反魂の傀儡使い

菅原

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22章 旅の終結

来敵

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 その日の昼過ぎ。ローゼリエッタは用意した荷物を抱えて町を飛び出した。とはいっても少女が持っている荷物は、トキノに貰った魔法の道具袋と、人形道具が入ったトランクケースが一つのみ。
 他の入りきらない食料や道具の数々は、大きな道具袋にまとめて入れてあり、共に歩くパンドラが背負っている。
 加えてこの旅は、ローゼリエッタにとって二度目の一人旅だ。先の旅の経験を踏まえ、ある程度の無駄を省くことで、ローゼリエッタには若干の余裕が生まれていた。

 町を出たローゼリエッタはあることに気が付く。
 魔物の存在のせいか、町の外に人影が殆ど無かったのだ。強いて挙げるのであれば武器や鎧で身を包んだ戦士がちらほらといたが、誰も彼も大陸の中心を目指すローゼリエッタとは別方へ行くらしく、直ぐに姿が見えなくなってしまう。
 少女は一抹の心細さを覚えたが、何も悪い事だけではない。見えないのは人影だけではなく、魔物の姿もまた、一つも確認できなかったのだ。

 ローゼリエッタが歩く領域は、既にかつて人間が勢力を伸ばしていた陣中であり、大部分が平坦な草原によってできている。故に見晴らしは良好で、外敵の存在も早めの発見が可能だ。だが裏返せばそれは、こちら側も身を隠すことが出来ないということになる。
「よし、気を引き締めなくちゃ! ね、兄さん!」
 周囲を見渡し一先ずの安全を確認するローゼリエッタ。間延びする声と共に大きく伸びをすると、返事をする筈が無い兄に呼びかけ、二度目の一人旅を始めた。


 結果から言えば、初日はとても安全な旅であった。
 見渡す平原には敵影どころか生物の影も無く、道行く一人の少女は広大な世界を独り占めしている。
 頭上に広がる青空。その中にぽっかりと浮かぶ雲を見ていると、世界に起きた異常など夢だったように思えてくる。また遠くに見える山の尾根からは大きな入道雲が顔を出し、時折小さな鳥が鳴きながら草原を横切る光景はまさに平和そのものだ。
 これまでの旅と違い人が頻繁に行きかう領域であるため、王国へ続く道は舗装されており、歩くことも然程苦にならない。更には所々に点在する休憩地点の存在が、旅の難易度を大幅に下げていた。

 景色を楽しみながら歩き続けること数刻。やがて日も傾き始め、街を飛び出してから初めての野営をする機会が訪れる。
 ローゼリエッタは丁度よい頃合いを見つけては、旅の中断と共に最寄りの休息所で一夜を明かすことに決めた。
「ふぅ……やっぱり一日でも時間を置くと辛いわ。あーあ、今日は早くご飯を食べて寝ちゃいたい!」
 例え愚痴が零れたって、それを咎める者は誰も居ない。足早に休息所へと向かった少女は、備え付けの小屋の戸を勢いよく開け放つ。


 当然の事ながら、休憩所の利用者はローゼリエッタ一人だ。しかし彼女本人からすれば、少々複雑な身の上話を語る必要もないのだから、気楽で良い。
 部屋を照らす真っ赤な夕焼けは、いずれ山の向こうに消え去り辺りは暗闇に包まれるだろう。その前に部屋の中を使用に耐え得る状態に持って行かなくてはならない。
 ローゼリエッタは入ってすぐの場所にあるテーブルに荷物を置くと、取り合えず疲れた身を椅子に預けた。

 休息所は小さいながらも様々な施設が備え付けてある。
 一般的な家庭にあるような台所、上質とは言えないが柔らかな毛布が敷かれた寝台、魔法の力を用いた飲み水の出る蛇口や、湯あみをする浴場も設けられている。
 こういった施設は、本来であれば以前の利用者が旅立つ際に綺麗に清掃等を行っていく決まりとなっているのだが、暫くの間利用者がいなかったためか、どこもかしこも少々埃っぽい。
 結果ローゼリエッタは、何をするにしても多少の掃除を挟んでから行わなければならなかった。尤も、そういったことを踏まえたとしても、何もない所で野営するよりかは遥かに安全で、遥かに容易であろう。
「前の旅に比べたら天国だわ! ああっ、もう眠ってしまいましょ!!」
 例え荷物が少なくとも、例え道が歩きやすく舗装されていようとも、半日に及ぶ歩き旅は疲労が溜まる物だ。
 そんな疲れ切った状態で、目の前に現れた柔らかな寝台。まだ若い少女に耐えきれる筈もなく、ローゼリエッタは意気揚々と寝台に飛び込む。


 結局のところ、その夜も特に何事も起きず、無事朝を迎えることが出来た。
 ローゼリエッタは夜明けと共に目覚め、一応の決まりを守り休憩所の清掃を熟す。その後朝食を取り、再びパンドラと一緒に一人旅を始める。

 事は、その日の昼過ぎに起きた。
 ローゼリエッタは少し遅めの昼食をとる為に、街道の近くにある木陰で一息つく所だった。
 荷物を下ろし、周囲を見渡し警戒を強めた時、その存在に気が付く。
「……? あれは……」
 見渡す限りの大草原が広がる地平線に、ぽつりと二つ、黒い影が見えた。

 日の光を浴びているというのに、その影だけは光を全て吸い込んだように真っ黒だ。
 影は、東に向かうローゼリエッタに対し、北からまっすぐ南下してくる。更に偶然か必然か、その進行方向はローゼリエッタが休息する木陰とほぼ一直線であり、ここままいけばやり過ごすことは難しい。
「……いずれ鉢合わせになりそうね……逃げようにも他に身を隠すような場所もないし……」
 周囲を見渡すローゼリエッタ。しかし周囲に身を隠せるような場所は余りなく、多少身を曝け出さねば移動も出来ないような状況だ。
「……うん……いずれは戦う相手だものね。今更逃げてられないわ」
 頭の中で繰り返す自問自答。やがて少女は、隠れてやり過ごすことを諦め戦うことを決める。

 ローゼリエッタは先ず、魔法の道具袋を腰から外し、中の物を数点広げた。
 取り出したるはトキノから貰った剣と魔法薬を二つ。
 その剣をパンドラに手渡し、魔法薬は有事の際自分がすぐ使えるように、腰のベルトへと取り付ける。
 後は、敵の接近を待つのみだ。


 少し経ち距離が近づくにつれ、相手の素性が明らかになってきた。
 二匹の魔物はどちらも同型のようで、狼のように四つ足で歩いてくる。だがその姿は狼とは程遠く、様々な動物の容姿を掛け合わせたような姿をしていた。
 頭は犬、背には小さな羽、尾には蛇の頭が生えている。異様に太い足の先には長くて鋭い爪、涎を垂らしながら練り歩くその姿は、凶悪という言葉が相応しい。また当初は遠くて気が付かなかったが体躯の大きさも尋常ではない。高さだけ見てもローゼリエッタの倍はある巨体であった。
「なかなかの……強敵そうね……」
 自身より大きな物と対峙するというのは、精神的にも相当な付加がかかる。ましてや相手は人間を食らうと噂の魔物だ。パンドラを操る手がじっとりと汗ばむのも仕方のない事。
 少女は木の陰に身を隠しながら、その瞬間を待つ。
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