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試練
蜈蚣 1
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巨大な蜈蚣は素早い。瞬間的な速度はタウロスの方が上だが、蜈蚣は常に動き回っている。加えて体は鎧のような鱗に包まれていて、防御力も相当だ。
ただ、早いとは言っても体は巨大。故に攻撃を当てることなど容易い。
ラインハルトは瞬時に肉薄すると、蜈蚣の横腹に槍を突き出した。しかし……
ガギン!
まるで剣同士が打ち合うかのような金属音が響く。蜈蚣の体が相当な強度を持っている証だ。
「くっ! 本当にとんでもないな!」
呆れつつも蜈蚣の頭を視線で追う。
ぎちぎちと不快な音を鳴らす蜈蚣。口らしき場所から白い液体をたらしながら、ゆらゆらと頭を揺らしている。これは敵を補足した合図。ぼたりと液体が地に落ちると、固い石床に穴をあけた。
「消化液か!」
ラインハルトは再び槍を突き刺さんと構える。そこへカイネルの矢が飛来。それ自体は十分な威力を持つ一撃だったが、矢は当たり前のように固い鱗に弾かれる。続いてシェインの放った光弾が体に直撃する。だがこれも霞の如く霧散し、無傷に等しい。
『ギイイイイ!!』
言葉にならない悲鳴のような叫びをあげる蜈蚣。先が鋭くとがった何対もの足を踏み鳴らす。割れる石床。揺れる地面。その余りの激しさに、最も近い位置にいたラインハルトは鑪を踏む。
「うおっ!?」
「ラインハルトさん!」
叫んだのは兎だ。本の一瞬だけ足元に視線を移してしまったが為に、蜈蚣が直後にとった行動への反応が遅れた。
蜈蚣はラインハルトへ向かって頭から突っ込む。開かれた巨大な口。その上下には、太い二本の牙の他に無数の細かな鋭牙が生えている。迫る蜈蚣は恐ろしく巨大だ。当然ラインハルトは堪えきることはできず、あっという間に轢かれてしまった。
先までいた場所からラインハルトの姿が消えた。一連の光景を見ていたカイネル、シェイン、兎は、彼が蜈蚣に食われてしまったことを悟る。
「嘘……ラインハルト……さん?」
「こっ、このぉお!!」
カイネルが怒声と共に矢を放つ。一本、二本、三本……全部で五つの矢を、蜈蚣のあらゆる場所目掛けて放つ。
蜈蚣は、口に入った獲物を飲み下そうと天を見上げた。その横っ面にも矢が直撃する。だが蜈蚣は不動だった。
「くそっ! 固すぎる!」
苦しむことなく、意に介することもせず、ただ獲物が落ちる喉ごしを楽しんでいる。
カイネルが悔しさに顔を歪ませるなか、次にシェインが行動を開始した。
これ迄と違う、重々しい詠唱が連なる。彼女の周囲には淡い光が溢れ、言葉が紡がれる度に強く明滅を繰り返す。
それは威力のみを追求し速度を御座なりにした不完全な魔法。通常の戦闘では発動すらも難しい役に立たない物だ。だが今この場面においては最上の選択肢である。何故なら彼女は、タウロス戦においてもこの戦いにおいても、驚異と捉えられておらず放置されているからだ。なぜ驚異と思われないのか……それは火力が圧倒的に足りていないからに他ならない。蜈蚣は今、食事に夢中で隙だらけ。故にたっぷり時間を使って準備することが出来る。
「……よしっ! 全てを切り裂け!! 風の刃!!」
シェインの杖の先に風が逆巻き、魔力と共に集う。長い長い詠唱を終え発動された魔法は、あらゆる物を断ち切る風の刃。彼女はこれにたっぷりの強化魔法を重ねた。その究極に等しい魔法を、比較的柔らかそうな腹へと放つ。
唸りをあげ飛翔する風の刃は、蜈蚣の腹部に直撃した。
数本の矢で身動ぎをしなかった蜈蚣が、シェインの魔法では大きく吹き飛ぶ。漸く感じられた手応えにシェインの顔が緩む。また、風の刃は蜈蚣を吹き飛ばすだけに飽きたらず、広間の石壁にも大きな傷跡を残した。横に広く、深い一撃。その威力は、広間の壁が一部崩れ落ちるほどだ。
シェインの魔法は、非常に強力な一撃だった。だがそれを持ってしても、蜈蚣の腹部を断ち切るには至らず。直撃したところを見てもほんの少し赤い跡がついただけで、切り傷のような跡すら見当たらない。
結局のところ、シェインの渾身の一撃も、致命傷とは言えなかった。ただ悪戯に注意を引き寄せる程度のもので、喜べるものでは到底無い。それは当の本人にもわかっていた。その証拠に、緩んでいた筈のシェインの顔はすぐに引き締まりを見せ、杖を眼前に構えている。それと時を同じくし、体勢を立て直した蜈蚣もシェインを睨み付けた。双方の鋭い視線が交差する。
『ギチギチギチ』
怒りを孕んだ唸り声が響く。その不快な音にシェインは眉を潜めた。
蜈蚣が次に取る行動は誰にでも予測がつく。先ほどもラインハルトに向けて放った突進攻撃だ。頭を揺らす予備動作。滴る白濁色の液体に穴が開く石床。更に力を込めた何対もの足が石床に突き刺さる。
シェインは身の危険を感じ、すかさず防御魔法を展開した。それとほぼ同時に、蜈蚣の突進が始まる。
「シェインさん!」
カイネルが叫ぶ。だがその声も、石床を穿つ蜈蚣の足音でかき消されてしまった。
突進の最中、蜈蚣の口が大きく開く。二本の牙の間から鋭い牙が幾つも見えた。先ほどのラインハルトを思い出し、恐怖に身を震わせるシェイン。その恐怖のせいか、彼女の足は硬直し動くことができない。
蜈蚣の頭が魔法障壁に衝突する。その衝撃は、広間の隅で戦いを見守る兎のもとまで波及した。
「きゃああ!」
長い耳を腕で覆い隠し堪える。また、蜈蚣がぶつかった衝撃を最も近い位置で浴びたシェインが、苦しげに声を漏らした。
「くうっ!!」
杖を介してありったけの魔力を障壁に注ぐ。その介あって、蜈蚣の突進を防ぐことができた。だがそれも束の間。次の瞬間、障壁一面がひび割れる。それから障壁が壊れるのに、幾らもかからなかった。
ばりん、という破裂音と共に、透明な障壁が砕け散る。再び突進を始める蜈蚣。シェインは回避を試みたが、魔法使いの身のこなしでは到底間に合わない。
「危ない!」
呆然と立ち尽くすシェインへ向かって、カイネルが飛び出した。
そのままシェインを突飛ばし、二人は地面を転がる。
ただ、早いとは言っても体は巨大。故に攻撃を当てることなど容易い。
ラインハルトは瞬時に肉薄すると、蜈蚣の横腹に槍を突き出した。しかし……
ガギン!
まるで剣同士が打ち合うかのような金属音が響く。蜈蚣の体が相当な強度を持っている証だ。
「くっ! 本当にとんでもないな!」
呆れつつも蜈蚣の頭を視線で追う。
ぎちぎちと不快な音を鳴らす蜈蚣。口らしき場所から白い液体をたらしながら、ゆらゆらと頭を揺らしている。これは敵を補足した合図。ぼたりと液体が地に落ちると、固い石床に穴をあけた。
「消化液か!」
ラインハルトは再び槍を突き刺さんと構える。そこへカイネルの矢が飛来。それ自体は十分な威力を持つ一撃だったが、矢は当たり前のように固い鱗に弾かれる。続いてシェインの放った光弾が体に直撃する。だがこれも霞の如く霧散し、無傷に等しい。
『ギイイイイ!!』
言葉にならない悲鳴のような叫びをあげる蜈蚣。先が鋭くとがった何対もの足を踏み鳴らす。割れる石床。揺れる地面。その余りの激しさに、最も近い位置にいたラインハルトは鑪を踏む。
「うおっ!?」
「ラインハルトさん!」
叫んだのは兎だ。本の一瞬だけ足元に視線を移してしまったが為に、蜈蚣が直後にとった行動への反応が遅れた。
蜈蚣はラインハルトへ向かって頭から突っ込む。開かれた巨大な口。その上下には、太い二本の牙の他に無数の細かな鋭牙が生えている。迫る蜈蚣は恐ろしく巨大だ。当然ラインハルトは堪えきることはできず、あっという間に轢かれてしまった。
先までいた場所からラインハルトの姿が消えた。一連の光景を見ていたカイネル、シェイン、兎は、彼が蜈蚣に食われてしまったことを悟る。
「嘘……ラインハルト……さん?」
「こっ、このぉお!!」
カイネルが怒声と共に矢を放つ。一本、二本、三本……全部で五つの矢を、蜈蚣のあらゆる場所目掛けて放つ。
蜈蚣は、口に入った獲物を飲み下そうと天を見上げた。その横っ面にも矢が直撃する。だが蜈蚣は不動だった。
「くそっ! 固すぎる!」
苦しむことなく、意に介することもせず、ただ獲物が落ちる喉ごしを楽しんでいる。
カイネルが悔しさに顔を歪ませるなか、次にシェインが行動を開始した。
これ迄と違う、重々しい詠唱が連なる。彼女の周囲には淡い光が溢れ、言葉が紡がれる度に強く明滅を繰り返す。
それは威力のみを追求し速度を御座なりにした不完全な魔法。通常の戦闘では発動すらも難しい役に立たない物だ。だが今この場面においては最上の選択肢である。何故なら彼女は、タウロス戦においてもこの戦いにおいても、驚異と捉えられておらず放置されているからだ。なぜ驚異と思われないのか……それは火力が圧倒的に足りていないからに他ならない。蜈蚣は今、食事に夢中で隙だらけ。故にたっぷり時間を使って準備することが出来る。
「……よしっ! 全てを切り裂け!! 風の刃!!」
シェインの杖の先に風が逆巻き、魔力と共に集う。長い長い詠唱を終え発動された魔法は、あらゆる物を断ち切る風の刃。彼女はこれにたっぷりの強化魔法を重ねた。その究極に等しい魔法を、比較的柔らかそうな腹へと放つ。
唸りをあげ飛翔する風の刃は、蜈蚣の腹部に直撃した。
数本の矢で身動ぎをしなかった蜈蚣が、シェインの魔法では大きく吹き飛ぶ。漸く感じられた手応えにシェインの顔が緩む。また、風の刃は蜈蚣を吹き飛ばすだけに飽きたらず、広間の石壁にも大きな傷跡を残した。横に広く、深い一撃。その威力は、広間の壁が一部崩れ落ちるほどだ。
シェインの魔法は、非常に強力な一撃だった。だがそれを持ってしても、蜈蚣の腹部を断ち切るには至らず。直撃したところを見てもほんの少し赤い跡がついただけで、切り傷のような跡すら見当たらない。
結局のところ、シェインの渾身の一撃も、致命傷とは言えなかった。ただ悪戯に注意を引き寄せる程度のもので、喜べるものでは到底無い。それは当の本人にもわかっていた。その証拠に、緩んでいた筈のシェインの顔はすぐに引き締まりを見せ、杖を眼前に構えている。それと時を同じくし、体勢を立て直した蜈蚣もシェインを睨み付けた。双方の鋭い視線が交差する。
『ギチギチギチ』
怒りを孕んだ唸り声が響く。その不快な音にシェインは眉を潜めた。
蜈蚣が次に取る行動は誰にでも予測がつく。先ほどもラインハルトに向けて放った突進攻撃だ。頭を揺らす予備動作。滴る白濁色の液体に穴が開く石床。更に力を込めた何対もの足が石床に突き刺さる。
シェインは身の危険を感じ、すかさず防御魔法を展開した。それとほぼ同時に、蜈蚣の突進が始まる。
「シェインさん!」
カイネルが叫ぶ。だがその声も、石床を穿つ蜈蚣の足音でかき消されてしまった。
突進の最中、蜈蚣の口が大きく開く。二本の牙の間から鋭い牙が幾つも見えた。先ほどのラインハルトを思い出し、恐怖に身を震わせるシェイン。その恐怖のせいか、彼女の足は硬直し動くことができない。
蜈蚣の頭が魔法障壁に衝突する。その衝撃は、広間の隅で戦いを見守る兎のもとまで波及した。
「きゃああ!」
長い耳を腕で覆い隠し堪える。また、蜈蚣がぶつかった衝撃を最も近い位置で浴びたシェインが、苦しげに声を漏らした。
「くうっ!!」
杖を介してありったけの魔力を障壁に注ぐ。その介あって、蜈蚣の突進を防ぐことができた。だがそれも束の間。次の瞬間、障壁一面がひび割れる。それから障壁が壊れるのに、幾らもかからなかった。
ばりん、という破裂音と共に、透明な障壁が砕け散る。再び突進を始める蜈蚣。シェインは回避を試みたが、魔法使いの身のこなしでは到底間に合わない。
「危ない!」
呆然と立ち尽くすシェインへ向かって、カイネルが飛び出した。
そのままシェインを突飛ばし、二人は地面を転がる。
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