探求の槍使い

菅原

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誘い

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 明くる日。眼が覚めたラインハルトは、硬い床で凝り固まった体を伸ばし、大きな欠伸をした。
 熟睡に至らなかったために頭の中はぼんやりと靄がかかっており、とても眠たい。だが少女が起きている間ずっと寝ているわけにもいかないだろうと思い、ラインハルトは無理矢理体を起こした。
「今日もいい天気だな。ま、ずっと牢屋だから意味は無いが」
 窓にはめられた格子から見える空は、雲も少なく、全てを放り出して外へ遊びに繰り出したいと思える程に快晴だ。だがラインハルトは、見知らぬ少女と檻の中。
「はぁ、いつまでここに居ればいいのだ?」
 朝も早くから一つ愚痴が飛び出る。

 やがて、少女も目を覚ます。可愛げな声を漏らし、何度か身動ぎをした後、目を擦りながら体を起こした。
「んん……ふぁ……あら、朝?」
「おはようさん。気分はどうだい」
 少女は相変わらず背中を向けたままで、顔が見えない。だがラインハルトの挨拶によって、漸く少女は振り向いた。
「おはよ……えっ!? だ、誰!?」
 体の下に敷いていた布を手繰り寄せ、身体を包んでラインハルトを睨みつける。それから少しして、漸く自身の置かれた状況を理解し始めた。
「あぁ、確か私、衛兵に捕まって……」
 そして同居人の事も思い出す。
 眠る前同様、一言もしゃべらぬまま布で体を隠し、部屋の角まで後ずさる。それから振り向くと、また背中を丸めて座り込んでしまった。

 ラインハルトは何時までも口を開かぬ少女の態度を受け、今後気に掛けないことに決めた。
 まずあれだけの啖呵を切ったのに、今では借りた猫のようにおとなしい。それだけでも理解できぬというのに、優しく接しても例の一つも言われない。
(外は気持ちいい程快晴だ。あまり気の滅入ることは考えるべきじゃないな)
 それから先は今まで通り。色々なことを熟しながら暇をつぶす。


 少女と一切会話をしないまま、二日が過ぎた。
 時刻はすでに夕暮れ時。その間もラインハルトは、少女に何度か声をかけたが、一切の応答はない。
(全く、一人であれば鼻歌の一つでも奏でたい気分なんだが)
 ラインハルトは格子の隙間から見える夕日に染まった空を見上げた。この日も相変わらず晴天で、真夏日のように暑い日であった。彼は思う。何時も昼寝していた魔法の木を彩る桃色の花は、既に散ってしまっただろうかと。季節(だとすればそろそろ夏の始まりだ。牢屋での生活も、一段と厳しくなるだろうな)
 自身がどれだけ拘留されるか分からぬ今、夏の厳しさ、冬の厳しさを覚悟した。

 ふと、ラインハルトはその空の端に、真っ黒な雲の塊を見つけた。遠目から見ても雷を纏っているのが見える。そしてその雷雲は、徐々に大きさを増していた。どうやら此方へ迫ってきているようだ。
「……今日は嵐か」
 嵐などいつぶりだろうか。最近は晴天ばかり続いたから、たまには雨も良いかもしれない。そんなことを思いながら、ラインハルトは気持ちの高鳴りを感じていた。

 夜も更ける頃。遂に嵐は皇国を直撃する。吹き荒れる暴風。降り注ぐ雷雨。絶え間なく閃光と轟音が鳴り響き、とてもではないが眠れそうにない。
 ラインハルトは、安全な家屋の中で見る嵐が好きだった。遠くでしなる木々や、山の頂を打ち付ける雷を見るだけで、得も言われぬ興奮を覚えた。だが牢屋の中では別だ。牢屋と外を隔てる格子窓には硝子のような遮る物は一切なく、雨はそのまま内に吹き入ってくる。また、格子からは暴風も共に吹き込み、体温を次々と奪っていく。とても楽しむ余裕などない。
(嵐は好きだが、牢屋では堪らんな)
 嵐が好きな彼でさえそう思ってしまうのだ。ならば端から嫌いな者にとっては地獄のような苦しみを感じるだろう。
 そこでラインハルトの頭に浮かんだのは同居人の少女だ。ただでさえ小さい体をより小さくして震えているのだろう。そう思って彼は振り向いた。すると……

 そこには、格子の前に立ち尽くす少女の姿があった。
 月は見えぬというのに、何が楽しいのか、黒雲が埋め尽くす空を見上げている。
「……おい。そこは雨で濡れるだろう? 座っていた方がいいぞ」
 反応が無いことは判っていた。だが言わずにはいられない。ここは牢屋なのだ。体が雨で濡れてしまっても、乾かす物が無ければ拭く物も無い。濡れたまま放置しては、風邪の一つでも引いてしまうだろう。また、唯一ある汚い布を使えば、拭き取るくらいのことは出来るかもしれない。しかしそれもいけない。その湿った布を乾かす手段がない今、雨が長引く程に布は黴ていってしまう。それもまた、病気の蔓延する一つの要因となる。
 閉鎖した空間である牢屋の中では、小さな病も許されない。もし同居人が病に侵されれば……牢の中でそれが蔓延し、生死に関わる問題に発展し得るのだ。
 そこまで考慮しての忠告だったのだが、やはり少女からの反応はない。唯只管に、雷雨を生む黒雲を見つめている。
 それがしばらく続き、ラインハルトが不気味さを覚えだす頃、牢屋の入り口で苦し気に蠢く声が鳴った。


 物音も無く現れる黒づくめの男たち。その数は十にも及び、二人しかいない看守は瞬く間に意識を刈り取られた。
 音に気付き振り向くラインハルト。視線の先にいる男たちの手の中で、ギラリと光る刃物が見えた。身の危険を感じたラインハルトは、すかさず立ち上がり、臨戦態勢を取る。
 男たちは牢の中を見回すと、各牢屋の前へ散り散りに駆け寄った。内一人の男もラインハルトの牢へと駆け寄ってくる。そして
「お頭! ご無事でしたか!?」
 彼の同居人である少女の背に語り掛けた。
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