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疑惑
不穏な点
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然程広くない部屋の中。窓のすぐ近くに置かれた机の前で、椅子に座り思い悩む男が一人。
彼の名はジン・ホムエルシン。皇国軍の最高戦術指南役であり、ラインハルトの槍の師である。
ジンは晴れ渡った青空を窓越しに見上げながら、一つ大きなため息をついた。
「……早々に貴族の館を襲うとはな……これはいよいよ本腰を上げねばならないか?」
彼を悩ませているのは、先日起きた襲撃事件だ。
皇国を脱し、盗賊の仲間入りを果たしたラインハルト。不肖の弟子が加わって初めて行われた襲撃の標的は、皇国でも指折りの貴族、メルビア・シュライドの館だった。
幸運にも予め防衛の依頼が皇国に寄せられていた為に、被害は一切なく、また賊の一人を捕らえることに成功した。だがその賊は強かで、残りの仲間は捉えるに至らず。唯一捉えた賊は今、ラインハルトが入れられていた牢に捉えられているという話だ。
ここまで皇国に迷惑をかける動きをしていながら、ジンはまだ、ラインハルトを皇国軍に戻せないかと思案していた。だが、なにをどう考えてもそんな都合の良い案は浮かばない。
(……駄目だ。どんなことをしても、もはやラインハルトを救う術は……)
もとよりそんな道ある筈が無かった。皇国はこの時代に珍しい法治国家である。その行為が正か悪か、裁くのは全て国が定めた『規律』に従って決められる。その規律の中には『盗賊となった兵士が再び兵士に服役できる条件』など記されていない。
ジンがあれこれと頭を悩ませていると、部屋の戸を叩く音が響いた。
「ん……どうぞ」
がちゃりと戸が開く。
「失礼いたします」
現れたのは金髪の兵士。巷で噂が絶えぬ英雄の卵スィックル・カーンだ。
スィックルは部屋に一歩踏み入ると、深々と辞儀をしてジンの座る椅子に近寄る。
「何か用事か?」
「ええまぁ、本の些細な事なのですが……」
「歯切れが悪いな。一体何があったんだ?」
ジンは椅子の背もたれに身を預け、傍に立つスィックルを見上げた。
するとスィックルは、ジンの耳元へ顔を近づけ、誰も居ないというのに耳打ちを始める。
「実は、先日のシュライド邸襲撃の際、私も護衛任務に駆り出されておりまして……」
「ほう、それは多忙だったな。……いや、待てよ? 確かシュライド邸には他にも英雄の卵が……」
「はい。なので私はシュライド卿ご本人の護衛を頼まれたのです。そしてその護衛任務の最中、あの槍使いと出会いました」
「槍使い……? ……! まさかラインか!?」
驚愕するジン。それに対し、スィックルは頷く。
聞きたいことが山ほど出てきたジンは、近くにあった空の椅子を引き寄せると、スィックルを座らせた。それから、彼ら二人の秘密会議が始まる。
ジンはスィックルに向き直る。
「状況を整理しよう。シュライド卿より『一日館を留守にするから館の警備を頼む』と皇国へ依頼が入ったのが十日ほど前の事だ。私には知らされなかった話だから詳しくは知らないが、その時皇国は、英雄の卵を含む六人の兵士を派遣した。それで合っているかね?」
「ええ、おっしゃる通りで」
「一貴族の館の警護に英雄の卵を二人も動員するとは、少々過剰と言わざるを得ない。同じことを思ったシュライド卿は、君に取引場への護衛を命じた。どうだ?」
「はい、その通りです。貴族様は『念には念を』と仰られ、同行するように命じられたのです。館の方には他の英雄の卵が配備されていましたので、私はシュライド卿の命に応じました」
「……成程。大した危機管理能力だ。驚くべきは実際それが功を成し、どちらも迎撃を成功している。……だが不審な点も幾つか見えてくるな」
「不審な点、ですか?」
スィックルは意味深長な台詞を吐くジンに聞き返した。
ジンは大きく頷き、窓の外に広がる青空へと視線を移す。
「そもそもの話だ。貴族間の取引を皇国は一切禁止していない。ならばなぜ『深夜』という時間帯に『皇国の外れ』で取引を行う必要がある? それも皇国の最大戦力と謳われる英雄の卵を持ち出してまで」
「……確かに、商品の安否を、と捉えても少々過剰に思えますね」
「その通りだ。ならば次に疑問となるのはその『商品』だ……君はその時、積み荷が何か聞かなかったのか?」
「それは……申し訳ありません。任務にあたる際には皇国の方から、護衛に就く際にはシュライド卿から、口を出さぬようにと強く言いつけられていまして」
「……そうか、なら仕方が無いな」
視線を机に落とすと、ジンは腕を組んでうんうん唸り始めた。
それをスィックルは静かに見守る。
程なくして、再びジンは口を開く。
「不可解な点はまだある」
「なんでしょう?」
待ち望んでいた声に、スィックルは直ぐに反応した。するとジンは、親指と人差し指を立てる。
「賊どもは、何故二手に分かれたと思う?」
その問いかけに、スィックルは苦笑いをして答えた。
「……シュライド卿が取引する品も盗もうとしたのでは?」
「確かに、その可能性もあるだろう。だがそれでは余りにも不用心と言える。スィックル君、君は貴族が護衛もつけずに外を出歩くと思うかね?」
尋ねられたままにスィックルは答える。
「いえ、それはないでしょう。むしろ館よりも厳重にすべきかと。いうなれば城から出た王と同じですからね」
「そうだ。その程度の事、ラインにも、そして盗賊らにも分っていた筈だ。では君がラインと戦った時、他に賊は何人いた?」
「ええと……確か年端も行かぬ女が一人だけ……」
「となると、奴らはたった二人で貴族の取引に押し入ったことになる」
スィックルは、そうなりますね、と言って頷いた。
「僅か二人で、貴族が二人も集まる真っ只中に盗みに入るとは、少々強引すぎやしないかね。そこは何十、何百という護衛がいて当然の空間だというのに……仮に私が盗賊の頭であったのならば、二手に分けずどちらかに固めるだろう。そうした方がより多くの金銭を盗むことが出来るだろうからな」
館と取引現場のどちらにも英雄の卵が控えていたというのに、ジンはそう断言して見せた。それだけラインハルトの力を評価しているということだろう。でなければ、盗めることが前提であるかの物言いを出来る筈が無い。一方で、ラインハルトの力を知っているスィックルも、ジンのその言葉に同意して見せた。
「ええ、確かにホムエルシン様の言う通りです。あの場にあと十人の賊がいたとしたら、荷物は盗まれていたかもしれません。あの時は荷馬車の安否まで気遣う余裕はありませんでしたから」
スィックルは昨晩の戦いに思いをはせていた。技術では到底かなわず、メルビアの手助けが無ければ間違いなく敗北していただろう。ラインハルトが持つ天賦の才の前に、多少の努力など意味をなさなかったのだ。それを一度思い出すだけで、悔しさがこみ上げスィックルはこぶしを握り締める。
暫しの沈黙が流れた。
だが再び、静まり返った空気をジンが破る。
「……そういえば……確か館に忍び込んだ賊を一人、捉えていたのだったな」
「は、はい。例の牢獄に捉えてありますが」
「ふむ……よし、少し話してみるか」
ジンはそういって揚々と立ち上がった。それから部屋の中にスィックルを置いて出て行ってしまう。
スィックルは無人となった部屋の中で一つため息をつくと、急いでジンの後を追った。
彼の名はジン・ホムエルシン。皇国軍の最高戦術指南役であり、ラインハルトの槍の師である。
ジンは晴れ渡った青空を窓越しに見上げながら、一つ大きなため息をついた。
「……早々に貴族の館を襲うとはな……これはいよいよ本腰を上げねばならないか?」
彼を悩ませているのは、先日起きた襲撃事件だ。
皇国を脱し、盗賊の仲間入りを果たしたラインハルト。不肖の弟子が加わって初めて行われた襲撃の標的は、皇国でも指折りの貴族、メルビア・シュライドの館だった。
幸運にも予め防衛の依頼が皇国に寄せられていた為に、被害は一切なく、また賊の一人を捕らえることに成功した。だがその賊は強かで、残りの仲間は捉えるに至らず。唯一捉えた賊は今、ラインハルトが入れられていた牢に捉えられているという話だ。
ここまで皇国に迷惑をかける動きをしていながら、ジンはまだ、ラインハルトを皇国軍に戻せないかと思案していた。だが、なにをどう考えてもそんな都合の良い案は浮かばない。
(……駄目だ。どんなことをしても、もはやラインハルトを救う術は……)
もとよりそんな道ある筈が無かった。皇国はこの時代に珍しい法治国家である。その行為が正か悪か、裁くのは全て国が定めた『規律』に従って決められる。その規律の中には『盗賊となった兵士が再び兵士に服役できる条件』など記されていない。
ジンがあれこれと頭を悩ませていると、部屋の戸を叩く音が響いた。
「ん……どうぞ」
がちゃりと戸が開く。
「失礼いたします」
現れたのは金髪の兵士。巷で噂が絶えぬ英雄の卵スィックル・カーンだ。
スィックルは部屋に一歩踏み入ると、深々と辞儀をしてジンの座る椅子に近寄る。
「何か用事か?」
「ええまぁ、本の些細な事なのですが……」
「歯切れが悪いな。一体何があったんだ?」
ジンは椅子の背もたれに身を預け、傍に立つスィックルを見上げた。
するとスィックルは、ジンの耳元へ顔を近づけ、誰も居ないというのに耳打ちを始める。
「実は、先日のシュライド邸襲撃の際、私も護衛任務に駆り出されておりまして……」
「ほう、それは多忙だったな。……いや、待てよ? 確かシュライド邸には他にも英雄の卵が……」
「はい。なので私はシュライド卿ご本人の護衛を頼まれたのです。そしてその護衛任務の最中、あの槍使いと出会いました」
「槍使い……? ……! まさかラインか!?」
驚愕するジン。それに対し、スィックルは頷く。
聞きたいことが山ほど出てきたジンは、近くにあった空の椅子を引き寄せると、スィックルを座らせた。それから、彼ら二人の秘密会議が始まる。
ジンはスィックルに向き直る。
「状況を整理しよう。シュライド卿より『一日館を留守にするから館の警備を頼む』と皇国へ依頼が入ったのが十日ほど前の事だ。私には知らされなかった話だから詳しくは知らないが、その時皇国は、英雄の卵を含む六人の兵士を派遣した。それで合っているかね?」
「ええ、おっしゃる通りで」
「一貴族の館の警護に英雄の卵を二人も動員するとは、少々過剰と言わざるを得ない。同じことを思ったシュライド卿は、君に取引場への護衛を命じた。どうだ?」
「はい、その通りです。貴族様は『念には念を』と仰られ、同行するように命じられたのです。館の方には他の英雄の卵が配備されていましたので、私はシュライド卿の命に応じました」
「……成程。大した危機管理能力だ。驚くべきは実際それが功を成し、どちらも迎撃を成功している。……だが不審な点も幾つか見えてくるな」
「不審な点、ですか?」
スィックルは意味深長な台詞を吐くジンに聞き返した。
ジンは大きく頷き、窓の外に広がる青空へと視線を移す。
「そもそもの話だ。貴族間の取引を皇国は一切禁止していない。ならばなぜ『深夜』という時間帯に『皇国の外れ』で取引を行う必要がある? それも皇国の最大戦力と謳われる英雄の卵を持ち出してまで」
「……確かに、商品の安否を、と捉えても少々過剰に思えますね」
「その通りだ。ならば次に疑問となるのはその『商品』だ……君はその時、積み荷が何か聞かなかったのか?」
「それは……申し訳ありません。任務にあたる際には皇国の方から、護衛に就く際にはシュライド卿から、口を出さぬようにと強く言いつけられていまして」
「……そうか、なら仕方が無いな」
視線を机に落とすと、ジンは腕を組んでうんうん唸り始めた。
それをスィックルは静かに見守る。
程なくして、再びジンは口を開く。
「不可解な点はまだある」
「なんでしょう?」
待ち望んでいた声に、スィックルは直ぐに反応した。するとジンは、親指と人差し指を立てる。
「賊どもは、何故二手に分かれたと思う?」
その問いかけに、スィックルは苦笑いをして答えた。
「……シュライド卿が取引する品も盗もうとしたのでは?」
「確かに、その可能性もあるだろう。だがそれでは余りにも不用心と言える。スィックル君、君は貴族が護衛もつけずに外を出歩くと思うかね?」
尋ねられたままにスィックルは答える。
「いえ、それはないでしょう。むしろ館よりも厳重にすべきかと。いうなれば城から出た王と同じですからね」
「そうだ。その程度の事、ラインにも、そして盗賊らにも分っていた筈だ。では君がラインと戦った時、他に賊は何人いた?」
「ええと……確か年端も行かぬ女が一人だけ……」
「となると、奴らはたった二人で貴族の取引に押し入ったことになる」
スィックルは、そうなりますね、と言って頷いた。
「僅か二人で、貴族が二人も集まる真っ只中に盗みに入るとは、少々強引すぎやしないかね。そこは何十、何百という護衛がいて当然の空間だというのに……仮に私が盗賊の頭であったのならば、二手に分けずどちらかに固めるだろう。そうした方がより多くの金銭を盗むことが出来るだろうからな」
館と取引現場のどちらにも英雄の卵が控えていたというのに、ジンはそう断言して見せた。それだけラインハルトの力を評価しているということだろう。でなければ、盗めることが前提であるかの物言いを出来る筈が無い。一方で、ラインハルトの力を知っているスィックルも、ジンのその言葉に同意して見せた。
「ええ、確かにホムエルシン様の言う通りです。あの場にあと十人の賊がいたとしたら、荷物は盗まれていたかもしれません。あの時は荷馬車の安否まで気遣う余裕はありませんでしたから」
スィックルは昨晩の戦いに思いをはせていた。技術では到底かなわず、メルビアの手助けが無ければ間違いなく敗北していただろう。ラインハルトが持つ天賦の才の前に、多少の努力など意味をなさなかったのだ。それを一度思い出すだけで、悔しさがこみ上げスィックルはこぶしを握り締める。
暫しの沈黙が流れた。
だが再び、静まり返った空気をジンが破る。
「……そういえば……確か館に忍び込んだ賊を一人、捉えていたのだったな」
「は、はい。例の牢獄に捉えてありますが」
「ふむ……よし、少し話してみるか」
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