探求の槍使い

菅原

文字の大きさ
70 / 124
魔法都市

東の町イーストスフィア 2

しおりを挟む
 婆は今がその時と言わんばかりに二人と二匹をこき使った。宿主が客の対応をする机と椅子から始まり、二階へ続く階段。一階の床から壁に至るまで。更にはぼろぼろになった日よけのカーテンの交換や姿見の磨きまで、まさに隅々まで掃除した。おかげでその日は旅で草臥れた体を癒すこともできぬまま、丸一日一階の掃除に当てられることになる。
 これにはラインハルトも少々文句を唱えようとも考えたが、無料同然で泊めてくれるので強くは言えない。最終的には面倒なのも最初だけと割り切ることにし、その日は我慢を決め込むことに決めた。
 四人が解放されたのはすっかり日も暮れたころ。約束では宿泊のみであり飯の手配まではしてくれないので、四人は空っぽになった腹に何かを詰めるため、夜の街に飛び出す。

 イーストスフィアの夜は賑やかだ。一度足を踏み入れれば、七色に輝く魔法光に照らされた幻想的な世界に潜り込める。行き交う人々の楽し気な声。祭り好きには溜まらない空気を纏っている。
 しかし人混みがあまり得意でない二人と二匹は、早々に飯屋に身を隠す。またその飯屋も人がごった返していたから食うものを食って早々に宿に戻った。
 宿は静かだ。他に客がいないのだから当然のこと。窓を閉め切ってしまえば外からの喧騒も然程気にならない。その見た目からも、まったくの別世界である。
 日頃旅だ訓練だと体を酷使しているラインハルトだったが、掃除という慣れぬ行いのせいか、いつもよりくたくただ。寝心地が良いとは世辞にも言えないが、寝台に入るなりすぐに夢の中に落ちていった。


 翌朝も、四人は早くから宿を出る。目的は魔法学校についての情報収集と町の散策だ。何せラインハルト、カイネル共々碌に他国を訪れたことがない。貿易都市でも王国でもそうだったが、ここ魔法都市についても殆ど情報がないのだ。まずはどういった町なのか、一行は二手に分かれ情報収集することにした。

 一人になったラインハルトが真っ先に向かったのは、そこいらにちらほらと見える軽食の出店だった。彼らが拠点とする宿は、朝食も出さない。これは外に食べに行かなければならないという欠点ではあるが、自身が好きなものを食べられるという利点にも成り得る。ラインハルトとしては後者として捉えており、並ぶ出店の中から思い切り腹に溜まりそうな、大きな肉の串焼きを選んだ。
「毎度ありぃ」
 元気な店主と商品のやり取りをすまし、肉をかじりながら大通りを行く。もはや彼は、半ば観光気分であった。

 イーストスフィアの町は宿場町となっている。故に町を行き交うはラインハルトらと同様、この地を一目見ようと訪れた旅行客や冒険者たちだ。以前は珍しかった獣人の姿もぽつぽつと見え、時代の移り変わりを嫌でも実感できた。
「やあ兄弟。少しいいか」
「ん? どうかしたか?」
 ラインハルトは柄にもなく、人懐こい笑顔を作り町行く一人の獣人に語り掛けた。
「実はここに来たのが初めてでね。右も左もわからない有様なんだ。少し教えてくれると助かるんだが」
「ああ、そういうことかい。いいぜ、何でも聞きな。ま、俺も大して知らないんだがね。ははは!」
 茶色の体毛に覆われた、犬の耳を持つ獣人は陽気に笑って見せる。
「あそこに見えるのは何だい? とても大きな……塔? のようだが」
「あれは時計塔だな。他の二つの町にもあるが、なんで崩れているのかはわからん。まぁ、この町を象徴するものだ」
「へぇ」
 こういったやり取りを繰り返し、ラインハルトは情報をかき集めていく。


 数日の調査の末、彼らは日が落ちるころ、拠点の自室にて今後の計画を立てる。
 まずは情報の整理からだ。
「十年位前までは南にある町が宿場町だったらしい。代わりにイーストスフィアは鍛冶師や細工師が多くいたそうだが、旅行客の増加に伴い、一番最初に訪れるであろうこの町を宿場町に変えたそうだ」
「成程……確かにスフィロニアの特殊な移動方法がわからないと宿なしもあり得そう」
「特殊な移動方法?」
 ラインハルトが首をかしげる。
「なんでも町の外れに大きな魔方陣があって、一瞬のうちに別の町に行けるのだとか」
「ほう。さすがは魔法都市。しかしそんなこと本当に可能なのか?」
 実物をまだ見たことがないラインハルトは、懐疑の声を上げる。
「僕もまだ見てないので何とも……でもスフィロニアに住む人たちの中では常識らしいですよ」
「ところ変われば……か。よし、早速明日行ってみよるか。聞くところによると今は南に職人が集い、北には兵士を鍛える軍事施設があるらしい。そして、あの山を越えた先に魔法都市がある。さて何方へ行こうか」
 ラインハルトは向こうに聳える山を見つめてそう言った。
「え、魔法学校にいくんじゃないんですか?」
「お前もずっと王国にいたんだ。少しは他国の文化に触れてみるのもいいだろう」
「またまたそんなこと言って。実は自分が行きたいだけでしょう?」
 図星を疲れラインハルトの目が泳ぐ。それを見たカイネルは呆れ交じりに微笑むと寝台にもぐりこんだ。
「じゃあ明日は南に向かいましょう。異国の技工たち……僕も少しは興味があります」
 それに同意をすると、ラインハルトも寝台に横たわった。
(英雄の生まれ育った町……見なければ損というものだろう)
 まだ見ぬ町に思いをはせ、一行はこの日も若干埃っぽい宿で眠りにつく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...