103 / 124
試練
穏やかな休息
しおりを挟む
静かな時間が流れた。
迷宮の中であった危険な時間が、まるで夢であったかのようだ。
意識を失い、身動きもできなかったラインハルトだったが、兎の持ち家に籠ってから三日もすると、歩くのも問題ないほどに回復した。
三日目の昼過ぎ。ラインハルトは自身の槍をもって部屋を出る。
「ううむ、大分ゆっくりしてしまったな」
三日間寝てばかりいたせいで体が凝り固まってしまっている。まずはそれを解消すべく、彼は槍をもって館の外に出た。
部屋の中を見ただけでも相当裕福であると分かっていたが、外に出たことでラインハルトは改めて驚いた。
「こいつは凄いな」
館の外には広大な庭園が広がっていた。綺麗に切り揃えられた芝生。等間隔に植木が置かれ、それらも綺麗に切り揃えてある。
「どうやら本当の金持ちのようだ」
ラインハルトは、兎が他とは違うことに当に気がついていた。言葉遣いから始まり、端々で見せる仕草、そして異常なまでの羽振りの良さ。その幾つかは貴族の物と似通ったものがあるが、彼の知る貴族像とはどこか違っていた。
この時もそうだ。兎がもし一介の貴族であるのならば、館の中は多くの従者で満たされ、武装した騎士が警備のため練り歩いているはずなのだ。ところがラインハルトが眠っている間、部屋に訪れたのは兎ただ一人だけだった。
「従者を嫌う貴族……か? ううむ、考えられなくもないが……」
顎に手を当て唸る。だがその思考も無駄であることに気付き、すぐに考えるのをやめた。
ラインハルトは庭園に足を踏み入れる。そこで槍を振り回しても問題なさそうな空間を見つけると、軽く槍を構えた。軽く肩幅に立ち、地と水平に腰あたりで槍を構える。そして
「……ふっ!」
虚空を一突き。少しおいて更に一突き。
「はっ!」
こうして二度ほど素振りをしてみて、体に問題がないことを確認する。結果は上々、手足が痛んだり、体が泳いだりといったことはなかった。それどころか……
(心なしか以前よりも体が軽い気がするな。三日も体を動かしていないというのに……)
予想よりも体が動くことにラインハルトは驚いた。
暫く素振りを繰り返していると、背後から聞きなれた声が聞こえた。
「体は大丈夫ですか?」
ラインハルトは振り向いた。そこには出会った当初と同じ、体をローブで覆い隠した兎の姿。手には籠を下げており、その顔には嬉しそうな笑みを湛えている。
「ああ、問題はなさそうだ」
「よかったです。あんな凄い戦いでしたし、貴方にも異常があったら申し訳なくて……」
兎の笑顔が少しだけ陰る。エンカのことを思い出しているのだろう。そう察したラインハルトは、あえてそれを無視して再び槍を振り始めた。
槍が空を切る音が鳴る。立ち去る足音は聞こえない。ラインハルトは無心で槍を振り続け、兎はただ黙ってラインハルトを見つめ続けた。
やがて、満足したラインハルトは構えを解き槍を担ぐ。すると兎はパタパタとラインハルトに近寄り、籠の中から小さなハンカチを取り出すとラインハルトの頬へと手を伸ばした。
「ずっと見ていたのか?」
「はい」
「退屈だっただろうに」
「いえ、楽しかったですよ」
兎は変わらず微笑んだままだ。ラインハルトは何処か気恥ずかしさを覚え、話題を変えた。
「今日もローブなんだな。素材はいいのだから綺麗に着飾ってみたらいいだろうに」
咄嗟に口から出た言葉だったが、これは彼の本心だった。真っ白い兎の耳が生えていることを除けば、兎の容姿は他と比べても秀でている。だが兎自身はそれを隠したがる傾向にあるようで、耳を隠し、肌を隠す服装ばかりを好んできていたことを勿体なく感じていたのだ。
ラインハルトは、この言葉で兎が取り乱すと予想していた。背格好に相応しく、赤面したじろげば予想通りだ。だが当ては大きく外れた。
「ふふっ、私がかわいい服を着たって得する人なんかいませんよ。それより、もう少ししたらカイネルさんとシェインさんも来ますから、今後について相談しましょう」
かつて言われたことがあるのか、慌てることなく、照れることもなくさっと流す兎。この対応に若干違和感を感じつつも、ラインハルトため息をついて館に戻る兎を追った。
日が傾き始める頃、カイネルとシェインが兎の館へとやってきた。
二人が通されたのは一階入り口に程近い一室。そこには兎とラインハルトの姿もあり、一同椅子に座って茶を飲みながら談笑していた。
「いやぁラインハルトさんが元気で本当に良かったです」
「あれくらいで死んだりはしないさ」
カイネルの笑顔に笑顔で答えるラインハルト。二人のやり取りでシェインが呆れかえる。
「あれくらいって……書物によるとタウロスという魔物は、単身で町や国一つを滅ぼす力があるそうですよ? つまり竜に匹敵する力があるってことになるんですが」
「竜に匹敵!?」
カイネルが大きな声を出して驚いた。だがラインハルトは落ち着いた口調で語る。
「あれが竜と同等? それは流石に誇張しすぎだと思うぞ」
「あはは……確かにそれは信じられないかも。殆どラインハルトさん一人で倒したみたいなもんですし……それが本当なら、ラインハルトさんも竜に匹敵するってことになりますよね」
カイネルは苦笑いを浮かべた。それに合わせて兎、シェインも苦笑を漏らす。一方ラインハルトは鼻で笑った。
「まぁあれが強敵であることに変わりはない。一体二体出会うくらいならばまだなんとかなるが、この先あんなのがわらわら出てくるのであれば、何かしら策を立てなければならないだろうな」
ラインハルトは腕を組むと背凭れに体を預けた。その太々しい態度をみる兎は、茶を一口啜って言う。
「それは考えたくもありませんね。というか、一、二体なら何とかなるんですか?」
「あれと同等ならなんとかな。尤も同時に来られたら厳しいだろうが……」
「あんなのが二体同時とか、考えたくもありませんね」
一同が揃って話すのも約三日ぶりだ。おかげで会話にも熱が籠り、次の迷宮探索の相談が始まったのはそれからたっぷり時間が過ぎてからだった。
迷宮の中であった危険な時間が、まるで夢であったかのようだ。
意識を失い、身動きもできなかったラインハルトだったが、兎の持ち家に籠ってから三日もすると、歩くのも問題ないほどに回復した。
三日目の昼過ぎ。ラインハルトは自身の槍をもって部屋を出る。
「ううむ、大分ゆっくりしてしまったな」
三日間寝てばかりいたせいで体が凝り固まってしまっている。まずはそれを解消すべく、彼は槍をもって館の外に出た。
部屋の中を見ただけでも相当裕福であると分かっていたが、外に出たことでラインハルトは改めて驚いた。
「こいつは凄いな」
館の外には広大な庭園が広がっていた。綺麗に切り揃えられた芝生。等間隔に植木が置かれ、それらも綺麗に切り揃えてある。
「どうやら本当の金持ちのようだ」
ラインハルトは、兎が他とは違うことに当に気がついていた。言葉遣いから始まり、端々で見せる仕草、そして異常なまでの羽振りの良さ。その幾つかは貴族の物と似通ったものがあるが、彼の知る貴族像とはどこか違っていた。
この時もそうだ。兎がもし一介の貴族であるのならば、館の中は多くの従者で満たされ、武装した騎士が警備のため練り歩いているはずなのだ。ところがラインハルトが眠っている間、部屋に訪れたのは兎ただ一人だけだった。
「従者を嫌う貴族……か? ううむ、考えられなくもないが……」
顎に手を当て唸る。だがその思考も無駄であることに気付き、すぐに考えるのをやめた。
ラインハルトは庭園に足を踏み入れる。そこで槍を振り回しても問題なさそうな空間を見つけると、軽く槍を構えた。軽く肩幅に立ち、地と水平に腰あたりで槍を構える。そして
「……ふっ!」
虚空を一突き。少しおいて更に一突き。
「はっ!」
こうして二度ほど素振りをしてみて、体に問題がないことを確認する。結果は上々、手足が痛んだり、体が泳いだりといったことはなかった。それどころか……
(心なしか以前よりも体が軽い気がするな。三日も体を動かしていないというのに……)
予想よりも体が動くことにラインハルトは驚いた。
暫く素振りを繰り返していると、背後から聞きなれた声が聞こえた。
「体は大丈夫ですか?」
ラインハルトは振り向いた。そこには出会った当初と同じ、体をローブで覆い隠した兎の姿。手には籠を下げており、その顔には嬉しそうな笑みを湛えている。
「ああ、問題はなさそうだ」
「よかったです。あんな凄い戦いでしたし、貴方にも異常があったら申し訳なくて……」
兎の笑顔が少しだけ陰る。エンカのことを思い出しているのだろう。そう察したラインハルトは、あえてそれを無視して再び槍を振り始めた。
槍が空を切る音が鳴る。立ち去る足音は聞こえない。ラインハルトは無心で槍を振り続け、兎はただ黙ってラインハルトを見つめ続けた。
やがて、満足したラインハルトは構えを解き槍を担ぐ。すると兎はパタパタとラインハルトに近寄り、籠の中から小さなハンカチを取り出すとラインハルトの頬へと手を伸ばした。
「ずっと見ていたのか?」
「はい」
「退屈だっただろうに」
「いえ、楽しかったですよ」
兎は変わらず微笑んだままだ。ラインハルトは何処か気恥ずかしさを覚え、話題を変えた。
「今日もローブなんだな。素材はいいのだから綺麗に着飾ってみたらいいだろうに」
咄嗟に口から出た言葉だったが、これは彼の本心だった。真っ白い兎の耳が生えていることを除けば、兎の容姿は他と比べても秀でている。だが兎自身はそれを隠したがる傾向にあるようで、耳を隠し、肌を隠す服装ばかりを好んできていたことを勿体なく感じていたのだ。
ラインハルトは、この言葉で兎が取り乱すと予想していた。背格好に相応しく、赤面したじろげば予想通りだ。だが当ては大きく外れた。
「ふふっ、私がかわいい服を着たって得する人なんかいませんよ。それより、もう少ししたらカイネルさんとシェインさんも来ますから、今後について相談しましょう」
かつて言われたことがあるのか、慌てることなく、照れることもなくさっと流す兎。この対応に若干違和感を感じつつも、ラインハルトため息をついて館に戻る兎を追った。
日が傾き始める頃、カイネルとシェインが兎の館へとやってきた。
二人が通されたのは一階入り口に程近い一室。そこには兎とラインハルトの姿もあり、一同椅子に座って茶を飲みながら談笑していた。
「いやぁラインハルトさんが元気で本当に良かったです」
「あれくらいで死んだりはしないさ」
カイネルの笑顔に笑顔で答えるラインハルト。二人のやり取りでシェインが呆れかえる。
「あれくらいって……書物によるとタウロスという魔物は、単身で町や国一つを滅ぼす力があるそうですよ? つまり竜に匹敵する力があるってことになるんですが」
「竜に匹敵!?」
カイネルが大きな声を出して驚いた。だがラインハルトは落ち着いた口調で語る。
「あれが竜と同等? それは流石に誇張しすぎだと思うぞ」
「あはは……確かにそれは信じられないかも。殆どラインハルトさん一人で倒したみたいなもんですし……それが本当なら、ラインハルトさんも竜に匹敵するってことになりますよね」
カイネルは苦笑いを浮かべた。それに合わせて兎、シェインも苦笑を漏らす。一方ラインハルトは鼻で笑った。
「まぁあれが強敵であることに変わりはない。一体二体出会うくらいならばまだなんとかなるが、この先あんなのがわらわら出てくるのであれば、何かしら策を立てなければならないだろうな」
ラインハルトは腕を組むと背凭れに体を預けた。その太々しい態度をみる兎は、茶を一口啜って言う。
「それは考えたくもありませんね。というか、一、二体なら何とかなるんですか?」
「あれと同等ならなんとかな。尤も同時に来られたら厳しいだろうが……」
「あんなのが二体同時とか、考えたくもありませんね」
一同が揃って話すのも約三日ぶりだ。おかげで会話にも熱が籠り、次の迷宮探索の相談が始まったのはそれからたっぷり時間が過ぎてからだった。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる