反魂の傀儡使い

菅原

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1章 失われる技術

戒律

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 ローゼリエッタが新居に移ってから十日が過ぎた。
人形作りは順調に進み、既に三体の人形が売り物として並んでいる。
開店する準備もすべて終わり、トレット家の第一支店、『ドール・ロゼ』が開店した。


 一日目は閑古鳥が鳴く。開店に関して告知も何もしていなかったせいで、来客は全くなく、入口の戸に備え付けた鈴は一度もならなかった。
二日目も同様。家の中から硝子越しに見える通りには人影が見え、中を覗き見る姿は見えるのだが、この日も鈴は一度もならない。
三日目も四日目も、作業場に籠って売り物となる人形の作成をしている間に、一日は過ぎ去ってしまった。おかげで人形は一体増えたが、やはり来客を知らせる鐘は鳴らない。
そして……五日目になって漸く、二人はその問題点に気付く。


 よくよく考えれば、要因は幾つも考えられた。
例えば値段、例えば認識の差異、例えば新たな技術の大頭。
挙げていけばきりがない。

 人形の館では金貨二十枚という価格で販売されていた人形。
ここドール・ロゼでは、泣く泣く省いている工程もあり、完全とは言えない為少し安めで提供している。
それでも作業量、材料代を踏まえて、一体あたり金貨十枚が関の山だ。
これを、そこら辺を歩いている一般家庭が手に入れようとするならば、どうしたらよいだろうか。

 まずは、一日に銀貨を七枚稼げる、高給な仕事を見つけねばならない。
先日アルストロイが受けた草刈りの報酬は、おまけして貰って銀貨一枚。これの七倍の報酬が受け取れる仕事などそうは無いだろう。
 次に、その割の良い仕事を無休で約三十日間働き続ける。
そうして手に入るのが、金貨十枚という金だ。

 例え運よくそれらが上手く運んだとしても、ここでポンと人形が買えるわけでは無い。
当然ながら、日々の食費だとか、生活の維持費として、幾らか消えていくので、報酬が丸々残るなどありえないからだ。
これを節約して、貯蓄して……そこまでしてやっと一体の人形が買えるようになる。
一般平民の中で、これを実行する酔狂な人間は、この時世にいる筈が無い。

 また、ローゼリエッタの人形に対する認識と、世間の認識がずれているのも一つの理由に挙げられる。
彼女にとって人形とは、まさに人生。短くともこれまで生きて来た時間の中で培った、全てを費やし作られる人形は、少女の人生の現身であるといっても過言ではない。
 世間から隔絶された孤立世界。
その中で毎日、朝から晩まで叩きこまれた人形に関する技術は、他を圧倒する最上の作品を作り上げる。
ところが、世間一般の人形に対する認識とは、『子供の遊び道具』程度の認識であり、良くても『良い趣味』程度にとどまる。
 一体何処の親が我が子に、生活を切り詰めながら等身大の人形を買い与えるというのか。
 

 傀儡師が現在の立ち位置に陥ってしまったのは、特段不思議なことではない。時代の流れが生んだ必然的な悲劇だ。
古くから伝わる伝統的な技術は、いずれ時代の波に飲み込まれ、より便利で、より安全で、より新しい技術によって上書きされ、誰にも知られぬままひっそりとその姿を消していく。
それでも年老いた継承者たちは、戒律や規律を重んじ、唯只管、道を変えず自身の作品を提供し続けた。

 技術を受け継ぐ者達の中で、ローゼリエッタたちは良く行動した方だろう。
理由はどうあれ、本来は埋もれていくだけの技術を街角で見られるようにと画策したのだから。
だが思い付きで起こした行動に、結果はそう簡単については来ない。
今でも既に部屋を飾る骨董品アンティーク扱いなのだ。
このまま何も手を打たなければ、いずれトレット家の傀儡技術も、他と同じ道を辿るだろう。


 ローゼリエッタは、ある策を思いつく。
それは昨今の傀儡師が一度も表に出さなかったものの開示。
つまりは、人形を操る技術を見せようというのだ。
とはいえ、他の流派も人形劇のような見世物はよくやっている。
彼女が見せようとしているのは、そういった物では無い。
 魂を吹き込むとさえ言われる傀儡師の極意。
全身全霊で操った傀儡かいらいは、一挙手一投足が芸術と言われる程に昇華され、数多の注目を浴びる極上の見世物となる。

 一部では一子相伝とまで言われるその技術を、ローゼリエッタは観衆の面前で公開しようというのだ。
確かにそれを実行すれば、少なくとも人目を引くことは出来るだろう。
現状を打破する第一手として、無くはない手だ。
ところがここで一つ、問題がある。


 傀儡師だけに限らず、多くの武術家、技術家たちは、極意と言われる物が公になることを拒む。
他家に技術を盗まれない為という理由もあるが、これはかつて、それらが戦いの道具として扱われた名残であることの方が大きい。
 操る者の技量、癖、作品の傾向といった物が、あらかじめ相手方に知られてしまっては、まともに戦うことも難しかろう。
死ぬか生きるかという状況の中で生まれた、至極当然の戒律だ。
そういった理由の延長線上で、活躍の場を失った今でも、本当の傀儡技術を披露することを禁じる流派は多かった。

 傀儡師が操る人形は、人間を超える大きさを持ち、一体で千にも及ぶ兵士をなぎ倒すとされる。
例え剣で刺されても、魔法を浴びても、弓で射抜かれても、命無き人形だから関係ない。
悲鳴を上げることもせず、黙々と攻撃を仕掛けてくる人形。その存在は、敵国の兵を恐怖のどん底に陥れた。
 そういった輝かしい功績によって、一時期は非常に重宝されたこともある。
だがその過去の栄光に縋る余り、傀儡師は表舞台から姿を消したのだ。

 傀儡師の名声に終止符を打ったのは、昨今の技術革新により編み出された、『魔法人形ゴーレム』の存在だ。
精霊の力を借りて運用するそれらは、傀儡師が操る人形よりも安全で、安価で、操りやすい。
 活躍の場を新たな技術に取って代わられ、おかげで傀儡師という言葉は、『人形を操る者』という意味合いから、『人形を作る者』という意味で扱われるようになり、今のような肩身の狭い状況となってしまった。


 ローゼリエッタが思いついた策は、傀儡師の戒律を破る行為である。
しかし、決心したローゼリエッタの行動は速い。
 その日の内から、数日前に出払ったばかりの人形の館へと戻り、一つの人形を作り始めた。
ただ突っ立っているだけの木偶人形ではない。
自身の手足となる……最上の傀儡人形を。

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