反魂の傀儡使い

菅原

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11章 追う者と追われる者

森に棲む者 1

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 視界を埋め尽くす真っ赤な炎。
燃え上がる巨鎧兵の中で、一人の兵士と一人の魔法使いはもがき狂う。
「うわああ!! 火が! 火がああ!!」
巨大な人形を覆うほどの大火。やがて鉄で出来た人形は、その熱によってドロドロに溶けてしまうのだろう。
中にいる彼らは、煮えたぎる鉄液を浴び無残な死を迎えるのだ。
自身の置かれた環境に恐怖を覚えた操者は、急ぎ退路確保の為、胸の装甲を外しにかかった。
 だがその時、聞き覚えのある声が彼らの耳に入り込んでくる。
「落ち着いてください! その炎は……幻です!!」
若い男の声。その声はシャルルと共に隊長機に乗る魔法使い、リエントの物だった。
「幻だと!? こんなに大きな炎がか!?」
「そうです! 煙も上がらず、熱も持ちません! 落ち着いて!」
言われてみれば確かに、視界は赤く染まっているが特別熱いというわけではなく、発汗しているのも焦燥感からくる冷や汗の様だ。
燃え上がる巨鎧兵に乗る二人の操者は、互いに問題がないことを確認すると、後方に大きく飛び退いた。

 着地の際に地面が揺れる。
体勢を立て直し前方を見た二人は驚愕した。
先程まで自身らがいた空間に、巨大な炎が浮かんでいるのだ。
安全な場所で、冷静になってみてみれば、確かにそれは偽物の炎であるとわかる。
「なんなんだ……? これ」
「これも、森人の呪いなんでしょうか」
そうであるのならば、ガンフが言った神域という言葉にも真実味が出てくるという物。
 先ずは蠢く森。森を行く探索者を惑わし、侵入者を排除する。
続いて偽りの地平線。森の上から見る者たちも、その広大さにため息をつくだろう。
そして最後に幻の大火。突如現れた炎に怯え、人々は忽ちに逃げ出してしまう。
 三重に張り巡らされた罠の向こうに、何もないはずがない。
そこは確かに、人間にとっての『神域』と言えるかもしれない。

 対象がいなくなったことを察知したのか、幻の大火はその姿を消し去る。
代わりに革命軍の前に現れたのは、一人の男だった。
「立ち退くがいい! 異形の物よ!!」
それは、一際大きな木の上にいた。
 背中の中頃まである長い金の髪。細く鋭い眼は険しく、巨鎧兵を睨みつけている。
緑を基調とした薄手の服。そして最も目を引くのが、とがった耳だ。
それは人間に似て非なるもの。森に棲むエルフという者たちである。
 エルフは、微動だにしない革命軍を見ると、更に声を張り上げた。
「ここから先は、我々エルフの領域である! これ以上我らが地を汚すというのであれば、相応の報いがあると知れ!」
巨大な人形に恐れることもせず、彼は弓に矢を番え狙いを定める。

 エルフという言葉は、人間の世界では聞いたことのない言葉だった。
当然その名を聞いた革命軍の者達は困惑する。
 ガンフが呟いた。
「エルフ……? 一体何者なのだ」
アルストロイも呟く。
「『我らが地』と言っているのだから、森人なのでは?」
続いてセリアも。
「あまり動かない方がいいわ。気が立っているようだもの」
その三人を置き去りに、ローゼリエッタは駆け出した。


 慌てたのはローゼリエッタだ。
革命軍に侵略の意図はない。だがこの一触即発の空気。このままではいらぬ争いが起きてしまうだろう。
少女は、立ち往生している巨鎧兵の前まで駆け出し、木の上にいるエルフに話しかけた。
「申し訳ありません! 私、この軍を預かりますローゼリエッタと申します! 是非、お話をさせて頂けないでしょうか!?」
森に木霊する少女の声は、無事エルフの下へと届けられる。
警戒していたエルフは、鏃の先をローゼリエッタに向け、少しの間睨みつけた。

 追いついたアルストロイとガンフが、向けられた鏃から守るように、ローゼリエッタの前に出る。
しかし、少女はそれを制した。
「大丈夫です。言葉は通じるんですから。少し警戒しているだけですよ」
「し、しかし……」
少々粘ってみたものの、ローゼリエッタは頑なに態度を変えることはせず、二人は不安げに渋々と身を引く。

 膠着状態が続いた。風が木々を揺らす音、鳥のさえずりに虫の声だけが聞こえる。
長い時間を経て、ふと、エルフは弓を下ろした。
鋭い視線はそのままで、彼はローゼリエッタに告げる。
「そちらへ向かう。暫し待て! だが、怪しい動きをすれば……」
彼が右手を上げると、周囲の木の上、木の陰から何十というエルフが現れた。
皆一様に剣を構え、槍を突き出し、弓を引く。中には杖を持ち精神集中する者もいて、その全てがローゼリエッタに狙いを定めていた。


 革命軍は自衛の為に身構える。侵略の意図は無くても、相手が襲ってきた場合は武力を持って追い返さねばならない。
だが、ローゼリエッタはたった一つも態度を変えなかった。
 木から降りたエルフは、微笑みながら佇むローゼリエッタを見て顔を顰める。
「随分落ち着いているのだな。この程度の兵力、あの巨大な鎧に掛かれば何でもないということか?」
彼は、ちらりと巨鎧兵を見る。その鋭い眼は、一瞬で巨鎧兵の脅威を見抜いたらしい。
警戒を強めるエルフたち。彼らの警戒を解くためにも、ローゼリエッタは静かに口を開く。
「そんなこと思っていません。それに、私たちは侵略しに来たのではありません」
少女は、毅然と言い放った。

 エルフたちは確かに殺気を放ちながら武器を構えている。だというのに少女の態度は変わらない。
その態度が気に入ったのか、ローゼリエッタの言葉を信じたエルフは、武器を下ろすように周囲に指示を出した。
「……私の名は“カルヴァン”という。ローゼリエッタ……といったか。では聞こう。侵略でないのならば、これだけの兵を抱えて、この先へ何しに行こうというのだ?」
「はい、実は……」
ローゼリエッタは、カルヴァンに事のあらましを説明する。
 バルドリンガ国の暴挙、現在の人間世界の世情、そして今、王国の大群に追われていること。
最後に少女は、身を隠すために一時的に立ち入ることを許して欲しいと懇願した。

 大まかな説明を受けるカルヴァンは、目を閉じ考えを反芻する。
そして漸く答えを見つけると、冷徹に言い放った。
「申し訳ないが、やはりここを通すわけにはいかない。早急に引き返して頂きたい」
「そんな!」
ローゼリエッタの悲痛な叫び。続いてこれに言及したのはガンフであった。
「今の話を聞いていたのか!? 今引き返せば、何千何万という大群と戦わねばならぬのだ! お前は、我々に戦って死ねと言っているのか!?」
胸ぐらをつかみかからんといきり立つガンフ。だがカルヴァンは至って冷静だ。
「そうしろと言っている。冷酷と思われるだろうが、人間の世情など我々エルフには関係のないことだ。人間同士の諍いに我々を巻き込まないで頂きたい。これで話は終わりだ。さぁ皆! 村に帰るぞ!」
カルヴァンはガンフにそう言い放つと、答えを待たずにエルフたちに帰還の指示を出す。


 返ろうとするエルフたちを呼び止めたのはセリアだった。
「ちょっとお待ちになって頂けないかしら? 王国の暴走は、何も私たち人間だけの問題だけじゃないわ。貴方たちにも関係のある話なのよ?」
苦し紛れともとれるこの言葉は、運よくカルヴァンの興味を引いたようだ。
背を向け去ろうとしていた彼は足を止め、その鋭い目でセリアを睨みつける。
「一体どういうことだ?」
「どうもこうもないわ。さっきも言った通り、バルドリンガの国王ハルクエルの望みは、大陸の統一よ。なら、遅かれ早かれ、貴方たちエルフの集落も王国に襲われることになるでしょうね」
この言葉を聞いて、エルフたちは騒ぎ出した。

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