44 / 124
真実の姿
敗北の傷
しおりを挟む
時は少し遡る。天然の迷路に守られた洞窟にある洋館の中で、ラインハルトは目を覚ました。
(ここは……何処だ?)
見慣れぬ天井が見える。あまり広くはなく、古臭い木の天井だ。そこから少し顔を逸らせば、包帯でぐるぐる巻きの右手も見えた。一体何事かと左腕で右腕を擦ろうとする。すると、言葉にできぬ激痛が走った。
「ぐぅっ!! あああ!!」
痛みに喘ぐ悲鳴が響く。暫くして痛みが落ち着くと、ラインハルトは視線を動かし部屋の様子を伺った。
用途不明の作業道具が見える。それに柱に掛かった古い柱時計。そして至る所に置かれた骨董品の数々には、僅かながら見覚えがある。
こんこん。
ラインハルトが部屋の散策に躍起になっていると、部屋の外から数度、戸を叩く音が聞こえた。
誰だ、と声を出そうとしたが、それを待つことなく戸が開く。
「おはよ……あっ! 気づいたのね!?」
姿を現したのは灰の髪を持つ少女、義賊団の長、エリスであった。
エリスは手に持っていた盆を近くにある机の上に置き、ラインハルトの横たわるベッドに慌てて駆け寄る。
その尋常ではない取り乱しように驚いたラインハルトは、口を開いて声を出した。
「ぞん‶な‶……ん‶!? んんっ!!」
喉からがらがらの声が飛び出し驚いた。慌てて咳をしつつ平静を装う。
ガラガラの声といい体を走る激痛といい、どうにもいつもの身体と調子が違うようだ。
ラインハルトはしかめっ面をするエリスに事情を聴こうと、体を起こそうと試みた。するとエリスは甲高い声を上げそれを抑え込んだ。
「ちょっと、何してるのよ! 貴方、もう三日も寝込んでたのよ!?」
「……三日?」
ずきりと頭が痛む。寝ぼけていた意識も次第に覚醒を果たし、たっぷりの時間をかけて漸く、三日前の夜に起きた事柄を思い出した。
あの日、ラインハルトは貴族が行う人身売買の現場を押さえ、その護衛と戦闘に入った。その結果、彼は大きな傷を負って命辛々逃げ帰ってきたのだ。
「そうか……俺は……負けたんだな」
天井を見上げるラインハルトが、何を思うのかエリスにはわからない。
だがその呟きが、少女には酷く寂しげに聞こえた。
それまでのラインハルトは、自信に満ち溢れ、弱さを見せることをしたことが無い。ところが今のラインハルトはどうだ。元から少なかった口数は皆無と言ってもよく、虚ろな視線が真っすぐに天井を見つめている。心ここにあらずといった感じで、先程まで気に駆けていたエリスの事も、今は眼中になさそうだ。
大分滅入っていると感じたエリスは、必死にラインハルトを慰めに掛かった。
「ま、負けてなんかないわ! あいつら、怪しげな道具を使っていたもの。それに貴方だって、まともな武器さえ持っていたらきっと……」
ラインハルトを元気づけようと、エリスはそう捲し立てた。だがそんな言葉は、ラインハルトには何ら意味をなさない。
争いとは、不意に起きる物だ。ましてや個々の争いともなれば、時と場所をあらかじめ認知していることは難しい。だからこそ戦士は、常に万全な状態を維持することに尽力する。あらゆる武具を買い揃え、あらゆる道具を買い揃え、あらゆる状況に対応できるように訓練を欠かさない。
即ち戦士にとって、武器の良し悪しだとか、道具の有無といった要因は、敗北しても良い理由にはならないのだ。
この話を聞いた戦士は口々にこういうだろう。ラインハルトは勝つために最大限の努力をしなかった。それだけの話なのだ、と。
思いつくあらゆる言葉を連ね、エリスは必死にラインハルトを元気づけようとした。
だがラインハルトからの反応は見られなかった。ああ、とか、そうだな、といった相槌すらも一切ない。それがどうしても、エリスには分からなかった。
エリスは知らなかったのだ。
殊、戦闘に置いて無類の強さを誇るラインハルトが、これまでの人生で敗北を喫した回数は僅かに二回。その二度目の敗北が今回の戦いであったことを。
一度目は彼の師、ジン・ホムエルシンと戦った時だった。尤も、それは幼少期にあった若気の至りであって、円熟したと自信を持ってからの事ではない。
一方先日の敗北は、誰にも負けぬ自信を手に入れてから初めての敗北となる。これまで誰にも負けぬ様努力をしてきたというのに、師には『時が合えば英雄にもなれただろう』とも言われたというのに、英雄どころか英雄の卵等という輩に敗北してしまったのだ。これまでの努力は一体何だったのか。今のラインハルトの頭には、その一点しか浮かんでいなかった。
散々励ましの言葉を続けていたエリスだったが、言葉が見当たらなくなるとため息をついてベッドを離れた。
「何を考えているかは分からないけど、変な気は起こさないでね? でも、とりあえず気が付いたから安心したわ。食べられるかわからないけど……ご飯、ここに置いておくから」
ラインハルトからの返事は相変わらずない。エリスは再び溜息をつくと、静かに部屋を出て行ってしまった。
(ここは……何処だ?)
見慣れぬ天井が見える。あまり広くはなく、古臭い木の天井だ。そこから少し顔を逸らせば、包帯でぐるぐる巻きの右手も見えた。一体何事かと左腕で右腕を擦ろうとする。すると、言葉にできぬ激痛が走った。
「ぐぅっ!! あああ!!」
痛みに喘ぐ悲鳴が響く。暫くして痛みが落ち着くと、ラインハルトは視線を動かし部屋の様子を伺った。
用途不明の作業道具が見える。それに柱に掛かった古い柱時計。そして至る所に置かれた骨董品の数々には、僅かながら見覚えがある。
こんこん。
ラインハルトが部屋の散策に躍起になっていると、部屋の外から数度、戸を叩く音が聞こえた。
誰だ、と声を出そうとしたが、それを待つことなく戸が開く。
「おはよ……あっ! 気づいたのね!?」
姿を現したのは灰の髪を持つ少女、義賊団の長、エリスであった。
エリスは手に持っていた盆を近くにある机の上に置き、ラインハルトの横たわるベッドに慌てて駆け寄る。
その尋常ではない取り乱しように驚いたラインハルトは、口を開いて声を出した。
「ぞん‶な‶……ん‶!? んんっ!!」
喉からがらがらの声が飛び出し驚いた。慌てて咳をしつつ平静を装う。
ガラガラの声といい体を走る激痛といい、どうにもいつもの身体と調子が違うようだ。
ラインハルトはしかめっ面をするエリスに事情を聴こうと、体を起こそうと試みた。するとエリスは甲高い声を上げそれを抑え込んだ。
「ちょっと、何してるのよ! 貴方、もう三日も寝込んでたのよ!?」
「……三日?」
ずきりと頭が痛む。寝ぼけていた意識も次第に覚醒を果たし、たっぷりの時間をかけて漸く、三日前の夜に起きた事柄を思い出した。
あの日、ラインハルトは貴族が行う人身売買の現場を押さえ、その護衛と戦闘に入った。その結果、彼は大きな傷を負って命辛々逃げ帰ってきたのだ。
「そうか……俺は……負けたんだな」
天井を見上げるラインハルトが、何を思うのかエリスにはわからない。
だがその呟きが、少女には酷く寂しげに聞こえた。
それまでのラインハルトは、自信に満ち溢れ、弱さを見せることをしたことが無い。ところが今のラインハルトはどうだ。元から少なかった口数は皆無と言ってもよく、虚ろな視線が真っすぐに天井を見つめている。心ここにあらずといった感じで、先程まで気に駆けていたエリスの事も、今は眼中になさそうだ。
大分滅入っていると感じたエリスは、必死にラインハルトを慰めに掛かった。
「ま、負けてなんかないわ! あいつら、怪しげな道具を使っていたもの。それに貴方だって、まともな武器さえ持っていたらきっと……」
ラインハルトを元気づけようと、エリスはそう捲し立てた。だがそんな言葉は、ラインハルトには何ら意味をなさない。
争いとは、不意に起きる物だ。ましてや個々の争いともなれば、時と場所をあらかじめ認知していることは難しい。だからこそ戦士は、常に万全な状態を維持することに尽力する。あらゆる武具を買い揃え、あらゆる道具を買い揃え、あらゆる状況に対応できるように訓練を欠かさない。
即ち戦士にとって、武器の良し悪しだとか、道具の有無といった要因は、敗北しても良い理由にはならないのだ。
この話を聞いた戦士は口々にこういうだろう。ラインハルトは勝つために最大限の努力をしなかった。それだけの話なのだ、と。
思いつくあらゆる言葉を連ね、エリスは必死にラインハルトを元気づけようとした。
だがラインハルトからの反応は見られなかった。ああ、とか、そうだな、といった相槌すらも一切ない。それがどうしても、エリスには分からなかった。
エリスは知らなかったのだ。
殊、戦闘に置いて無類の強さを誇るラインハルトが、これまでの人生で敗北を喫した回数は僅かに二回。その二度目の敗北が今回の戦いであったことを。
一度目は彼の師、ジン・ホムエルシンと戦った時だった。尤も、それは幼少期にあった若気の至りであって、円熟したと自信を持ってからの事ではない。
一方先日の敗北は、誰にも負けぬ自信を手に入れてから初めての敗北となる。これまで誰にも負けぬ様努力をしてきたというのに、師には『時が合えば英雄にもなれただろう』とも言われたというのに、英雄どころか英雄の卵等という輩に敗北してしまったのだ。これまでの努力は一体何だったのか。今のラインハルトの頭には、その一点しか浮かんでいなかった。
散々励ましの言葉を続けていたエリスだったが、言葉が見当たらなくなるとため息をついてベッドを離れた。
「何を考えているかは分からないけど、変な気は起こさないでね? でも、とりあえず気が付いたから安心したわ。食べられるかわからないけど……ご飯、ここに置いておくから」
ラインハルトからの返事は相変わらずない。エリスは再び溜息をつくと、静かに部屋を出て行ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる