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試練
蜈蚣 2
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間一髪だった。
吹き飛ばされたシェインはともかく、シェインにぶつかったカイネルは十分な距離を稼ぐことはできなかった。鋭く巨大な蜈蚣の足が落ちたのは、カイネルの顔のすぐ真横。あと少しずれていたならば、少年の小さな頭は跡形もなくなっていただろう。
蜈蚣の足が、頭の下にある固い床を砕き割る。
「うわあっ!」
地面に叩きつけられ激痛が走る体に、更に追い打ちをかけるようにひび割れ隆起した岩塊が襲い掛かった。激痛と、死の間際を体験したことで体を震わせるカイネル。衝撃の余り呼吸も満足に出来ず、恐怖故に今彼の頭の中は真っ白に染まっていた。
我武者羅に体当たりをした為、シェインも派手に吹き飛び体を打ち付けた。だがそのおかげで蜈蚣の突進による被害は無し。それどころか蜈蚣は、広間の外壁に自ら突っ込むことになった。
どん、と大きな音がし、石壁に大きな穴が開く。そこから放射状に亀裂が走り、石材が一部崩れ落ちた。
「シェインさん! カイネルさん!」
倒れたままの二人に走り寄る兎。手には治癒薬が入った小瓶が握られている。彼女はまずシェインに駆け寄ると、握った小瓶の一つの蓋を開け手渡した。シェインが治癒薬を口に含んだことを確認すると、すぐにカイネルの元へ。そうして二人は一命をとりとめる。
カイネルは震える手を抑え込み、矢を弓に番え振り向く蜈蚣に狙いを定めた。
これまでの彼の矢は、言うなれば一般的な狙撃だった。ただ矢を弓に番え放つ、ただそれだけだ。精度こそ常軌を逸脱してはいるが、全体的な攻撃能力を見れば弓使いの範疇に留まる。
だがこの時は違った。研ぎ澄まされた魔力の籠った一撃。その鏃は鉄の鎧すら容易く貫き、凄惨な傷跡を残す。
蜈蚣は、この矢を躱そうと思えば躱すことができた。だが実際は意にも介さない。これまで脅威にならなかったのだから当然だった。しかし、その矢が蜈蚣の眼に当たった時、一同は驚愕することになる。
『ギ!? ギギィ!!』
矢は蜈蚣の強固な眼膜を突き破り、左の眼に深々と突き刺さった。と同時に、着弾地点から火柱が上がる。
驚きつつもシェインは杖を掲げた。
杖の先から光の帯が迸り、それは幾本も束なって剣の形を象る。蜈蚣は苦しそうに呻きながら天を仰いでいる。彼女が狙うはその喉元。先ほど風の刃を当てた個所だ。
「切り裂け! 光の剣!!」
白く輝く剣が宙を舞う。目を貫かれた激痛と炎の熱に苦しむ蜈蚣に、それを気に掛ける余裕はない。結果彼女の操る剣は、寸分たがわず風の刃が当たった場所を切り裂いた。
より上位の魔法だったせいか、それとも先の魔法によるダメージの蓄積か、光の剣は蜈蚣の喉元を掻き切った。飛び散る緑の液体。更に蜈蚣の絶叫が部屋に木霊する。その間もカイネルは攻撃の手を休めない。遂には頑丈極まりない背中の甲殻すらも貫いて見せた。
シェインとカイネルの攻撃は、確実に蜈蚣に傷をつけていった。だが巨大な体を持つ蜈蚣にとっては、そのどれもが致命傷までに至らない。
『ギィィィイイイ!!』
蜈蚣は苦しむのをやめると一転、緑の液体を巻き散らしながらも行動を始めた。
これまで愚直に突進を繰り返すばかりだったがそれをやめ、長い体と脚を生かすようになる。
「あっ!? う、後ろです!」
兎の声に振り向くシェイン。すると其方から、蜈蚣の後端が迫るのが見えた。
「なっ!?」
既に次の魔法の準備に入っていた為、詠唱を切り上げるのみで防御魔法は間に合わない。シェインものたうち回るそれを何とか回避しようと試みた。だが頭と同じく巨大な後端を避けるだけの体捌きなど、魔法使いである彼女には無い。
唸りを上げ迫る後端が、シェインの体を真横から打ち付ける。
「くぁっ!!」
軽々と吹き飛ばされる体。吹き飛んだシェインはそのまま岩壁に叩きつけられてしまった。
「シェインさん!!」
蜈蚣の動きを気にかけながら、兎はシェインに駆け寄る。
吹き飛ばされたのが屈強な戦士であればまだよかった。だが彼女はひ弱な魔法使い。しかもつい先日まで引きこもっていたのだ。迷宮に来るまでの旅路で戦闘もなく、打たれ強さを鍛える暇などない。
地に伏すシェインは血だらけで、杖を持つ手はひしゃげてしまっていた。切り傷に擦り傷、打ち身、酷いものでは骨まで見える深いものもある。息はあるが虫の息な状態だ。兎は息を呑むと、急いで手に持っていた魔法薬をしまい、別の小瓶を取り出した。
蓋を開け、シェインの体に振りかける。こぼれる液体はすぐさま光子の塊に代わり、シェインの体を包み込んだ。
兎が使った魔法薬は、それまで使った中でも群を抜いて高価な物だ。曰く、失った部位すらも治癒する程の効能がある。兎自身半信半疑であったが、もしもの時の為にと買っていたのが功を成した。
兎がシェインの治療をしている間、カイネルは一人で蜈蚣と対峙していた。だがその難度はこれまでよりも数段上がる。その場を動けぬシェインと兎のことを気にかけつつ、蜈蚣の頭と後端を気にかけなければならない。
こんな時、エアーとパルシオがいたら……そんなありもしないことを考えながら矢を番える。
番えた矢は三本。それぞれに魔力を込め狙いを定める。
『ギチギチギチ』
突進攻撃の予備動作。威嚇のような音を出し、太く鋭い牙を揺らしながら白濁の液を垂らす。その攻撃前のムカデ目掛けて、カイネルは矢を放った。
まずは一本。飛翔した矢は揺れる牙の一本に当たる。蜈蚣の固い甲殻を貫いた一撃だったが、牙を貫くには至らない。続けて二本目の矢が同じ牙に突き刺さる。ここで漸く、牙に小さな亀裂が入った。
『ギギギギィ!!』
牙に起きた異変に気が付いたのか、突進を止める蜈蚣。蜈蚣はすかさず後端を揺らした。狙いは動けぬ兎とシェイン。このままいけば二人は押し潰されてしまうだろう。しかし、カイネルはこの状況をしっかりと予測していた。
残された矢の一本を蜈蚣の後端目掛け放つ。だが矢は後端を外れ近くの壁に突き刺さった。痛恨のミスともいえる失敗。兎は迫る尾に目を瞑る。
バキバキバキ!!
予期せぬ物音に兎は眼を開ける。するとそこには石壁から斜に突き出る石柱があった。石柱は十分な強度と太さがあり、余裕をもって蜈蚣の後端を受け止める。
「もう……好きにはさせないよ」
次なる矢を構えるカイネル。
表情が変わるわけではないというのに、蜈蚣がいら立っているのが分かった。
吹き飛ばされたシェインはともかく、シェインにぶつかったカイネルは十分な距離を稼ぐことはできなかった。鋭く巨大な蜈蚣の足が落ちたのは、カイネルの顔のすぐ真横。あと少しずれていたならば、少年の小さな頭は跡形もなくなっていただろう。
蜈蚣の足が、頭の下にある固い床を砕き割る。
「うわあっ!」
地面に叩きつけられ激痛が走る体に、更に追い打ちをかけるようにひび割れ隆起した岩塊が襲い掛かった。激痛と、死の間際を体験したことで体を震わせるカイネル。衝撃の余り呼吸も満足に出来ず、恐怖故に今彼の頭の中は真っ白に染まっていた。
我武者羅に体当たりをした為、シェインも派手に吹き飛び体を打ち付けた。だがそのおかげで蜈蚣の突進による被害は無し。それどころか蜈蚣は、広間の外壁に自ら突っ込むことになった。
どん、と大きな音がし、石壁に大きな穴が開く。そこから放射状に亀裂が走り、石材が一部崩れ落ちた。
「シェインさん! カイネルさん!」
倒れたままの二人に走り寄る兎。手には治癒薬が入った小瓶が握られている。彼女はまずシェインに駆け寄ると、握った小瓶の一つの蓋を開け手渡した。シェインが治癒薬を口に含んだことを確認すると、すぐにカイネルの元へ。そうして二人は一命をとりとめる。
カイネルは震える手を抑え込み、矢を弓に番え振り向く蜈蚣に狙いを定めた。
これまでの彼の矢は、言うなれば一般的な狙撃だった。ただ矢を弓に番え放つ、ただそれだけだ。精度こそ常軌を逸脱してはいるが、全体的な攻撃能力を見れば弓使いの範疇に留まる。
だがこの時は違った。研ぎ澄まされた魔力の籠った一撃。その鏃は鉄の鎧すら容易く貫き、凄惨な傷跡を残す。
蜈蚣は、この矢を躱そうと思えば躱すことができた。だが実際は意にも介さない。これまで脅威にならなかったのだから当然だった。しかし、その矢が蜈蚣の眼に当たった時、一同は驚愕することになる。
『ギ!? ギギィ!!』
矢は蜈蚣の強固な眼膜を突き破り、左の眼に深々と突き刺さった。と同時に、着弾地点から火柱が上がる。
驚きつつもシェインは杖を掲げた。
杖の先から光の帯が迸り、それは幾本も束なって剣の形を象る。蜈蚣は苦しそうに呻きながら天を仰いでいる。彼女が狙うはその喉元。先ほど風の刃を当てた個所だ。
「切り裂け! 光の剣!!」
白く輝く剣が宙を舞う。目を貫かれた激痛と炎の熱に苦しむ蜈蚣に、それを気に掛ける余裕はない。結果彼女の操る剣は、寸分たがわず風の刃が当たった場所を切り裂いた。
より上位の魔法だったせいか、それとも先の魔法によるダメージの蓄積か、光の剣は蜈蚣の喉元を掻き切った。飛び散る緑の液体。更に蜈蚣の絶叫が部屋に木霊する。その間もカイネルは攻撃の手を休めない。遂には頑丈極まりない背中の甲殻すらも貫いて見せた。
シェインとカイネルの攻撃は、確実に蜈蚣に傷をつけていった。だが巨大な体を持つ蜈蚣にとっては、そのどれもが致命傷までに至らない。
『ギィィィイイイ!!』
蜈蚣は苦しむのをやめると一転、緑の液体を巻き散らしながらも行動を始めた。
これまで愚直に突進を繰り返すばかりだったがそれをやめ、長い体と脚を生かすようになる。
「あっ!? う、後ろです!」
兎の声に振り向くシェイン。すると其方から、蜈蚣の後端が迫るのが見えた。
「なっ!?」
既に次の魔法の準備に入っていた為、詠唱を切り上げるのみで防御魔法は間に合わない。シェインものたうち回るそれを何とか回避しようと試みた。だが頭と同じく巨大な後端を避けるだけの体捌きなど、魔法使いである彼女には無い。
唸りを上げ迫る後端が、シェインの体を真横から打ち付ける。
「くぁっ!!」
軽々と吹き飛ばされる体。吹き飛んだシェインはそのまま岩壁に叩きつけられてしまった。
「シェインさん!!」
蜈蚣の動きを気にかけながら、兎はシェインに駆け寄る。
吹き飛ばされたのが屈強な戦士であればまだよかった。だが彼女はひ弱な魔法使い。しかもつい先日まで引きこもっていたのだ。迷宮に来るまでの旅路で戦闘もなく、打たれ強さを鍛える暇などない。
地に伏すシェインは血だらけで、杖を持つ手はひしゃげてしまっていた。切り傷に擦り傷、打ち身、酷いものでは骨まで見える深いものもある。息はあるが虫の息な状態だ。兎は息を呑むと、急いで手に持っていた魔法薬をしまい、別の小瓶を取り出した。
蓋を開け、シェインの体に振りかける。こぼれる液体はすぐさま光子の塊に代わり、シェインの体を包み込んだ。
兎が使った魔法薬は、それまで使った中でも群を抜いて高価な物だ。曰く、失った部位すらも治癒する程の効能がある。兎自身半信半疑であったが、もしもの時の為にと買っていたのが功を成した。
兎がシェインの治療をしている間、カイネルは一人で蜈蚣と対峙していた。だがその難度はこれまでよりも数段上がる。その場を動けぬシェインと兎のことを気にかけつつ、蜈蚣の頭と後端を気にかけなければならない。
こんな時、エアーとパルシオがいたら……そんなありもしないことを考えながら矢を番える。
番えた矢は三本。それぞれに魔力を込め狙いを定める。
『ギチギチギチ』
突進攻撃の予備動作。威嚇のような音を出し、太く鋭い牙を揺らしながら白濁の液を垂らす。その攻撃前のムカデ目掛けて、カイネルは矢を放った。
まずは一本。飛翔した矢は揺れる牙の一本に当たる。蜈蚣の固い甲殻を貫いた一撃だったが、牙を貫くには至らない。続けて二本目の矢が同じ牙に突き刺さる。ここで漸く、牙に小さな亀裂が入った。
『ギギギギィ!!』
牙に起きた異変に気が付いたのか、突進を止める蜈蚣。蜈蚣はすかさず後端を揺らした。狙いは動けぬ兎とシェイン。このままいけば二人は押し潰されてしまうだろう。しかし、カイネルはこの状況をしっかりと予測していた。
残された矢の一本を蜈蚣の後端目掛け放つ。だが矢は後端を外れ近くの壁に突き刺さった。痛恨のミスともいえる失敗。兎は迫る尾に目を瞑る。
バキバキバキ!!
予期せぬ物音に兎は眼を開ける。するとそこには石壁から斜に突き出る石柱があった。石柱は十分な強度と太さがあり、余裕をもって蜈蚣の後端を受け止める。
「もう……好きにはさせないよ」
次なる矢を構えるカイネル。
表情が変わるわけではないというのに、蜈蚣がいら立っているのが分かった。
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