反魂の傀儡使い

菅原

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19章 世界の審判

摩耗する戦い

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 当初は有利な戦いであった。
 四つ足の狼のような化け物は、姿こそ恐怖を抱く程に凶悪であるが、力は然程強くはない。
 数は膨大で決して余裕で当たれるような相手では無かったが、個々の力の差、そして巨鎧兵の存在があって圧倒的有利な状況で戦闘は進んでいた。

 だが新たな化け物の登場により戦況は一変する。
 人間を食らった化け物は、小柄な人型の化け物へと変化する。それに続いて巨鎧兵が倒れる度、同格の巨人が出現。更には動物の姿を象った化け物にそれを二足にした化け物も、条件を満たした矢先に数を増やしていく。
 味方が倒れる度に増える敵。これにより革命軍は、時間が経てば経つ程に窮地に追い込まれていった。


 現れた巨人を認識したシャルルは、同席するリエントと共に、巨人の対応へと走る。
 巨人の体躯は黒の巨鎧兵と同等。ならば自然と、シャルルらが操る白の巨鎧兵よりも大きくなる。
「あれって……仲間の巨鎧兵よね?」
「ええ。でも中身は全くの別物です! 巨大な……巨大な人の化け物……!」
「冗談じゃないわ! あの巨鎧兵の素材は『魔鉱石』なのよ!? 魔法が使えない巨鎧兵じゃ太刀打ちできないわ!」
 焦りと共に高速で動く白の巨鎧兵は、地面に蠢く化け物を踏み散らし走る。そのまま腰に差した二本の剣を抜き放ち、一体の巨人に接近。そして手に持った双剣を振り下ろした。

 ギャリギャリィッ!!

 鉱石の中でも高い硬度を持つ魔鉱石。それをふんだんに使って作られた鎧は、鋭く研ぎ澄まされた鋼鉄の剣をもってしても断ち切ることは出来ない。だがシャルルが操る巨鎧兵の持つ剣は、鎧と同じく魔鉱石で作られたものだ。互いの武具は同性能。なれば力の優劣は自ずと『技比べ』となる。

 シャルルはこの時、内心で占めたとほくそ笑んでいた。
(愚直に進み、噛みつくしか能の無かった化け物から生まれた巨人が、高度な技術を持ち合わせている筈が無い!)
 技術の優劣を決めるのならば負けはない。そう思っての事だったが……戦場に置いてその油断は命取りとなる。
 受け止められた二本の剣は、巨人の交差した両腕によって左右に受け流されてしまった。
 その技術は、それまで暴れまわっていた化け物の物とは思えない程洗練された動きで、シャルルは一瞬唖然としてしまう。
「……シャルルさん!」
 リエントの慌てた声が響く。
 それと同時に、巨鎧兵の胸部に設けられた魔法石から、巨大な炎が飛び出した。

 放たれたのは、轟轟と燃え盛る強大な火属性魔法。人間を超越し、エルフと同等もしくはそれ以上と化した大魔法である。これを受けた巨人は、防御も儘ならず業火に包まれた。
 物理的な攻撃に絶大な耐性を持つ魔鉱石の鎧だが、魔法に対する抵抗力は高くない。当然エルフの魔法を超えるその強大な炎は防げるはずもなく、鎧の中にいる巨人はもがき苦しむ。
「グゥ!! ガアアアア!!」
 まとわりつく炎を振り払わんと暴れる巨人。同族である筈の四つ足の化け物にすら気を使うことなく、我武者羅に大地を踏み鳴らす。また、二本の腕を所かまわず振り回した。

 一時は呆気に取られてしまったシャルルだったが、眼前で燃え盛る炎を見て正気を取り戻した。
 自分の成すべきことを思い出し、暴れまわる巨人を冷静に観察する。後は一瞬だ。振り回される腕を見切った少女は、肘の部分に当たる鎧と鎧のつなぎ目へ一本の剣を突き出した。
「ギャアアアア!」
 まるで人間のような悲鳴をあげ、腕に手を伸ばす。ぼたぼたと多量の真っ黒な液体が傷口から零れ落ち、真下にいる化け物が溺れていく。
 剣は突き刺さったまま、まるで貼り付けにされたように動きを止められた巨人は、次の瞬間に首を跳ね飛ばされた。

 
 シャルルの功績で一体の巨人は倒れた。だが動物の姿へと変位した化け物、人型に変異した化け物、そして鎧を着こんだ巨人により、黒の巨鎧兵は次々と数を減らしていく。すると減らした数だけ巨人が増え、敵軍の戦力が向上していくのだ。
 シャルル以外が操る八つの隊長機もまた、巨人相手に善戦を繰り返していた。
 だがその戦いには一切の余裕がなく、いかに高性能な隊長機であっても、前述の戦力全てを一度に相手にすれば一溜りもない。
 白の巨鎧兵が一体、巨人の拳を受け倒れた。
 群がる黒い影。日の光を浴びて白銀に輝いていたその姿は、あっという間に覆い隠されてしまう。
 その後は悪夢の再来。これまで通りでいけば、白の鎧を着た巨人が現れる筈なのだが……それはいつまでたっても現れなかった。白の巨鎧兵の造形が、人型とかけ離れていた事が幸いしたようだ。しかしそれでも貴重な戦力が失われたのは事実で、次第に革命軍の被害が増えていく。


 美しい木造の傀儡を操り、ローゼリエッタは戦場を駆け続けた。白銀の剣を振りかざし、迫る黒い影をなぎ倒しながら。
 四つ足の黒狼は敵にもならない。
 四つ足の黒牛も時間稼ぎ程度だ。
 そして二足で歩く牛に至っても……

 甲高い鳴き声に混ざる牛の嘶き。
「フシュッ! ヴモォォォオオ!!」
 直後に起きる破裂音と、幾重にも連なる悲鳴の数々。
 その牛の化け物……『タウロス』が、一つの人形と少女を見つけた。

 タウロスは、嘶きと共に大地を数度蹴りつける。爆発的な推進力を発揮する為の準備行動だ。
 一方ローゼリエッタは、舞うように手で大きく弧を描いた。その指先から伸びる糸が陽の光を浴び煌めく様は、そこが戦場であること忘れさせる程耽美な光景に見える。この操作により、傀儡人形パンドラが、白銀の剣をタウロスに突きつけた。
 次に起きるのは地面が爆ぜる破裂音。直後目にも止まらぬ速さで化け物は戦場を駆ける。
 以前のローゼリエッタでは到底反応しきれなかっただろう。だが新たな力を身に着ける為に明け暮れた実践訓練の成果が、今発揮される。
 

 タウロスの速度は常軌を逸している。とてもではないが通常の人間が反応できるものではない。
 だが動きは限りなく直線的で、反応が出来たのならば見切るのは容易い。
 少女の腕が、次は大地と平行に円を描く。するとパンドラは、その場で一つ回って見せた。それと同時にタウロスの軌道から半身ずれ、突き出された獣の首へ白銀の剣を振るう。
 異常な反応を見せるのは化け物も同じだ。タウロスは首に迫る剣に対し、腕を持ち上げて防ごうとした。
 タウロスの腕は筋肉と強靭な毛皮で、刃毀れした鉄の剣など容易く弾き飛ばしてしまう。
 ところがだ。仮にも革命軍を率いる指導者の持つ剣が、そこらで戦う一般兵と同じ筈が無い。当然それは一般兵の物とは一線を画し、グォンの持つ精白銀の剣と比べても遜色のない名刀だ。

ピシュッ!!

 タウロスの腕が一刀で断ち切られる。
 血飛沫と共に吹き飛ぶ剛腕。痛みを感じ絶叫を上げる間もなく、その首はパンドラの剣によって切り飛ばされた。

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