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真実の姿
戦士の帰還
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ラインハルトの反応が希薄となってから早十日が経った。
平穏な日常と、穏やかな時間、そしてあれだけの傷を負っていながら生きながらえていた高い生命力が、大幅に傷を回復させていく。目覚めた当時は息を吸うだけで傷んだ背中も、寝起きすることが可能となる程に回復していた。
それでも、ラインハルトの眼は死んだままだ。ただ黙って天井を見上げ、何を考えているのかさっぱり分からない。
エリスが心配そうにベッドの横に座っている今も、彼はその状態のままだった。
「今日はフェイルバードの卵が手に入ったの。町では結構見かけるでしょうけど、こんな生活では珍しくごちそうよ」
少女は嬉しそうに笑ってそう語りかける。
洋館の周辺は、洞窟の中とはいえ広大だ。また岩肌だらけというわけではなく、淡い光を放つ自生植物、底が透けて見えるほど綺麗なため池もあり、外界と違う点と言えば空が無いことくらいである。だがそこはあくまで隔絶された世界だ。真新しい物が流通を始めることはなく、娯楽といえば食って寝ることくらいか。だからこうして珍しい食料が入ると、義賊団の者達は皆色めきだつ。
だというのに、ラインハルトは一切そんな気を見せない。
彼は、元から食通というわけではなかった。また、お喋りが好きというわけでもなかった。だから口数が少ない事も、部屋の中が静かであることも何ら不思議ではない。だが、今の彼の反応はそういった類の話ではない。
「……」
耳を澄ませても、呼吸する音すら聞こえないのだ。微かに布の掛かった胸は上下しているから、生きている事は判る。しかしほんの少し瞬きの間隔が空くだけで、死んでいるのでは、と疑ってしまえるほど静かで身動き一つせず、それが酷く不気味であった。
それでもエリスは根気よく、健気にラインハルトに付き添った。それは罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。彼女らの我儘を押し付けたせいで、彼は国を脱し、本来起こり得ぬ戦いに身を投じた。そしてこのような生気の感じられぬ状態に陥ってしまったのだ。せめて回復するまでは……そう思いながら、彼女はまるで病にかかった夫を看病する妻のように、懸命にラインハルトの世話を続けた。
彼の容態が変わったのは、その日の夜の事だった。
大きな音を立てて、部屋の戸が開かれる。
それに驚くエリス。
「ちょっと! 怪我人がいるのよ!? 少し静かに……」
駆け込んできたのは、義賊団に属する一人の男だった。肩で息をし、明らかに取り乱している。
その男は怒るエリスの言葉を遮り、こう叫んだ。
「はぁっ……はぁっ……ポ、ポトムから連絡が!!」
その言葉で、反射的にエリスは椅子から立ち上がる。
そしてちらりとラインハルトを見ると、部屋から駆けだしていった。
エリスが案内されたのは食堂だ。
そこには義賊団の団員が一堂に集まり、机の上に置かれた連絡用の魔法石を取り囲んでいる。
その輪の中に合流したエリスは、直ぐに叫びをあげた。
「ポトム!? 無事だったのね!?」
魔法石の向こう側で息をのむ息遣いが聞こえた。それからすぐに聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『お嬢、ご無事で何よりです! ああっ、それよりも大事な話が! ラインハルトはそこにいますか!?』
「ラインハルト? いえ、ここにはいないわ。そんなことより貴方よ。今一体どこにいるの?」
『お願いします! ラインハルトと話しをさせて下さい!』
ポトムの切迫した願いに、エリスは言葉を失くす。
ポトムは、義賊団副団長としてこれまでエリスの事をよく気にかけていた。だが今の彼は、エリスよりもラインハルトを頻りに気にしているようだ。これは何か予期せぬことが起きているのでは、と感じたエリスは、机の上の魔法石をつかみ取ると再び部屋を飛び出し、ラインハルトが眠る『ローゼリエッタの間』へと駆けた。
再び大きな音を立てて部屋の戸が開かれる。勿論、ラインハルトに反応はない。
エリスは部屋の中に飛び込むと、机をベッドに押し寄せその上に勢いよく魔法石を叩きつけた。
「いい加減にしなさい、ラインハルト! 貴方を待つ人はたくさんいるのよ!!」
遅れて部屋になだれ込む男たち。その騒音と怒号に呼応し、ラインハルトの視線が僅かに揺れた。顔を少しだけ逸らし、視線が机の上の魔法石を捕らえる。
続いてポトムが叫ぶ。
『ラインハルト……急げ! ジン様が……ジン・ホムエルシン様が処刑される!!』
ぞわりとラインハルトの心が振るえた。
ラインハルトはベッドから飛び起きると、魔法石を掴み上げ咆える。
「一体どういうことだ!!」
身体の奥がずきりと痛む。大分回復したと思われたが、まだまだ傷は深いらしい。それでも、今の彼の姿はここ数日の彼からは想像もつかぬ程生気に満ち溢れている。
魔法石の向こう側からポトムの声が届く。
『ジン様は、俺を逃がしたことがばれて、軍に捕まってしまった! 処刑は翌日の正午……! 急げ! ラインハ……』
「おい! 詳しく教えろ!! ……おい!!」
そこで、魔法石は役目を終え輝きを失う。
くすんでしまった魔法石を握りしめ、ラインハルトは呟く。
「何故だ……? 師は……ジンは長年皇国に仕えてきた重鎮だ。それを……処刑だと?」
「分からないことばかりだけど、このまま寝ている場合じゃなくなったわね」
ベッドに腰かけ体を起こすラインハルトの肩に、エリスが手を添える。その手は僅かに震えているように見えた。
漸く、彼女らが待ちわびた戦士が目を覚ましたのだ。喜びに打ち震える手が、彼の大きな肩を掴む。エリスはそのまま、義賊団の仲間に指示を出した。
「さぁ皆! 戦いの準備よ!!」
「「「おう!!!」」」
部屋に幾重もの男の声が響く。続いて男たちは部屋を飛び出し、各々必要な準備を始めた。
一転部屋の中が静かになると、エリスはラインハルトの肩に乗せていた手を引っ込め、自らも部屋を出ていこうとする。その去り際、彼女はこう言葉を投げかける。
「貴方もよ、ラインハルト。貴方は今、我が義賊団の一員なの。しょぼくれている暇なんかないわ」
少女は背を向けたままだ。その背中に向けて、ラインハルトは一つ問いかける。
「何故お前たちが動く。ジンは皇国軍のお偉方だ。賊にとっては今後の活動の為にも、死んでくれた方が得だろうに」
この問いかけにエリスは叫んだ。
「死んで得する命なんて一つもないわ! 人を助けるのに理由なんて必要ない。だって……私たちは弱きを助け、悪を挫く正義の味方だもの」
不敵な笑みを湛えながら、エリスは部屋から出ていった。
戸が閉まり部屋で一人になったラインハルトは失笑する。
「ふっ……『正義の味方』か」
ラインハルトは握りしめていた手から力を抜き、持っていた魔法石を机の上に置いた。
腰かけていたベッドから立ち上がる。それから腕や足を軽く動かしてみた。
「ぐっ……大分なまっているようだ」
体の節々が痛む。特に背中は燃える様に熱い。だがそれでも、動けない程ではない。
ラインハルトは体に巻きつけられた包帯を破り取ると、壁に掛けてあった鎧に手を掛けた。
それから手早く身支度を整えると、不出来な槍を一つ持って部屋から飛び出した。
平穏な日常と、穏やかな時間、そしてあれだけの傷を負っていながら生きながらえていた高い生命力が、大幅に傷を回復させていく。目覚めた当時は息を吸うだけで傷んだ背中も、寝起きすることが可能となる程に回復していた。
それでも、ラインハルトの眼は死んだままだ。ただ黙って天井を見上げ、何を考えているのかさっぱり分からない。
エリスが心配そうにベッドの横に座っている今も、彼はその状態のままだった。
「今日はフェイルバードの卵が手に入ったの。町では結構見かけるでしょうけど、こんな生活では珍しくごちそうよ」
少女は嬉しそうに笑ってそう語りかける。
洋館の周辺は、洞窟の中とはいえ広大だ。また岩肌だらけというわけではなく、淡い光を放つ自生植物、底が透けて見えるほど綺麗なため池もあり、外界と違う点と言えば空が無いことくらいである。だがそこはあくまで隔絶された世界だ。真新しい物が流通を始めることはなく、娯楽といえば食って寝ることくらいか。だからこうして珍しい食料が入ると、義賊団の者達は皆色めきだつ。
だというのに、ラインハルトは一切そんな気を見せない。
彼は、元から食通というわけではなかった。また、お喋りが好きというわけでもなかった。だから口数が少ない事も、部屋の中が静かであることも何ら不思議ではない。だが、今の彼の反応はそういった類の話ではない。
「……」
耳を澄ませても、呼吸する音すら聞こえないのだ。微かに布の掛かった胸は上下しているから、生きている事は判る。しかしほんの少し瞬きの間隔が空くだけで、死んでいるのでは、と疑ってしまえるほど静かで身動き一つせず、それが酷く不気味であった。
それでもエリスは根気よく、健気にラインハルトに付き添った。それは罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。彼女らの我儘を押し付けたせいで、彼は国を脱し、本来起こり得ぬ戦いに身を投じた。そしてこのような生気の感じられぬ状態に陥ってしまったのだ。せめて回復するまでは……そう思いながら、彼女はまるで病にかかった夫を看病する妻のように、懸命にラインハルトの世話を続けた。
彼の容態が変わったのは、その日の夜の事だった。
大きな音を立てて、部屋の戸が開かれる。
それに驚くエリス。
「ちょっと! 怪我人がいるのよ!? 少し静かに……」
駆け込んできたのは、義賊団に属する一人の男だった。肩で息をし、明らかに取り乱している。
その男は怒るエリスの言葉を遮り、こう叫んだ。
「はぁっ……はぁっ……ポ、ポトムから連絡が!!」
その言葉で、反射的にエリスは椅子から立ち上がる。
そしてちらりとラインハルトを見ると、部屋から駆けだしていった。
エリスが案内されたのは食堂だ。
そこには義賊団の団員が一堂に集まり、机の上に置かれた連絡用の魔法石を取り囲んでいる。
その輪の中に合流したエリスは、直ぐに叫びをあげた。
「ポトム!? 無事だったのね!?」
魔法石の向こう側で息をのむ息遣いが聞こえた。それからすぐに聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『お嬢、ご無事で何よりです! ああっ、それよりも大事な話が! ラインハルトはそこにいますか!?』
「ラインハルト? いえ、ここにはいないわ。そんなことより貴方よ。今一体どこにいるの?」
『お願いします! ラインハルトと話しをさせて下さい!』
ポトムの切迫した願いに、エリスは言葉を失くす。
ポトムは、義賊団副団長としてこれまでエリスの事をよく気にかけていた。だが今の彼は、エリスよりもラインハルトを頻りに気にしているようだ。これは何か予期せぬことが起きているのでは、と感じたエリスは、机の上の魔法石をつかみ取ると再び部屋を飛び出し、ラインハルトが眠る『ローゼリエッタの間』へと駆けた。
再び大きな音を立てて部屋の戸が開かれる。勿論、ラインハルトに反応はない。
エリスは部屋の中に飛び込むと、机をベッドに押し寄せその上に勢いよく魔法石を叩きつけた。
「いい加減にしなさい、ラインハルト! 貴方を待つ人はたくさんいるのよ!!」
遅れて部屋になだれ込む男たち。その騒音と怒号に呼応し、ラインハルトの視線が僅かに揺れた。顔を少しだけ逸らし、視線が机の上の魔法石を捕らえる。
続いてポトムが叫ぶ。
『ラインハルト……急げ! ジン様が……ジン・ホムエルシン様が処刑される!!』
ぞわりとラインハルトの心が振るえた。
ラインハルトはベッドから飛び起きると、魔法石を掴み上げ咆える。
「一体どういうことだ!!」
身体の奥がずきりと痛む。大分回復したと思われたが、まだまだ傷は深いらしい。それでも、今の彼の姿はここ数日の彼からは想像もつかぬ程生気に満ち溢れている。
魔法石の向こう側からポトムの声が届く。
『ジン様は、俺を逃がしたことがばれて、軍に捕まってしまった! 処刑は翌日の正午……! 急げ! ラインハ……』
「おい! 詳しく教えろ!! ……おい!!」
そこで、魔法石は役目を終え輝きを失う。
くすんでしまった魔法石を握りしめ、ラインハルトは呟く。
「何故だ……? 師は……ジンは長年皇国に仕えてきた重鎮だ。それを……処刑だと?」
「分からないことばかりだけど、このまま寝ている場合じゃなくなったわね」
ベッドに腰かけ体を起こすラインハルトの肩に、エリスが手を添える。その手は僅かに震えているように見えた。
漸く、彼女らが待ちわびた戦士が目を覚ましたのだ。喜びに打ち震える手が、彼の大きな肩を掴む。エリスはそのまま、義賊団の仲間に指示を出した。
「さぁ皆! 戦いの準備よ!!」
「「「おう!!!」」」
部屋に幾重もの男の声が響く。続いて男たちは部屋を飛び出し、各々必要な準備を始めた。
一転部屋の中が静かになると、エリスはラインハルトの肩に乗せていた手を引っ込め、自らも部屋を出ていこうとする。その去り際、彼女はこう言葉を投げかける。
「貴方もよ、ラインハルト。貴方は今、我が義賊団の一員なの。しょぼくれている暇なんかないわ」
少女は背を向けたままだ。その背中に向けて、ラインハルトは一つ問いかける。
「何故お前たちが動く。ジンは皇国軍のお偉方だ。賊にとっては今後の活動の為にも、死んでくれた方が得だろうに」
この問いかけにエリスは叫んだ。
「死んで得する命なんて一つもないわ! 人を助けるのに理由なんて必要ない。だって……私たちは弱きを助け、悪を挫く正義の味方だもの」
不敵な笑みを湛えながら、エリスは部屋から出ていった。
戸が閉まり部屋で一人になったラインハルトは失笑する。
「ふっ……『正義の味方』か」
ラインハルトは握りしめていた手から力を抜き、持っていた魔法石を机の上に置いた。
腰かけていたベッドから立ち上がる。それから腕や足を軽く動かしてみた。
「ぐっ……大分なまっているようだ」
体の節々が痛む。特に背中は燃える様に熱い。だがそれでも、動けない程ではない。
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