探求の槍使い

菅原

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真実の姿

敗北の傷

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 時は少し遡る。天然の迷路に守られた洞窟にある洋館の中で、ラインハルトは目を覚ました。
(ここは……何処だ?)
 見慣れぬ天井が見える。あまり広くはなく、古臭い木の天井だ。そこから少し顔を逸らせば、包帯でぐるぐる巻きの右手も見えた。一体何事かと左腕で右腕を擦ろうとする。すると、言葉にできぬ激痛が走った。
「ぐぅっ!! あああ!!」
 痛みに喘ぐ悲鳴が響く。暫くして痛みが落ち着くと、ラインハルトは視線を動かし部屋の様子を伺った。
 用途不明の作業道具が見える。それに柱に掛かった古い柱時計。そして至る所に置かれた骨董品の数々には、僅かながら見覚えがある。
 こんこん。
 ラインハルトが部屋の散策に躍起になっていると、部屋の外から数度、戸を叩く音が聞こえた。
 誰だ、と声を出そうとしたが、それを待つことなく戸が開く。
「おはよ……あっ! 気づいたのね!?」
 姿を現したのは灰の髪を持つ少女、義賊団の長、エリスであった。
 エリスは手に持っていた盆を近くにある机の上に置き、ラインハルトの横たわるベッドに慌てて駆け寄る。
 その尋常ではない取り乱しように驚いたラインハルトは、口を開いて声を出した。
「ぞん‶な‶……ん‶!? んんっ!!」
 喉からがらがらの声が飛び出し驚いた。慌てて咳をしつつ平静を装う。
 ガラガラの声といい体を走る激痛といい、どうにもいつもの身体と調子が違うようだ。
 ラインハルトはしかめっ面をするエリスに事情を聴こうと、体を起こそうと試みた。するとエリスは甲高い声を上げそれを抑え込んだ。
「ちょっと、何してるのよ! 貴方、もう三日も寝込んでたのよ!?」
「……三日?」
 ずきりと頭が痛む。寝ぼけていた意識も次第に覚醒を果たし、たっぷりの時間をかけて漸く、三日前の夜に起きた事柄を思い出した。

 あの日、ラインハルトは貴族が行う人身売買の現場を押さえ、その護衛と戦闘に入った。その結果、彼は大きな傷を負って命辛々逃げ帰ってきたのだ。
「そうか……俺は……負けたんだな」
 天井を見上げるラインハルトが、何を思うのかエリスにはわからない。
 だがその呟きが、少女には酷く寂しげに聞こえた。
 それまでのラインハルトは、自信に満ち溢れ、弱さを見せることをしたことが無い。ところが今のラインハルトはどうだ。元から少なかった口数は皆無と言ってもよく、虚ろな視線が真っすぐに天井を見つめている。心ここにあらずといった感じで、先程まで気に駆けていたエリスの事も、今は眼中になさそうだ。
 大分滅入っていると感じたエリスは、必死にラインハルトを慰めに掛かった。
「ま、負けてなんかないわ! あいつら、怪しげな道具を使っていたもの。それに貴方だって、まともな武器さえ持っていたらきっと……」
 ラインハルトを元気づけようと、エリスはそう捲し立てた。だがそんな言葉は、ラインハルトには何ら意味をなさない。

 争いとは、不意に起きる物だ。ましてや個々の争いともなれば、時と場所をあらかじめ認知していることは難しい。だからこそ戦士は、常に万全な状態を維持することに尽力する。あらゆる武具を買い揃え、あらゆる道具を買い揃え、あらゆる状況に対応できるように訓練を欠かさない。
 即ち戦士にとって、武器の良し悪しだとか、道具の有無といった要因は、敗北しても良い理由にはならないのだ。
 この話を聞いた戦士は口々にこういうだろう。ラインハルトは勝つために最大限の努力をしなかった。それだけの話なのだ、と。

 思いつくあらゆる言葉を連ね、エリスは必死にラインハルトを元気づけようとした。
 だがラインハルトからの反応は見られなかった。ああ、とか、そうだな、といった相槌すらも一切ない。それがどうしても、エリスには分からなかった。
 エリスは知らなかったのだ。
 殊、戦闘に置いて無類の強さを誇るラインハルトが、これまでの人生で敗北を喫した回数は僅かに二回。その二度目の敗北が今回の戦いであったことを。
 一度目は彼の師、ジン・ホムエルシンと戦った時だった。尤も、それは幼少期にあった若気の至りであって、円熟したと自信を持ってからの事ではない。
 一方先日の敗北は、誰にも負けぬ自信を手に入れてから初めての敗北となる。これまで誰にも負けぬ様努力をしてきたというのに、師には『時が合えば英雄にもなれただろう』とも言われたというのに、英雄どころか英雄の卵等という輩に敗北してしまったのだ。これまでの努力は一体何だったのか。今のラインハルトの頭には、その一点しか浮かんでいなかった。

 散々励ましの言葉を続けていたエリスだったが、言葉が見当たらなくなるとため息をついてベッドを離れた。
「何を考えているかは分からないけど、変な気は起こさないでね? でも、とりあえず気が付いたから安心したわ。食べられるかわからないけど……ご飯、ここに置いておくから」
 ラインハルトからの返事は相変わらずない。エリスは再び溜息をつくと、静かに部屋を出て行ってしまった。
 
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