反魂の傀儡使い

菅原

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13章 世界の管理者

友好の宴

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 話し合いは更に進む。
ただ、セリオン側は概ね協力的で、エルフと革命軍の要望を二つ返事で了承していくだけだった。
ローゼリエッタの話を聞き、危機的な状況にあることを理解したせいでもあるが、大部分は、同じ世界の管理者であるエルフを、心の底から信頼していたからだ。
同じ神に作られた存在であり、同じ使命を持つ彼らは、種族は違えども家族同然の関係にある。
その家族が、ヒトに手を貸し戦うと言っているのならば、セリオンも共に戦うのは当然の事だった。
「どうか、世界の秩序を乱す者との戦いに、力を貸してはくれないだろうか」
カーシンの頼みを聞き、グォンは快諾する。
「勿論、共に戦いましょうぞ。我らの目的は唯一つ。世界を完全な状態に保つこと。今回ばかりは、牙を剥かねばなりますまい」
「そういってくれると信じていた。心強い限りだ。では直ぐにでも……」
色よい返事を聞き、革命軍は表情を和らげる。

 要件も済み、次の目的地へ立とうと椅子から立ち上がるカーシンだったが、グォンがそれを制した。
「待ってくだされ。もうすぐ日も落ちる。草原は我らが庭も同然で、確かに安全ではあるが……夜道は総じて危険を伴う物だ。今晩は、この集落で休んでいってはどうです?」
確かに、辺りはもう日が暮れ始めていて、これから出立するとなれば、完全に夜となってしまうだろう。
カーシンはこの提案を受け、ローゼリエッタに判断を仰いだ。
「……と、申していますが、どうするかね。ローゼリエッタ殿」
突然振られた話に驚きつつも、少女は考えを巡らす。

 現在革命軍は、人形の館を出立してから、バルドリンガ軍との接触、そして雨に打たれながら三日間の行軍と、休む間もなく続く出来事に、心身ともに疲れ果てている状態だ。
可能ならばここらで、一度ゆっくり休むべきだろう。
幸いこの辺りはセリオンの管轄で、外敵の心配は皆無だという。加えて、温暖な気候な為凍え死んだりすることはないが、態々夜道を歩く必要もない。
ローゼリエッタはそういった点を踏まえ、グォンの提案を受け入れることに決めた。
「皆、慣れない旅で疲れ果てていたところです。お言葉に甘えさせて頂きます」
恐縮してお辞儀をする少女。
一方でエルフらは、セリオンとヒトが会話を交わしたことが嬉しかったようで、顔を綻ばせていた。
 最後に、カーシンが後の段取りを提案する。
「では、本日はグォン殿の言葉に甘え、この集落で休ませて貰うとしよう。出立は明日の朝。少々忙しないとは思うが、時間が惜しいのも事実なのでな」
これにグォンとローゼリエッタが頷くことで、話し合いは終幕となった。

 椅子から立ち上がる一同。一番最後にグォンが立ち上がると、獅子の口が大きく開き、鋭い歯がむき出しになる。
すると彼は天高く咆え、集落の民に声を投げかけた。
「同胞よ!我らは古き友人エルフと、新たな友人の為に立ち上がることとなった!出立は明日の朝。旅路の準備をしておけ!それと同時に……宴の用意だ!」
「「おおおお!!!」」
それまでは、集落の中央に座していた一同を気にもかけていなかった住民たちだったが、長の声にはきっちり咆哮を返す。
 後は騒がしい時間の始まりだ。
グォンの指示を受け、ライが待機する革命軍を呼びに走る。
残ったローゼリエッタらは、集落のセリオンと共に、宴の準備を開始した。


 集落の中央。先ほどまでテーブルが置かれていた場所に、今は巨大な篝火が設けられている。
鳴り響く太鼓や笛、陽気な声に可憐な歌声。それらに合わせて篝火を囲んで踊る大勢の人々。
宴もたけなわ。酒も程々に進み、酔いつぶれる者も見える頃あいだ。
 酒瓶を片手に千鳥歩くグォンは、篝火から少し離れた位置で、膝を抱え座る一人の少女を見つけた。
赤く長い髪は炎の明かりを浴び、更に真っ赤に染まっている。
愁いを湛えた瞳。艶っぽいため息。
グォンは、何やら暗い表情を浮かべるローゼリエッタの傍に座る。
「どうかしたのかね、お嬢さん。楽しい宴だ。踊りの輪にでも入ったらどうだい?」
「いえ……私は……」
ローゼリエッタは微笑む。だがそれは、明らかに無理矢理作ったものだった。
 直ぐに炎へと視線を移した少女は、胸の前で黄色い宝石を力強く握りしめる。その宝石に気付いたグォンは、酔った勢いを利用して尋ねてみた。
「綺麗な石だ。何か……大切な物かね?」
「……これは、私の兄の魂だそうです」
答えを聞いたグォンは、しまった、と心の中で呟いた。

 グォンが生まれてからこれまでの間、森人の森からこちら側では、争いの一つも起きたことはない。
故に、優秀な身体能力を持つセリオンでありながら、命を奪い合う戦場は、一度たりとも経験したことはなかった。
そんな彼だが、父の死去の際に、戦争を良く知るカーシンから、争いの末に死んだ仲間たちの話を聞かされたことがあった。
 無力であったという悔しさ。よくもしでかしてくれたという憎しみ。そして、それを覆い隠してしまう程の深い深い悲しみ。
実際その感情を体験したことは無かったグォンだったが、確かに少女の言動からは、それらしき感情を感じることが出来た。
悔しさと恨みから宝石を握り締め、悲しみを紛らわすべく炎を見つめる。
先の一連の問答により、気持ちよく酔っていたグォンの酔いが、一気に醒めてしまった。


 気まずい空気が流れるも、そのまま黙っていなくなることも出来ず、グォンはローゼリエッタの隣で、酒瓶を傾け続ける。
そこへ、旧知の友が助け舟を出しに現れた。
「どうかね二人とも。楽しんでいるかな?」
朗らかな笑みを浮かべるエルフの老人、カーシンだ。
彼もまた、ローゼリエッタの隣に腰を下ろし、胡坐をかいて炎を見つめる。

 暫く、静かな時間が続いた。
遠くでは気の合ったエルフにセリオン、そして人間たちが馬鹿騒ぎをしている。
その様子を遠くから、冷めた目で見つめている少女に向かって、カーシンは声をかけた。
「……叱るわけではないが、余り暗い顔をしない方がいい。君を気にかける人は大勢いる。きっと皆悲しんでしまうだろう」
その声はひどく優しい。
 ローゼリエッタも分かっていた。いつまでも引きずっていてはいけないと。
これから彼女らは、王国と戦争をするのだ。悲しんでいる暇など無い。
しかしそれでも、少女の脳裏にはまだ、優しき兄の姿が焼き付いていた。
「分かってます。指示を出す者は、自信を持ち、仲間を不安にさせてはならない。でも……今でも兄さんの声が耳から離れないんです。私は兄さんに何もしてあげられなかった。ずっと家に引き籠って、人形ばかり作って、何も返してあげられなかった」
少女は、流れ出る涙を見せまいと頭をうずめる。

 あの時、ローゼリエッタが兄の死に直面した時、少女の内を占めるのは、圧倒的な後悔の念だった。
自身は人形に好きなだけ没頭し、その間の身の回りの世話は全て、アルストロイが熟してくれたのだ。
食事の準備、衣服の洗浄、湯あみの支度、就寝時間の報告、来客の対応、金銭の管理、何から何に至るまで、妹は兄に頼りきりだった。
苦労を掛けた筈だ。心配をかけた筈だ。だがあの時、アルストロイの顔は、幸せそうに笑っていたのだ。
「私はずっと守られっぱなしで!危ないことは全部兄さんが引き受けてくれて!……なのに私は、兄さんが死んだ時、安全な場所で見ているだけだった!」
少女の叫びは、周囲の賑やかな喧噪にかき消される。
宝石を握る手に力が入り、一筋の血が滴った。


 セリオンとエルフは何も語らず、少女の嗚咽だけが聞こえる。
切れた手から滴る雫が、地面を黒く染めていく。
 不意に、その宝石を握る手に一つの手が添えられた。
少女はしゃくるのをやめ、恐る恐る顔を上げる。
そこには、ローゼリエッタの初めての友人となった、セリアの顔があった。
「アルストロイは……貴女のお兄さんは、ずっと恥じていたわ。人質に取られ、妹に助け出された、無様で無力な兄だったと。彼はそれでも精一杯、貴女を守る盾になりたかったのよ。貴方が大事で、大好きだったから……」
添えられた手は暖かく、硬く握りしめられた少女の手を解いていく。
それから、隣からも声が聞こえた。
「兄の事を思うのであれば……笑ってあげることだ。貴方に助けられた命は、こんなにも幸せに生きているのだと」
カーシンは、果実酒の入ったカップを一つ、ローゼリエッタの横に置く。
少女がそれを手にしたことを確認すると、自身も酒の入ったカップを取り出し、篝火に向かって掲げた。
「勇敢な戦士に……乾杯」
一気に酒をあおると、顔を顰めて酒臭い息を吐く。
それに習って、グォンも酒瓶を傾ける。続いて、ローゼリエッタも果実酒に口を付けた。

 丁度その頃、まるで見計らったかのように、千鳥足で歩く少女が一人近寄って来た。
幼い顔立ち、華奢な体。その少女は、巨鎧兵隊の隊長シャルルであった。
シャルルは、呂律の回らない口を一生懸命動かして、ローゼリエッタにもたれかかる。
「あー!ロゼお姉さま!ここにいらんれすかあ?まったくう……心配させないで下さいよぉ」
倒れ込む少女をローゼリエッタは受け止める。
すると、シャルルの目に、泣いて真っ赤になったローゼリエッタの目が映った。
「わぁ!泣いてたんですか!?お姉さま!あたしがぁ、慰めてあげますよぉ?」
慌てたり、泣いてみたり、笑ってみたり。忙しなく表情を変えるシャルルを見て、ローゼリエッタは思わず笑い出す。
「ふふふっ、あはははは!」
少女の中で何かが吹っ切れたようで、目を手でこすり勢いよく立ち上がると、果実酒を思い切り流し込み叫んだ。
「よし!私たちも踊るわ!」
ローゼリエッタは一目散に、自身の傀儡人形が置かれている場所に走る。
少ししたら、多くの観客の視線を集める少女の姿がそこにはあった。
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