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試練
迷宮の謎 1
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翌日、先だっての迷宮探索を省みて、各々準備を開始した。カイネルとシェインは朝早くから町へと繰り出し、必要物資を探し回っている。兎も同様に朝から出掛けていて館には不在。そんな中ラインハルトは随分と呑気なもので、昼頃になって漸く自室から外に出た。
欠伸をしながらだるそうに頭をかく。傍らに槍を持っていることから、どうやら外で素振りをするらしい。
ラインハルトは昨日と同じ場所へと来ると槍を構えた。図ったかのように風が吹き木々が揺れる。舞い散る木の葉。そこへ向かって、彼は槍を付きだした。
ひゅんと風を切る度に、木の葉が形を変えて行く。あるものは横に真二つに、あるものは縦に真二つに、あるものは中心を貫かれ歪な輪となり、あるものは木の葉と分からぬ位に細切れとなる。舞い散る木の葉の数は十数枚。それら全てが槍で断ち切られ地に落ちると、ラインハルトは槍をおろした。
「素晴らしい槍捌きですね。惚れ惚れしちゃいます」
現れたのは兎。昨日同様、頭からローブをかぶり手には籠を下げている。
「なんだ、また盗み見か?」
「そんなつもりは……それよりも、ラインハルトさんは明日の準備できてますか?」
「ああ、カイネルが色々気にしてくれたようでな。食料類、魔法薬なんかも粗方そろっている」
「そうですか」
話が途切れたところで、ラインハルトは兎に背を向け再び槍を構えた。
「……ふっ!」
一瞬で三つの突きを虚空へ放つ。続けて突きを二つ。大きく横に切り払い、くるりと槍を一回転させながら持ち替える。そこから一拍置き、次の瞬間四つの突きが放たれる。一つ一つの動作は目で追うことも難しい驚異的な速度で行われた。だが動作と動作の間は比較的ゆったりとしていて、その優雅さはある種の演舞のように見える。
そうした素振りを数度繰り返し、満足したラインハルトは一つ息を吐いた。
「ふぅ」
槍を下ろした機を見計らい、端で見ていた兎がぱたぱたと寄ってくる。
「お疲れ様でした」
「なんだまだいたのか」
昨日のように手提げ籠からハンカチを取り出すと、頬に浮かんだ汗を拭く。続けて籠から透明な瓶を取り出すとラインハルトへ手渡した。
「お水です。どうぞ」
「気が利くな」
ラインハルトは受け取ると瓶のふたを開け中の液体を口に流し込んだ。そうして一息ついていると、兎が唐突に話を始める。
「……実は、ラインハルトさんが寝込んでいる間に迷宮について情報を集めていたんです」
「ほう、その情報とは?」
「ちょっと長くなりますから中に入りましょうか」
そう言う兎は館向かって歩き出した。
二人は昨日と同じ部屋に集まる。当たり前のように用意される茶。椅子に座ってそれを一口すすると、兎は持っていた籠の中からあるものを取り出す。
「まずはこれについてです」
兎が取り出したのは、以前ラインハルトが宿の主人から譲り受けた迷宮の地図だった。
「これがどうした?」
「この地図を迷宮に挑んでいる冒険者に見せてみたんです。そうしたら、この地図は間違いなく、迷宮の地図だと言うんです」
「間違いなく……か。だが俺たちが探索した場所とは明らかに違う場所の地図だったろう?」
「ええ、ですが冒険者方は、これを一階層の地図であると言っていました」
「一階層……?」
数日前、ラインハルトらが迷宮を探索した際、譲り受けた地図は全く役に立たなかった。記された経路は蛇が這いずった跡のようにぐにゃぐにゃに曲がりくねっていて、まるで自然洞窟の中の様だった。ところが実際に彼らが探索した一階層は、石畳でできた人工物のような作りであり、真っ直ぐな道ばかり。とても同じものとは思えない。
「だとすると、俺たちが探索したのは一階層ではなかった?」
「それが一番可能性がありそうです。入り口から階段を下る際に、何かしらの仕掛けに引っ掛かってしまったんでしょうか?」
「そんなもの無かったと思うが……俺たちが探索した階層が何階層かは分かったのか?」
「いえ、六層まで探索した冒険者の方に聞いてみましたけど、その中に私たちが探索したような場所はなかったそうです」
「成程。じゃあ少なくとも七階層より下ということになるな」
ラインハルトは困惑した。仮に、通常の一階層目に至らなかった理由が罠だとするのなら、当時五人いた手練れの戦士たちが、誰一人階層を跨ぐ罠に気が付かなかったということになる。
それはつまり、豊富な魔法の知識と技術を持つシェインの感知をすり抜け、罠の知識と鋭い観察眼を持つカイネルの眼を欺き、一切の物音を逃さぬ兎の耳にも引っ掛からない罠ということになる。それだけ巧妙な罠だというのに、他の冒険者は一切かかることなく一階層から探索しているというのだ。この不合理に、ラインハルトは言葉を失った。
(確かに俺たちは探索者としては新人だ。だが他の者らとそれほど差があるのだろうか?そもそもあの迷宮というのはどういった場所なんだ? 町の中に在るというのに中の魔物は一体どこから? 下層には何がある?)
そんな疑問が、次から次へと浮かんでくる。その一方で、兎は嬉しそうに語った。
「でも、七階層より下まで飛ばされるのなら好都合ですね。ほかの冒険者よりも探索する量が減りますし」
ラインハルトからすればこの言葉は、至極楽観的であると言わざるを得ない。だがそれも当然のことだった。迷宮に挑む数多の探求者と同じく、兎もまた最下層を目指す者だ。その観点から言えば、他の冒険者を出し抜いた形になる現状は喜ばしいのだろう。
しかしラインハルト、カイネル、シェインらは違う。この三者は、英雄であるルイン・フォルトの言によってこの迷宮へと来たに過ぎない。故に彼らの目的は迷宮の踏破にあらず。最悪跨いだ階層の何処かに英雄が語る目的があるかもしれないのだ。尤もそれがなにかわからぬ今、他に目標がないのだから、彼らも最下層を目指すのは吝かではない。
(広間にいたゴブリンの群れ、部屋と通路を埋め尽くすスケルトンの大群、そして目撃例のない牛の化け物……か。確かに、階層が省かれ未踏の階層に飛ばされていたのならば、目撃例がないのも頷ける。ここは兎の言うように、よい方向に捉えるしかないか)
ラインハルトは浮かぶ疑問の答え探しを止め、カップに残った茶を飲み干した。
欠伸をしながらだるそうに頭をかく。傍らに槍を持っていることから、どうやら外で素振りをするらしい。
ラインハルトは昨日と同じ場所へと来ると槍を構えた。図ったかのように風が吹き木々が揺れる。舞い散る木の葉。そこへ向かって、彼は槍を付きだした。
ひゅんと風を切る度に、木の葉が形を変えて行く。あるものは横に真二つに、あるものは縦に真二つに、あるものは中心を貫かれ歪な輪となり、あるものは木の葉と分からぬ位に細切れとなる。舞い散る木の葉の数は十数枚。それら全てが槍で断ち切られ地に落ちると、ラインハルトは槍をおろした。
「素晴らしい槍捌きですね。惚れ惚れしちゃいます」
現れたのは兎。昨日同様、頭からローブをかぶり手には籠を下げている。
「なんだ、また盗み見か?」
「そんなつもりは……それよりも、ラインハルトさんは明日の準備できてますか?」
「ああ、カイネルが色々気にしてくれたようでな。食料類、魔法薬なんかも粗方そろっている」
「そうですか」
話が途切れたところで、ラインハルトは兎に背を向け再び槍を構えた。
「……ふっ!」
一瞬で三つの突きを虚空へ放つ。続けて突きを二つ。大きく横に切り払い、くるりと槍を一回転させながら持ち替える。そこから一拍置き、次の瞬間四つの突きが放たれる。一つ一つの動作は目で追うことも難しい驚異的な速度で行われた。だが動作と動作の間は比較的ゆったりとしていて、その優雅さはある種の演舞のように見える。
そうした素振りを数度繰り返し、満足したラインハルトは一つ息を吐いた。
「ふぅ」
槍を下ろした機を見計らい、端で見ていた兎がぱたぱたと寄ってくる。
「お疲れ様でした」
「なんだまだいたのか」
昨日のように手提げ籠からハンカチを取り出すと、頬に浮かんだ汗を拭く。続けて籠から透明な瓶を取り出すとラインハルトへ手渡した。
「お水です。どうぞ」
「気が利くな」
ラインハルトは受け取ると瓶のふたを開け中の液体を口に流し込んだ。そうして一息ついていると、兎が唐突に話を始める。
「……実は、ラインハルトさんが寝込んでいる間に迷宮について情報を集めていたんです」
「ほう、その情報とは?」
「ちょっと長くなりますから中に入りましょうか」
そう言う兎は館向かって歩き出した。
二人は昨日と同じ部屋に集まる。当たり前のように用意される茶。椅子に座ってそれを一口すすると、兎は持っていた籠の中からあるものを取り出す。
「まずはこれについてです」
兎が取り出したのは、以前ラインハルトが宿の主人から譲り受けた迷宮の地図だった。
「これがどうした?」
「この地図を迷宮に挑んでいる冒険者に見せてみたんです。そうしたら、この地図は間違いなく、迷宮の地図だと言うんです」
「間違いなく……か。だが俺たちが探索した場所とは明らかに違う場所の地図だったろう?」
「ええ、ですが冒険者方は、これを一階層の地図であると言っていました」
「一階層……?」
数日前、ラインハルトらが迷宮を探索した際、譲り受けた地図は全く役に立たなかった。記された経路は蛇が這いずった跡のようにぐにゃぐにゃに曲がりくねっていて、まるで自然洞窟の中の様だった。ところが実際に彼らが探索した一階層は、石畳でできた人工物のような作りであり、真っ直ぐな道ばかり。とても同じものとは思えない。
「だとすると、俺たちが探索したのは一階層ではなかった?」
「それが一番可能性がありそうです。入り口から階段を下る際に、何かしらの仕掛けに引っ掛かってしまったんでしょうか?」
「そんなもの無かったと思うが……俺たちが探索した階層が何階層かは分かったのか?」
「いえ、六層まで探索した冒険者の方に聞いてみましたけど、その中に私たちが探索したような場所はなかったそうです」
「成程。じゃあ少なくとも七階層より下ということになるな」
ラインハルトは困惑した。仮に、通常の一階層目に至らなかった理由が罠だとするのなら、当時五人いた手練れの戦士たちが、誰一人階層を跨ぐ罠に気が付かなかったということになる。
それはつまり、豊富な魔法の知識と技術を持つシェインの感知をすり抜け、罠の知識と鋭い観察眼を持つカイネルの眼を欺き、一切の物音を逃さぬ兎の耳にも引っ掛からない罠ということになる。それだけ巧妙な罠だというのに、他の冒険者は一切かかることなく一階層から探索しているというのだ。この不合理に、ラインハルトは言葉を失った。
(確かに俺たちは探索者としては新人だ。だが他の者らとそれほど差があるのだろうか?そもそもあの迷宮というのはどういった場所なんだ? 町の中に在るというのに中の魔物は一体どこから? 下層には何がある?)
そんな疑問が、次から次へと浮かんでくる。その一方で、兎は嬉しそうに語った。
「でも、七階層より下まで飛ばされるのなら好都合ですね。ほかの冒険者よりも探索する量が減りますし」
ラインハルトからすればこの言葉は、至極楽観的であると言わざるを得ない。だがそれも当然のことだった。迷宮に挑む数多の探求者と同じく、兎もまた最下層を目指す者だ。その観点から言えば、他の冒険者を出し抜いた形になる現状は喜ばしいのだろう。
しかしラインハルト、カイネル、シェインらは違う。この三者は、英雄であるルイン・フォルトの言によってこの迷宮へと来たに過ぎない。故に彼らの目的は迷宮の踏破にあらず。最悪跨いだ階層の何処かに英雄が語る目的があるかもしれないのだ。尤もそれがなにかわからぬ今、他に目標がないのだから、彼らも最下層を目指すのは吝かではない。
(広間にいたゴブリンの群れ、部屋と通路を埋め尽くすスケルトンの大群、そして目撃例のない牛の化け物……か。確かに、階層が省かれ未踏の階層に飛ばされていたのならば、目撃例がないのも頷ける。ここは兎の言うように、よい方向に捉えるしかないか)
ラインハルトは浮かぶ疑問の答え探しを止め、カップに残った茶を飲み干した。
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