愚骨な傭兵

菅原

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 馬車の速度で進み半日ほどで目的地に着く。そこは寂れた農村。馬車を下りたシウバリスは、村に入ると近くにいた農夫に声をかけた。
「すまない。村長のところへ案内してくれ」
「村長? お前さんは何者だね」
「依頼を受けてきた者だ」
「依頼……ああっ! 白狼の件か! そりゃすまなかったな。今すぐ案内する!」
 農夫は担いでいた農具をその場に卸すと、先んじて歩き始めた。シウバリスもその後を追う。その間周囲を見回してみると、凄惨な傷跡が目に付いた。畑を囲っていた柵は所々壊れ、地面には鍬でひっかいたような跡がついている。それに加え、一部赤黒く染まった地面も見えた。
(……苦労しているようだな)
 近くにある小屋の中には、外の様子を見る子供らの姿。まだ日は出ているのだから遊んでいても可笑しくはないのに、つまらなそうに外を見ているだけだ。
 程なく、農夫は一軒の家の前で立ち止まる。
「ここが村長の家だ。どうかよろしく頼む」
 シウバリスはそれに答えることはなく家の戸を叩いた。
「はい、今開けますよ」
 木の戸が開かれ、中から立派な髭を蓄えた老爺が出てきた。
「村長のノイン殿か?」
「え、ええ私がノインですが……どちら様ですか?」
 ノインと名乗った村長は、屈強な男を前に少々狼狽えた。だがシウバリスが取り出した木片を見て対応が変わる。
「傭兵組合で依頼を受けてきた。これが証拠の割符だ」
「なっ、なんと!? 漸く来てくださりましたか! ささっ、とりあえず入ってください」
 村長に誘われシウバリスは家に入る。指示されたように椅子に座り、差し出された茶を事務的に啜った。村長はシウバリスの対面に座ると訥々と語り始める。
「何もない村でしょう? 特産品なんてものは無いですし、その日を何とか生きているような有様です。それでも子供らは元気に外で遊んでいて、活気が絶えたことはなかったんですが……」
「依頼の詳細を聞きたい」
「ああ申し訳ありません。ええ、このあたりの森には白狼が生息していまして、これまでもいくつか目撃情報はあったんです。ですが直接襲ってくるようなことはこれまで一度もありませんでした。ところが十日ほど前、二十頭を超える数の群れが村を襲ったのです。私たちも子供らや家畜を守るために抗いはしたのですが、数人が被害を受け……」
 ノインの話を黙って聞くシウバリス。一通りの詳細を聞いた彼は一つの疑問を呈す。
「二十以上の群れと言ったが、組合から聞いた依頼では白狼十頭の討伐とあった。それで解決するのか?」
「……分かりません。情けない話ですが、私共の貯えではその報酬が限界だったのです。それ以上の……例えば群れの親玉の討伐依頼ともなると、とても相応の報酬が出せませんでした。何せこの村は自産自消で生活してますので」
「成程」
 このような農村は大陸のどこにでも点在している。大国同士の戦争が失われて久しいが、富んでいるのはコルタナのような大都市ばかりだ。各地を巡る行商人も数多くいるが、その頻度はコルタナから出る乗合馬車よりも少ない。そんな状況で小さな農村が生き残るには、自ら生活用品等を用意していく必要があった。シウバリスはそういった事情も理解していたが、その実大して興味は持っていなかった。彼が熟すのは唯一つ。依頼通り白狼を狩るだけだ。
「もう日も落ちます。森に出向くのは明日にして今日は我が家で休んでください」
「急がなくても大丈夫なのか?」
「ええ、幸いなことに家に籠っていればとりあえずは大丈夫なようですので。ささっ、どうぞこちらへ」
「では甘えさせてもらおう」
 村長は空室にシウバリスを案内した。それから細やかながらの食事が運ばれ、夜は老ける。


 翌朝、シウバリスは森にいく準備をすると、早速村長の家を出た。早朝ゆえ見送りはいない。そもそもシウバリスから声をかけたわけではないのだから当然だが、彼が依頼を受けるときはいつもこんなものだ。
 森は村の裏手すぐに広がっていた。森と村の間には簡素な木の柵が設けられていたが、白狼襲撃の折壊れたのか、所々裂傷が見られる。シウバリスは朝食の干し肉を齧りながら、その柵を観察し森へと急ぐ。

 森に踏み入る前に、彼は一枚の布を背負い袋から引っ張り出した。たっぷりの虫除け薬を染み込ませた深緑の外套だ。その色は森の草木に良く似せてあるため、若干の擬態効果もある。唯一つ欠点を上げるのであれば、大分匂うことだろう。本来その匂いは獣に存在を知らせてしまう欠点となるのだが、今回はその欠点も利点となる。何せ狙うは嗅覚の優れた白狼だ。匂いを嗅ぎつけ寄ってくれば幸いとなろう。
 続けてシウバリスは、水の入った透明なガラスの筒を取り出した。それから辺りを見渡し、岩に生えた苔を毟り取ると筒の中に入れる。しっかりと蓋をし左右に数回振る。するとぼんやりと水の中の苔が光り始めた。水を吸って発光する光苔の一種だ。一定の湿度がある日当たりの良いところに自生する為、大抵の森の表層で手に入れることが出来る。それからもシウバリスは最終確認として幾つかの道具の検品を続けた。
「こんなものか」
 一通りの準備を終えると、左手に持った大盾を持ち直し森へと踏み入る。この日は最初から日帰りできる範囲の探索しかする気がなかったので、いつもに比べ荷物は少ないものだ。運が良ければ規定数を超える群れをすぐに発見する可能性もあるだろう。尤も、それだけの群れを成す狼を相手に討伐できればの話だが。

 森に踏み入ってから暫く経ち昼になる頃、シウバリスの前に開けた空間が広がった。膝程の深さがある川が流れていて、その両岸には大小の岩がごろごろと転がっている。それまでは日光を塞ぐほど生い茂っていた樹木も、そこだけ切れ目が出来ていて日が差している。照らされた川は底が見える程澄み切っていて、数種の魚が泳いでいるのも見えた。
「……良い森だ」
 道中では多様な草花や木の実、果実を見つけることも出来た。またリスや鳥などの小動物も数多く見かけた。これほどの恵み豊かな森があれば、村も食うには困るまい。だが村を襲う程の群狼という不安分子がいる限り、戦う力のない村民はおいそれと森へ立ち入ることはできないだろう。
 シウバリスは周囲の警戒を解くことなく小川の近くに腰を下ろすと、流れる清水を手ですくって口に含んだ。危険な風味はしない。少しだけ飲み込んでみると、皮袋に入った水とは全く違う、良く冷えた水が喉を潤した。
「丁度いい。昼飯としよう」
 近くに転がる丁度良い大きさの岩に腰を下ろし、道具袋を下ろす。それから保存食となる塩漬けの肉を取り出し、周囲の景色を楽しみながら齧り始めた。

 簡単な物だったため、幾らもかからずに食事は終えた。再び川の水で喉を潤す。
「……」
 濡れた口元を腕で拭ったシウバリスは、徐に腰にある剣を抜き放った。遠くから微かに獣の鳴き声が聞こえる。聞く限り狼かそれに類似する物の様だ。数は……少なくとも五頭以上はいるだろう。
(白狼だと良いが……どちらにせよこのままではいけないな)
 シウバリスは盾と剣を構えたまま小川の中へと足を踏み入れた。小川の周囲は大小の岩が転がっていて足場が悪く、まともな身動きはできない。そして森の中もまた、木々に阻まれ剣を振ることが難しいだろう。彼とてそういった環境での戦闘に全く覚えがないわけではないが……相手は地を駆けることに特化した獣だ。多少の足場の悪さなど苦にはしない。一方川の中も当然戦い難い環境ではある。しかしそこに限っては悪いことばかりではない。何故ならシウバリスだけでなく狼にも窮屈を強いることになるからだ。何せ相手は水生生物ではない。水の中を自由に動き回るような体の作りにはなっていないのだ。それを考えれば一層の事、同じく不慣れであろう川の中を戦いの場に、と彼は選んだ。

 シウバリスが川に入ってから暫くして、草木の陰から獣が飛び出した。現れたのは白い毛並みの狼。討伐依頼の対象となる白狼だ。数は全部で七頭。その群れはシウバリスを目視するや否や、歯をむき出しにして威嚇を始めた。白狼の体躯はシウバリスの腰ほどまである。それほど大きな狼が群れを成して襲ってこようとしている……シウバリスの背筋を冷や汗が伝う。

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