探求の槍使い

菅原

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真実の姿

英雄の力の片鱗

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 スィックルは、そのまま戦闘に入ると思っていた。だが彼の予想は外れる。
「ふふふ……あはははは!!」
 木上のカイネルは突然笑い声を上げた。番えていた弓と矢すらも離し、腹を抱えて笑っている。
 その予想だにせぬ行動に、その場にいた者ら全ては驚いた。
「エアー、今の台詞を聞いたかい?」
 ひとしきり笑ったカイネルは、天を仰ぎそう言った。
 誰もが独り言かと思った。だがその問いかけに答えが返る。
『ええ聞いたわ。全くお笑い物ね……あの人たちがお父様と同じ英雄だなんて』
 澄んだ声とともに現れたのは、鷹程の大きさを持つ翠の鳥。その鳥はインペリアルホークと呼ばれる、風を操る力を持つ魔物の一種だ。エアーと呼ばれた魔鳥は、慣れたようにカイネルの肩にとまると、冷ややかな視線を眼下に投げかける。
『私たちに勝てもしないのに英雄を名乗るなんて、お父様に対する冒涜よ』
 ざぁと、魔法の木が風で揺れた。
 
 両者の戦闘は免れぬ物であった。
 戦力としては、二匹の魔物と共に戦う幼き弓使いに対し、多種多様な武器を使いこなす八名にもわたる英雄の卵。一連の様子を外から眺める者達には、この戦いの行く末が一切予想できない。
 しかしスィックルは、勝利を信じて疑わなかった。英雄と同質であると称された自身の力が、少なくとも木の下で佇むブラッドウルフに後れを取る筈が無い、そう思っていたのだ。
(仮に、あの狼と鳥が我々と対等であったとしても、八対三もの数の差がある……負ける筈が無い!)
 彼の頭には、先程、飛翔斬撃を避けられたこと等かけらも残っていない。先手必勝と言わんばかりに、彼は手にした剣を振るった。

 再び放たれる飛ぶ斬撃。それは一直線に木上の弓使いへと迫る。その素早く、意表を突いた攻撃を、カイネルは予見することが出来なかった。だが彼は驚かない。また慌てることもしなければ避けることもしない。
 このまま斬撃が当たってしまわれるかと思われたその時、斬撃とカイネルの間に、インペリアルホーク、エアーが割り込む。
 びゅうと風が吹いた。
 それは自然に生まれた風ではない。エアーが魔法により風の刃を生み出した音である。『風刃ウィンドブレード』と呼ばれる風属性魔法であり、風故に不可視、更に刃毀れを知らぬ上恐るべき切れ味を持つ刃を生み出す魔法である。
 似通った性質を持つ斬撃は、互いに衝突し霧散する。勝ち誇った笑みを浮かべるインペリアルホーク。悔し気に歯ぎしりをするスィックル。間髪入れずにスィックルが叫ぶ。
「何をしている! 全員掛かれ! あの鳥は私が……」
 全てを言い終える前に、次はブラッドウルフが飛びだした。
 周囲の戦士七人を無視し、スィックルへと肉薄する。
「うぉ!? くっ……」
 驚きに戸惑い、辛うじて剣を構える。その剣目掛けて、ブラッドウルフの爪が振り下ろされた。

キィイイン!!

 まるで剣同士がかち合った時のような、甲高い金属音が響く。
 続けて足元へも爪が、スィックルはそれを跳躍し躱すと、剣を振り下ろす。その剣は当然のように空を切り……目まぐるしい攻防が繰り返された。
 その間、周囲にいた英雄の卵らも、攻撃を繰り出していた。弓や銃、魔法といった、遠距離攻撃が行えるものは木上へ、それ以外の近接攻撃が行えるものはブラッドウルフへと襲い掛かる。
 だがその悉くが、英雄の子らには通用しなかった。
 エアーが放つ暴風により、矢、魔法に限らず銃弾さえも明後日の方へと弾け飛んでいく。またブラッドウルフの人間を超越した身体能力の前では、人間の振る剣など通用しない。仮に当たったとしても数本の体毛が抜け落ちるだけで、肉を絶つことは出来なかった。

 遠近交えてだとか、緩急をつけた波状攻撃によりだとか、英雄の卵らが真面な連携を組めたのならば、勝負はまだ分からなかったかもしれない。だが彼らは良くも悪くも一騎当千の戦士であった。だから他人と共に戦うような訓練は行っておらず、個の力で圧倒されればどうしようもない。この時もそうだ。皇国が誇る最高戦力である英雄の卵八人をもってしても、魔物二匹を圧倒するに至らない。傍から見ればこの戦闘は、熾烈で激しい攻防の応酬であった。つまり、対等であったのだ。ならば浮いた一人の弓使いの行方が、戦況に大きな影響を与えることになる。

 カイネルは矢を一本取り出すと、弓に番える。彼への攻撃は全て、エアーが処理している為、その一連の動作を邪魔することは出来ない。弓を引きしぼり、狙いを定める。まずは……こちらを狙う杖を掲げた魔法使いだ。
 放たれた矢は、目にも止まらぬ速度で魔法使いへと飛来した。先についた鏃は魔法使いの羽織るローブを切り裂き、その下にある肌に傷をつける。だがその傷は、意外にもかすり傷程度の小さなものだ。
 弓使いの反撃に、魔法使いは驚いた。だが与えられた被害を察すると、木上を見上げる。
「はっ! 魔物二匹は手強いが、弓の腕はまだまだ……」
 どさりと、魔法使いが倒れた。既に気を失っているようで、身動き一つしない。
「おい、どうした!? ぐぁあああっ!」
 続けて銃を持っていた戦士も倒れる。こちらもまた、かすり傷のような小さな切り傷一つでだ。
 倒れた戦士に気を取られ、一瞬動きが止まった瞬間を狙い、カイネルの矢が次々と戦士を傷つけていく。
 それだけで、次々と戦士は倒れていく。
 四人目が倒れる頃、残された英雄の卵らは、幼き弓使いの力を明智した。

 矢を放つ瞬間。ほんの一瞬だけ、弓と矢が淡い光を放つ。それは魔法発動の合図。カイネルは矢を放つ際、魔法を発動し矢に付与していたのだ。
 これにより矢に触れた者は、傷の大小に限らず、その身で魔法の効果を全て受けることになる。始めの魔法使いには迸る雷が、二人目の銃使いには灼熱の炎が、無防備なその体に襲い掛かっていた。
 それは、弓使いの新たな姿『魔法弓使いマジックアーチャー』。親から受け継いだ弓と魔法の才を融合させた、新時代を築く英雄の姿であった。

 剣を我武者羅に振っていたスィックル。身体能力を向上させる魔法も併用させた連撃だったが、その全てがブラッドウルフには通用しなかった。気づけば既に仲間は残り一人。湧き上がる焦燥感により、剣戟は更に鈍っていく。
 突如、腕にちくりと痛みが走った。続いて氷柱で突き刺されたような痛みが体を襲う。余りの痛さに叫び声を上げたが、口から洩れるのは冷気を纏った白い靄だけだ。そして彼の抗いも虚しく、意識はあっという間に闇へと落ちていく。
 薄れる視界の中で彼が最後に見た光景は、鷹のように鋭い目で獲物を睨みつける気高き弓使いの姿だった。
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