反魂の傀儡使い

菅原

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16章 休息の時

山の民の贈り物

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 先の大きな戦いが過ぎ、敗北した王国にいまだ動きは見えず。警戒を強めているのか、将又戦いの準備に躍起になっているのか……戦争の敗北を知らないことはないだろうが、王国が静かにしている現状は、革命軍にとっても都合が良い。

 当初は革命軍の中でも意見が大きく分かれていた。
 ガンフを始めとする各国の兵士たちは、王国の第一波を退けたこの時こそ、早急に総力を挙げてバルドリンガへ乗り込むべきだと高らかに叫んだ。
 一方でローゼリエッタを始めとする傀儡師、巨鎧兵隊、魔法学校の生徒らは今一度、戦力の見直しを計り、万全な体制を作ることを勧めた。
「脅威であったパシウス隊を破った事実は大きい! 更には巨鎧兵団の大半を失った王国は、今頃戦意を喪失していることだろう。片や我々は、強敵を打ち破り士気も最高に昂っている。今こそ! 最後の戦いに出向く時ではないのか!?」
「お、落ち着いてくださいガンフさん! 貴方様の仰ることはごもっともです! ですが……先の戦いで、エルフ様方の集落が襲われた時にいた『魔導巨兵』の存在が確認できなかったのです。恐らく王国の防衛に立っているんでしょう。私がいた魔法都市でも、あれは防衛のための兵器でしたから……加えて三将もまだ二人残っています。ここは万全を期して、今一度戦力の見直しをしなくては……」
 連日続く軍事会議も平行線をたどっていて、結果ローゼリエッタの指示する軍事強化が成されているのが現状だ。
 革命軍に組するドワーフの工匠たちもこの時間を用いて、戦士らが使う武具類の製造から巨鎧兵の修繕に至るまでまでを恐ろしい速度で熟していく。


 剣の作成を依頼して以来、ガンフは毎日のようにマシリオンの工房に入り浸っていた。
 最初は談笑交じりに対応していたマシリオンだったが、二日もする頃には口数も少なくなり、練る間も惜しんで作業に没頭するようになる。終いには槌が金属を打つ音だけになり、ガンフも黙って眺めているだけだ。
 ガンフはこの日もまたマシリオンの工房を訪れる。作業の邪魔をしないようにと静かに部屋の中を覗いてみれば、中ではマシリオンが汗だくになって一心不乱に槌を振り下ろしていた。
 一度振り下ろされる程に、綺麗に澄んだ音が響く。その音は通常の鍛冶仕事では耳にすることのない音だ。

ヒュン! キィィィン!! ヒュン! キィィィン!!

 槌が風を切る音と、綺麗に澄み渡った金属の鳴る音だけが響く。その度に周囲のドワーフは、何事かと顔を上げては、部屋を覗くガンフを見て笑みをこぼすのだった。

 
 更に数日が経ち、ガンフは再度マシリオンの工房を訪れた。
 ここ数日間鳴りっぱなしだった金属音は鳴りを潜め、今では周囲の作業場で起きる荒い重厚音が大部分を占めている。時折聞こえる喧噪にも、マシリオンの声は一切聞こえない。
(随分静かになったな……これは期待してもよさそうだ)
 密かな期待を胸に、工房の前まで来たガンフは恐る恐る戸を開く。

 中は初めて入った時よりも荒廃していた。至る所に金属や木材が散乱し、くしゃくしゃに丸められた紙くずやペンがそこらへんに転がっている。炉も煌々と赤く光を湛えていて、熱気が押し寄せてきた。
 途中から中の様子を除く程度に収めていたせいか、ガンフはその凄惨さに思わず口を開く。

 ふと、部屋の中心にある机の上で、何かが動いた気がした。
「……? なっ!? おい! 大丈夫か!? ……マシリオン!!」
 机に突っ伏し、苦しそうに唸る老ドワーフ。その姿を見たガンフは、咄嗟に駆け寄り声をかける。だが当の本人は、その心配も無用と言わんばかりに身じろぐと
「ううん……ぐぉおお……ぐぉおおお」
と大きな鼾を立てた。
 作業着であろう厚手の手袋をしたまま、右の手に綺麗な剣を掴み、空いた手で器用に腹を掻く。いつもそうしているのか、マシリオンは気持ちよさそうに眠りこけていた。

 これを見たガンフは呆れてしまった。
「はは……はぁ……まったく……職人という生き物はどうしてこう、命を縮めるような生き方をするのだろうな」
 睡眠時間を削ってまでの不休の作業、食事すらも忘れてしまう程に没頭でき、本人としては幸せなのだろうが……健康、健全とは程遠い生き方だ。
 だがこの愚痴を言ってから、戦士という生き物も存外命を縮める生き方をしていると気づき、ガンフは苦笑を漏らした。


 少し時間が経ち漸くマシリオンが目を覚ます。
 また器用に空の手で目をこすりながら、剣を握った手をそのまま上に伸ばし背伸びをする。
「くぁあ……ん? ……おお、いかんいかん。うっかり眠ってしまったか」
「お疲れ。面倒な仕事を押し付けてしまったようですまないな」
「ああ? ああ、いたのか。いやぁいいってことよ。……おう! それよりもだ! いい品が出来上がったぜぇ!」
 マシリオンは、ガンフに向かって右手に持った剣を突き出した。

 ガンフは言葉を失った。
 差し出された剣の何と美しい事か。
 真っ白い剣身は一点のくすみも無く、見つめているだけで全て吸い込まれていきそうな錯覚を覚える。いや、それは決して錯覚ではないのだろう。何故なら今まさに、工房の天井にある小さな魔法石の明かりを受けては白銀に煌めいているのだから。
「綺麗だろう? 『精白銀ミスリルの剣』だ」
「……ミスリル?」
 マシリオンは剣の腹を空いた左手の指で数度叩いた。するとキィンと透き通った音が部屋に響き、小さな光がぱらりと舞う。
「巨鎧兵の中にあった精霊石を見たことがあるだろう? こいつはそれを凝縮し、鉱石のように加工した結晶体で作った物だ。もっとも剣の形を保つ為、他にも多くの希少鉱石を混ぜてあるがな。鉄……いや、鋼よりも強固で羽根のように軽い。更には精霊の力を宿しているから魔法にも滅法強いという代物だ」
 手袋をつけたまま、鼻息荒く剣身を掴んで柄をガンフに差し出す。

 その美しさに見とれながらも、ガンフは差し出された剣をつかみ取った。まるで長年使い慣れた剣のように、手に吸い付く。
「うおっ!?」
 まず最初に驚いたのはその軽さだ。
 手で掴んでいる筈が重さはほとんど感じない。これまで振り回していた鉄の剣を考えれば、何も持っていないに等しい。
 次いで驚いたのは剣の挙動。
 ガンフがつかみ取った瞬間、剣はまるで嬉しそうに光瞬き、光粒をまき散らした。細かな粒子はパラパラと舞い落ち、床に触れる矢先に消えてゆく。
 驚きのあまりガンフは、自身の手と剣、そしてマシリオンの顔を何度も何度も交互に見やる。
「うむ……どうやら剣もお前さんの事を気に入ったようだ。大事にすると良い」
 マシリオンは続けて金色の装飾が施された鞘を差し出した。
 ガンフはそれを受け取ると腰に差し、流れるように剣をしまう。


 工房を後にするガンフの足取りは軽い。まるで新しい玩具を手にした子供の様だ。
 一方で一縷の悲しみも湛えざるを得ない。
 長年使い慣れた愛剣に告別し、彼は新たな相棒と共に次の戦いへと挑む事になるのだ。それでも剣士である彼は、用済みとなった剣すらも無碍には扱わない。愛剣はこれから、鞘の中で主人の帰りを待つ部屋の主となるのだ。
 愛剣が待つ自室へと戻る道中で、彼の心の中には一つの妥協した考えた浮かび上がった。
(こんな一品と出会えるのであれば、今暫く準備の時間を設けるのも一興か)
 彼のそんな思いに応えるかのように、後日ドワーフらの手によって、素晴らしい鎧が戦士たちの為に作られることになる。
 戦士らはその武具を少しでも手に馴染ませようと、日々を研鑽に充てていく。
 
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