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深奥
守護者 2
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ラインハルトが戦闘に参加し、攻防は一層激化する。
飛び行く氷炎に風雷。その悉くをかわし打ち払う人形。隙を狙い穿つ剛槍。一進一退の攻防が繰り返され、周囲の地形は瞬く間に形を変えていく。
二対一の状況でありながら戦力は拮抗していた。
「はっ!!」
ラインハルトが一瞬うちに三つの突きを放つ。その突きは威力、速度ともに申し分ないものだった。
ほぼ同時と言ってもよい程に速く、石の塊どころか分厚い鉄の板すらも貫いて見せるだろう。
だが人形は軽々とその突きを躱し、弾いて見せた。
「ぬぅ!?」
手に伝わる衝撃にラインハルトは顔を顰めた。先の突きはこれまで何度も振るってきた槍の中でも会心の出来栄えだった。なのにそれが当然の如く防がれてしまったのだ。
ラインハルトの槍は人形に届かなかったが、一連の戦闘はそれだけでは終わらない。続くシェインの放った風の刃が、ラインハルトの背後から唸りを上げて人形に襲い掛かった。
「風よ!!」
風の刃は、槍の対応に追われる人形の右腕、丁度肘の辺りを切り飛ばす。
相手が人間であれば、その傷は勝敗に大きな影響を与える致命傷と成り得ただろう。しかし相手は人形だ。人間のように痛みに泣き叫ぶわけでなく、出欠多量で死ぬこともない。それどころか人形は、一切意に介さず切り飛ばされた右腕を左手でつかみ取り、それを武器として振り回し始めた。
余りにも突然の出来事に驚愕したラインハルトは、一瞬体を強ばらせてしまった。その硬直した体に、人形の振るう腕が直撃する。
「がふっ……!」
吹き飛ばぬよう堪えはしたが、その分衝撃を諸に受けてしまった。だがこれも仕方がないこと。戦闘が始まる前ならばいざ知らず、戦闘の最中に前衛が吹き飛ばされてしまえば、その矛先は後衛へと移る。戦士であるラインハルトが対応しきれない攻撃を、後衛であるシェイン、カイネルが対応できるはずがない。
(あばらが幾つか折れたか……だが……まだ戦える!)
腹に激痛こそ走る物の、口に血が逆流してくる気配はない。折れた骨が内臓を傷つけるという最悪の事態は免れているようだった。
痛みに耐えながらも槍を振るうラインハルト。その顔は苦痛に歪みつつもどこか晴れやかだった。その理由は人形の状態にある。人形は今、片腕をなくした状態なのだ。戦力の低下は必至。ただでさえ両腕の時でも良い勝負が出来ていた。ならば人形が片腕になった今、骨が折れ手負いの状態であったとしても先よりも真面に戦えるはず……誰もがそう思っていた。ところが……
「そんなっ!? う、腕が……!!」
最初に気がついたのは、少し離れた位置で戦闘の様子を見ていたカイネルだった。
なんと、切り飛ばされた筈の人形の腕が再生してしまっていたのだ。
木製の人形にあるまじき現象に、一同の動きが止まる。
腕が再生すると、人形は持っていた自身の腕を放り投げ、再び両の腕でラインハルトへと襲い掛かった。
折れたあばら骨の激痛と、人形の腕の再生に焦るラインハルト。その槍捌きに先程までのような冴えはなく、辛うじて防いでいるような状況だ。
そんな目まぐるしい攻防が繰り広げられる最中、カイネルは悔しさに手を握りしめた。
彼の手にあるのは弦の切れた弓が一つ。迷宮の崩落の際に運悪く切れてしまったようだ。勿論替えの弦はある。張りなおせば弓は使えるだろう。しかし背負う矢筒には矢は一本も入っておらず、仮に弓が万全な状態にあっても戦闘には参加できないでいた。
「くそっ! なんで僕はこんなときに何も出来ないんだっ!!」
矢の数に限りがあるのは、弓使いにとって仕方のないことだ。また生粋の戦士でないカイネルには、人形とラインハルトの戦いに割って入れるほどの力はない。故に今目の前で繰り広げられている戦闘に参加できないのは、ある意味仕方のないことなのだが、そう割り切れるほど彼も大人ではない。
ぎりぎりと握りしめる手から血が滴る。その痛さも感じぬほどに眼前で繰り広げられる戦いを睨み続けた。
そうして立ち尽くすカイネルを、隣に立つ兎は諫める。
「貴方が悔しがる必要はありません。カイネルさんがいなければここまで来ることもできなかったんですから」
「でも……今の僕は役立たずで……! ただ見ていることしかできないなんてっ!」
今手にしている弓を手放し、腰に刺してある短剣を取って走り出せば、すぐにでも戦闘に参加することはできるだろう。ただそれでは参加できるだけで助力になれるわけではない。良くて人形の攻撃を一度防ぐ盾になれるかもしれないが、無駄死にと言っても差し支えない終わり方だ。
(素人が手を出しても邪魔になるだけだ……)
そんな言い訳ともとれる理由で自分を押さえつけ、カイネルは戦場へ出られずにいた。
仲間の力に成れぬ現状に喘ぐカイネルへ向けて、兎は尚も優し気に声をかけた。
「落ち着いてください」
兎の手がカイネルの震える手に触れる。
「思い出して。貴方にはまだ戦う力が残されている筈です」
兎の言葉にカイネルは我を取り戻す。ふと握りこぶしの力を解き、血で真っ赤になった手のひらと弓を暫し眺めた。それから再び弓を握りしめると、彼はそっと目を閉じる。
カイネルは兎の言葉に思い当たる節があった。
それはこの地下街に落ちる直前に見た幻のことだ。
あの幻の中で彼は、街を守る防壁の上で、自らの父親から借り受けた弓と矢で巨人族を倒した。そしてその弓を握り締めたまま幻から帰ってきたのだ。
(あの時、この手には確かな弓の感触があった)
少年は幻の中でみた光景を思い浮かべる。幼き父が黒い弓に赤い矢を番える姿を。それからその姿を投影するかのように、自身をその姿に準えてみた。
弓を握る手が熱く脈打つ。矢筒に伸ばした右手が何かを掴む。
無い筈の矢を無い筈の弦に番え、完全に引き絞った時、カイネルは眼を見開きその姿を見た。
手に握られているのは幻の中にあった黒弓と赤き矢。
彼は人形に狙いを定め、右手を離す。刹那、番えられていた赤き矢は、風を切り人形へと襲い掛かった。
飛び行く氷炎に風雷。その悉くをかわし打ち払う人形。隙を狙い穿つ剛槍。一進一退の攻防が繰り返され、周囲の地形は瞬く間に形を変えていく。
二対一の状況でありながら戦力は拮抗していた。
「はっ!!」
ラインハルトが一瞬うちに三つの突きを放つ。その突きは威力、速度ともに申し分ないものだった。
ほぼ同時と言ってもよい程に速く、石の塊どころか分厚い鉄の板すらも貫いて見せるだろう。
だが人形は軽々とその突きを躱し、弾いて見せた。
「ぬぅ!?」
手に伝わる衝撃にラインハルトは顔を顰めた。先の突きはこれまで何度も振るってきた槍の中でも会心の出来栄えだった。なのにそれが当然の如く防がれてしまったのだ。
ラインハルトの槍は人形に届かなかったが、一連の戦闘はそれだけでは終わらない。続くシェインの放った風の刃が、ラインハルトの背後から唸りを上げて人形に襲い掛かった。
「風よ!!」
風の刃は、槍の対応に追われる人形の右腕、丁度肘の辺りを切り飛ばす。
相手が人間であれば、その傷は勝敗に大きな影響を与える致命傷と成り得ただろう。しかし相手は人形だ。人間のように痛みに泣き叫ぶわけでなく、出欠多量で死ぬこともない。それどころか人形は、一切意に介さず切り飛ばされた右腕を左手でつかみ取り、それを武器として振り回し始めた。
余りにも突然の出来事に驚愕したラインハルトは、一瞬体を強ばらせてしまった。その硬直した体に、人形の振るう腕が直撃する。
「がふっ……!」
吹き飛ばぬよう堪えはしたが、その分衝撃を諸に受けてしまった。だがこれも仕方がないこと。戦闘が始まる前ならばいざ知らず、戦闘の最中に前衛が吹き飛ばされてしまえば、その矛先は後衛へと移る。戦士であるラインハルトが対応しきれない攻撃を、後衛であるシェイン、カイネルが対応できるはずがない。
(あばらが幾つか折れたか……だが……まだ戦える!)
腹に激痛こそ走る物の、口に血が逆流してくる気配はない。折れた骨が内臓を傷つけるという最悪の事態は免れているようだった。
痛みに耐えながらも槍を振るうラインハルト。その顔は苦痛に歪みつつもどこか晴れやかだった。その理由は人形の状態にある。人形は今、片腕をなくした状態なのだ。戦力の低下は必至。ただでさえ両腕の時でも良い勝負が出来ていた。ならば人形が片腕になった今、骨が折れ手負いの状態であったとしても先よりも真面に戦えるはず……誰もがそう思っていた。ところが……
「そんなっ!? う、腕が……!!」
最初に気がついたのは、少し離れた位置で戦闘の様子を見ていたカイネルだった。
なんと、切り飛ばされた筈の人形の腕が再生してしまっていたのだ。
木製の人形にあるまじき現象に、一同の動きが止まる。
腕が再生すると、人形は持っていた自身の腕を放り投げ、再び両の腕でラインハルトへと襲い掛かった。
折れたあばら骨の激痛と、人形の腕の再生に焦るラインハルト。その槍捌きに先程までのような冴えはなく、辛うじて防いでいるような状況だ。
そんな目まぐるしい攻防が繰り広げられる最中、カイネルは悔しさに手を握りしめた。
彼の手にあるのは弦の切れた弓が一つ。迷宮の崩落の際に運悪く切れてしまったようだ。勿論替えの弦はある。張りなおせば弓は使えるだろう。しかし背負う矢筒には矢は一本も入っておらず、仮に弓が万全な状態にあっても戦闘には参加できないでいた。
「くそっ! なんで僕はこんなときに何も出来ないんだっ!!」
矢の数に限りがあるのは、弓使いにとって仕方のないことだ。また生粋の戦士でないカイネルには、人形とラインハルトの戦いに割って入れるほどの力はない。故に今目の前で繰り広げられている戦闘に参加できないのは、ある意味仕方のないことなのだが、そう割り切れるほど彼も大人ではない。
ぎりぎりと握りしめる手から血が滴る。その痛さも感じぬほどに眼前で繰り広げられる戦いを睨み続けた。
そうして立ち尽くすカイネルを、隣に立つ兎は諫める。
「貴方が悔しがる必要はありません。カイネルさんがいなければここまで来ることもできなかったんですから」
「でも……今の僕は役立たずで……! ただ見ていることしかできないなんてっ!」
今手にしている弓を手放し、腰に刺してある短剣を取って走り出せば、すぐにでも戦闘に参加することはできるだろう。ただそれでは参加できるだけで助力になれるわけではない。良くて人形の攻撃を一度防ぐ盾になれるかもしれないが、無駄死にと言っても差し支えない終わり方だ。
(素人が手を出しても邪魔になるだけだ……)
そんな言い訳ともとれる理由で自分を押さえつけ、カイネルは戦場へ出られずにいた。
仲間の力に成れぬ現状に喘ぐカイネルへ向けて、兎は尚も優し気に声をかけた。
「落ち着いてください」
兎の手がカイネルの震える手に触れる。
「思い出して。貴方にはまだ戦う力が残されている筈です」
兎の言葉にカイネルは我を取り戻す。ふと握りこぶしの力を解き、血で真っ赤になった手のひらと弓を暫し眺めた。それから再び弓を握りしめると、彼はそっと目を閉じる。
カイネルは兎の言葉に思い当たる節があった。
それはこの地下街に落ちる直前に見た幻のことだ。
あの幻の中で彼は、街を守る防壁の上で、自らの父親から借り受けた弓と矢で巨人族を倒した。そしてその弓を握り締めたまま幻から帰ってきたのだ。
(あの時、この手には確かな弓の感触があった)
少年は幻の中でみた光景を思い浮かべる。幼き父が黒い弓に赤い矢を番える姿を。それからその姿を投影するかのように、自身をその姿に準えてみた。
弓を握る手が熱く脈打つ。矢筒に伸ばした右手が何かを掴む。
無い筈の矢を無い筈の弦に番え、完全に引き絞った時、カイネルは眼を見開きその姿を見た。
手に握られているのは幻の中にあった黒弓と赤き矢。
彼は人形に狙いを定め、右手を離す。刹那、番えられていた赤き矢は、風を切り人形へと襲い掛かった。
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