反魂の傀儡使い

菅原

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17章 崩壊の時

引き継がれし願い

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 突然の事だった。
 それまで一言も口をはさんでこなかったジェイクが、王の言葉を遮ったのだ。配下が王の言葉を遮る行為は、本来であれば処罰されても文句は言えない事案だ。だがこの場で、そのことを気にかけている者は一人もいない。
 ハルクエルは、信頼のおける忠実な家臣が素晴らしい案をひっさげて助けてくれるだろう、と期待する。ほかの二人も、ジェイクが長年王国に仕える忠臣であることは知っているから特に不思議に思わない。だからジェイクの話に誰もが耳を傾けた。

 制止の声と共に、玉座の後ろに佇んでいたジェイクが前に歩み出る。そのまま階下にいるゴルゾーンの隣まで歩み寄ると、くるりと振り向き首を垂れた。
 ハルクエルは視界に移る忠実な家臣に向けて、期待を込めて尋ねる。
「どうした? ジェイク。何かいい案でも思いついたのか?」
「いえ、申し訳ありませんがそういうわけでは……ただ一つだけ、疑問に思うことが出来てしまいましたので、可能であればご教授頂ければと思いまして」
「ほう……一体なんだ? 他でもないジェイクの頼みだ。私が分かることであれば応えようではないか」
「それではご厚意に甘えまして。私が王国に仕えてきた中で、王国の領地が脅かされたことは一度もありませんでした。ですが王は、他国へと進行し領地を広げようとしていらっしゃる。愚かな私には、その理由が皆目見当がつかないのです。王は何故、自国の被害を顧みず、危険を冒してまで他国を統治しようとなさるのでしょうか?」
 このジェイクの問いかけに、ゴルゾーンとアンティラの表情が強張った。

 王国バルドリンガに住む一般国民はともかく、王国に仕える騎士、兵士にとって、その問いかけは愚問ともいえる物だった。
 バルドリンガは大陸一の国である。王国だけにとどまらず、諸国、連合国、帝国、法国……大陸にあるどの形態の国を踏まえても、バルドリンガに勝る領地を持つ大国はない。またバルドリンガは、一般的に上げられる有名国の中で、治安性、発展性、商業性といった、国の質を語る要点が何処よりも突出していて、まさに先進国と呼ぶに相応しい国であった。
 傍から見てもこれだけの国力を持つバルドリンガが、大陸を統治するのは当然の事。王国に仕える兵士らは、誰もがそう思っていた。

 ジェイクの問いかけを受け、ハルクエルは逡巡した。
 彼が悩むは本心で語るか否か。悩んだ挙句、彼は本心で語ることに決める。
「多くの兵士を納得させるために、これまで多くの言葉を連ねてきた。治安しかり、技術力しかり、戦力しかり……他国より優れた個所を列挙し優位性を主張することで、大多数の国民は納得してくれただろう。だが幾ら無能な私でも、そんな仮初の理由で、信頼する家臣を欺くことは出来ない」
「仮初……でございますか?」
「そうだ」
 頷くハルクエルは目を閉じ、昔を思い返す。
 厳しく猛々しかった祖父。優しく聡明だった父。二人はそれぞれ同じものを夢見て、違う道をたどり、そして望みをかなえることが出来ずにこの世を去った。
 ここにきて再び彼は迷う。本心を言おうか言うまいか。だがその迷いを断ち切って、彼は口を開く。
「私が何故他国を侵略しようとしたのか。それは父の、そして祖父の悲願だったからに他ならない」
 ハルクエルの告白を受け、話を聞く三人は僅かに顔色を変えた。


 ハルクエルの言葉を遮るものはない。
 制止の声をかけたジェイクでさえも、その言葉を遮ることはしなかった。
「祖父と父には素晴らしい理由があったのだろう。争いを無くしたい。誰も苦しませたくない。もしくは……全てを手中に収めたいという野蛮な考えだったのかもしれない。どちらにせよ、二人ともその胸中を私に明かすこと無くこの世を去ってしまったのだから確認の仕様もない。だが、祖父は力で、父は知力でこの大陸を収めようとしていたのは確かだ」
 ハルクエルはとつとつと語り始める。

 暴君の子が賢王と呼ばれたのは何も偶然な事では無かった。
 親の言動を鑑みて、その果てに起きる物事を理解することで、親と同じ道をなぞっていては自身の望みが叶わぬと判断し、別の切り口で攻め立てる。
 両者の国民に対する態度の格差があまりにも大きかったことで、図らずしも賢王は順調に人心を掌握することができた。
 そこまでを分析したハルクエルは、ここまで王国が大きくなったのは、先代である父と、先々代である祖父の功績だと語る。
「私には祖父のような武力も、父のような知力もない。だが、受け継いだものを粗野に投げ捨てられるほど親不孝者でもない。だから私は必死に真似たのだ。祖父のように猛々しく、父のように聡い王になろうと。そして二人の願いを叶えることが、私が父と祖父に出来る最高の贈り物であると判断した。……あと少しだ。反乱軍を打ち倒し、残った国を統治することが出来れば、漸く我が一族の悲願は達成される」
 ハルクエルは、知らずの間に汗ばんでいた手を握り締める。不安を吹き飛ばすように、心を奮い立たせるように。
 その様子を見たゴルゾーンとアンティラは、心の底から感動していた。

 彼ら戦士にとって、名誉や誇りといったものは自身の命よりも重んじられる。
 命を懸けた一対一の決闘。王から授かった任は命を賭して成し遂げる。また、自身の力量では難しいことでも、命を懸けて尽力する。こういった武勇伝が、生死問わず後々の語り草となり、若い者たちに自慢話として語られるのだ。
 その話を聞いた者達は、次は我もと夢を追う。それが延々と繰り返され、やがて優秀な兵士と高潔な血筋が生まれていく。
 今まさに、その過程の最中にいるゴルゾーンとアンティラにとって、ハルクエルの話す理由は心に強く響いた。なまじ理屈の混ざった計算高い理由よりも、遥かに納得がいくものであった。
「賢き家臣たちは言った。無駄に争いを広げては国に多大な被害が起きると。多くの国から反感を買ってしまうから、暫く大人しくしているべきだと。だが、理屈ではないのだ。祖父の願いを父が叶えようとしたように、私も父の願いを叶えようとした結果に過ぎない。少々急ぎ過ぎたのは否めないし、失敗も多々あっただろう。……こういう言い方は、命を懸けてくれる兵士たちに悪いとは思うのだがな」
 話の最後に、ハルクエルは真実を語るか悩んでいた理由をこぼしてしまう。

 死した者を貴ぶのは世界の常識である。これを突き詰めたようなハルクエルの話に、ゴルゾーンが、そしてアンティラが叫んだ。 
「そんなことはありませんぞ! 亡き先代国王の願いを叶えたい。その願いは私も一緒です。その為にも! 今すぐ反乱軍を打ち崩さねばなりますまい!」
「その通りですわ。私は、幼き頃から私を育ててくれたこの国を愛しています。そんな愛する国の為に、命を張るのは当然の事ですもの。どうか、私たちにお任せください」
 感極まった風に語る二人を見て、ハルクエルは感謝の気持ちで満たされる。
 これまで多くを語らずに命令ばかり下していた。だがここにきて漸く、彼は家臣と心を一つにすることが出来たのだ。

 自身の生き方を肯定され、ハルクエルは気持ちの高鳴りを覚える。
「どうだジェイクよ。この答えで満足してくれるか?」
 気を良くしたまま、ハルクエルはジェイクへと尋ねた。
 するとジェイクは俯き、右手で口元を隠して震える声で答える。
「そうですか……先王様方の悲願の為……ですか……」
 彼は確信していた。ジェイクも二人と同様感極まっているのだと。涙を流し、なんて素晴らしいのかと称賛の声を上げ、そして優しい微笑みを投げかけてくれるのだろうと。
 しかし……ジェイクから聞こえてきたのは、肝も冷えつくような冷たい声だった。

「なんて……なんて身勝手な話だ」

 放たれた言葉は余りにも意外なもので、三人はすぐに反応が出来ず、呆然としてしまう。
 
 
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