探求の槍使い

菅原

文字の大きさ
19 / 124
平和の礎

しおりを挟む
 その日。夜も更け月が高く上る頃、ラインハルトの下へ面会者が訪れた。
 石床に横になり、うとうととする中、衛兵が会話する声が聞こえてくる。
「おぉ、これはこれは……は? 面会ですか? ……分かりました」
 誰か来たのだろうかと、頬杖をついたままうす眼を開いて様子を伺った。
 すると、淡い光に照らされた牢屋の前に、一人の男が近づいてくるのが見えた。


 現れたのはラインハルトの槍の師、ジン・ホムエルシンだった。
 金の刺繍が刻まれた真っ赤なマントを翻し、彼は颯爽とラインハルトの下へとやってくる。
「おや、お休み中だったか」
「……もう七日分ほど休みましたよ」
「なんだ、起きているではないか」
 硬い石の上に、気休め程度の汚い布を敷き、足を組んで横になるラインハルト。
 それをジンは、冷たい目で見降ろした。

 ジンは鉄格子を隔てラインハルトへと語り掛ける。
「……そんなに平和な世界が許せないのか?」
 ジンの言葉は、ラインハルトを酷く驚かせた。何故なら彼はこれまで、師であるジンに対しても、自らの心の内を明かしたことは無かったのだ。
 驚愕するラインハルトに対し、ジンは乾いた笑いを漏らしこう続ける。
「はは、私が知らぬとでも思ったのか? 勿論、気づいていたとも。……お前が腐るのも分からなくはない。平和になったが故に、お前は活躍の場を奪われてしまったのだからな」
 その言葉を受け、ラインハルトは後悔することとなった。一時でも、自身の思いが伝わっていると喜んでしまった。だが結局彼もその程度。ラインハルトの心を、本当の意味で理解してはくれない。
「何を知った風な口を……槍を置いた分際で」
「ライン……」
 立って語るジンに合わせ、ラインハルトも立ち上がる。

 ラインハルトの目は真剣だ。これまでの飄々としたところが見当たらない。唯一直線にジンを見つめている。それはまるで、師と弟子の関係になったばかりの、純粋だった頃の彼のようだ。
「俺は……我慢が出来なかった。これまで幾つもの人間の命を奪っておきながら、平和の為の協定を結ぶという奴らが許せなかった! 大切な人を奪われた者の気持ちは一体どうなる? ましてやそれを拒むべき兵士たちも、揃って喜び手を叩きやがった。何故声を荒げて反抗しない? 平和になったせいで、多くの仲間が職を追われたというのに……何故、誰も彼も笑って過ごせるんだ?」
 かつての軍にいた強靭な兵士たちも、平和になった世界に順応できず軍を追われた。また、平和を愁う声を上げた兵士たちも、あらゆる理由を用いて軍から追放されていった。それは本人たちからしても不本意な結果であり、同じ兵士として悲しむべきことのはず。だが温い訓練に満足している今の兵士たちは、先人たちの悲痛な思いなど考えもせずに、酒盛りを話の種にして笑い合っていた。それが、彼には我慢ならず、どうしても許せなかった。

 深く軍に入り込んでいたせいか、ジンはそれなりにこの国を好いている。当然その国に暮らす住人も好いているし、慕ってくれる兵士たちも好いていた。だから彼らの事を悪く言われれば気分が悪い。だがしかし、弟子の憤慨に共感する部分があったのも事実だ。退役していった同僚たちの悲し気な顔は、今でも鮮明に思い出される。しかし、共感できるのと納得するのは同義ではない。
 ジンはラインハルトをまっすぐ見つめ語り掛けた。
「お前の言った通り、軍兵が異議を唱え協定が成されなかったとしたら、今もなお世界は危険に冒され、お前の言う所の『奪われた者達』が増え続けることになるんだぞ?」
 ジンも好きで槍を置いたわけでは無い。より多くの人間が平和に暮らせるのであればと、仕方なく置いたのだ。そして彼と同様に、平和の為ならばと、多くの兵士が自ら武器を手放していった。ラインハルトは……そして追放された兵士たちは、ただそれができなかっただけなのだ。

 ジンは言葉を続ける。
「皆、世界の平和の為に武器を手放したのだ。だからお前も……」
「平和の礎になれというのですか!? 武器も誇りも捨て、亡き友や英霊の存在も忘れ、笑顔を作って幸福な振りをしろと!? そんなもの、死ねと言われているのと変わりがない!」
「そうではない。誰が犠牲になれだなどと……」
「師が言っているのは、そういうことなのです! 戦士から戦うことを奪えば、それは死んだも同然だ。貴方も同じ戦士であったのならば、理解できる筈でしょう!? 猛々しく戦った戦士を敬う時代は終わり、国は彼らをあろうことか軍から追い出した……そうして出来上がった物はなんです? 仕様も無い訓練に息を上げる兵士たち。昼寝も阻止できぬぬるま湯のような環境。迎合することが正義とする腐った風潮。それらは全て、俺が許すことの出来ない物ばかりだ!」
 ラインハルトはジンの言葉に聞く耳を持たない。それも当然だった。口では師などと呼んではいるが、彼にとってジンは、当の昔から師では無くなっていたのだ。
「昨日の件、俺はがっかりでしたよ。昔は貴方の槍が頭を小突いたもんですが、今じゃあんな、をあてがってくるんですから。……すっかり、牙が抜け落ちてしまったようですね」
 ラインハルトはそこまで吐き出すと、ジンに背を向け床に寝転んでしまった。

 牢屋の前に立ち尽くすジンは、ラインハルトにかける言葉が見当たらなかった。
 言っても無駄だということもある。だが、最後に彼が言い放った言葉が、事実だったからに他ならない。
 ジンは、ラインハルトの力量が、見た目通りであると思って疑わなかった。戦士とは常日頃の努力が大事であり、それを怠れば技術は瞬く間に劣化していく。日がな一日昼寝ばかりしているラインハルトの腕は、劣化しているに決まっている。そう決めつけていたのだ。
 だがラインハルトの槍の腕は、以前よりも格段に向上していた。それは、ジンの絶頂期を遥かに凌ぐ程に。
 それを見抜くことが出来なかったジンの眼は、いつからか曇ってしまっていたらしい。
 汚れた眼には、汚れた景色しか映らない。だから今のジンには、ラインハルトを叱ることが出来なかった。


 二人の面会は程なく終わりを迎えた。
 結局和解することは出来ず、また説得することも出来ずに終わってしまった。
 月が上る夜空を見上げて、ジンは呟く。 
「牙が抜けた……? ……私が?」
 思い出されるラインハルトの落胆の眼差し。それに怒りを抱きつつも、心のどこかでそれを受け入れている自分がいることに驚いた。
 そして、自身の掌を見つめてこう思う。
(確かに、ここ暫く自分の為の訓練をしていない……しかしそれは、兵士たちの能力向上の為に……いや、言い訳など見苦しいな。……堕落していたのは私の方だったということか……)
 弟子が師を超える事は、とても喜ばしい事だ。だがそれは、両者が最高の力を出し切った後に起きたらの話だ。兵士育成を理由に自己鍛錬を怠っていたジンは、とても最高の状態とは言えない。故に彼の心には喜びだけでなく、寂しさや悔しさといった感情が渦巻いていた。
 ジンは、喜びを心の奥にしまい込むと、悔しさに拳を握り締める。そして身体に籠った熱を吐き出すと、自室への帰路についた。
 この日より、ジンの私室付近では、夜遅くまで槍を振る音が木霊するようになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...