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15章 神域戦線
反魂の傀儡使い 1
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怒りという感情は、時として人に大きな力を与える。その感情は一時的にではあるが、通常では無しえない事象さえをも起こし得る可能性を秘めている。……だがそれは、残念なことに全ての場合で当てはまるというわけではない。
怒りに打ち震えたローゼリエッタは、それからの戦いに苛立っていた。
パンドラが振る剣は悉くが空を切り、当たったと思われた物はうまい具合に受け流されてしまう。それまで圧倒していた筈の戦況は一変し、今では防戦一辺倒といってもいい。
一方でパシウスの表情は、先程までの切羽詰まった雰囲気は一切なく、微笑みを浮かべる程にまで回復していた。強者との戦いを心から楽しむその顔は、ローゼリエッタにとって不適で挑発的にも見える。
立場が逆転した最大の要因は、両者の心持によるものだ。
まだ人間としても、戦士としても若い少女を認め、奢ることなく戦う一流の戦士。その戦士は、少し前まで人形に躍起になっていたのが嘘のように、パンドラとローゼリエッタを翻弄している。
彼は相手の力を認め、冷静さを取り戻すことで戦況を一変させることに成功したのだ。
ところが怒りに身を任せたローゼリエッタはどうだ。操るパンドラに先程までの洗練さは無く、強さどころか美しさの点を取ってみtめお余り良いとは言えない。
どうやら怒りという感情は、傀儡師にとって頗る必要のない感情だったらしい。中でもトレット家の技術は、大部分を糸の力に頼っている。その繊細な作業を熟す手が、怒りに震えてしまっては真面に動くことは難しい。
彼女らが戦う為に必要な物は、何事にも冷静に対応する静かな心であって、怒りでは無かったのだ。だというのにローゼリエッタは、怒りに身を任せることで、全力で戦っていると勘違いしてしまった。
(なんで……なんで当たらないの!? あんな奴がのうのうと生きていていい筈がないのに!)
思い通りにならない現状に苛立つ少女。その心の隙をつき、剣士は攻勢に移る。
パンドラの剣が横に振るわれる。その太刀筋は酷く粗暴で、一介の兵士にも止められる程に落ちてしまった。
パシウスはその剣を、後退することで余裕をもって回避する。そして一転、そのまま一回転するパンドラへと駆けよると、周囲を取り巻く糸へと剣を振り下ろした。
その斬撃は、型を熟している最中のローゼリエッタにとって回避することは難しい。なれば当然、振られた剣はまっすぐに振り切られ、糸がまた一本断ち切られる事になる。それが戦闘に与える影響は凄まじく、目に見えてパンドラの動きが鈍くなるのが分かった。
二本目の糸が切れ、パンドラは大幅に能力が低下してしまった。だがそれでも現在のパシウスよりも能力は高く、油断は禁物だ。それに加えて体に負った無数の傷。多量の出血により意識は朦朧としていて、気を抜けばそのまま倒れてしまいそうな程には重症である。
それでも彼は、この至福の時間を惜しむように歯を食いしばって剣を振るった。
急速に戦況が悪化する状況にローゼリエッタは焦り始めた。煩わしそうに剣を振り回し、パシウスを引き離そうと画策する。だがローゼリエッタは、使い慣れた型を高速で熟すことで漸く猛将と戦えるに至ったのだ。その場しのぎで放った剣撃がいまさら通用する筈がない。距離を取ろうとする傀儡師を逃すまいと、パシウスも必死に張り付いていく。
人形が振り回す剣はもはや児戯にも等しい。
腰が入らぬ、技も乗らぬ、唯腕の力で振るう早いだけの斬撃。虚実の無いその振りは、唯の威嚇行動であるのは明白だ。
これに対しパシウスは、思い切り剣を振り、パンドラの持つ剣をかち上げて見せた。
弱まったパンドラの力では耐えきれず、刃毀れのない綺麗な剣がくるくると宙を舞う。
しまった。ローゼリエッタがそう思った時には全てが遅かった。
剣を持っていた右腕が切り落とされた。続いて左足が切断され、体勢を崩したパンドラは地面に崩れ落ちる。
これまで負けを知らなかったトレットの傀儡が、次々と壊されていく。
その光景を見たローゼリエッタは、漸く恐怖という物を感じた。あと少しすれば今解体されている人形のように、自身の身体も壊されてしまうのだろう。漠然とそういった考えが浮かび、背筋に悪寒が走る。
ローゼリエッタは堪らずその場を脱しようとした。逃げられるかどうかはともかく、咄嗟の物だった……だがパシウスがそれを逃す筈がない。
パシウスは逃げ回る少女を見て勝利を確信し、最後の力を振り絞って剣を構えたそのままに地を駆ける。そして逃げようとする少女目掛けて剣を振り下ろした。
回避は辛うじて間に合った。しかし汚れの一つもついていなかった綺麗なドレスは、左の肩口から袖にかけてばっさりと切り落とされてしまう。
ローゼリエッタは咄嗟に肩に手を当てる。すると鋭い痛みと共に、ぬるっとした感触が指に触れた。シミの一つもない白い肌に、一筋の血が流れる。
「くぅっ!!」
痛みを堪える悲鳴と共に、傷口を抑えるローゼリエッタ。とにもかくにも離脱をと、遂には背を向けて駆け出す。
しかしパシウスは逃さない。返す刃は更にスカートを断ち切り、その先にある足を切り裂いた。
激痛が走る。肩の痛みとは比べ物にならない。これまで少女が一度も感じた事のない部類の痛みだ。
スカートは腰から下まで切り裂かれ、足は脹脛を縦に切り裂かれた。
それでも少女は、生きる為に足を動かす。周囲にいるセリオン兵にパラミシア兵も、既に少女を助け出そうと動き出している。ところが痛みに慣れていない少女の方がそれに耐えられなかった。
「はぁっ!! はぁっ!! ……っ!? ああっ!!」
足はもつれ、ローゼリエッタは遂に地面に倒れ込んでしまった。思わず背後を見れば、既にパシウスがぼろぼろの剣を振り上げている。
「……っ!」
振り下ろされる剣を見て、思わずローゼリエッタは目を瞑った。痛みから逃げるように、恐怖から逃げるように、今起きている事実を全て否定するかのように強く強く瞑る。
次に上がった声は意外にも女性の物では無かった。そもそもが悲鳴ではなく驚愕する声である。
「なっ……なんだと!?」
パシウスの驚く声に、少女は恐る恐る目を見開く。
そこには、見慣れた背中があった。
パシウスが振り下ろした剣は、ローゼリエッタの傀儡人形、パンドラの左腕によって受け止められていた。
彼は驚愕する。その人形は確かに先程、右腕を切り落とし、左足を切り落とし、糸すらも切断し完全に無力化した筈なのだ。背後に転がっている筈の木偶人形。それが今、目の前で左腕を持ち上げて剣を受け止めていた。
「何故動く!? 足を切り落としたのだぞ!? 動力となる糸もだ! もはや動ける筈が……っ!?」
起きた現象に驚愕し、暫し呆然とするパシウス。だが、更なる驚愕がパシウスを襲う。
ばちりと一つ、甲高い音が鳴った。
次第にその音は数を増し、何時だったかに聞いた恐怖の音へと変わっていく。
バチバチと何かがはじける音と共に、パンドラの身体を黄色い光が包み込む。やがてその光はゆらゆらと揺蕩い始め、失った両腕、左足へと集まり始める。
目の前で起きる現象に危機感を覚えたパシウスは、剣を引き抜きすぐさま後ろに飛び退く。それとほぼ同時に、周囲を眩い光が包み込んだ。
発光が止むとそこには悠然と立つパンドラの姿があった。
失った手足は黄色い雷が変わりとなり、頭部からも黄色い光が垂れ落ちる。それはまるで長い髪の毛のようで……仁王立ちするその姿はローゼリエッタにある人物を思い出させる。
「にい……さん……?」
その呼びかけに答えるように、パンドラは動き出した。
ヒトの声とは思えない、幾つもの音を重ねたような片言の唸り声を放ちながら、狼狽するパシウス目掛けて高速で駆けてゆく。
「ロ……ゼ……マモル……マモ……ル……」
放電音は更に激しさを増し、雷腕は更に凶悪に尖り始める。
その痛々しい腕が、呆気にとられるパシウスに襲い掛かった。
怒りに打ち震えたローゼリエッタは、それからの戦いに苛立っていた。
パンドラが振る剣は悉くが空を切り、当たったと思われた物はうまい具合に受け流されてしまう。それまで圧倒していた筈の戦況は一変し、今では防戦一辺倒といってもいい。
一方でパシウスの表情は、先程までの切羽詰まった雰囲気は一切なく、微笑みを浮かべる程にまで回復していた。強者との戦いを心から楽しむその顔は、ローゼリエッタにとって不適で挑発的にも見える。
立場が逆転した最大の要因は、両者の心持によるものだ。
まだ人間としても、戦士としても若い少女を認め、奢ることなく戦う一流の戦士。その戦士は、少し前まで人形に躍起になっていたのが嘘のように、パンドラとローゼリエッタを翻弄している。
彼は相手の力を認め、冷静さを取り戻すことで戦況を一変させることに成功したのだ。
ところが怒りに身を任せたローゼリエッタはどうだ。操るパンドラに先程までの洗練さは無く、強さどころか美しさの点を取ってみtめお余り良いとは言えない。
どうやら怒りという感情は、傀儡師にとって頗る必要のない感情だったらしい。中でもトレット家の技術は、大部分を糸の力に頼っている。その繊細な作業を熟す手が、怒りに震えてしまっては真面に動くことは難しい。
彼女らが戦う為に必要な物は、何事にも冷静に対応する静かな心であって、怒りでは無かったのだ。だというのにローゼリエッタは、怒りに身を任せることで、全力で戦っていると勘違いしてしまった。
(なんで……なんで当たらないの!? あんな奴がのうのうと生きていていい筈がないのに!)
思い通りにならない現状に苛立つ少女。その心の隙をつき、剣士は攻勢に移る。
パンドラの剣が横に振るわれる。その太刀筋は酷く粗暴で、一介の兵士にも止められる程に落ちてしまった。
パシウスはその剣を、後退することで余裕をもって回避する。そして一転、そのまま一回転するパンドラへと駆けよると、周囲を取り巻く糸へと剣を振り下ろした。
その斬撃は、型を熟している最中のローゼリエッタにとって回避することは難しい。なれば当然、振られた剣はまっすぐに振り切られ、糸がまた一本断ち切られる事になる。それが戦闘に与える影響は凄まじく、目に見えてパンドラの動きが鈍くなるのが分かった。
二本目の糸が切れ、パンドラは大幅に能力が低下してしまった。だがそれでも現在のパシウスよりも能力は高く、油断は禁物だ。それに加えて体に負った無数の傷。多量の出血により意識は朦朧としていて、気を抜けばそのまま倒れてしまいそうな程には重症である。
それでも彼は、この至福の時間を惜しむように歯を食いしばって剣を振るった。
急速に戦況が悪化する状況にローゼリエッタは焦り始めた。煩わしそうに剣を振り回し、パシウスを引き離そうと画策する。だがローゼリエッタは、使い慣れた型を高速で熟すことで漸く猛将と戦えるに至ったのだ。その場しのぎで放った剣撃がいまさら通用する筈がない。距離を取ろうとする傀儡師を逃すまいと、パシウスも必死に張り付いていく。
人形が振り回す剣はもはや児戯にも等しい。
腰が入らぬ、技も乗らぬ、唯腕の力で振るう早いだけの斬撃。虚実の無いその振りは、唯の威嚇行動であるのは明白だ。
これに対しパシウスは、思い切り剣を振り、パンドラの持つ剣をかち上げて見せた。
弱まったパンドラの力では耐えきれず、刃毀れのない綺麗な剣がくるくると宙を舞う。
しまった。ローゼリエッタがそう思った時には全てが遅かった。
剣を持っていた右腕が切り落とされた。続いて左足が切断され、体勢を崩したパンドラは地面に崩れ落ちる。
これまで負けを知らなかったトレットの傀儡が、次々と壊されていく。
その光景を見たローゼリエッタは、漸く恐怖という物を感じた。あと少しすれば今解体されている人形のように、自身の身体も壊されてしまうのだろう。漠然とそういった考えが浮かび、背筋に悪寒が走る。
ローゼリエッタは堪らずその場を脱しようとした。逃げられるかどうかはともかく、咄嗟の物だった……だがパシウスがそれを逃す筈がない。
パシウスは逃げ回る少女を見て勝利を確信し、最後の力を振り絞って剣を構えたそのままに地を駆ける。そして逃げようとする少女目掛けて剣を振り下ろした。
回避は辛うじて間に合った。しかし汚れの一つもついていなかった綺麗なドレスは、左の肩口から袖にかけてばっさりと切り落とされてしまう。
ローゼリエッタは咄嗟に肩に手を当てる。すると鋭い痛みと共に、ぬるっとした感触が指に触れた。シミの一つもない白い肌に、一筋の血が流れる。
「くぅっ!!」
痛みを堪える悲鳴と共に、傷口を抑えるローゼリエッタ。とにもかくにも離脱をと、遂には背を向けて駆け出す。
しかしパシウスは逃さない。返す刃は更にスカートを断ち切り、その先にある足を切り裂いた。
激痛が走る。肩の痛みとは比べ物にならない。これまで少女が一度も感じた事のない部類の痛みだ。
スカートは腰から下まで切り裂かれ、足は脹脛を縦に切り裂かれた。
それでも少女は、生きる為に足を動かす。周囲にいるセリオン兵にパラミシア兵も、既に少女を助け出そうと動き出している。ところが痛みに慣れていない少女の方がそれに耐えられなかった。
「はぁっ!! はぁっ!! ……っ!? ああっ!!」
足はもつれ、ローゼリエッタは遂に地面に倒れ込んでしまった。思わず背後を見れば、既にパシウスがぼろぼろの剣を振り上げている。
「……っ!」
振り下ろされる剣を見て、思わずローゼリエッタは目を瞑った。痛みから逃げるように、恐怖から逃げるように、今起きている事実を全て否定するかのように強く強く瞑る。
次に上がった声は意外にも女性の物では無かった。そもそもが悲鳴ではなく驚愕する声である。
「なっ……なんだと!?」
パシウスの驚く声に、少女は恐る恐る目を見開く。
そこには、見慣れた背中があった。
パシウスが振り下ろした剣は、ローゼリエッタの傀儡人形、パンドラの左腕によって受け止められていた。
彼は驚愕する。その人形は確かに先程、右腕を切り落とし、左足を切り落とし、糸すらも切断し完全に無力化した筈なのだ。背後に転がっている筈の木偶人形。それが今、目の前で左腕を持ち上げて剣を受け止めていた。
「何故動く!? 足を切り落としたのだぞ!? 動力となる糸もだ! もはや動ける筈が……っ!?」
起きた現象に驚愕し、暫し呆然とするパシウス。だが、更なる驚愕がパシウスを襲う。
ばちりと一つ、甲高い音が鳴った。
次第にその音は数を増し、何時だったかに聞いた恐怖の音へと変わっていく。
バチバチと何かがはじける音と共に、パンドラの身体を黄色い光が包み込む。やがてその光はゆらゆらと揺蕩い始め、失った両腕、左足へと集まり始める。
目の前で起きる現象に危機感を覚えたパシウスは、剣を引き抜きすぐさま後ろに飛び退く。それとほぼ同時に、周囲を眩い光が包み込んだ。
発光が止むとそこには悠然と立つパンドラの姿があった。
失った手足は黄色い雷が変わりとなり、頭部からも黄色い光が垂れ落ちる。それはまるで長い髪の毛のようで……仁王立ちするその姿はローゼリエッタにある人物を思い出させる。
「にい……さん……?」
その呼びかけに答えるように、パンドラは動き出した。
ヒトの声とは思えない、幾つもの音を重ねたような片言の唸り声を放ちながら、狼狽するパシウス目掛けて高速で駆けてゆく。
「ロ……ゼ……マモル……マモ……ル……」
放電音は更に激しさを増し、雷腕は更に凶悪に尖り始める。
その痛々しい腕が、呆気にとられるパシウスに襲い掛かった。
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