探求の槍使い

菅原

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平和の礎

怠惰

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 先の合同演習から八日も経つ頃。軍は新たな合同演習の開催時期となる。
 集められるは、前回呼ばれなかった兵士の中から、新たに選ばれた五百に及ぶ兵士たち。その訓練時間を間近に控え、ジン・ホムエルシンは、城の廊下を慌ただしく駆けていた。
「全く! あいつにも参加するように伝えていたというに……」
 あいつとは勿論ラインハルトの事である。ジンは、碌に鍛錬をしないラインハルトに、前回に引き続き合同演習へ参加するようにと、伝えていたのだ。
 だが、多くの兵士が訓練場に集う中、ラインハルトの姿は見えず。ついにジンは堪え切れず、ラインハルトの探索に向かったのだった。
 尤も、探索といっても彼が居る場所など知れている。城の一階にある中庭だ。ジンは廊下を駆け抜け、急いで中庭へと向かう。

 中庭につくと探し人はそこにいた。庭の中央に座す『魔法の木マナ・ツリー』。その麓で眠る黄髪の戦士だ。性格に難はあるが見てくれは良い為、巨木に身を預け眠る姿は非常に絵になる。満開だった桃色の花弁は風に吹かれ舞い散り、彼の周りを彩るその光景は、絵画として切り取っても様になるだろう。
 だが、今のジンにそこまでの心の余裕はない。切迫した時間。言いつけを守らぬ不肖の弟子。人の気も知らずに、気持ちよさそうに眠っているその顔には、酷く腹が立った。
「こんの馬鹿者は……」
 その穏やかな寝顔を崩すために、ジンはラインハルトの胸元に手を伸ばす。


 結果、ラインハルトは無理矢理合同演習に参加させられていた。
 相も変わらずお遊戯のような訓練が続いている。木と木がぶつかる乾いた音。覇気の籠った声。そして、突然かかる制止の号令。
 二つに分かれた群れの片側で、彼はその様子をしかめっ面で眺めていた。
(必死に熟す彼らには有意義な時間なんだろうが……俺にとっては全く必要のない時間だ)
 ラインハルトは、ジンの指示のもと動く兵士の波に身を任せ、周囲を見渡した。
 皆、必死に訓練に励んでいる。例え手に握る武器が木で出来た模造刀だろうと、例え身を守る防具が金属の鎧だろうと、少しでも危なくなったら制止の声がかかる過保護にも似た状況であろうとも、皆額に大粒の汗を浮かべながら、必死に訓練に励んでいる。
 だがラインハルトの眼には、それがどうしても芝居のように見えて仕方が無かった。
「……はぁ」
 思わず、大きなため息が出た。心の底から落胆した時に出る様なため息だ。
 こんなものを、必死に訓練する兵士が聞けば、一悶着起こるのも当然だろうが、いくら大きいとはいえ、ため息はため息。直ぐに周囲の兵士のかけ声にかき消されてしまった。

 訓練は続く。
 内容はほぼ前回に等しく、ジンの号令の下、魔法使いや弓使いが遠距離攻撃を仕掛け、集団での対処方法を模索していく。
 加えて前衛を務める兵士らにも指示が出され、互いに衝突、撤退を繰り返した。
 それを夕暮れになるまで続け、漸くこの日の合同演習も終わりを迎える。
「よし、今日はこれまで! 明日一日、休息日をはさみ、明後日からの従事に備えてほしい。では解散!!」
 訓練の終わりを告げる声が響き、兵士らはその場にへたり込んだ。

 へたり込む兵士らを尻目に、城へと歩くラインハルト。ジンもまだ訓練場にいる為、同じような行動をとる兵士は一人もいない。
 しかし彼はそんなことを気にしない。言われたことをやったのだから、あとは自由にさせてもらおう、という言い分だ。
 眉間にしわを寄せたまま、城と訓練場を隔てる敷居をまたいだ時、頭上から若い男の声がかけられた。
「上級階級兵が訓練場に残っているのに、戻ってきてもいいのかい?」
 声の方を向けば、いつか見た事のある兵士。つい先日、スレインと初めて出会った日に、二人の兵士を従えていた『英雄の卵ブレイブ・エッグ』だ。
 彼もまた、ラインハルトより身分の高い兵士である。だがラインハルトは気にしない。露骨に迷惑そうな顔をし、低い声で答えを返した。
「……訓練は既に終わりました。ならばあの場にいる必要もないでしょう?」
「ま、確かにそうだけどね。退屈そうにしていたねぇ、君」
 男はくすくすと笑いだす。
「……いえ、必死に取り組んでいましたよ」
「へぇ、必死に取り組んでいたのに、汗一つかいていないんだ」
 再び上がる笑い声。
 その笑い声を無視して、ラインハルトは城の中に入っていった。


 翌日、合同演習に参加した兵士には規則通り、休息日が一日与えられた。
 前回の合同演習に参加し、翌日休息日が与えられたラインハルトに対しても、再び休息日が付与される。
 この件に限っては彼も、演習に参加してよかったと心から思っていた。
「師の考えもよくわからんな。鍛えろと言いながら禄でもない訓練に出され、唯で休みを与えているのだから」
 愚痴も程々に、ラインハルトは外出の準備を始める。

 今回、彼は先ず、スレインが働いている大衆食堂へと向かった。
 本日も晴天なり。身を焦がす陽の光、また時刻も一番熱くなる時間帯ということもあり、まだ春だというのに真夏のような熱さだ。
(こんな日は、冷たい物でも食べたいな)
 私服ゆえ通気性の良い服装で外出したものの、素直にそう思えてしまうのは、彼が暑さに弱いせいだろうか。
 例えば、果物の果汁をそのまま氷結させた氷菓子。例えば、かち割りの大きな氷が入ったグラスで飲む、キンキンに冷えた果実水。
「ふふふ、甘い物しか浮かばないとは」
 まるで子供のようだと自傷の笑みを湛えながら、ラインハルトは食堂への道を急ぐ。

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