探求の槍使い

菅原

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抜け殻

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 法国が『軍が政治を掌握し、犯罪を隠蔽する偽りの平和国であった』という事実を知った国民は、一時暴動を起こしかねない程荒れ狂った。
 執政の力不足、軍の出過ぎた行動、隠匿されていた犯罪歴も殆どが知れ渡り、それまで優位な立場を確立していた貴族らであっても、身動き一つとれないような状況が続いた。
 更に、国民は明らかになった一つの情報に驚愕する。それは法皇が死去していたことだ。病に伏し寝込んでいる為表に出られない等、理由付けは種々なされてはいたが、前法皇の嫡子が新たな法皇となったことは一切知られていなかった。
 これだけの情報統制をおこなった軍の評判は地に落ちた。そして国民は、自身の身を守ってくれるはずの軍隊を信じることが出来ない状況だ。
 しかし、新たな法皇の存在が彼らを正気に戻す。新法皇コルクレアの誕生。これに対し人々は、自国内だけにあらず周辺国に至るまでが祝福の声を贈った。

 コルクレアは、まだ幼い為に知識、経験といった物が欠如していた。だが前法皇に仕えていた忠臣とともに、国の浄化、再建に尽力する。新たな執政部の設立、軍の大きな人事変動、外交に至っても彼自らが声明を出すことで、確かな信頼を培っていった。
 そうして三月も経つ頃には、法国内の混乱も大分落ち着きを取り戻し、新たな法皇と、その彼が信頼する執政らと共に、法国は新しい体制を作ることが出来た。


 国の郊外に位置する二つの共同墓地。その内軍関係者が祀られる南東の墓地に、一人の戦士の姿があった。
 真っ白な鎧を着こみ、真っ赤な外套を羽織っている。右手には陽の光を浴び見事に輝く一本の槍。その旨には黄金に輝く羽の徽章が見える。身に着ける物は大分様変わりしたが、その顔は確かにラインハルトだ。
「……」
 彼は言葉を語らず、唯目の前にある石を見つめている。
 それは彼が慕う者……槍の師であるジン・ホムエルシンの墓標だ。

 ジンはあの戦いの時、迫りくる斬撃から賊の棟梁を庇った。その際に受けた傷が致命傷となり、ジンはこの世から旅立っていってしまった。斬首台に括り付けられていた時点で、相当弱っていたらしく、受けた傷を耐えきられる程体力が残っていなかったのだ。
 一方で、ラインハルトはその時の戦いの功績が称えられ、新しい英雄の卵として法皇コルクレアより徽章を貰っていた。
 多くの者が賞賛してくれた。大通りで祝賀の祭りまで行われた。だが……彼の心の中は暗雲が立ち込めたままだ。
「……これが……貴方の望んだ姿なのか?」
 ぽつりと彼は呟いた。

 長年軍に与していたジン。その最後は、人を庇って命を失うという実に国兵らしい死に方だった。だがラインハルトは思う。彼は本当に死ななければならなかったのだろうかと。ほんの少しだけ、真実からほんの少しだけ目を背けるだけで、死なずに済んだのではなかろうかと。
 ラインハルトは、ジンが埋葬されてからというもの、毎日のように墓前に立ってそう問いかけてきた。しかし、その問いかけに返る声はない。


 季節は夏を過ぎ、少し肌寒くなる時期となった。国の民はやがて来る冬に向けて、日々準備に勤しんでいる。そんな中墓地に出向く酔狂な者は、そう多くはない。
 この日もそうだった。墓参りの為に墓地へ出向いている人影は二つ。一つはラインハルト。もう一つは、愛する亡き夫の為に墓前へと出向いた女、ポラリアだ。

 ポラリアは自身の墓参りを済ました帰り道、墓前で立ち尽くすラインハルトを見かけた。
「今日もお参りですか?」
「ああ、別に弔いに来るつもりではなかったのだがな」
 ラインハルトは墓石から視線を外さない。その視線に誘われ、ポラリアも目を落とす。
「……お師匠様は貴方にとって、とても大事な方だったんですね」
「……よくわからない。世話になったのは確かだ。だが……師の凶報を受けた時、俺は泣くことが出来なかった」
 ポラリアには彼の声が、とても寂しそうに聞こえた。


 暫し沈黙が流れた。太陽は燦々と輝いているが、吹く風は冷たい。
 屈強な兵士ならばともかく、病弱な人間が寒空の中に長時間いるのは体に悪いだろう。
 こほん、とポラリアは一つ咳をした。冬の風が身に染みているのだろう。だが、辛いのであれば直ぐに帰ればいい物を、ポラリアは一向に去る気配が無い。
 強情なポラリアに呆れたラインハルトは、一つため息をし、顔を上げると踵を返した。
「俺はそろそろ帰るが?」
 そういって、墓石の前から立ち去る。

 ポラリアの家である酔いどれ亭への帰り道。彼女がふと声をかけた。
「これから、どうするおつもりですか?」
「どう、とは?」
 先を歩くラインハルトは振り返らずに答えた。
「どうやら貴方は、他の兵士の方とは違うようです。だって法国に忠誠を誓った、というわけではないのでしょう?」
 僅かに、ラインハルトの歩調が速くなった。
「……確かに俺は、師がいたから仕方なくこの国にいたに過ぎない」
「ではそのお師匠様が無くなった今、貴方はこれからどうなさるおつもりです?」
 ゆったりとした口調で語るポラリア。ラインハルトがどう答えようかと悩んでいると、彼女はつづけた。
「娘を……貰っては下さいませんか? 貴方を好いているようですし、なによりそうなってくれたら私も嬉しいのです」
 ラインハルトは耳を疑った。そして咄嗟に、口から言い訳にも近い言葉が飛び出す。
「冗談を……誰がこんな不出来な男を好くというのか。腕には確かにおぼえがある……だがそれ以外はさっぱりだということくらい自覚している。そんな男と一緒になっては苦労するだけだろうに」
 態とらしくため息を一つつく。それから呆れた素振りで首を振った。

 ラインハルトは、本心を語ったに過ぎない。
 槍と、戦いにだけ興味があった。逆に言えばそれ以外のことはどうでも良かった。飯も、酒も、女も、巷の男女が好むような趣味趣向も、一切合切がどうでも良かった。そんな男と夫婦になろうなどと、酔狂にもほどがある。
 彼女の為にならないと、ラインハルトはきっぱりと言い放った。しかし、その言葉はポラリアには通用しなかったようだ。
「あの人も不器用な人でした。腕に少しだけ自信を持っていて、家庭を顧みず仕事一筋、私の気持ちなんて何ひとつ察して何てくれなかった。でも、あの人はあの人なりに、私のことを大事に思ってくれていたことは伝わっていました。だから私は幸せだった」
「……のろけならば結構だ。だが口には気を付けた方がいい。今の貴女を幸せにしてくれる男は他にもいるのだから」
「ふふ、確かにそうですね。彼はあの人とは真逆で、とても優しい人です。体の弱い私を、よく気にかけてくれています。彼がいてくれたから、私はまだ生きていられる」
「はぁ、どっちにしろのろけるのか? 勘弁してくれ」
 とてもではないが、ラインハルトは笑えるような心境ではなかった。だがポラリアが少し咳き込むと、早めていた歩調を僅かに緩める。
「こふっ……ふふ、優しいのですね」
 ラインハルトは、ポラリアのその言葉を無視して歩き続ける。


 二人はやがて酔いどれ亭へと辿り着く。
 別れの挨拶をすまし、ポラリアは店の中へ。その去り際、ポラリアは戸に手をかけたままラインハルトへと向き直った。
「先程の話ですが……私はあの人が死んだとき、自ら命を絶とうとしました。そんな私が今を生きていられるのも、彼がいてくれたからです」
「それは良かった。人が生きていられる時間には限りがある。死んでしまった者たちの為にも、生きている者は幸せを謳歌しなければならない」
「ええ、分かっています。……でもそれは、ラインハルト様にも当てはまることですわ」
「……俺にも?」
「ええ、お師匠様が無くなってから、傍から見る貴方はまるで抜け殻の様です。貴方はお強い方ですから、私のように命を絶つような考えには至らないでしょうが……それでも心の傷がいえるまで、誰かと共にいたほうが貴方の為になると思いますよ」
 ポラリアは最後に微笑むと、店の中へと入っていってしまった。


 ラインハルトは、自室への帰り道で思い悩む。
(……抜け殻か……自分では平常運転のつもりなのだがな……)
 そうは思っていても、視線は自然と下へ下へ。気付かぬうちにそうなっていることに気付くと、彼は思い切って天を仰いだ。
「あ! ラインハルト様!」
 遠くで子供の声が聞こえた。
 其方を向けば元気よく手を振る少年が一人。ラインハルトはその少年に向かって、小さく手を持ち上げた。

 
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