反魂の傀儡使い

菅原

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11章 追う者と追われる者

森に棲む者 2

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 騒然とする場を、カルヴァンは一喝する。
「静かにしろ!」
ざわついていたエルフたちは口を閉ざし、静かに彼の言葉を待った。
姿を現してからこれまでの言動から、彼はどうやらこの中で、最も立場の高い者のようだ。
 逡巡を繰り返し、カルヴァンは革命軍に告げる。
「お前と……あともう一人。そうだな……あの赤い巨大な鎧、一緒についてこい。長老に判断を仰ぐ。他の者達はこの場で待て」
彼が指さした先には、ローゼリエッタと赤鉄の騎士がいた。

 躊躇うシャルルを後押しするように、ローゼリエッタも赤鉄の騎士を見つめ頷く。
すると胸の装甲が外れ、緑に輝く繭が姿を現した。
やがてシャルルは、その繭を掻き分けながら胸部から這い出すと、地面目掛けて滑り降りる。
 これに驚いたのはエルフたちだ。
見たこともない巨大な鎧。その中にはやはり、見たこともない巨漢が入り込んでいるのだろうと、皆そう思っていたのに、まさかその巨大な鎧の中から、まだ年端もいかぬ少女が現れたのだ。
「……まさか、こんな幼子が……?」
その驚愕する声と表情だけで、先程まで苛立っていた革命軍は、現金なことに気を良くしてしまう。
元は王国の兵器だった物だが、見たものが驚き、褒め称えるだけで、愉悦を感じてしまう程には自慢の作品となっていた。

 二人は遠出をする準備を始める。
とはいっても、然程距離は遠くないらしく、荷物は余り多くはない。
なによりローゼリエッタの相方となる傀儡人形がいるおかげで、荷物運搬には事欠かないのだ。
 当然ながら、この傀儡人形にもエルフはひどく興味を示した。
手で叩いてみたり、撫でてみたり……初めて二人が顔を合わせた時、カルヴァンが友好的に話しかけ始めた時は、流石のローゼリエッタからも笑みが零れた。
数度の説明の後、中身をさらけ出すことで、漸く同行を許可されたのだった。
 いよいよの別れ際、リエントがある包みを差し出した。
「これを持って行ってください。バルドリンガの魔法使いが持っていた、通信用の魔法石です。少し手を加えて、僕のと通話できるようになっていますから、何かあった時はこれに語り掛けてください」
「うん、ありがとう」
ローゼリエッタは包みを受け取ると、先を歩き出したエルフの集団の後に続く。


 森を行くエルフ一行は、迷うことなく歩き続ける。まるで目的地が正確に見えているようだ。
カルヴァンは背後から付いてくる人間の女二人に近づくと、努めて優しく声をかけた。
「この森にはドリアードが住んでいるのだ」
「ドリアード?」
ローゼリエッタは、聞き覚えのない言葉に思わず問い返す。
 カルヴァンは歩きながら周囲に視線を巡らせた。
それを真似して辺りを見渡してみたが、ローゼリエッタの目に映る物は、物言わず立ち並ぶ樹木だけだ。

 暫く口を閉ざし歩くカルヴァンは、ふいに、一本の木の前で立ち止まった。
彼が樹木の枝に手を伸ばすと、枝はまるで蔦のように曲がりくねり、その手に巻き付く。
「これがドリアードだ。木々の精霊が宿った存在で、樹木以外にも、花やその辺に生えている草木もそうだ。彼らのおかげで、これまでこの森は侵入者の立ち入らない聖域であった」
ローゼリエッタにシャルルも、それを真似して樹木に手をかざしてみる。
すると手に一番近い枝がしなり、優しく掌に触れた。
まるで握手するようなドリアードの仕草に、二人の少女は微笑む。


 更に森の中を歩き、ローゼリエッタは漸くエルフの集落に到着する。
森の一部に空いた広大な広場。立ち並ぶ木造の家屋はどれも、人間の国では見た事のない建造物だらけだ。
円形である広場の中心には、他よりも大きな樹木が聳え立ち、上空から覗く者の視界から、広間を覆い隠している。
その傘の中を見れば、伸びる枝の根元に小さな小屋が幾つも建てられていて、多くのエルフが出入りしているのが見えた。
「わぁ……」
感嘆の声はシャルルの物か、それともローゼリエッタの物か。
初めて見るその光景に、二人の少女の足取りは軽くなる。

 物珍しさに辺りを見渡す人間の少女らは、エルフにとっても珍しいものであったようで、観察するような視線が幾つも突き刺さる。
その視線に気が付く頃、カルヴァンが中心にある巨木の前で立ち止まった。
「皆、ご苦労だった。私は長老の下へ報告に行く。後は解散だ。また次の見回りも宜しく頼む」
「「お疲れさまでした!」」
エルフたちはここで解散し、散り散りに広間に散らばっていった。
 残ったのはカルヴァンとシャルル、そしてローゼリエッタの三人だけ。
彼は少しだけ崩れた衣服を整えると、少女らに語り掛ける。
「ここが長老の居る場所だ。名を“イグドラ・シエド”。我々の言葉で、『世界樹の苗木』という意味だ。これからこの中で長老に会って貰うが……粗相のないようにな」
「わ、分かりました」
大人しく頷くローゼリエッタを見て、カルヴァンは一回頷くと、静かに建物の戸を開いた。
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