反魂の傀儡使い

菅原

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14章 新たな力

ドワーフと巨鎧兵 1

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 連合軍が結成された翌日から、ドワーフ達は目の回る忙しさだった。地面に穴を掘り、柱を突き立て、土を盛り、掘っ立て小屋を幾つも幾つも建てていく。雨は降る筈もないが、夜風は草原をそよぐので、それを防げる程度の壁は必要なのだ。
 忙しくともその時間は、彼らにとっては苦にならない時間であったのもまた事実だ。彼らにとって物を作るという工程は、人が戯れに本を開くのとほぼ同義。自らが設計した物が、徐々にできるその道程を楽しみながら、約六日かかって連合軍の住む住居群が完成する。

 ドワーフらが次に手を付けたのは、巨鎧兵の改修だ。というのも、彼ら物作りにとっては未知の存在である巨鎧兵が、非常に興味をそそられる対象であったようだ。先ずは一機、街でも一番有名な工場に運び込まれ、技師たちの前に姿を晒すことになる。
 巨鎧兵と共に、巨鎧兵隊、傀儡師隊、更には巨鎧兵の製造に携わった、錬金術師のジェシーが一同に集結する。
 それから暫くすると、工場の奥から老獪なドワーフが一人現れた。身長は低いが太く張りのある腕。その腕の持ち主の顔は、ローゼリエッタがどこかで見た事のあるものだ。
 予期せぬ人物の登場に、少女が声を上げる。
「マシリオンさん!?」
 マシリオンは、ドワーフの長老としてローゼリエッタの前に姿を見せた時、ローブを羽織った聖職者風の老人であった。ところが今はどうだ。長いズボンに半そでのシャツ。腰回りには沢山の工具を吊るした帯を巻き、そこらのドワーフ顔負けの職人然としている。右手で左肩を掴み、左腕をぐるりと回す姿は、先の物腰低い老人の物とは思えない。
 少女の呟きに気付いたマシリオンは、少し気まずそうに微笑んだ。
「そんな驚かないでくれや。お互い立場ってものがある。あの時はそういう立場だったんだ。だが今は、ドワーフの一技師。悪いが、このままいかせてもらうぞ?」
 はきはきと喋るその様子から、気持ちの高鳴りを感じる。
 彼は辛抱たまらなかったのだ。目の前に自立する巨大な鎧という最高のえさを前にして、お預けを食らうこの状況が。

 マシリオンに続き、工場の奥から次々とドワーフが現れた。彼らはマシリオンの弟子にあたる者達だ。
 セリオンとは違いドワーフの長老は、ある周期ごとに集落内の最年長が選ばれる決まりとなっていた。当代の長老は既に三百年余りを生きている。これだけ生きれば技術力も長け、その技を盗もうと多くの若者が、弟子にしてくれ、と押し寄せるのも当然の事。来るもの拒まずの精神で受け入れていたら、百を超える数の弟子が出来てしまった。弟子の数は腕の良さ。ドワーフの中でマシリオンの存在は、半ば伝説の扱いを受けている。
 ドワーフの技師たちは、膝をつく巨鎧兵の前で整列する。
 その最前列で、マシリオンは一人唸った。
「むぅ……一体どういう仕組みだ? ただの鉄の鎧のようだが、これだけ巨大なものが一体どうやって……」
 ぶつぶつと呟く声は、誰の耳にも届かない。
 やがて彼は動きを止めると、突然駆け出し声を荒げた。
「おい! 誰かこれの仕組みを説明できる者は!?」
 即座に返事したのは巨鎧兵隊の隊長シャルルだ。
「は、はい! 全部とは言いませんが、大体分かるかと思います」
 シャルルは立ち並ぶ群れから外れ、急ぎ騒ぐドワーフの下へと駆けつける。

 皆に背を向け幾つかやり取りをする二人。次第にその声は熱を帯び、穏やかな雰囲気から遠ざかっていった。
「……だから、そんなことはありえんと言っているんだ!」
「そんなこと言われても……これまでずっとそうやって動いてましたよ!」
「ええい、埒が明かん! ローゼリエッタ殿! ちょっとこっちに来てくれ!」
 白熱する二人からの呼び出しを受け、ローゼリエッタも群れを飛び出す。二人に合流した彼女を待っていたのは、厳しいの難詰の声であった。
「この小娘から聞いたが、この鎧が糸で動いているというは本当か?」
「はい、確かに糸で動いていますが」
 さも当然の如くローゼリエッタは頷く。
 それをみたマシリオンは仰天し、目と口を開け固まってしまった。
 一体どういうことなのか、その場にいたシャルルに救いを求めたローゼリエッタだったが、シャルルも困ったように首をかしげた。

 まさかローゼリエッタからも同一の答えが返ってくると思わなかったマシリオンは、努めて優しく告げる。
「いいかね? あれは、唯の鎧とはいえ巨大な鉄の塊なのだ。その重量は、ドワーフが何十と居て漸く少し動くかどうかという程に重い。それだけの重量を持つ物質が、どうして自立しているのか、どうやって動いているのかとわしは尋ねた。そしたらこの小娘は、魔力で強化した糸と宣う。そして貴女も糸の力で動くという。……魔法とは確かに素晴らしい力であることは認めよう。不可能をも可能にしてしまう強大な力だ。だがそれでも、絶対に不可能なこともある。新たな物質の生成。黙する死者の復活。そしてこの場合は、許容量を超えるまでの強化だ。糸はどれだけ強化しても所詮は糸。許容量を超えれば即座に自ら断裂し、許容量の内であれば、あれだけの重量を持つ物を動かせる筈がない」
 豊富な物質の製造知識をもつ彼は、巨鎧兵の存在の矛盾点を言葉で捲し立てた。それと同時に、何故こんなにも当たり前のことに誰も疑問を持たなかったのか、不思議に思う。

 マシリオンの言葉を聞いたローゼリエッタは、ほんの少しだけ気に障ったようだ。彼女の操る人形もまた、糸の力を借りて動く操り人形。今でこそ魔力の力も借りて操ってはいるが、以前はそれこそ糸の力のみで人形を操っていたのだから。
 少々気を荒立てたマシリオンに向かって、少女は言い放つ。
「私の操る傀儡人形も、糸の力で動く物でした。なれば、巨鎧兵が動いても不思議ではないと思いますが」
「貴女の操る傀儡人形とやらは、あんなにも大きいのか?」
「……いえ、私より頭一つ大きいくらいで……」
 やはり理解を超えた返事を受け、マシリオンはいよいよ悪態をつき始める。面倒臭そうに頭を掻きむしり、言葉遣いも更に砕け、低い声を荒げた。
「あのなぁ……小さな状態で出来たからと言って、それをそのまま巨大化したって上手くいくもんじゃないんだ! 素人はこれだから面倒臭い! いいかね!? 素材の形状維持に加え、接合部の耐久度、重力の存在も考えたら、そもそも自立させるのすら難しいのだ! ちょっと見てみたが、あれは本当に『唯の鎧』なんだよ。部品と部品を溶接しているというわけでもない。いうなれば、お前さんが鎧を着て、そのままお前さんだけを引っこ抜いた状態だ。本来は人体に固定される筈のものが、そのまま浮いて立っているんだ。崩れ落ちないこと自体可笑しな話だろう!?」
 捲し立てる言葉は理解できても、その意味まで理解するに至らない。事実彼女らはこれまで、その可笑しな存在を自在に操ってきたのである。もはや二人の少女は、マシリオンを納得させる言葉を持ち合わせていなかった。
 しかしこれは特段不思議な事ではない。何故なら彼女らは、巨鎧兵の中にある糸に手を加えたことはあるが、鎧を組み立てる段階において必要とされたことが無かったのだ。操者はあくまで操者であり、それらの工程は全て、バルドリンガの技師が担っていた為、技師の問に答えることがそもそも無理な話であった。
 ともなれば、後は単純なことだ。実物を見せて、自ら解決してもらえばいい。
「貴方の疑問に答える術を私たちは持ちません。どうでしょうか。まずは一回、あの中を見られてみては」
 その言葉を待っていたと言わんばかりに、シャルルは駆け出し巨鎧兵へと乗り込んだ。
 胸の装甲を外す機構を弄り、その内部が、漸くドワーフの目に曝け出される。
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