反魂の傀儡使い

菅原

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2章 吹き込まれる魂

傀儡人形

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 祖母が死んで以来、久しく作っていなかった傀儡人形。
その製作には相応の時間がかかり、それは直立するだけの人形よりも多い。
関節の調整、実用性と美しさの兼ね合い。元から繊細な作業が必要な人形製作であったが、傀儡人形に至っては更に繊細で緻密な作業が必要となる。
 中でも細心の注意を払わなければならないのは、傀儡師と人形を繋ぐ糸の設置個所だ。
例え最上の人形が出来たとしても、ここが駄目なら全てが水泡と期す。

 本来傀儡人形を作る場合、更に武具の重量や形状までもを加味しなければならないが、今回ローゼリエッタが作る人形にそれらは必要ない。
今回求められるものは、限りない美しさ。それを持って、多くの人の心を掌握することだ。
理想を言えば、先日貴族に受け渡した麗しの令嬢人形が動くと素晴らしい。

 だがことはそう簡単に上手くいかない。
動く機構を施すということは、代わりに何かを削らねばならないのだ。
四肢が滑らかであればある程に、糸が繋がれる小さな箇所が目立ってしまう。
かといって、荒く作るなどはもっての外。それでは本末転倒だろう。


 ローゼリエッタが人形の館に籠ってから、十日余りが過ぎ去った。
アルストロイも妹の身の回りを世話しながら、進捗を見守っている。
 今、彼女の目の前には、なんとも見事な人形が一体、佇んでいた。
見た目は麗しの令嬢と遜色がない程美しいままに、首、肩、肘、腰から股関節、膝……終いには指に至るまで、人間の稼働箇所とほぼ同じ個所が動くように細工されている。

 アルストロイからすればそれは、もはや手の加えようがない最高の人形に見えた。
まだ髪が乗っていない為、頭は丸い卵のようだが、それでも見とれてしまう程に。
しかし、ローゼリエッタはまだ納得がいっていない。
言葉では語らないが、彼女の顰めた表情がそう物語っていた。


 更に十日が経った。
店舗の借り入れ、開店準備から二十日間余りの生活費等、出費がかさみ、二人の稼いだ蓄えも付きかけていた。
おかげでアルストロイは、つい先日から町へと繰り出して、依頼を請け負う始末。
 早朝に館を出て、深夜に館へと戻る生活を繰り返す毎日。
この日も仕事を終え、疲れた体に鞭を打って、アルストロイが帰宅する。

 明かりの無い森の道は頗る暗い。
館の周囲も、ローゼリエッタが作業する部屋は館の内側に位置するため、明かりが一つもない。
カンテラの明かりだけを頼りに、アルストロイはため息交じりに入口の扉を開く。
その時……
「……たぁ!!」
遠くから妹の叫び声が聞こえた。
 アルストロイは思わず駆けだした。
廊下を走り、角を曲がり、何時も妹が籠る作業部屋の戸をあけ放つ。
するとそこには……言葉を失う程の美しさを持った、一人の女性が佇んでいた。


 その人形は、ただひたすらに美しかった。
宝石のような青い瞳。枝垂れる髪は絹のように輝く水色。木で作られたとは思えない白くきめ細かな肌。
体全体を見ても違和感は無く、完全に調和がとれている。
これまで多くの人形を見て来たアルストロイだったが、これほどの作品は一度も見たことが無かった。

 只立ち尽くすだけでも見とれてしまう人形。
だというのに、この人形は更に動いてしまうのだ。
人形の四肢からは、注意せねば気付かぬ程細い糸がついていて、伸びたそれは机の上にある十個の指輪へと繋がっている。
「見て、兄さん!出来たの!私の傀儡が!早速試運転してみるわ」
声を張り上げる妹は、嬉々としてその指輪を自身の指にはめていく。


 指輪のはまったローゼリエッタの指が一つ動くと、物言わぬ人形は恭しくお辞儀をした。
その動作にぎこちなさは一切感じられない。
まるで人間がするそれと同じように、彼女は頭を下げた。
 思わずアルストロイの胸が高鳴る。
木彫りであるため表情は変わらない筈なのだが、彼は確かに、その人形が微笑んでいるように感じた。

 人形は更に動き続ける。
頭を上げると着ているドレスの裾を持ち上げ、足をさらけ出す。
美しい曲線のそれが地面を蹴り、一つ跳んで見せた。
次いでくるりと一回、回って見せる。
右手を前に伸ばし、横に払う。
左手でドレスをつまみ上げ、左足を二回鳴らす。

 ローゼリエッタは暫くの間、人形に舞を演じさせた。
翻るスカートが、怪しく光る青い瞳が、靡く水色の髪が、一人の男の視線を独占する。
やがて人形が動きを止めると、アルストロイは我を取り戻し、暑い吐息を吐き出した。


 ローゼリエッタは、出来上がった人形に満足し、長い眠りにつく。
これまでの約二十日間の不規則な生活。
体調はぼろぼろで、本番を熟すためにまともな体調に戻さねばならない。
 アルストロイも先程の見世物には十分満足した。
策の成功を確信し、支店へ戻る準備を始める。
 これで役者は揃った。仕上げは上々。後は幕が上がるのを待つばかり。
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