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深奥
守護者 3
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カイネルの放った矢が人形を襲う。
その威力たるや凄まじく、刹那を見切るラインハルトの眼をもってしても反応することはできなかった。それも当然の事。彼の持つ黒き弓は、完全に引き絞った際、通常の弓の十倍近い射程を叩き出す剛弓である。それを僅か十数歩離れた的に向かって放てば、誰もそれを見切ることはできない。
当然人形も反応すること叶わず、深紅の一矢は一瞬のうちに人形の左腕を吹き飛ばした。
反応できなかったことが功を成した。既に次なる攻撃に移っていたラインハルトの槍に淀みはなく、矢の直撃を受けた人形へ流れるように槍撃が迫る。
槍は人形の右肩へ。強固な守りも虚しく槍の穂先は人形の右肩を貫く。ラインハルトは続けて渾身の両腕へと込めた。そのまま槍を上に突き上げ、頑強な腕を断ち切って見せる。両腕を失った人形は一連の攻撃を受けた反動により蹈鞴を踏む。そこに先の洗練された身軽さはなく、隙だらけの状態だ。
「下がって!!」
シェインの声が響き、ラインハルトは反射的にその場から飛び退く。その最中、頭上に異常な熱源があることに気が付いた。
見上げればそこには一つの炎で象られた剣があった。その大きさと言ったらない。そこいらに立ち並ぶ家屋と等しい大きさを持つ全身鎧が持って丁度良い程の大きさだ。
その巨大な炎剣の下で、シェインが掲げていた両腕を振り下ろす。それと同時に炎剣は傾き、人形に向かって降下を始めた。
左右の腕を失った人形が、空ろな目でそれを見上げる。炎剣の動きはあまり早くはない。全快の人形であれば容易く回避して見せただろう。しかし度重なる攻撃を受け、体勢を崩している人形にそれは叶わなかった。
人形の胸元に炎剣の切っ先が突き刺さる。途端燃え上がる轟炎。十分に離れたラインハルトにもその熱気は十二分に感じられる。
「ぐおっ!?」
幾本もの火柱が立ち上がり、結晶門の周囲は一瞬のうちに火の海と化した。
炎は暫く轟々と燃え続けた。
傍から見ればそれはまるで地獄の様。地面から隆起する結晶や、そこらに散らばる瓦礫がまるで熱したチーズのように溶けていく。時折何かが破裂するような音が響くが、それ以外の音は燃え盛る炎に全て飲み込まれてしまう。
「これだけやれば流石に倒せただろう」
ラインハルトは痛むわき腹を手で押さえながら呟いた。いかに再生能力を持つ世界樹の木と言えど、流石にこの炎には耐えられまい。誰もがそう思った。
しかし。
ガラン!
揺らめく炎の中で、何かが動いた。
咄嗟に槍を構えるラインハルト。鋭いその眼に信じられない光景が浮かぶ。
なんと彼の人形が、炎を身に纏いながらも立ち上がろうとしていたのだ。シェインの炎剣によって胸元には大きな穴が開いている。至る所は焼け焦げ、炭化してしまっていた。そのせいか驚異的だった再生能力も陰りを見せ、失った両腕、右足の膝から下は失ったままだ。
綺麗な姿とは打って変わっての有様だというのに、その姿にラインハルトは恐怖した。
「……化け物め」
ラインハルトだけではない。会心の一撃を見舞ったシェインも、剛弓による狙撃を行ったカイネルも、無表情で呻きもせず立ち上がろうとする人形に恐怖していた。その身は竦み、次なる手を戸惑う程に。
先の呟きは三者の総意と言っても良かった。しかし一人だけ……兎だけはその言葉を否定する。
「そんな言い方は……やめてください」
掠れた声で呻く兎。その言葉にラインハルトは眉を顰めた。
「はっ、あれだけの攻撃を受けてまだ動く人形等、化け物以外のなんだというんだ」
人形はいまだ、炎の海で立ち上がろうと蠢いている。ラインハルトはその様子を注意深く見つめていたが、兎は今にも泣きだしそうな程顔を崩していた。
その真意を、そこにいる三人は知る由もない。
当初中性的な美しさを誇っていた人形も、今では黒ずみの木偶人形となりつつある。もはや事切れるのも後僅かだろう。
燃え盛る炎の中、熱さを感じぬ人形は願う。
『マ……ル……イモ……ト』
人形に喋る機能は備わっていない。これは魂の声。とうに心は失われ、魂が放置されて久しい。千年という長い年月を、人形はこのたった一つの使命を守るために全うし続けた。
『マモ……モウト……』
千年を生きた人形の体が崩れ始める。もはや彼が望むたった一つの使命すら全うすることも許されないようだ。
『マモルンダ……イモウトヲ……マモル……ンダ』
その言葉を理解してくれる者らは千年も前に滅んだ。それでも人形は、たった一人でその使命を守り続けてきた。だがそれもこれまで。人形は最後に顔を上げ、涙を流しながら祈りをささげる一人の少女を見た。
炎が漸く収まる頃、その一帯で動くものは一つも居なかった。
あれだけ驚異的な再生能力を持った人形も、跡形もなく煤となって崩れ去る。
「……さて、この後はどうするんだ?」
暫く気を張っていたラインハルトは、迫る危機がないことを確認すると槍を下ろして兎の方を向く。
兎は慌てて涙を拭うと、手の中にある結晶を握り締めて頷いた。
「あの門の先へ……ローゼリエッタ様の封印を解きます」
一同は警戒しつつも結晶門の間を通り、地下街の先を目指す。
その威力たるや凄まじく、刹那を見切るラインハルトの眼をもってしても反応することはできなかった。それも当然の事。彼の持つ黒き弓は、完全に引き絞った際、通常の弓の十倍近い射程を叩き出す剛弓である。それを僅か十数歩離れた的に向かって放てば、誰もそれを見切ることはできない。
当然人形も反応すること叶わず、深紅の一矢は一瞬のうちに人形の左腕を吹き飛ばした。
反応できなかったことが功を成した。既に次なる攻撃に移っていたラインハルトの槍に淀みはなく、矢の直撃を受けた人形へ流れるように槍撃が迫る。
槍は人形の右肩へ。強固な守りも虚しく槍の穂先は人形の右肩を貫く。ラインハルトは続けて渾身の両腕へと込めた。そのまま槍を上に突き上げ、頑強な腕を断ち切って見せる。両腕を失った人形は一連の攻撃を受けた反動により蹈鞴を踏む。そこに先の洗練された身軽さはなく、隙だらけの状態だ。
「下がって!!」
シェインの声が響き、ラインハルトは反射的にその場から飛び退く。その最中、頭上に異常な熱源があることに気が付いた。
見上げればそこには一つの炎で象られた剣があった。その大きさと言ったらない。そこいらに立ち並ぶ家屋と等しい大きさを持つ全身鎧が持って丁度良い程の大きさだ。
その巨大な炎剣の下で、シェインが掲げていた両腕を振り下ろす。それと同時に炎剣は傾き、人形に向かって降下を始めた。
左右の腕を失った人形が、空ろな目でそれを見上げる。炎剣の動きはあまり早くはない。全快の人形であれば容易く回避して見せただろう。しかし度重なる攻撃を受け、体勢を崩している人形にそれは叶わなかった。
人形の胸元に炎剣の切っ先が突き刺さる。途端燃え上がる轟炎。十分に離れたラインハルトにもその熱気は十二分に感じられる。
「ぐおっ!?」
幾本もの火柱が立ち上がり、結晶門の周囲は一瞬のうちに火の海と化した。
炎は暫く轟々と燃え続けた。
傍から見ればそれはまるで地獄の様。地面から隆起する結晶や、そこらに散らばる瓦礫がまるで熱したチーズのように溶けていく。時折何かが破裂するような音が響くが、それ以外の音は燃え盛る炎に全て飲み込まれてしまう。
「これだけやれば流石に倒せただろう」
ラインハルトは痛むわき腹を手で押さえながら呟いた。いかに再生能力を持つ世界樹の木と言えど、流石にこの炎には耐えられまい。誰もがそう思った。
しかし。
ガラン!
揺らめく炎の中で、何かが動いた。
咄嗟に槍を構えるラインハルト。鋭いその眼に信じられない光景が浮かぶ。
なんと彼の人形が、炎を身に纏いながらも立ち上がろうとしていたのだ。シェインの炎剣によって胸元には大きな穴が開いている。至る所は焼け焦げ、炭化してしまっていた。そのせいか驚異的だった再生能力も陰りを見せ、失った両腕、右足の膝から下は失ったままだ。
綺麗な姿とは打って変わっての有様だというのに、その姿にラインハルトは恐怖した。
「……化け物め」
ラインハルトだけではない。会心の一撃を見舞ったシェインも、剛弓による狙撃を行ったカイネルも、無表情で呻きもせず立ち上がろうとする人形に恐怖していた。その身は竦み、次なる手を戸惑う程に。
先の呟きは三者の総意と言っても良かった。しかし一人だけ……兎だけはその言葉を否定する。
「そんな言い方は……やめてください」
掠れた声で呻く兎。その言葉にラインハルトは眉を顰めた。
「はっ、あれだけの攻撃を受けてまだ動く人形等、化け物以外のなんだというんだ」
人形はいまだ、炎の海で立ち上がろうと蠢いている。ラインハルトはその様子を注意深く見つめていたが、兎は今にも泣きだしそうな程顔を崩していた。
その真意を、そこにいる三人は知る由もない。
当初中性的な美しさを誇っていた人形も、今では黒ずみの木偶人形となりつつある。もはや事切れるのも後僅かだろう。
燃え盛る炎の中、熱さを感じぬ人形は願う。
『マ……ル……イモ……ト』
人形に喋る機能は備わっていない。これは魂の声。とうに心は失われ、魂が放置されて久しい。千年という長い年月を、人形はこのたった一つの使命を守るために全うし続けた。
『マモ……モウト……』
千年を生きた人形の体が崩れ始める。もはや彼が望むたった一つの使命すら全うすることも許されないようだ。
『マモルンダ……イモウトヲ……マモル……ンダ』
その言葉を理解してくれる者らは千年も前に滅んだ。それでも人形は、たった一人でその使命を守り続けてきた。だがそれもこれまで。人形は最後に顔を上げ、涙を流しながら祈りをささげる一人の少女を見た。
炎が漸く収まる頃、その一帯で動くものは一つも居なかった。
あれだけ驚異的な再生能力を持った人形も、跡形もなく煤となって崩れ去る。
「……さて、この後はどうするんだ?」
暫く気を張っていたラインハルトは、迫る危機がないことを確認すると槍を下ろして兎の方を向く。
兎は慌てて涙を拭うと、手の中にある結晶を握り締めて頷いた。
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