探求の槍使い

菅原

文字の大きさ
20 / 124
誘い

新居者

しおりを挟む
 ラインハルトが投獄され、数日が経過していた。
 来る日も来る日も時間を潰す毎日。牢屋の中には時間を潰す娯楽類は一切なく、来客でもなければやることは一切ない。
 兵士として城に通っていた時は幾らでも昼寝が出来たのだが、いざやらねばならぬことが無くなってしまうと眠る気も起きなかった。
「はぁ……今日で……何日目だ? ううむ、今日はどうやって時間を潰そうか」
 一日目は寝て過ごした。二日目は筋肉を傷めつけてみた。三日目は作家の真似事をしてみたし、四日目は僧の真似事をしてみもした。五日目からはそれらを交互に試してみたが、結局どれもこれも直ぐに飽きてしまった。それでも時間を潰さねばならぬので、試した中で一番しっくりときた、筋肉を痛めつける手法をこの日は選んだ。

 腕立て伏せ、上体起こし、屈伸運動を繰り返す。至極退屈な反復訓練だ。槍を模した……木の棒のようなものがあれば、もっと充実した鍛錬が可能となるのだが、当然ながら衛兵に却下されてしまった。
「ううむ……全く退屈だ」
 ラインハルトは、鍛錬が嫌いというわけではない。だが彼は自身が努力しているところを他者にみられることをとても嫌った。そんな彼にとって牢屋の中とはまさに地獄だ。必死に腕立て伏せをしているときも、上体起こしや屈伸をしている時も、衛兵は暖かな視線を送ってくる。それはまるで、心を入れ替えて鍛錬しているのだろうな、と言わんばかりの眼差しだ。
「ああ、くそ! 腹が減った! 飯はまだか!?」
 そんな眼差しを受けるラインハルトは、恥ずかしい気持ちをごまかすために、そう毒づいては悪びれて見せる。


 牢屋の中で過ごす退屈な日常。それに変化が見られたのは、更に五日ほど過ぎたころだ。
 時刻は夕刻。もうすぐ夕飯が差し出され、それを食ったら後は眠るだけとなる時間帯。牢屋の中で寝転んでいたラインハルトは、慌ただしくこちらへ駆けてくる幾つかの足音に気付く。
(……? 一体なんだ?)
 疑問に思い上体を起こす。丁度その瞬間、外へと続く通路から、数人の男女と、同人数の衛兵が姿を現した。
「くそっ! 放せ! 放せってば!!」
 若い女の声。加えて衛兵の怒号も響く。
「ええい黙れ! 盗人風情が偉そうに!」
 それから衛兵は、ラインハルトのいる牢屋を開けると、引きずっていた女を放り入れた。

 寝転んだ上に圧し掛かってくる女。ラインハルトはそれを隣に放り投げると、直ぐに抗議の声を上げる。
「おい! 他にも牢屋はいっぱいあるだろう!? なんだって俺のところに押し込めるんだ!」
 すると顔の良く知れた衛兵が答える。
「すまないな。捉えた族は他にも何人かいて、空の牢屋はそいつらで埋まっちまうんだ」
 理由を聞いたところで、到底納得できる筈が無い。
 ラインハルトは、冗談ではない、と吐き捨て、更に衛兵に申し立てる。
「ただでさえ他人とつるむのはごめんだというのに、こんな狭い空間に若い女と二人など、息が詰まってしまうわ! せめてそっちの男と交換しろ!」
 衛兵が連れた毛むくじゃらの男を指さし叫ぶ。
 だが衛兵の答えは変わらない。
「それも無理だ。その女は幼いながら賊の頭らしい。手下と一緒の牢に入れて何か企てられても困る。すまんが我慢してくれ」
 そんなこと知った事ではない、とラインハルトは叫ぼうとした。
 だがその時、思わぬところから反論が上がる。
「なんだいなんだい、黙って聞いてりゃ散々な良いようだね! こんな若い女と一緒何て、むしろご褒美だろうにさ。あ……まさかあんた……そっちの?」
 声は先程ラインハルトに放り投げられた女の物だった。
 石の床にに同立ち、腕を組んで睨みつけてくる。

 ラインハルトは一つため息をつくと、女に向き直ってこう語る。
「おい、俺は善意で言ってやっているんだ。お前だって知らない男と一緒に寝食を共にするのは嫌だろう? ましてや牢内は禁欲生活だ。もしかしたら襲ってしまうかもしれんぞ?」
 ラインハルトに女を襲うつもりは毛頭も無い。だが世間一般の女は得てして、その手の話をすれば機嫌を悪くし離れていってくれるのだ。今回もその手を使い、彼は女に自ら別室への移動を進言させようとした。
 ところがだ。あろうことかこの女は、胸に手を当てるとこう叫んだ。
「はん、そんな脅しが通用するかい! 女だと思って下に見るんじゃないよ!? むしろひぃひぃ言わせてやるから覚悟しな!」
 懸命に声を張ってはいるが、その見た目は成熟した女というよりは、むしろ少女と呼ぶに相応しい。
 まだ子供らしさが残る顔。控えめな胸と尻。灰の短い髪が良く似合い可愛らしい……が、とても経験が豊富なようには見えない。
 だがそんな少女であっても、ここまで開き直られてはラインハルトも頭を抱えてしまう。
 背後であの衛兵の声が聞こえた。
「ははは! ホムエルシン様に凄んでいたのが嘘のようだな! 折角だ。お言葉に甘えさせてもらったらどうだ?」
 衛兵にあるまじき発言に、ラインハルトの頭痛はさらに加速していく。


 結局、ラインハルトは少女と一緒に牢屋で座り込んでいた。
 予想通り、酷く気まずい。あれだけの啖呵を切った女も、何故か今は静かなままだ。
(全く……どうしてこんなことに……)
 ラインハルトにとって、今のこの環境に比べれば昨晩までの方が頗る快適であった。一枚しかない布も堂々と使えず、何をするにしても女の視線を意識してしまう。
(そもそもだ。いくら囚人とはいえ男と女を一緒に牢へ入れるなんておかしいだろう! 衛兵め……本当に何かあったらどうする気だ?)
 ラインハルトは、軍に属してからという物、牢獄の看守という仕事に就いたことが無かった。だからこういったことが日常的に行われているのか、また稀有な例なのか判断できない。だが彼の常識に当て嵌めて考えてみれば、こんな扱いをされるのは異常としか思えない。
(ううむ……もしやこれは、師の弄した策略なのだろうか?)
 現状に頭を悩ませるラインハルトは、遂に師であるジンを疑いに掛かった。
 先だっての面会に置いてジンは、終に反論も出来ずに牢屋を去っていった。それを根に持ったジンが、ラインハルトの牢へ年頃の女を押し込める。そしてラインハルトが襲うのを待ち、新たな刑罰を与える算段なのでは、とそう考えたのだ。
 それが正か非かラインハルトには確認する術がない。
 だが例えその予想が当たっていたとしても、その策は失策に終わるだろう。なぜなら、ラインハルトは欲情に負けたりなどしない。『色情に嵌った武人は常人に成り下がる』。彼のような生粋の戦士の内で語られる格言であった。


 ラインハルトは振り向く。牢屋の対角には、膝を抱え小さく座る少女の背中。彼はすぐ近くに転がる布を持ち上げると、縮こまる彼女に声をかけた。
「おい」
 少女の身体がびくりと震える。
「な、なによ!?」
 体に続き声までも震わせて、顔もむけずに声を荒げた。先程の力強さなど微塵も感じぬ弱弱しい声だ。
 ラインハルトの頭に幾つかの疑問が浮かび上がる。だが彼はそれを押しとどめ、布を差し出した。
「ほら、床に敷くといい。そのままでは体が痛くなる」
 恐る恐る振り向いた少女は、ラインハルトの顔と差し出された布を交互に見やる。
 それからひったくるように布をつかみ取ると、さっさと床に敷きその上に身体を横たえてしまった。
「……」
 ラインハルトはその行動を見て言葉を失くす。善意の行為であったのだし、実際使用しているのだから礼の一つでも言えばよいだろうに。そんなことを思いながら、一つ大きなため息をつき頭を掻きむしった。
 それからラインハルトは、少女に背を向け横たわる。これまでとは違う、他人が傍にいる就寝。例え幼き少女だろうと、警戒心を露わにしたラインハルトはこの日、満足に眠ることが出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...