反魂の傀儡使い

菅原

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16章 休息の時

終戦処理

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 八百の巨鎧兵が無力化され、更に軍を束ねる指導者が倒れたことで、王国軍は直ぐに降伏宣言を上げた。その余りに迅速な行動は、予め決められたものとも予見できるが、真偽は定かではない。
 降伏宣言はすぐに革命軍に受け入れられ、両軍はそれぞれ戦後処理に追われることになる。
 尤も両軍と言っても、敗戦したバルドリンガ軍がすることは一つしかない。勝利した革命軍の指示に従うだけだ。
 一方で革命軍側の熟さねばならないことはとても多い。捕虜となる王国軍の監視から始まり、戦争で負傷した者達の治療。セリオンらは戦争で変形してしまった草原の整備もしなければならない。また、捕虜を生かすための食糧の確保や、後の戦いの為に武具の調整も欠かせない。
 そういった諸々の処理を熟している間に、瞬く間に時間が過ぎていった。


 壮絶な戦いから三日が経ち、漸く目を覚ましたパシウスは、見慣れぬ部屋に困惑した。
「……? どこだここは……ぐぅっ!?」
 咄嗟に身体を起こしたパシウスに激痛が走る。体をよく見てみれば、傷の治療の為か包帯でぐるぐる巻きだ。
 痛みにより冷静さを取り戻すと、改めて周囲をよく観察した。天井、壁、床の材質から、洞窟の中のように思える。周囲には多数の王国兵士が屯っていて、心配そうにパシウスを見つめていた。
「パシウス様!? おい! 目を覚まされたぞ!! パシウス様……御気分はいかがでしょうか?」
「ああ、節々痛むが特に問題はなさそうだ。……お前たちがやってくれたのか?」
 頻りにパシウスの様子を気にしているのは、パシウス直属部隊の隊長に当たる人物だ。目覚めたばかりのパシウスに、彼はこれまでの事を細かに伝えていく。
「……何!? では怪我人の処理は、反乱軍の治癒術師がしてくれたというのか?」
「はい。ここはドワーフという種族が掘った鉱山の地下です。幽閉されて間もなく、反乱軍の主と共にやってきまして……」
「主というと……あの娘のことか」
「はい。パシウス様と戦った、あの傀儡師の女にございます」
 パシウスは意識を失う前の光景を思い出す。

 肉親か恋人か。兎も角親しい人を殺された反乱軍の指導者。彼女が向ける視線は殺気で染まり、そのまま人を殺めてしまえそうな程に鋭かった。
(あれは確かに憎悪で埋め尽くされた者の目だった。ならば勝利した今、傷の手当等せず苦しむ様を楽しんでいても良いものだが……そういえば気絶する直前、あの人形から私を庇っていたような……)
 自軍が敗戦したことを理解し、自らが捕虜となり下がったことを理解したパシウスは、捕虜の扱いとは程遠い自分の境遇に首を傾げる。
 痛む体の下にはふかふかの毛皮が敷いてあり、体に巻かれている包帯も白く清潔な物だ。遠くにいる兵士の前には食器らしき物も置かれていて、遠くからでも旨そうな匂いを漂わせている。
 ぐぅ。
 匂いに反応して腹の虫が鳴った。不意に手で腹を抑えると、部隊長が背後から一つの器を取り出す。
「申し訳ありません。目を覚まされたのが嬉しくて忘れていました。どうぞこれを」
 差し出された器には、白い粥が入っていた。
「これは……?」
「これも反乱軍の者が……消化に良い物をと用意してくれまして」
 器を受け取ってみると、頻繁に支給されていたのかまだほんのりと温かい。

 パシウスは改めて、遠くにある器の中身を見た。
 その中には、鳥か獣の肉を焼いたものとパンが一欠けら。野菜が入ったスープのような物も見える。
(怪我人と健常者で違う飯を支給しているというのか? ……そういえば檻のような物も見当たらないな。それにこの毛皮……なんだこの扱いは。本当に我々は、戦いに敗北し、捕虜となったのだろうか)
 ぐぅ。
 空腹では頭も働かぬと、パシウスはまだ混乱する頭を休め、食事をとることにした。


 食事後。自身のおかれた立場を理解できないパシウスは、その事を取り合えず横に置き、軍事関係の事に頭を働かせることにした。
「我々は先の戦いに敗北したのだろう? 捕虜となり幽閉されて……いるんだよな? 被害はどれだけ出たんだ?」
「そ、それが……」
 いつもはきはきと受け答えする部隊長が、珍しく言い淀む。彼のその態度が、パシウスの不安を余計に煽る。
「そんなに多いのか?」
 静まり返る中、思わず声を窄めてしまう。すると部隊長の口から思いもしない言葉が飛び出した。
「ゼロです」
「……は?」
「ですから、被害はゼロです。怪我人は多数出ていますが、死者は一人もいません」
 目の前にいる男が、どれだけ誠実で嘘をつかない男かパシウスは知っている。しかしその報告は、とても信じられるものではなかった。
「そんなことがあるか! あれだけ激しい戦争だったのだぞ!? それなのに一人も死んでいないだと!?」
「私も目を疑いましたが、確かにございます。巨鎧兵団八百名。親衛隊百名。王国戦士団二百名。計千百名。その全てが、この広大な地下広場に集められています」
「そんな……馬鹿な……」
 パシウスは、兵士が犇めく広場を見渡し唖然とする。

 彼がこれまでに幾度となく経験した『戦争』という行為で、両軍、またそのどちらかの軍が、被害ゼロで済んだことは一度もない。
 技術の急速な発展により、近代になって漸く戦争の中に『兵器』と呼べるものが現れ始めたが、まだまだ大部分を白兵戦に頼る現代の戦争において、被害をゼロに留めるということは、どれだけ一方的な戦いであろうとも不可能なことだ。
 敵国の兵士は、死にたくないから死に物狂いで剣を振るう。なれば自分も、死に物狂いで剣を振るわねば殺されるだけなのだ。命を奪い合うのが戦争だというのに、相手の事を気遣って戦う兵士がどこにいるというのか。
 唯一例外を上げれば、巨鎧兵を始めて導入したバルドリンガが、パラミシア国を侵略した時だけが、バルドリンガ軍の被害ゼロで終戦という結果に終わっている。
 しかしそれは、人間を超越した新兵器のみを大量投入したという特殊な例であり、そこに歩兵隊が含まれていたのならばゼロに抑えることは出来なかっただろう。
 それだけ難しい事を、反乱軍の面々はやってのけたのだ。王国軍の攻撃により尊い犠牲を払いながらも、王国軍側の被害をゼロのままで打ち負かすことに成功した。

 パシウスは部屋の中で笑い合う兵士を見て思う。
(なんて……なんて尊い者らなのだ。敵であろうとも命を奪うことをしない。馬鹿と罵ることも出来るだろうが……しかし……)
 彼は感謝していた。共に戦ってくれた兵士たちを生かしていてくれていることに。
 ただ一人もかけることなく、今この場での談笑を許してくれていることに。
 当初は、どれだけ狡賢い策謀が張り巡らされているのかと懸念していたが、目の前に広がる光景を見て、パシウスはあれこれ考えることを放棄した。


 更に数日が経ち、パシウスは自ら行動できるまでに回復する。久しぶりに自身の足で立ち上がると、凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをした。
「んんっ……ははは、体中ばきばきだ」
 何度か柔軟を繰り返し漸く一息つく頃、見計らったように一人の少女が姿を表す。少女は獅子の顔をした巨漢と見覚えのある無頼漢を従え、まっすぐにパシウスの下へと近づいてくる。
「体調はいかがですか?」
 ローゼリエッタは冷たい口調で語りかけた。
 パシウスはそちらを向くと、並ぶ二人の戦士をちらりと見てから笑顔を作る。
「好調だ。少し運動不足だがな……貴女には色々と取り計らって頂いたようだ。感謝する」
 二人の戦士の鋭い視線をものともせずに、パシウスは頭を下げた。
「気にしないでください。兄を人殺しにしたくなかっただけですから」
「生かすだけならこんな手厚くする必要はないだろうに。……ははぁん、分かったぞ。王国軍から反乱軍に寝返った兵士が、『あの者達には勝利の女神がついている』『本当の聖女を私は見た』と言っていたが……どうやら貴女の事だったようだ」
 パシウスは笑顔を崩さない。既に疑惑も晴れ、彼らの言う言葉が事実だと確信していたから。
 だがローゼリエッタの顔は苦しそうに崩れてしまう。悔しそうに歯を噛みしめ、拳を握り締め堪らず叫ぶ。
「やめて! ……ふふふ……何が聖女ですか。結局彼らは貴方たちに捕まり、もうこの世にはいないんでしょう?」
「……残念ながら」
「……ほら、私は何もできなかった。皆死なせない為に頑張っていた筈なのに。でいただけだった。なのに……」
 パシウスの言葉を受け、苦しそうだった少女の顔は悲しそうな顔に変わる。

 暫しの沈黙。
 だがそれも一瞬の事で、少女は直ぐに表情を引き締めるとパシウスに向けて言い放った。
「貴方たちの処遇を伝えます。私たちの目的は、バルドリンガ王都の制圧です。もっと端的に言えば、国王ハルクエルの身柄を拘束することです。それを成し遂げるまで、貴方たちにはここで大人しくしていただきます。もし反抗するというのであれば……」
 ここまで来て漸く、ついてきた二人の戦士が武器を構える。突き出された剣はパシウスの喉元に迫り、場は一時騒然とした。

 彼らが行ったことは単純な武力による脅しだ。
 王国軍の兵士らは、衣食住が確保され、生活も不自由しない状態にしてあるが、武器は取り上げられたままである。この状態で武器を持った兵士を相手に事を構えるのは分が悪い。そう思わせるのが狙いだ。
 だがローゼリエッタらの思惑は外れ、パシウスは意外な対応を取り始めた。
「了解した。我々はこの快適な空間で暫しの間、休暇を貰うとしよう」
 これで話は全て終わってしまった。ローゼリエッタの要望は受け入れられ、革命軍は後に待つ本戦に向けて尽力することが出来る。
 だがローゼリエッタにはどうにも、パシウスが素直過ぎて納得がいかなかった。
「聞き分けが良すぎませんか? 一体何を企んでいるんです」
「何も企んじゃあいないさ。もともと王国に忠誠など誓っていないのでね。貴女にも言った通り、強い相手と戦えればそれでよかったのだ。何も王国に限った事ではない。尤も……私以外の者達はどうかわからないが」
 四人の視線が周囲を彷徨う。だが彼らの前に立ち上がる者は一人もいなく、パシウスが改めて了承する形で、その場は落ち着いた。
 
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