反魂の傀儡使い

菅原

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3章 新たな時代

王の使者

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 祭りより数日、ドール・ロゼは目の回るような忙しさであった。
来客する者達は口々に、先日の演劇を讃え褒めちぎる。
それ自体は非常に喜ばしいことなのだが、ローゼリエッタはその声を聞いて、唯々恐縮することしか出来なかった。

 人形の生産が追い付かない日が数日続き、漸く客足が落ち着き始めたある日。
アルストロイが日用品の買い出しに出かけている間に、特別な来客があった。
 来客を知らせる鈴が鳴り、丁度受付にいたローゼリエッタはその姿を見る。
貴族が着るような立派な召し物、綺麗に切りそろえられた髪と髭、歩くその姿から見ても、とても一般人ではない。
 彼はローゼリエッタの前に歩み寄ると、恭しく頭を垂れた。
「お忙しい所を失礼いたします。私、王の命により参りました、“ジェイク”と申します。どうぞお見知りおき下さい」
王の使いであると述べたジェイクは、頭を上げると爽やかに笑って見せた。


 ローゼリエッタとジェイクは、二階にある居住空間へと移動していた。
大事な話であるというし、丁度客足も途切れた時間帯であったため、店を一時的に閉め、ゆっくりと話しを聞こうというローゼリエッタの判断だ。
丸いテーブルには二人の男女が座り、二つの紅茶が入ったカップが置かれる。
「これはこれは、手厚い歓迎感謝いたします」
ジェイクはそういって、先ずは紅茶を一口啜った。

 ローゼリエッタが席に着いたのを見計らい、カップを置いたジェイクは話し出した。
「先日の人形劇は素晴らしい物でした。あれ程心に残る演劇、老いぼれた私の人生で、一度も見たことがありません」
「あ、ありがとうございます」
少女はまたもや恐縮する。
 長い間森に籠っていたローゼリエッタは基本的に、人と一対一で会話をしたことなどない。
人と話すときは全て、兄であるアルストロイが傍にいてくれた。
だが、今彼は市場へと出払っていて、この場にはいない。
心臓が張り裂けそうな緊張を感じながら、彼女はたどたどしく対応していく。

 一方、ジェイクは暖かな紅茶で時折喉を潤しながら、世間話を続けた。
彼の話は頗る上手い。その話を聞くにつれ、ローゼリエッタの緊張もある程度解れてくる。
その変化を敏感に感じ取ったジェイクは、いよいよ、本題に乗り出した。
「さて、緊張も解れたようですので、本題にうつろうと思います。実は、先日の人形劇を拝見した王が、貴女様の傀儡技術をいたくお気に召しまして、是非その技術を譲ってはくれまいか、と懇願しておいでなのです」
彼が提案したのは、国への技術提供だった。


 その話は多くの技術者、研究者が飛びつくようなものだ。
国の最上位にある人物に認められ、その技術の発案者として、歴史に名を残す絶好の機会なのである。
もしそうなれば、子々孫々、延々と語り継がれる誉となるであろう。
だが、ローゼリエッタは直ぐに飛びつくことは出来なかった。

 一番大きい要因は、今は亡き祖母の存在だ。
当時から卓越した技術を欲しいがままにしていた彼女が、どうして森の中でひっそりと隠れるように暮らしていたのか。
彼女がその気になれば、生きている間にそういった話を呼び込めた筈である。
しかし祖母は、命を全うするまでその選択肢を選ばなかった。
その理由が分からぬまま、ローゼリエッタはジェイクの提案を受け入れることは出来ない。

 次点で兄、アルストロイの不在が挙げられた。
これまでずっと一緒に生きて来た兄。
もはや彼は唯の兄妹ではなく、ローゼリエッタの半身といっても過言ではない。
そんなアルストロイに何の相談もなく、話を決めてしまうことを彼女は拒んだ。

 
 結果、ローゼリエッタは、ジェイクの話を保留にすることに決める。
「ジェイク様。申し訳ありませんが、今暫く猶予を頂けませんでしょうか?私には半身となる兄がおりまして、相談してみない事には……私の一存で決められる話ではないようですので」
少女は申し訳なさの余り、何度も頭を下げ通した。
 相手の申し出を断るのはいつも気が引ける。
それは人形の館で依頼を請け負っていた時にも感じていたことだ。
だが、例え相手を不快にさせようとも、この話は即断で決められる類のものでは無かった。
 胸が張り裂けそうな思いで放った言葉だったが、ジェイクの反応は軽い物だった。
「そうですか……分かりました。確かに急な話でしたね。お兄様と十分にご相談の上、色よい返答がもらえることを期待しています。……さて、長くお邪魔してしまいました。これにてお暇させて頂きます」
それから後日、改めて返答を伺うとし、彼はドール・ロゼを後にした。


 その日の夜。
ローゼリエッタはアルストロイへ、昼の出来事を話す。
一部始終を聞いたアルストロイは、どうしたものかと頭を捻った。
「そうか、国王様が……余りにも大きな話で実感できないな」
妹は兄の言葉に同意する。
 支店出店は元々、妹の引き籠り体質を改善するべくして取った策であった。
加えて、トレット家の先代傀儡師も当代傀儡師も、名声や名誉といった物には興味がない。
彼女らは、多くの人が人形の素晴らしさに気付いてくれれば満足なのだ。
俗なことも踏まえれば、生活が出来る程度の知名度だけあれば不満はないのだ。

 やがて自然と決まった答えは、後日再来した使者ジェイクに伝えられた。
「……分かりました。残念ではありますが、王にもそう伝えさせて頂きます。何度も時間を頂戴して申し訳ありませんでした。ではまたいつか」
彼はそういって、恭しくお辞儀をし踵を返す。
 遠路はるばる二度もやってきたというのに、彼は断られても驚く程素直に帰っていった。
そんなことを気にも留めず、兄妹は今日も人形作りに精を出す。
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