌など、とやかく言うのは良くないけれど。 口元は、笑みを浮かべているのに。 目は笑っていない男達。



(楓禾姫様と湖紗若様のお傍を離れてから、何時が立っているのだろう……)

 早くお傍に戻りたい……



 外喜殿といた所を見た事がある男達。


 恐らくこの男たちの目的は……



(どうしたら…… 痩せた男の方なら……)


 おめおめと捕まる訳にはいかない! 


「はい。ありがとうございます」


 なずなが答えると。


《おや、引っ掛かった》

 というように、口角を微かに上げて笑った男達。

(なずなにはそう見えたのだ)

 なずなは、ゆっくりと痩せてる男の方に近付き……

(身体を低くして……懐に飛び込んで……)


 己に近付いて来たなずなの動きに、 一瞬時間が止まった 反応してこない。 それは大男の方も……


(右手で着物の前襟を掴み、左手で右手を掴んで……足を払って……)


 覚悟を決めて。動きを反芻はんすうしながら、なずなは男の懐に飛び込んで。

「えいやぁっ!」

 -ダンっ!-

 護身術で習った……決まった……

 想定外の事でか、受け身を取れずに投げ技を食らった為か。うめきながら身動き出来ないようだ。

 しかし、相手は一人ではなかった……

「やるじゃねぇか」


 素で言い放った大男。


 なずなは、華奢な体格であり、渾身の力で一人を倒したのだった。息の上がったなずな……

(もう、力は出ない……)

 万事休す……

「おい!」

 大男の呼び掛けに、どこに潜んでいたのか。見張り役であろうか? もう一人男が。

 投げ技を決めた後、自身も床にへたり込み動けなくなったなずな。

 大男に、みぞおちに拳を入れられ。もう一人の男に抱えられてしまった。

「……の、しきちかくが……に……はこ……るぞ!」

 なずなは薄れる意識の中、大男の言葉を聞いていた。

(ひめさま、わかさま、りんさま……おゆるし……ください)


 楓禾姫様と湖紗若様をお守り出来なかった……

 なずなの瞳から涙が、スーッと流れ落ちた……

*卯の刻《朝六時から二時間前後》





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